12.初恋アプローチ
そして国王の見送りの準備のため使用人達はドタバタと部屋を出ていき、この部屋は私と魔王様だけとなった。
彼は深い息を吐き、ゴキゴキと音を立てながら首を回していた。
「はぁ、全く疲れたわね」
「……魔王陛下」
「何よ。珍しく真剣な顔をして」
「これから私の扱いはどうなるのだろうか」
結局私のせいで政略結婚うんぬんかんぬんの話が終わる前に国王が帰ってしまったのだ。また話し合いの場を設けるのも大変なことだろう。決定はしていないが、破棄もされていない。
それに彼は先程、「アタシがこの子を貰う」と国王に宣言していた。それからずっとうるさい心臓の音の正体に私はやっと気づいていた。
「あー……そうね。さっきも言った通り、責任もって私が面倒を見るわ」
「……それは、婚約者として?」
「まぁそうね、表向きはそうしてもらおうかしら。
隣国の人間の姫を貰っておいて使用人にする訳にもいかないし、アンタが弱い立場だと受け入れない魔族も居るかもしれないから」
「良かった、婚約者なら何も問題は無いな」
その言葉に安心して笑みを浮かべる。私の言葉に不思議そうな魔王様に近づいて、彼の目の前で跪こうとしたが、身長差的に厳しいなと思ってそのまま手をとる。
「魔王陛下、貴方が好きだ」
生まれて初めての愛の言葉と共に、指先にキスを落とす。
驚きで目を見開いて固まる魔王様の姿はなかなか珍しいかもしれない。
「前々から貴方と居ると胸の高鳴りは感じていたんだ。恋愛には詳しくないが、これが恋というものだろう?」
「……アンタね、それは優しくされた気の迷いよ。雛鳥が初めに見たものを親と認識するようなもんよ」
ようやく理解が追いついたのか、苦々しい表情をした魔王様は私の言葉を否定した。負けじと私も口を開く。
「それは違う。その理論だと私の初恋の相手はアマンダ様になる」
「誰よその女」
「私の親愛なる双子の兄の婚約者だ」
「とんだ修羅場を作りそうになってるわね」
そんな三角関係は嫌だ。お兄様が泣いてしまう。
まぁ、幸いな事に双子でも同じ人を好きになるとかベタなことは無かったので良かったと思う。お兄様はヘタレな奥手な男だが、アマンダ様にずっとベタ惚れだ。見てる私が恥ずかしくなるぐらい。
「アマンダ義姉様は魔王陛下の不器用な優しさと違って、真っ直ぐな優しさをぶつけてくれるかっこいい人なんだ。
女でも普通に惚れそうになる」
「仮にも好きだと告げたばかりの相手をさりげなくディスるのやめなさいよ」
「不器用な優しさの魔王様が好きなんだ」
私は今まで恋を知らなかった。生まれて初めての恋は、こんなにも胸が熱くなるものなのか。
「何度だって言う、貴方が好きだ。政略結婚ではなく、私と共に愛のある人生を送らないか」
ストレートな愛の言葉を送れば、困ったように言葉を詰まらせるところが愛らしいなと思う。
「……悪いけど、アタシはアンタのこと好きでもなんでもないわ。押し付けるのはやめて頂戴」
「嫌いと言われないだけマシだな。それに私は貴方の好みのタイプでは無いのはわかっている。でも成長の余地はあるから少し待ってて欲しい」
そう言って私は成長中の胸を張る。魔王様はあからさまに目を逸らしモゴモゴとしている。いつもの堂々とした姿と全く違って笑ってしまう。
「タイプとかの話じゃなくてね……」
「あとここに来た初日の言葉は全部破棄する。私は白い結婚は嫌だし、愛人も作らないでくれ。女の嫉妬は醜いぞ」
「我が国は一夫一婦制で、浮気も法で裁かれるからそこは大丈夫よ」
ならば安心だ。何人もの女を作った国王の、女たちの醜い裏側を知っている私だからこそ自信を持って言えることだ。
そんな陰湿なことをする気はないが、決闘を申し込むぐらいはしてしまうかもしれない。
「……ほ」
「ほ?」
「保留で」
それだけを言って、魔王様はスタスタと部屋を出ていってしまう。反応を見るに案外、魔王陛下も恋愛経験ないのかなと勘ぐってしまった。
しかし保留か。検討させる為にも私はこれから頑張らなくてはならない。私は粘り強く、意思の固い女である。
それから私は毎日魔王様に猛アプローチを続けた。
周りも最初は驚いていたようだが、反応は概ね好意的だった。「あの魔王様に春が来た!」と応援までされている。
「魔王陛下、今日も愛している!大好きだ!」
「……はいはい、そんな大声で言わなくても聞こえてるわよ」
