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エイドスの地  作者: 黒石迩守
第三部 無花果の種子

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憑依機構

「ギャロップの二大制御機構は知ってますか?」

感覚運動野の(SM)ホムンクルス(CH)相平衡制御機構シネクドキ・コントロール・システム


 インジーの問いにイフルズは即答した。ギャロップパイロットを目指す者なら、誰でも知っている常識だ。


 ギャロップを己の肉とする脳機能であるSMCHと、その肥大化した肉を裡から見つめる提喩的釣りあいを取る相平衡制御機構(SCS)。ギャロップを『デタッチャブルな強化外骨格エグゾスケルトン』足らしめる要素だ。どんなに巨大であろうと、鎧が鎧である所以でもある。


「そう、その二つです。SMCHはギャロップのハード面を、SCSはソフト面を制御している主軸だ。そのおかげで、ギャロップは子供でも簡単に動かせる」


 ですが、とインジーはキャットウォークの左手を指差す。そこには量産型のギャロップが並んでいる。


「反面、ギャロップは()()()()()()()()()()()という欠点を負っている。しかも『人型である』ことの最大の強みである『道具を使う』という行為がろくにできない。現行存在しているギャロップで、武器を扱える機体を知っていますか?」

象徴機体シンボルズだろう」

「その通りです。まぁ実際は、技術屋として情けない話なんですが、混沌ケイオスの中で扱える武器を、現在の技術では製造できないだけなんですがね。せいぜいが都市外壁に使われている〝混沌障壁ケイオスカーテン〟の技術を利用した、大質量の弾を発射する砲や、情報力学機関シラード・エンジンに物を言わせた指向性エネルギー兵器だ。それも物理的な強度は戦闘に耐えられる代物じゃない。あまつさえ、混沌ケイオスによる弾体の減衰率や、実用的な運用を考慮すると、長距離射撃用の攻撃機でしか使えない。()()()()()()()()だなんて笑えませんか?」

「だがギャロップはそれでも十分な戦力になっているんだろ」

「もちろん」


 インジーは、また一本、クロム加工のケースから紙巻きを取りだして火を点けた。さっき、半端に吸っただけでは()()が足りなかったらしい。


 隣を歩くこちらを横目に見ながら、香料の混ざった煙を吐きだす。


「航空機なんかよりも数百倍マシだ。ですが、新兵器の開発が急がれるのが戦争の常でしてね」

「それが()()()()()()()()()()()

「はい。けど微妙に違う。今でも造ろうと思えば造れるんですよ、人型でないギャロップ。ただパイロットがいない」

「どういう意味だ?」

「言葉通り、ですよ」


 インジーは、じっくりと煙を肺の奥まで入れると、それを長い息で吐きだした。白い歯のギークは、煙の道筋を眺めて目を細める。歩行の空気の流れに負けて、燃えていた煙草の先端から灰が落ちた。


「ギャロップの制御にはSMCHが使われている。だから人型でないギャロップを制御するには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が求められる。それにはかなりの訓練時間がかかります。でもそれじゃあ意味がない。最初から人型のギャロップに乗ったほうが圧倒的に効率がいい」

「だったら、()()()()()()()軍備奴隷でも用意したらどうだ」


 インジーは眉を顰め、口角を少し吊りあげた。白い歯が暗に「馬鹿なことを言うな」と物語っている。「何のためにお前がいるんだ」と。この正式国民の技術者は、内心で自分を見下しているのだろう。そういう含みのある笑みだった。しかしイフルズは嫌悪感を抱くわけでもなく納得する。当然だ、自分は奴隷なのだ。


人体拡張者オーグでも同じですよ。結局、人体の拡張を行っても、長い時間をかけて新しい身体に対するシステム・ネットワークを脳内で構築する必要がある。ヒトは欠損した肉体を脳で補うことはできます。ですが、追加された肉体には簡単に対応できないんですよ。畸形の肉体だって、ヒトの身体の部品の派生に過ぎません。極端な例を挙げれば、鳥の肉体を与えられた人間が、いきなり上手く空を飛べると思いますか?」


 インジーは自分のこめかみに指を置いた。


「あくまでわたしらは人間で、『人間の脳』しか持っていない。その脳には『人間の仕組み』が埋めこまれている。その()()()先験的ア・プリオリ生得観念(OS)で、習得観念アプリケーシヨンで拡張できても弄ることはできないんですよ。別の生物になれと言われても、土台無理な話でしょう?」

「じゃあ今回の試作機は何のためにある」


 インジーはそこで足を止めた。煙草の吸殻を始末しながら言う。


「シミュレータの結果は見ました。少尉のパイロット適性は素晴らしいですよ。肉体の操作能力としては逸材だ」

「だがオレは」

「聞いてます」


 インジーは頷いた。


「VRPDでしょう? だから()()()は試作機なんです」


 そう言って、インジーは腕を横にやる。そこには一機のギャロップがあった。


 インジーは試作機の前に立ち、ARヴィジョンでコンソールを表示した。彼の操作に合わせて、ギャロップを囲う足場が昇降機で機体の胸部辺りまで上がってくる。足場を歩いて行き、イフルズについてくるように促す。


 試作機は暗赤色のカラーリングをしていた。見た目は《カルニボラ》とほとんど変わらない戦闘機のようだ。


 だが、明らかに普通のギャロップとは異なる部位があった。


 前腕部が一回り以上大きく、肘の辺りにまで装甲部が突きだしている。手の甲の中指に当たる部位から溝が走っていて、手首の辺りからは鋸歯状のプレートらしき物が収納されていた。


