第332章 アリシア大公、ギルド本部を訪問する
ギルド本部の前には、ギルドの職員たちが総勢で出迎えてくれていた。
みんな、はち切れんばかりの笑顔で歓迎してくれている。儀礼的な笑顔でないことは、彼らの目を見ればわかる。市民たちも私の帰還をよろこんで歓迎してくれていた。領主として、これほどうれしいことはない。
領主には領民を庇護する責任がある。領民が安心して暮らせるように努力するのは、支配者としての領主の基本的な義務だ。
ギルド本部玄関の大きな両開きのドアの前にいるカプラニディオスの中年女性が、ギルド理事長のアデラ・タウルさんだ。
アデラさんはゲネンドル領のギルドの理事長であり、アデラ・タウル工房の持ち主でもある。まあ、アデラさんはギルドの仕事が忙しすぎて工房の方は、娘のエマラニさんたちが切り回していると聞いたが。
そして、アデラさんの横にいる堂々とした体躯のクルチバドール種族のカニスディオ族の男は、 オーマル・エルグノー・ゼーブランド元伯爵だ。
彼は屋敷の使用人から、ゲネンドルタウン組合長に昇進した。元領主だけあって、領民たちはよく彼のことを知っていたし、ゼーブランド元伯爵もけっこうゲネンドルタウン周辺の農業事情を知っていたし、元伯爵は“高慢ちき”でもない(ではなくなったというのが正しいか?)ので、農民たちの受けもいいらしい。
適材適所というわけだけど、これも注意深くゼーブランド元伯爵の働きぶりを注視して来た― たまには規厳しい注意をしたりしたと聞くが― アマラちゃんたちのお手柄だ。私は本当に良い部下に恵まれていると思う。
ギルド本部の3階の貴賓室に案内される。
貴賓室には、ギルドの幹部が8人いた。彼らは私が入室するとそれぞれ自己紹介をした。
ギルド理事長: アデラ・タウル
副理事長: ドゥリン ・マルドゥス
財務担当理事: リアム・ボイロン
福利厚生担当理事: チューリン・ドッチャジノリ
事業部理事: エアイン・ヴァサンドリ
内部監査役: オリュー・カガン
外部監査役: ギーロ・ドロルム
ゲネンドルタウン組合長: オーマル・エルグノー・ゼーブランド ゼーブランド
アデラさんは、ギルド創立当時からギルドの中心的存在としてがんばってくれている女性で、柔和な性格だけど言うべきことはハッキリ言う人だし頭の回転も早い。まさに理事長に打ってつけの人物だ。
財務担当理事のボイロンさんは、元ゼーブランド伯爵の家令だった人で、真面目で数字に強いことから財務を担当するようになったそうだ。
事業部理事のエアイン・ヴァサンドリ君は、西ディアローム帝国のバラッド・ヴァサンドリ子爵の息子。 ヴァサンドリ子爵は、ディアローム帝国内で繊維工場や石炭採掘、鉄鋼生産などを行っており、その分野ではかなり有名な貴族だ。
エアイン君は三男なので当然子爵のあとを継げない。それで、父親について習った鉄鋼事業などを新天地で生かしたいとゲネンドル領にやって来たらしい。
数人のカニスディオスやラビットニディオスの若い女性が、トレーにティーポットとティーカップを乗せて貴賓室に入って来た。理事長や副理事長の秘書たちらしい。最後に入って来たのは、スコティコリー種族のカニスディオスの若い女性だった。
「あら、あなたは、ゼーブランドさんの長女じゃない?」
「お久しぶりです、大公殿下。アロイーズ・ゼーブランドでございます。四年前に大公殿下から受けた恩義は片時も忘れたことがございません」
トレーを抱えたまま深くお辞儀をした。
「お姉ちゃん、元気そうね!」
ミルイーズちゃんも姉が元気そうなのでよろこんでいる。
「アロイーズさんは、よく出来た人でしてね。ゲネンドルタウン組合で生活指導員をやっていただいているのです。親身に相談に乗ってくれるとギルド員から評判なんですよ」
アデラさんが、アロイーズさんを褒める。
「いえ、そんな。私は、あのようなことですごく... あ、すみません、私があの屋敷の使用人になったのは、父の不徳の致すところだったということは十分理解しております」
「平民の使用人として苦労したから、一般の市民や農民の悩みや問題などもわかるようになったと言うことね?」
「は、はい。ですから、大公殿下には、いつも心で感謝しております」
ティーカップをテーブルに置いているアロイーズさんの動作を、食い入るような視線で見ている者がいるのに気づいた。
気取られないようにちらっと見ると―
何とヴァサンドリ子爵の三男坊で事業部長をやっているエアイン君だった!
