ギルドへ
サルベージギルドに行くために、都市の郊外をソフィアは訪れていた。
目の前には、トラムが走る道路を一本挟んで、木々が鬱蒼としている。奴隷学校でも見たことがある、環境調節用の人工森林だ。自然公園とも呼ばれているが、貼りつけたように現れる豊かな緑は、不自然としか言いようがない。文明が抱えている、不自由に対する言い訳だ。
周囲に人気はない。左右見渡しても、森で線引きされた文明の境界線が続いているだけだ。風で揺れてさらさらと鳴る葉の音や、穏やかに流れる川のせせらぎが聞こえる。都市の雑踏とは異なる環境音は新鮮だった。
地図アプリを起動し、ARヴィジョンで現在地を表示する。縮尺された地形に、自分を示す青い点があり、定期的に波紋のエフェクトを再生している。
前を見ると、視界に映るものの名前と概説が、邪魔にならない程度の大きさで浮かんでいる。目前にある森は『第八位国家ギルド自治区』とアナウンスされている。そこから目を離して右手を見ると『第六自然公園』と表示が浮きでた。
「ユカリ、森しかないんだけど……」
問うと、コンシェルジュAIは応じた。
〝座標上はここで間違いありません。私には、ソフィアさんが見ている以上のものは見えませんよ〟
「それはそうなんだけど……」
目的地に間違いはないようだったが、どこから入ればいいのかわからない。もしや、森の中を歩かなければいけないのだろうか。そう考えると、億劫さが湧いてきた。技術屋集団と聞いていたのに、自然愛護団体と間違ったのかと思う。
小さく嘆息して、ソフィアは自分と森を隔てる道を渡った。
森に近づくと、地図アプリとは別の表示が現れる。黄色い三角形とエクスクラメーションマークの警告表示だ。アイコンの下には『ここから先は第八位国家』という警告文と入国に関する説明がある。
ソフィアはユカリに訊く。
「何て書いてある?」
〝少々お待ちを……要約すると、出入国は自由で、特に許可も不要のようです。ただ一点、KUネット上での概念の支配権が切り替わることが強く強調されています。ギルドの成り立ちを考えると、自治区にいるのは、元々はルクスリアの住民だった人々です。物理的な領土や国境に対する意識は薄いのかも知れないですね〟
「そっか。じゃあ、入っちゃおう」
警告表示を突っ切り、ソフィアは森へ足を踏みいれた。
そして森が消えた。
驚きのあまり、瞠目して息を呑む。眼前には猥雑な街並みが広がっていた。
第一印象は鉄屑の山脈だった。コンテナハウスが向きも揃えられずに雑に積まれ、筋交の入れられた柱でまとまり、一つの山を作っている。
山を上り下りするための道は、階段や梯子、昇降索で、文字通り取ってつけたようだった。山麓にはゴミに囲まれているようにしか見えない店が軒を連ねて、訪れた人はゴミを買ったり売ったりしている。
よく見ると、取り扱っているゴミは、店ごとに違うのがわかった。様々な太さと長さを持つケーブル、基板や集積回路、小さな金属やシリコンの部品――どれもジャンク品だ。中には、何かの装置を店先で弄っている人もいる。これもどうやら、同じようで役割が違うらしい。大きく分けて、修理と解体を専門としているようだった。
「さっきまで、森だったよね……?」
ソフィアの質問に、ユカリは声に困惑を滲ませながら答える。
〝えぇ、はい。確かに。どうやら、先ほどまでの森は、感覚投射されていたようです〟
鉄屑の稜線を見晴らして、ソフィアはその場から一歩後退る。森が現れた。一歩進む。鉄屑の山が現れた。ユカリの言う通り、感覚投射だった。それも恐ろしく精巧な。そこに森があると感じさせられていた。
呆然と立ち尽くしていると、一羽の鳥が羽ばたいてきた。見たこともない白い大きな毛玉のような鳥――白梟だ。白梟は近くにあったジャンクの上に降りたつと、こちらをじっと見てくる。鋭い目の下に、羽毛に埋もれた黒い嘴の先端があり、体長は自分の顔よりも大きい。
白梟は首をぐるりと九十度も横に曲げた。初めて見る生態のわからない生き物に、思わずソフィアはたじろぐ。
白梟が嘴を開いた。
「お嬢ちゃん、ギルドに用かい?」
突然の呼びかけに、ばっと辺りを見回す。だが、声の主は見つからない。動揺するソフィアをよそに、白梟が笛の音のような鳴き声を上げた。
「こっちだよ、お嬢ちゃん。お前の目の前にいる梟だ」
言われて、ようやく状況を把握する。梟に向き直り、訊く。
「ふく……なに?」
「梟だよ、この鳥の名前だ」
「喋る鳥なの……」
「鳥は喋らねぇよ、囀るだけさ。これはオレのアバター」
「アバターなの、それ……すごい」
ここに来てから驚きの連続だった。目の前にいる白梟は、現実にそこにいるような存在感だ。自分のARヴィジョンに表示されているならばともかく、許可していない外部入力は自分の目で見ている本物だ。つまり、この白梟は立体映像ということになる。
試しに、白梟の中に手を突っこんでみた。貫通して、手は何も感じない。
あっ、とユカリが声を上げる。
〝ちょっとソフィアさん、失礼ですよ〟
「だってこれ、すごいよ」
そのまま左右に手を振ってみるが、中空に何の装置も見つけられない。どうやって映像が投射されているのか、まったくわからなかった。
不思議そうにするこちらを見て、白梟は目を閉じる。笑っているような顔になった。
「いいねいいね、新鮮な反応だ。オレの名前はオウル。一応、ギルドのまとめ役みたいなもんをやってる。ギルドにようこそ、用件を聞くぜ」
「えっと、データの解析をお願いしたくて……できれば、一番腕のいい人に」
すっと白梟は目を細めた。怪訝そうな顔つきになる。鳥なのに豊かな表情を持つ相手に思わず感心する。
「失礼だが、金はあるのかい」
「いっぱい持ってる」
その言葉に、梟はばっと羽を広げた。
「ならオーケー。ついてきな」
梟がジャンクの上から飛んだ。そのまま、器用にソフィアの視線の高さを維持して羽で風を切る。すぐ近くで空気が掻き混ぜられているのに、風を感じない。
「しかし、運がいいぜ、ええっと……」
「ソフィア」
ゆっくりと空を飛び、先導してくれる梟のあとをソフィアはついていく。鉄屑の山の中を、偽物の白梟に案内されている。まるで御伽噺のようだと思った。
「ソフィア、今ちょうど、うちでトップクラスの技術力を持つ天才様が外から来てるぜ」
「すごい人なんだ」
「すごいさ、ギルドの根だからな」




