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エイドスの地  作者: 黒石迩守
第三部 無花果の種子

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格納庫

 イフルズが生まれて初めて足を踏み入れた格納庫ハンガーは、うっすらと肌寒かった。


 庫内の温度は一定に保つように設定されているが、それでも全長数メートルの人型兵器を格納する空間の天井は高く、底冷えする。


 都市の外に満ちる混沌ケイオスから、身を守るためのパイロットスーツは窮屈だ。スーツはルクスリアのシンボルカラーである赤色を基調としている。全身を包みこみ、肌に密着するスーツはCEM製で、パイロットの生命維持装置が組みこまれている。そして、ギャロップ-パイロット間のブレイン・マシン・インターフェースを補助する代物だ。


 格納庫ハンガーには多くのギャロップが、左右の壁沿いに向きあって置かれている。どれも、学生奴隷時代に定期購読していた、ミリタリ系のメディアサイトで見たことがある制式機体だ。


 型番F-23/LX、戦闘機《カルニボラ》は、白兵戦用に設計された機体で、人型に寄せられていて最も騎士ナイトらしいシルエットをしている。型番A-18/LXの攻撃機《ラプトル》は質量砲を装備した後方支援型の機体で、火点として安定した攻撃を行うために強化された、大きな背部と脚部が特徴的だ。


 昔から憧れていた機体が、目と鼻の先にある。今の自分の立ち位置でなければ、思いきりはしゃいでいただろう。


 天井から吊りさげられたLED照明が、一つひとつの機体を光芒で洗う中を進んでいく。格納庫ハンガーの広い空間は鈍色で、その無機質さはどこか戦場と似ていた。細長い長方形をしている格納庫ハンガー内の壁沿いに巡らされたキャットウォークからは、下で整備員が各機体を調整しているのが見える。整備員には正式な軍人もいれば、軍備奴隷もいるのだろう。


「イフルズ少尉ですね」


 話しかけてきたのは濃紺色の作業服を着た男だった。


「あなたは……」

「技術研究班主任のインジー・テクネ。階級は中尉です……といっても、所詮は大した権限のない技術士官なので、階級はお気になさらず。敬語も結構です」


 ファミリーネーム持ち、ということは国民だ。汚れた作業服とぼさぼさの黒髪、それに垂れ目の無精髭。()()()()ギークだ。柔和で人懐こい笑顔を浮かべているせいで幼く見えて、余計に印象が上乗せされる。その薄汚れた恰好とは裏腹に、歯だけは妙に白く見えた。


「少将から話は聞いています。もう終わってますよ、いつでも出せる」

「終わった?」

「調整が」


 言いながら、インジーは作業服の胸ポケットから、黒い光沢のないクロム加工されたケースを取りだした。たくさんの細かな傷と曇りがあり、相手の歴史を物語っている。その中から紙巻きを一本出して口に銜える。依存薬物の摂取に悪びれた様子もない。ルクスリアの国民性が如実に表れている。


 インジーはこちらにケースを差しだしてきた。


「いや」


 断ると、そのままインジーはケースに付属している電熱ライターで火を点けた。煙をたっぷりと呑んでから、旨そうに吐きだす。歯が異様に白い理由がわかった。ホワイトニング。もしくは義歯。いずれにしろ、金のあることだ。


 真っ白な歯をしたギークが言った。


「XF-26/LX」

「何だって……」

「少尉の機体ですよ。試作戦闘機。まだ名前がない」


 イフルズは頷く。


「そいつを受け取りに来た」


 インジーはまた煙を呑んで吐きだした。紫煙が細い一筋の線になってから、力を失ったように滞留して宙に漂う。柔らかく鼻に衝く臭いに混じった、少し甘さを感じさせる香料。煙の刺激よりも臭いが勝っていた。


 相手は煙草を半端に吸うと、ケースの逆側の蓋を開けて、そこに吸殻を押しこんだ。


「こっちです」


 そう言って、向かいの壁面のほうに歩きだす。ごつり、と相手の足音が炭素鋼のチェッカープレートに鈍く響いた。表面の色が剥げた人工皮革の安全靴。イフルズは黙ってついて行った。


「一年前に突然、少将から今回の試作機の開発を命じられたときは驚きましたよ」


 格納庫ハンガーの隅に着くと、キャットウォークを左に折れて、奥に向かって歩く。すぐ横に巨大な鎧の背が見える場所を歩くのは、どこか荘厳で圧倒感があった。広大な空間に雑音が吸いこまれる静寂。奴隷学校で遊んだ、ファンタジー世界のVRゲームのようだ。あれを持ってきたのはシュヴァだったっけ――不意に死んだ友人を思いだし、廃棄物のように饐えたものが込みあげる。


「完全新規のシステム開発でした」

「システム? アーキテクチャでなく?」


 イフルズはギャロップを眺めていた視線をインジーに戻す。


「ギャロップ自体の製造はとても簡単なんですよ、アーキテクチャという意味では」


 そう応えて、インジーは作業服のポケットから、小さな金属球を取りだした。ボールベアリングに使われているような暗灰色の球体。丹念に磨きあげられたようなそれは、周囲の風景を歪めて自らの表面に取りこんでいた。


「これが何か?」


 インジーの問いに、いや、とイフルズは首を振った。


「CEM素子です。()()()。こういうのは試験用に使ったりするんですがね、擬態するための情報を一切持たないCEMは、球体になるんですよ。それも、かなり真球に近い形で」


 インジーは球体を渡してきた。受け取ったそれを掌の中で転がす。ただの金属の球にしか見えない。これが現代の文明を支えている素材であり、ARMである自分たちの肉体を構成しているとは信じがたい。


「電子並みに歪みがないそうですよ」

「何で球体に……」


 さぁ、とギークは肩を竦めた。


「自然界の力ですかね。わかりません。ですがまぁ、球体であることは、直感的にも不思議なことじゃありません。()()()()()()()()()()()()()()()の形状としては合理的だ」

「……で、それが?」


 CEM素子を相手に返してイフルズは訊く。


「アーキテクチャの実装」


 言いながら、インジーは金属球をしまいこんだ。


「そいつは、こいつに情報をプログラムして、エネルギーを供給するだけでいい。それで、CEMは与えられた情報に擬態しようと、自ら形を変える。CEM構造物を造るのは、製造というよりも培養に近いんですよ。しかもそのエネルギー源も、情報をエネルギーに変換する情報力学機関シラード・エンジンで、混沌ケイオスから無尽蔵に抽出できる。だからギャロップの開発は、ハードよりもソフトのほうが大変なんです」


 クローニングのようなものか、とイフルズは理解する。与えられたアーキテクチャを遺伝子とした形質の発現。無機生物であり〝個〟を持たないCEMならば、分子生物学的なセントラルドグマを必要とせず、ただ自己増殖するだけだ。そしてできあがったCEM構造物はアーキテクチャに従っている。


 ふと、CEMに対して奇妙な親近感が湧きあがる。CEM構造物には与えられた仕組みしかない。それは自分も同じだ。有機生命である自分との差は、ゴーストの有無だけだ。それは大して重要に感じられない。どちらも肉の原理アーキテクチャで動いている。


「そのシステムってのは……」

「提喩的均衡下における自他対称性の破れを伴う相転移制御機構」

「なに……?」

「まぁ、わからないですよね、普通。実際、現場では、こう呼んでます」


 インジーは笑いながら言った。


憑依機構ポゼツシヨン・システム

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