 それはおそらく武器で、刃の部分に円錐形で滑らか細かな歯がついている。歯には有機的なばらつきがあり、人工的な設計結果ではない。自然が生みだした獰猛さ。肉食の凶暴性だ。


 イフルズは()()をどこかでずっと待ち望んでいたような気がした。自分のために仕組みを与えられた器。己の肉を動かす欲求の源泉。それはいつからあったのだろうと考える。ベリカに拾われたときか、あの適性試験のときか、奴隷学校で物心ついたときからか。


 そのどれも違うのだろう。


 人間の本質は可塑性で、削り落とされた結果が、ここにあるだけだ。経験という刃物が形作った塑像として、己の仕組みがある。それは初めから自分の中にあり、同時になかったものだ。だが今は、それがあるというのが事実だ。


「少尉のような、完全にギャロップに没入できる人間がいれば、そのデータを解析し、脳の変化を記録することで、ギャロップの拡張方法を確立する足がかりになる。パイロットは生身のまま、ギャロップに機械式の武器を装備するのではなく、肉体の一部として武器を実装する。つまり、ギャロップのマルチロール化だ」


 インジーは手摺に体を預けて、イフルズに向き直った。


「XF-26/LXには、見ての通り人型への武器の追加として、腕に二段階展開式の折畳みのブレードを追加しています。モデルにしたのは、蟷螂という昆虫の形質なんですがね」

「蟷螂……」


 イフルズが呟くと、インジーがARヴィジョンを表示した。


 そこには緑の体色をした奇妙な生物の画像が載っていた。細長い小枝のようなシルエット。逆三角形の頭部に鎌のような前脚を持っている。


 脆そうなのに攻撃性のある体だ。これが蟷螂という生物らしい。捕食者、或いは搾取者。だがそれは限定された生態系の中での話だったのだろう。所詮は虫螻だ。最終的な食物連鎖のヒエラルキーは下位だったに違いない。


 ()()()()殊更に自分にお似合いだ、と自嘲のようなものが込みあげた。


「生物のDNAをモデルにしたシステムデザイン自体は珍しくありません。長距離砲撃照準システム《イーグル・アイ》なんかは、その名のまま、鳥類の遺伝形質をモデルにしたソフトだ。ですが、ハードのアーキテクチャに生物の遺伝形質を盛りこんだのは初めてです」

「こいつをオレはどうする……」


 どうもしませんよ、とインジーは言った。


「通常は、肥大化した肉体にゴーストが引きずられてしまわないよう、肉体‐ギャロップ間をSCSによりゾーニングします。ですが、少尉の場合はVRPDのため、それができません。結果的に、全感覚がギャロップに没入する。その対策が試作システムになる」

「つまり……オレはギャロップそのものになるのか。それで、オレはギャロップという肉体の仕組みを得る」


 イフルズは自分の肉体になる機体を見あげる。


「だから憑依機構ポゼツシヨン・システムか」

「そうです。ただ、それだけでは少尉はギャロップから戻って来れなくなる」


 相手は肩を竦めた。


「肉体が空っぽ(ブランク)だ。それじゃデータが取れない」


 そして、人差し指と親指で、スイッチを捻るようなジェスチャーをする。


「そのためにSCSを逆転させる」

「逆転?」

「AIを少尉の中に常駐させます。まぁ、普通はパイロット/ギャロップという関係性を維持するために搭載するAIを、常時少尉の中に置くことで、機体搭乗時に少尉はギャロップに、AIは少尉になると理解してください」

「……オレの肉体がAIに奪われる可能性は」


 一時的とは言え、自分の肉体を手放して、それを見知らぬ誰かに、それもアルゴリズムの産物に預けるというのは気持ちのいい話ではない。


 この肉は己のものだ。そこにある仕組みも。己の肉感のすべては己のものだ。そんな生理的で直感的な主張を、自分の中にいる選択者が声を荒げてしている。


 それはないです、とギークはまた白い歯を見せた。


「相手はAIですし、少尉の権限が完全上位です。それに、この試作機のAIはデータ収集と解析のモニタリングの意味もある。こちら側から完全に制御できますから、安心してください。まぁ、物は試しだ。乗ってみてください」


 試作機の胸部装甲が前倒しに開いた。コックピットの中はシミュレータと同じで、制御椅子コンソールチエアがあるだけの簡素な造りだ。そこに座るだけで、この巨大な鎧は自分の肉体となる――静かな興奮を抱きながら、イフルズは中へと足を踏みいれ、コックピットに座った。


「まずは、AIとのご対面だ。それが済んで、問題がなければ動作試験をします」


 コックピットの胸部装甲が閉じる直前、インジーはこう言った。


「そうそう、この試作機のAIなんですけどね、少将が直接選定したんですよ。少尉との親和性が高いっていう人格を」


 そしてコックピットの中が闇に閉ざされた。少し遅れてメインシステムが起動し、内部に灯りが点る。計器類のないシンプルな構造をしたコックピットが照らしだされる。イフルズを深く息を吸ってから眼を閉じる。瞼の裏に万華鏡カレイドスコープが見える。


 次の瞬間、イフルズの意識はギャロップの中に溶けた。

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