“なに、彼のあの熱い視線?それにあの目、完全に恋する男の目じゃない?”
どうやら、ほかの秘書たちも気を利かしたらしく、エアイン君の前にはティーカップを置かなかった。
“はは―ん。どうやら二人の仲は、周知の事実のようね”。
監査役のオリュー・ギーロさんとお父さんのゼーブランド組合長の前にティーカップを置いたアロイーズさんは、エアイン君の前にティーカップを置いた。
「ありがとうございます」
「いえ」
お礼を言うエアイン君に対して、頬を赤めて謙虚に答えるアロイーズさん。
そしてその二人をうれしそうに見ているゼーブランドお父さん。これは、結婚式も間近じゃないの?
まあ、アロイーズさんは苦労しているからね。
伯爵家の長女として生まれ、父親の秘書として働いていたドアングレーム男爵と結婚し、可愛い女の子もうまれ、男爵夫人として幸せな人生を送る... はずなのだけど―
だけど、ドアングレーム男爵は野心家だった。
落ちぶれた男爵家を継いだドアングレームは、東ディアローム帝国の手先に抱きこまれ、ゼーブランド伯爵を西ディアローム帝国政府転覆計画に巻きこんだ張本人だ。
東ディアローム帝国が、どのような手段でドアングレーム男爵を抱きこんだのかわかってないけど、当時西ディアローム帝国内には、東ディアローム帝国の手先の者や諜報員がかなりいたらしいから、そんな連中に目をつけられて引き込まれたのだろう。
敵国の手先の者たちは、財政的に困っている西ディアローム帝国の貴族たちや西ディアローム帝国政府に対して不満がある貴族などと接触し、東ディアローム帝国側に寝返らせようと盛んに行動をしていたらしい。
東ディアローム帝国の手先の者は、ドアングレーム男爵に対して、西ディアローム帝国政府転覆の暁には、新政府内で要職を約束すると言う甘言でドアングレームを計画に引きいれた。
そして妻の父親ゼーブランド伯爵を政府転覆計画に巻き込んだわけだが、ちょうどその時、魔王国の秘密任務でゾオルにいた私とガバロス親衛隊の活躍で、政府転覆計画は失敗した。
逮捕されたドアングレーム男爵は、その後島流しになったとも、誰かの手引きで東ディアローム帝国に逃亡したとも言われているけど消息は定かではない。
国家反逆罪を冒した者の妻、裏切者の妻と呼ばれ、父親のゼーブランド伯爵は全財産没収の上、爵位を剥奪され、一族は路頭に迷う身分に落ちた。いや、新領主となった私が、私の所有となった伯爵邸の使用人として雇ってあげたから、 路頭には迷わなかったんだけどね。
妹のミルイーズちゃんは、私の秘書として雇われたのであまり苦労はしてない。ミルイーズちゃんは、父親に似たのだろう、かなり楽天家だ。お姉さんのアロイーズさんは、お母さんのジアネッタさんに似たのだろう、真面目だし、謙虚だ。
貴族と使用人の差は、月とスッポン、チョークとチーズ、昼と夜だ。貴族は朝起きれば、使用人が洗面器に水を入れて持って来てくれるし、着替えも髪をとかすのもお化粧するのも、すべて使用人がやってくれる。
極端な話、望めばウ〇チをしたあとでオシリも拭いてくれるのだ。
それに比べ、使用人は朝から晩まで安い給料でこき使われる。
下級使用人の勤務は、夏は朝6時から冬は朝7時から始まり、夜は貴族の家族が寝るまで働かなければならない。主人たちが寝るのがどんなに遅かろうと、朝の勤務開始時間には変わりはない。パーティーなどで忙しい夜は一睡もできないこともある。
その両極端の経験をしたアロイーズさんだからこそ、平民の悩みや問題がわかるようになったのだろう。
「ギルド加入員数は、ゲネンドル領でほぼ世帯数の7割、人数にして170万人以上の加入者となっております。元ロレアンスロゥプ領でも、すでに40万世帯、人数にして90万人に達しようとしています」
アデラ理事長が、笑みを浮かべて説明をする。
