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ネコ耳❤アリシアの魔王城日記  作者: 独瓈夢
第五部 アリシア大公
335/336

第335章 アリシア大公の製鉄所視察(前編)

「いつでもいいぞ」

 バヤックダン工場長が、そばのドワーフ技師に言った。


「はい。制御室、第6号炉を開けてください」

 ドワーフ技師は工場長に答えると、次に手に持った音声通話機に向かって指示を出した。


《了解。第6号炉を開けます!》

 制御室から指示の確認が返って来た。


 ピィィィ――――――!

 ピィィィィ――――――――!


 製鉄用燃料(コークス)製造区内の蒸気ホイッスルの甲高い音が鳴り響き、赤ランプがせわし気に点滅し始めた。


 巨大な押し出し機から伸びた頑丈な造りの扉引き上げ機が、縦に長い炉の扉をがっしりと掴む。太い鎖が火花を散らして唸り始めた。

 熱で歪んだ鋳鉄の重い扉が、枠と擦れて「ギィィィ……」と耳を裂くような音を立てげながら鎖で引き上げられる。


                  コークス炉が開いた瞬間

挿絵(By みてみん)


 次の瞬間、「ドォッ!」いう衝撃と共に、炉内のガスが外気に触れて爆発的に燃え上がった。

 炎の渦は空高く燃え上がり、続いて「ガラガラ、バリバリバリ!」と、硬く焼き締まった数百キロの製鉄用燃料(コークス)が、金属質な音を立てて崩れ落ち、レール上で待機していた運搬車に溶岩の雪崩(なだれ)のように落ちていく。


 炉から押し出された灼熱の製鉄用燃料(コークス)が発する熱気は、アリシアたちの頬を熱くし、周囲の鉄骨は灼熱の強烈な光を反射してオレンジ色に染まり、アリシアたちの衣服の金属ボタンや護衛のソフィアたちの下げている剣やまでもがオレンジ色に染まった。

 運搬車から溢れ落ちんばかりに積まれた灼熱の製鉄用燃料(コークス)が発する高温による凄まじい空気の対流のせいで、運搬車の背後の炉などの設備が水中に沈められたかのように激しく揺らめいて見える。


 熱風とともに燻製が焦げたような強烈な匂いと鼻の奥がツーンと痛くなるような刺激的な臭いが漂って来て、アリシアもアマラもほかの者たちも顔をしかめた。

 アリシアたちは、製鉄用燃料(コークス)製造区から50メートルほど離れたところにある特設テントの下から見ていたが、あまりの凄まじさに呆然となった。


「この炎こそが大公殿下のご領地発展の象徴です」

 工場長のバヤックダンさんが、胸を張って誇らしげに言った。


 高熱のため眩いばかりの黄金色になった製鉄用燃料(コークス)を乗せた運搬車は、これもドヴェルゴ国製の専用蒸気動力車によって牽引され、レールの上を移動し始める。

 灼熱したコークスから少しでも距離を置くためか、蒸気動力車と運搬車は15メートルほどの長さの太い鉄骨状のもので繋がれていた。


「ヴォォォォ―――――ッ ヴォォォォ―――――ッ 」

 鋭い汽笛の音が鳴り響き、ゴトン!と音を鳴らして運搬車が動きはじめる。


「カン、カン、カン……」

 蒸気動力車の運転台の外側につけられた大きな真鍮の鐘が引っ切りなしに鳴り続ける。


 黒煙を煙突から吐き出しながら、蒸気動力車はゆっくりと運搬車を引っ張って行き、製鉄用燃料(コークス)炉が並んでいる端から少し行ったところにある、高さ30メートルほどの建物の基底部に入って行った。 

 蒸気動力車は出口側から出て来て停止したが、製鉄用燃料(コークス)を積んだ貨車は建物の中に入ったままだ。


「あの高い建物は、消火塔といいます。炉から出された製鉄用燃料(コークス)は、千度以上あり、そのまま置いておくと燃え続け、灰になってしまいます。そうなれば鉄製造の材料とはなりませんので、あの消化塔で水をかけて冷却します」

