18.不器用な愛の言葉
今日も仕事が終わった魔王陛下は、ふかふかのソファに座って私を膝に乗せている。私の頭に顎を乗せて、後ろから強く抱きしめられていた。
私の心臓の音が聞こえてしまいそうなほど密着度が高く緊張するが、魔王様の力に適うはずもなく彼の腕から逃げ出すのは難しかった。それに普通に嬉しいので、私は大人しく彼の腕の中にいた。
「そういえば、アンタ宛に手紙が届いていたわよ」
「手紙?」
そうして手渡されたのはルネディア国王からの手紙で、つい私は顔を顰めてしまう。てっきり親愛なるお兄様やアマンダ様からの手紙だと思ったのだが。
ちなみに魔王陛下にだいぶ前から手紙のやり取りをする許可を得ていて、月に一度ぐらいの頻度で二人とは手紙を出している。
国王からの手紙なんてここに来てから初めてだ。どうせろくなことでは無いだろうと渋々手紙を読んでみれば、やはりビリビリにさいて薪にくべようかと思う内容だった。
文章は恨み嫉みが激しいが、詳しい国内情報は役に立つので仕方なく読み進める。
ついこの間第二王子である義兄が立太子し、見事な手腕によりそのまま王位についたという。そして元国王やその正妃、側室と愛妾達は全て後宮へと押しやられたらしい。
閉鎖空間に身分の違いもなく入れられたため、更に女の争いがヒートアップしてしまったらしい。
臭いものには蓋をしろといったものだが、どうにか義兄はこれから良い国を作っていってくれたらいいなと思う。
そして長ったらしい文句の文を読み解けば、元国王の要求は金も自由に使えず外に出ることも出来ないから何とかしろとのこと。もう隣国へ旅立った私になにをしろというのか。
金を送れと言いたいのだろうが、お前にやる金はないと手紙をくしゃくしゃにした。
「魔王陛下はこんなうちの国と国交を結んでくれようと思っていたんだよな……」
「まぁ長年の課題であるし、両国が平和であることに超したことは無いからね。まぁ今のところ何も進んでいないのだけど」
「それは十割方うちの国王が悪いからな」
ただの平和交渉を政略結婚だと勘違いしてしまったのだから。そのおかげで今私はここにいるという点だけにおいては感謝してもいいかもしれない。しかし、今までの酷い行いで精算してもお釣りが来るぐらいなので助ける気はサラサラない。
「でも全てが悪い方向にいっている訳では無い。人間である私が将来魔王陛下の隣に立つことが許されるなら、私も尽力しようと思う」
「というと?」
「まずはヴァルディア王国と我が国の騎士団の交流会を開催しようと思う。
それに二つの騎士団の連携が出来れば何かあった時お互いに駆けつけて役に立てると思う。そしてルネディア王国の騎士団も魔物への理解を深めて、いつか我が国も襲撃された時に立ち向かえるようにするんだ」
「それは大事かもしれないわね」
どちらの国にも私はお世話になっているから、私が仲介役になってやっていけば大きな衝突にはならないと信じたい。
それに、どちらの騎士団の人たちも優しく騎士道精神に溢れた人格者ばかりなのだから気が合うと思う。
「そして二つの国境沿いにあるスミス侯爵家は懇意にしてもらっていてな。貿易も盛んだから、まずはそこから国同士の貿易を始めるのも有りではないかと思う。
アマンダ様はトレンドを作り出すお洒落なお方だから、魔石のアクセサリーを付けてもらって流行らせ、魔石をヴァルディア王国の名産品とするのはどうだろう。勿論そのお礼は弾んで……」
と、私は色々考えていたルネディア王国とヴァルディア王国の繋がりを持てるような案を上げていく。適宜相槌を打ってくれていた魔王様だが、だんだんと静かになっていく。
流石に夢物語を語りすぎたかと思って振り向いた。
「アンタってばもう!最高よ!」
そう言って私の頭を撫で回した。最近スキンシップが多くて嬉しいけど慣れてないので、照れくさいしドキドキしてしまう。でもどことなく犬を可愛がっているような扱いにも思えてならない。
ふと、魔物様の視線が私の握りしめてくしゃくしゃになった手紙に向いたのを感じる。
そして、私の体が持ち上げられてくるりと回転させられる。そうすると必然的に魔王様と顔を見合わせることになる訳で、彫刻のような美しい顔を至近距離で拝むことになった。するりと彼の腕が私の腰に回る。
「……でもアンタが望むなら、アタシはルネディア国を滅ぼしたっていいわよ」
彼の鮮血のような赤い瞳が私を捉えた。多大の魔力が放出され私の身体が包まれているのを肌で感じる。
私は本能的に固まる身体を鼓舞して大きく息を吐き出して、笑みを浮かべる。
「いいや、断る」
「……そう?」
「そんなことをしたら『自分の力で成し遂げず何が復讐ですか!』とお母様に怒られてしまうからな」
正直、王宮には憎んでいる人が沢山いる。復讐が出来たらとても気分がいいだろう。でも私はそうしない。
一番の被害者であるお母様は私達に復讐を託すことだって出来た。でもそんな事はせず、私とお兄様にひたすら愛情を注いで生き抜くための術を教えてくれた。
お母様の葬式の時、憎悪にまみれた私は何をするか分からなかった。でも、お兄様が止めてくれてよかったと心から思う。
もしあの時復讐に走っていたら私はもう亡くなっていたかもしれない。お兄様と離れ離れにされていたかもしれない。
このヴァルディア王国に政略結婚で訪れることもなかったかもしれない。貴方と出会えずに恋を知らないまま生きることになったかもしれない。
だから、復讐を選ばなかった私を誇りに思う。
「私は復讐をして自分が救われるよりも、苦しさと悲しみを乗り越えて貴方と幸せに生きたいよ」
それでも私のために言ってくれたのだろうと、不器用な彼の愛の言葉に感謝を込めて、魔王様にそっとキスを贈る。私からキスをするのはこれが初めてのことで、すごく緊張した。
「イザベラ」
凄く凄く嬉しそうな表情を浮かべ、彼は私の名前を呼んでくれた。そういえば、魔王様に名前を呼ばれたのはこれが初めてだったかもしれないなと今更ながらに思う。
「レグナルよ」
「……え?」
「レグナル・ヴァルディア。
それがアタシの名前よ。ねぇ、イザベラも呼んでちょうだい」
彼の甘い声が耳に流れてくる。愛する彼の名前を心に刻む。可愛らしい彼のお願いに私は微笑んでゆっくりと口を開いた。
「レグナル」
彼は満足そうにルビーのような瞳をとろけさせ、私に擦り寄る。
そういえば、魔王様が名前を教えるのって夫婦か子供だけだと言っていたのを思い出して私は顔を赤らめる。まるで未来の妻だと認められたようで本当に嬉しかった。
「ごめん、まだ花束と指輪を用意できてなくて……」
「ふふ、楽しみにしているわ」
そう言ってご機嫌そうな魔王様……レグナルは私にキスを落とした。
そうして母国で男勝り姫と呼ばれ虐げられていたイザベラは『英雄姫』と呼ばれるようになり、
魔王陛下を心から愛してずっと隣で支え、魔族たちにも親しみ愛されていくことになったのである。