「ギルドの利点は、元ロレアンスロゥプ領でもゲネンドル領で導入されたときからすごく注目され、評判になっております。地方の町におけるギルドの設置・運営は、まず、福祉施設の完成を待ってギルドの運営が開始されるのですが、子どもを早く学校に入れたいから学校を先に立ててくれとか、おじいちゃんを病院に入れたいから、最初に病院を建ててくれなどと要求が多くて困っております。ヒヒーン」
エクウスニディオスのチューリン利厚生担当理事が苦笑いしてため息をついた 。
ゲネンドル領にギルドを創設するにあたって、人頭税を払うよりギルド費を払った方が得だと領民にわからせるために、ギルド加入者は優先的に植え付け用の穀物の種、穀物の種や飼育・役畜用の牛馬、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリなどの家畜購入用の融資を受けれるという条件を打ち出した。
ほかにも、子どもに教育をあたえるための学校や身寄りのない老人や、世話をする者がいない老人のための養護施設の創設とか、無料で診断・治療ならび無料で薬を受け取ることができ、必要な場合は病院に入院できることにするなど、いたりつくせり(?)で手厚い福利厚生を提供することにしたのだ。
これが当然大受けした。
それはそうだ。以前のゼーブランド伯爵領では、度重なる不作で農家は貧乏のどん底に落ち、領主に貢納する収穫物にも欠くような状態で、酷いところでは餓死者が出るほどだった。ひどい食糧不足のため、植付け用に保存していた穀物や豆の種まで食い尽くした農家も多かったのだ。
そこにギルドに入会すれば、植え付け用の穀物の種を融資してくれるというのだ。おまけに、銀貨4枚の入会費も分割払い可能となれば入会しない手はない。それに、家畜を買うとか理由をつけて融資を受け、そのお金で家族のための食料を買うこともできるし。
そういう融資の使い方は良くないことなのだけど、領民が餓死したり、食べ物がなくて仕事もできなくなってしまっては、領地再建もままならないので、ギルドの方でも大目に見るように指示を出したのを覚えている。
まあ、飼育・役畜用の動物購入代金だろうが、自分たちの食料代金だろうが、1年の据置期間が過ぎてから返済してくれればいいのだ。
このギルドによる救済処置と融資のおかげで、農村は救われ、私も経営破綻領主にならなくて済んだ。このような融資が可能となったのは、魔王さまが魔王国立銀行に私の領地への融資を承認するようにお口添えをしてくださったからだ。
とは言え、いつの時代でもどこの国でも、ずる賢いヤツはいる。
そして金のあるところには、うまい汁を吸おうとか横領を企んだりする輩もいる。それを防ぐために監査役のオリュー・カガンとギーロ・ドロルムがいるのだ。
オリュー・カガンは内部監査役で、ギーロ・ドロルムは、ゴルウェン経営管理事務所から派遣されて来た 外部監査役だ。これで、おかしな金の使い方や支払いなどないかを精査し、横領や不正などを未然に防ぐ仕組みとなっている。
ゴルウェン経営管理事務所には、エルオンタリエ社創立の時以来お世話になっている。月々収益の2パーセントを払うのは高いようだけど、長い目で見れば必ず割に合う。それにゴルウェン事務所に支払う料金は、当初3パーセントだったのをエルオンタリエ社、ゲネンドル領、アングルスト領の経営を管理するようになって収益が増大したので値下げ交渉して2パーセントにこぎつけたのだから。
ゲネンドル領には、大小の町や村が500ほどあり、元ロレアンスロゥプ領にはその倍以上ある。
ギルドは、学校や病院、老人介護施設などの福利厚生施設をギルド加入者のために用意しなければならない。だから、領土内の全町村にギルド支部を設置し、病院や看護施設などをすることは不可能だが、大きな町や10~20程度の数の村をまった単位(対象地域)として、それらの村の中心となる村なり町なりに病院や老人介護施設を置くことにしている。