 バヤックダン工場長が汗を拭きながら説明する。


「水が放出されます」

 ドワーフ技師が言った直後、消化塔の上部のタンクに貯めてあった数万リットルの水が一気に放出され、下に停止していた運搬車に降り注がれた。


「ドガァ―――――――ン!」


 落雷と爆鳴気を合わせたような凄まじい衝撃音が響き渡り、周囲の空気が震えた。

水が灼熱状態になっていた製鉄用燃料(コークス)に触れて瞬時に爆発し、鼓膜を圧するような咆哮となったのだ。


 視界は一瞬で、噴き上がる真っ白な蒸気の壁に遮られた。

 高圧の蒸気が「シュゴォォォ――――!」と天を突く巨大な蒸気の柱となり、まるで火山の噴火のように数百メートルの高さまで上る。


 消化塔から輩出された蒸気は、大気中で拡散され、気圧のため地表付近まで一気に降りて来てあたり一面に鼻を突く、腐った卵のような匂いを巻き散らす。


 消化塔の中では、灼熱色だった製鉄用燃料(コークス)の塊が、急速に冷やされてたちまち輝きを失い、灰色の無機質な石の塊へと姿を変えていった。



 ミンクボールン製鉄所は、ブレスタンネン平原の大炭田とは正反対だった。


 ブレスタンネンの大炭田が、“露天掘り”で火と煙、それに異臭などとは無縁の解放的な感じのする自然の中での現場だったのに対し、製鉄所は、炎と灼熱と轟音と異臭の中で鉄を生み出すという、凄まじい製造の現場だった。


「ミンクボールン製鉄所では、現在4千人近くの作業員が三交代で働いています」

 バヤックダン工場長が、説明してくれる。


「製鉄所は、高温で危険な環境で、作業員は、煤まみれ、汗まみれとなりますが、現地のカニスディオス(イヌ人族)の作業員たちもドワーフの作業員たちに負けずに頑張っています。

高炉、転炉、熱間圧延場 溶鉱炉などとても熱い作業場は、誰でも働けるものではありません。熱さに耐性のあるカニスディオス(イヌ人族)か、ドワーフだけです」

 バヤックダン工場長は、頼もしそうに汗を流して働いている作業員たちを見ながら話す。


“なるほど。だから、このあたりではカニスディオス(イヌ人族)の中でもとくに熱さに強いと言われるサルキア種族やアンゴガリ種族が働いているわけか。”


 鉱山から軌道列車で運ばれて来た鉄鉱石を、製鉄用燃料(コークス)炉に運ぶ自動運搬帯(ベルトコンベアー)に乗せる作業や、完成した鉄鋼製品を港に運ぶ貨車に積みこむ作業などには、エクウスニディオス《馬人族》やボヴィニディオス(牛人族)オビズアリエディオス(ヒツジ人族)など多くの獣人族が携わっていた。彼らは、地元出身か、他領土、もしくは他国から仕事を求めてゲネンドル領に移住して来た者たちだ。



 ゲネンドル領で最初に完成したミンクボールン製鉄所には、行政長官のアマラちゃんや工業部門部長のロジーヌちゃん、鉱山・動力部門部長のエステルちゃんなどは、すでに何度か視察に来たことがあるらしかったが、それでも目の前で見る光景に、「すごいわね!」「何度見ても圧倒されます!」「まったくですね!」と興奮気味に言っているから、やはり製鉄所というのはすごいところに違いない。


 まだ3歳のレーヌとロッテにとって製鉄所見学は危険だと思って、製鉄所の管理棟の来客室で子守たちといっしょに待たせているが、もう少し大きくなったら、こういう場所にも是非連れて来たい。

 ふだん、何気なく使っている、フォークとかナイフ、それにお鍋やフライパン、包丁、ハサミ、ヘアピン、缶詰、針、アイロン、鋳鉄製ストーブ、焼肉用コンロなどの素材が、こうやって作られるのだと子どもが知ることはすごく重要だと思う。




「ここで冷やしたものが鉄の材料となりまして、この材料がここから高炉へ運ばれます」

「それにしても凄まじい光景ですね。鉄を作るのが大変だとは聞いていましたけど、これほど物凄いものだとは思いませんでした」

「これはまだ序の口です、大公殿下。これからご覧になる高炉や転炉はもっとすごいですよ!」

 テントから出て、蒸気動力車に連結された天蓋付きの“特別車両”へ向かいながらバヤックダン工場長が言う。

 

