13.姫は戦いを選ぶ
こんな幸せな、いつもの日常が今日も訪れるのだと私は思っていた。
それは、『街の方に魔物の大群が押し寄せてきた』との報告が城中に伝達されたことによって簡単に崩れた。
いつもは穏やかな城の人たちにも緊張感が走っていた。
使用人たちが城の中を駆け回り、全ての窓が施錠され、シャッターのようなものが下ろされた。城への出入口の門も魔物が入り込まないように正門以外の扉は全て閉ざされている。街には既に避難勧告がされており、城に沢山の人たちが訪れていた。
そして困ったことに現在騎士団の半分の人員が遠征に行っているため、非常に人手不足であった。
正門の警備に避難誘導、そして魔物討伐と人員は多ければ多いほどいい。
よく食卓に上がって言葉自体はよく聞いているが、そもそも魔物というのは凶暴な生物である。体が大きいため被害が大きく、魔物による死者も毎年多くの数が上がっているという。
魔物達はヴァルディア王国に面している巨大な森から食料を求めてやってくるらしい。
ルネディア王国ではヴァルディア王国の先にあるため、あまり魔物は出現していなかったので私は直接見たことは無かった。それでもとても恐ろしいものなのだろうと人々の動きから感じ取る。
私は安全のため自分の部屋へと押しやられていたが、扉前に居た警備の人を気絶させた。そして、彼が今とても忙しいのを承知で、討伐に行く準備中の魔王様の元へと向かった。
「頼もう、魔王陛下。猫の手も借りたいと聞いた、どうか私にも行かせてくれ」
「なんでここに居るのよ。そんなの無理に決まってるでしょう」
私に背を向けたまま、彼はピシャリと要望を跳ね除ける。しかし半ば想定していた事なので、特に怯むことも無く私は食い下がる。
「確かに私はこの国の騎士でもなんでもないが、それなりに動ける分猫よりは役に立てると思う。現に人手不足なのであろう?」
「それはそうだけど、人間にできる仕事なんてないわよ。むしろ邪魔だわ」
「邪魔はしないし、報酬は求めない。いや、一切れでいいから魔物のステーキ肉は食べたい」
「厨房に伝えとくから、行かなくても沢山食べていいわよ」
山盛りの魔物肉ステーキを思い浮かべてヨダレが出そうになるが邪念を振り払う。最近一日三食、たくさんご飯を食べているからか胃が大きくなってすぐお腹が空いてしまう気がする。
冗談はさておき、私は本音を話すことにする。
「綺麗事ばかりいってすまない。本当は、ここに居ていい理由が欲しいだけなんだ」
私にずっと背を向けていた魔王様がようやくこちらを見てくれた。
私はここでまだ何も出来ていない。婚約者とはなっているが、どうしても宙ぶらりんな立ち位置である。
今は魔王様の仕事を手伝うわけでも、王妃教育というものがあるのかも知らないが未来の王妃としての務めが始まるわけでもなくただのんびりと過ごすことに焦りを感じていた。
王宮の中で何もする訳でもなく、未来が決まっていなかった頃と同じだ。ずっとこのままお荷物でいるのは嫌で、何か役に立つことで、ここに居ていいんだと思いたかった。
「別に何もしなくても、アンタはずっとここに居ていいのよ」
そう言って魔王様は慈しむような、何処か哀しそうな表情で私の頬をそっと優しく撫でた。私の頬が赤くなってしまうのは目の前の彼が好きだから仕方ないだろう。
「それは嬉しい。でも貴方にダメだと言われても勝手に行くよ」
「強情な馬鹿ね」
「意志が強い良い女だと言ってくれ」
本当に馬鹿、と貶す魔王様に私は安心させるように微笑む。
「心配しなくても、私が死んだところで我が国が怒ることは無いだろう。国交の亀裂にも戦の火蓋にもならない」
私の訃報を聞いたところで、あの国王はやっと死んだかとほくそ笑むだけだろう。
お兄様もアマンダ義姉様も騎士団の人達も悲しみはするかもしれないが、魔国に喧嘩を売るほど愚かでは無い。
「……アンタをっ、心配しているのよ!!!」
初めて聞いた彼の大声に私は目を丸くする。咄嗟に掴まれた腕がギリギリと悲鳴をあげる。ハッとしたように彼は口を抑えて、力を込めていた手をそっと離した。
本当に私のことを心配してくれていたのかと、私は嬉しくなってしまう。それでも私は首を横に振る。
「ありがとう。でも、私は守られているだけの姫君でいるつもりはない」
私は物語の中の、囚われているだけで誰かの助けを待つしかないお姫様がずっと嫌いだった。幸せは、自分の手で掴んでこそだ。
私は気まずい表情を浮かべた魔王様の頬を両手で挟んで視線を無理やり合わせる。どこか留守番を言い付けられた子供みたいな顔をしている。
「こんな可愛げのない私を心配してくれる貴方が好きだ。
だから、この戦いが終わったら結婚して欲しい」
「……ありきたりな死亡フラグを立てようとするんじゃないわよ」
「はは、でも私は本気だよ」
彼は深い深いため息の後、小さく笑った。
「……そうね。無事に生きて帰ったら考えてあげるわ」
「えっ本当か!?魔物の首を十個持ってくるとか条件付きではなく……!?」
「そんな鬼畜なこと言わないわよ。その代わり危ないと思ったら逃げることを約束して頂戴。それを臆病者と笑う、命を大事にしない馬鹿が居たらアタシが殴るわ」
「分かった。ありがとう」
私の返事に満足そうに頷いた魔王様は、ふと思いついたようにゴソゴソと何かを取りだした。そこにあったのは剣と盾と……ブレスレットみたいなもの。
「討伐に行くなら丸腰で行く訳にもいかないでしょ。全部あげるわ」
「えっと剣と防具は分かるが、アクセサリーみたいなこれはなんだ?」
「これは……ヴァルディア王国の伝統ある御守りよ。貴方を護ってくれるわ。付けていきなさい」
「ありがとう!」
私が不器用なためかお守りだというブレスレットをガチャガチャと付けられずにいたら、魔王様の腕が伸びてくる。
ルビーのような煌めきをした美しい石が私の動きに合わせて揺らめく。
「ん、これでいいわね。庭にある馬車に乗って街に着いたら騎士と合流させるから一緒に動きなさいね。
私はもう行くから、無事に帰ってきなさいよ」
「あぁ、魔王陛下も無事に帰ってきてくれ」
「こんなに強い私にそんなことを言うのはアンタぐらいね」
「好きな人の安全を望むのは当たり前のことだろう」
そう言えばグッと押し黙って、彼は討伐へと向かってしまった。私は照れ屋なその背中が見えなくなるまで見つめて、気合いを入れるために自分の両頬をパンパンと叩いた。