今日も私は朝から魔王様に愛を告げていた。もちろん仕事等の邪魔にならない範囲内でだ。空気を読めず、嫌われてしまっては元も子もない。
ちなみにこうやって何度も素直な愛の言葉を伝えると、だんだんと耳が赤くなって逃げ出すところも可愛くて好きだ。
「……私には恋とかよく分からないわ。そんなものにうつつを抜かす人生じゃなかったもの」
「なら私とお揃いだな。いつかそれが初恋になってくれたらとても嬉しいよ」
「別にそんなに私に愛されることを頑張らなくても、アタシも周りも、アンタを冷遇したりとかしないわよ」
「そうだろうな。ここの皆の優しさはとっくに知っている」
私は笑みを浮かべて頷く。魔王様も優しいが、周りのみんなもとても優しいのだ。リリアナを始めとする侍女達にはいつもお世話になってるし、料理人たちはいつも私のために美味しい料理を作ってくれる。騎士団の皆も人間の私のことを可愛がってくれているのだから。
そしてみんな私の恋を応援してくれている優しい人たち。
「いい? アンタに言い寄られたって、子猫に懐かれた程度にしか思ってないわよっ!」
「私はどちらかというと犬ではないか……?」
まるで犬のようだと言われたことはあれど、猫のようだと言われたことは無いなと首を捻っていれば背後から声がした。
「あれれ?魔王様は猫ちゃん大好きじゃなかったですー?」
「多大な魔力のせいでいつも逃げられるけど、大好きですよね」
魔王様の言葉に、ちょうど部屋に入ってきたリンとスズが言葉を挟む。彼らは魔王様の秘書といった肩書きで、よく一緒にいるのを見る。彼らと表現はしたが、二人とも中性的な見た目をしていてどちらの性別なのかは私は知らない。昔からの長い付き合いで、魔王様とも仲がいいようだ。書類を渡しに来たらしい。
「魔王様、そろそろ諦めて受け止めたらどうですー?」
「そうですよ魔王陛下。こんな可愛い子に好かれて満更でもないのでは?」
「うるさいわね!アンタらどっちの味方なのよ」
「やだなぁ、俺たちは魔王陛下の幸せを心から願ってるだけですよ」
「ねー」
二人は両側から魔王様の頬をつついては、顔を見合せて楽しそうにクスクスと笑っている。その仲の良さが羨ましい。
「……無駄口叩いてる暇があるなら、仕事を追加しちゃおうかしら」
「オット、ボク仕事を思い出した」
「やべやべ。私もー」
そう言って彼らは仕事を押し付けられる前に慌ただしく部屋を出ていったのであった。まるで嵐のようだったなと私は小さく笑う。
疲れた様子の魔王様に私は疑問をなげかける。
「そういえば、リンもスズも魔王様と親しいと聞いてるが、皆同様に魔王陛下や魔王様と呼ぶのだな。
あれ?まず私、魔王陛下の名前を知らないような……?」
魔王という言葉が定着しすぎて何も疑問に思っていなかったことに今更ながら気づく。未だ好いた相手の名前すら知らないとは。
「そうね。魔王にとって真名は神聖なものだから、気軽に教えられないのよ」
「そういうものなのか」
「基本的には家族……結婚相手や子供にだけ教えるものよ」
「知らなかった。いい加減私と結婚してくれるのか?」
「都合のいい思考回路だこと」
流れで結婚まで行けないかと思ったが流石にダメか。私もいつか彼の名前を知れる日が来るのだろうか。
私に呆れたように魔王陛下は笑って書類に目を通す。仕事をするならそろそろ撤退するかとタイミングを見計らっていれば彼が口を開いた。
「そろそろアンタに魔国についての本でも差し入れようかしらね。これからここで生きていくなら、その常識知らずじゃ大変だもの」
私はその言葉を聞いてポカンと口を開く。
返事が無いことを不思議に思ったのか書類から目を離し、魔王様が私の方を向いた。
「何よその変な顔。別に覚えたくないなら覚えなくてもいいのだけど」
「いや……その、私はここで生きていっていいのかと思ってな」
「変な子ね。別に今更追い出したりしないわよ」
そう言って魔王様は優しく笑った。
この恋が実らず、いつか追い出されるかもしれないと心の片隅で思っていた。だから、当たり前のように言われたその言葉が本当に嬉しかったのだ。
やっぱり貴方が好きだと心から思って、泣きそうな顔を隠すために私は魔王様に思い切り抱きついた。
驚いた魔王様が手にしていた書類を思い切り握りしめ、その結果破れてしまったため書き直しとなり、私と魔王様はリンとスズに後ほど怒られることになったのだった。