 バヤックダンさんは、ドヴェルグ王国の製鉄所の現場で20年間働いたあとで副所長として働いていたのをミンクボールン製鉄所の所長として迎え入れたドワーフだ。製鉄所の現場というものをよく知っているし、管理も知悉している、ゲネンドル領の製鉄所にまさに打ってつけの“製鉄ドワーフ”だ。



              ミンクボールン製鉄所の高炉建屋

 挿絵(By みてみん)



 “特別車両”に乗って、ゴトン、ゴトンとしばらく行ってから、一行は“特別車両”から降り、20メートルほどの高さの建物に向かった。波板の鉄板で覆われた建物自体も大きかったが、その建物の屋根の上からは鉄骨の枠組みに囲まれた巨大な煙突のようなものが突き出ていた。その後には、8本の細く高い煙突が並んでいる。

 この巨大な建物の中に高炉があるらしい。巨大な煙突状のものからは、濃い灰色の煙がモクモクと上がっており、時たま炎が立ち上ったり、黒い煙が出たりしていた。



 建物の中は、すごい熱気と轟音のルツボだった。

 空気を引き裂くような凄まじい風切り音、いたる所で「シュ――ッ、シュ――ッ!」と蒸気が鋭い音を立てている。


 真っ黒い大型機械がガタガタと動き、鉄の塊がぶつかり合う音が建物全体を震わせる。

 騒音があまりにもひどすぎて会話はまったく出来ない。“特別車両”から降りたときに製鉄所の広報課の美しいカニスディオス(イヌ人族)の女性社員が耳栓とヘルメット、それに厚いコットンの服を渡してくれたが、それでも轟音は耳栓を通して鼓膜にガンガンと響いてくる。


 現場の作業員たちは、身振り手振りで作業の合図などを伝えていた。

 熱と轟音だけでなく、ここでも先ほどの製鉄用燃料(コークス)炉の時に嗅いだのと同じ匂いが充満していた。周囲を囲まれた建屋の中なので、製鉄用燃料(コークス)炉と違って匂いはすぐに拡散されない。作業員たちは、一日中この轟音と熱気と異臭の中で働いているわけだ。まったく頭が下がる思いだ。 


 作業員たちは、通路を行く私たちに煤だらけの顔で私たちに礼儀正しくあいさつをしてくれた。

「大公殿下、こんにちは!」

「大公殿下、ようこそミンクボールン製鉄所へ!」

「殿下、危険なところですから、お気をつけて!」


「こんにちは。大変だろうけど頑張ってください」

「すごいところだね!」

「あなたたちも事故には十分気をつけて!」

 私も丁寧に返事をする。


 バヤックダンさんを先頭に鉄製の階段を何十段か上がる。

 ここはすでに地表から十数メートルの高さのところだ。鉄製の通路をしばらく行くと、“特製観覧席”が用意されていた。

 “特製観覧席”は、通路から4メートルほど張り出した幅10メートルほどの場所で、上には鉄板の屋根が張ってあった。白く塗った手すりが張り出した部分につけられており、特製テラスといったところだ。


「ここからが、高炉から溶けた鉄が出るさまがよくご覧になれます」

 バヤックダンさんが、タオルで汗を拭きながら言う。


「殿下、今から地獄の門が開かれます。ここは高い場所なので問題はないと思いますが、万一、火花や溶けた鉄が飛んで来ましたら、後に下がってください」

 高炉施設のドワーフ技師が注意事項を言う。


「地獄の門とは何ですか?」

「あ、失礼しました。出銑口(しゅっせんこう)のことで、溶けた銑鉄(せんてつ)鉱滓(スラグ)を炉から取り出すための穴のことです」

「地獄の門とは、いかにも恐ろし気な名前ですね」

「はい。摂氏1500度を超える溶けた液体の鉄が......」


ピィィィィ―――――――ッ!

ピィィィィィ――――――――ッ!


 ドワーフ技師が説明し終わらないうちに、鋭い汽笛の音が鳴り響き、赤い回転灯がせわしく点滅しはじめた。


 次の瞬間― 


「ドォォォン!」


 腹に響くような重低音が突然鳴り、


「ゴォォ―――ッ!!」

 続いて、巨大な滝の瀑布が落ちるような轟音が鳴り響いた。





           高炉から溶けた鉄が出て来るところ

          (これは近代的な高炉の写真です)

挿絵(By みてみん)

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