学校の方は、ギルド加入者のいる村に初等教育を教える教師を送りこむことで対応している。教育は、人にとって重要不可欠のものだ。愚かな者は、権力者にうまく利用されるが、賢い者は騙されにくい。知識は選択の幅を広げ、物事を理論だてて考えることもできるしね。
とにかく、ギルド計画は大成功した。ギルドの利益は、ギルド加入費と月々銀貨1枚~4枚のギルド費(農家は銀貨1枚、市民/町民は銀貨4枚)だけではない。それだけでは、ギルド経営は赤字になる。ギルド、 つまり領主の儲けは、ギルド加入者の生産するすべての農畜産品・製品・工芸品の商業的取引をギルドが独占できることだ。
つまり、ギルドはギルド加入者の生産品を買い上げ、それに3割から5割の上乗せをして販売するわけだ。これがギルドの利益となり、ギルドの運営資金になり、それであまった金が領主の儲けとなる。
穀物・野菜・果実類は、ディアローム帝国内や鬼人族国、ベルミンジャン国、アングルスト国などへの輸出が好調で、とくに付加価値の高い肉加工品の輸出で大きな利益が出ている。
トロール族の胃袋は、エルフやフェリノディオ族、カニスディオスの8倍から10倍ある。だが、彼らの畜産業は効率が悪い上に、トロールは食べる量があまりにも大きいため、ヘタをすると食肉用の牧畜を食べつくしてしまいかねない。
なので、両トロール国では肉は中流階級以上しか買えない高級品となっているのだが、下級階級だって肉を食べたいのを我慢しているのだ。
前にも言ったが、わがゲネンドル領は、ベルミンジャン国とアングルスト国に地理的にもっとも近い。なので輸送費も最も安くつく。ゲネンドル領で生産された良質の肉加工品を、(トロール領での国産よりも)安い価格と安い輸送費で大量に売りつける。
塩漬け肉は、調理するためには塩抜きという手間がかかるが、美味しい肉を食べれるのだ。香ばしい燻製肉を、脂の乗ったベーコンを食べられるのだ。濃厚な風味と調味料が利いた肉汁と脂たっぷりの腸詰を食べれるのだ。それも手ごろな値段で。
トロールたちは飛びつくように買い求めた。中級階級や上級階級のトロールたちまで噂を聞いて使用人に買い求めさせた。
初回の輸出は、魔王国の海運会社の船を一隻借り切って、それにゲネンドル領で半年間に渡って製造・貯蔵された加工肉製品1千トンを、ベルミンジャン国とアングルスト国にそれぞれ500トンずつ輸出した。
アングルスト国の方は、私がアングルスト領の総督なので、輸入税もなにも払うことなく、問題なしで輸入販売できた。ベルミンジャン国の方は、あのエンマ大公の失政のあとを受け継いだデュドル公爵と話を通して、収益の5パーセントを関税としてベルミンジャン総督府に納めるという条件を示して販売許可を得た。 5パーセントは、販売価格に上乗せすればいいのだから、こちらにとってはまったく損はない。
両国とも500トンの肉加工品は1週間とかからずに売り切れ、仲卸業者や食品販売店から1日も早く次の輸入をという催促・要望が殺到することになった。
万を期して1ヵ月後に輸出した1千トンも即完売。以降、生産体制を整え、海運会社との定期輸送契約を結んで、毎月両国に1千トンずつ輸出するようになった。今後、新領土での生産体制が整えば、毎月3千トンまで輸出できるようになる。
加工肉と合わせて、野菜、果実も酢漬けや砂糖漬け、干し果実などにして輸出している。しかし、肉加工品並みに儲かっているのが、ポテトイモ、ミーリョ、それにトリゴ麦など穀物と豆類だ。
とくにポテトイモは、植えつけから収穫までにかかる期間がわずか3〜4ヶ月。トリゴ麦の3分の1という生産効率の高い作物である上に腹持ちが良いので主食になる。おまけに、茹でる、蒸す、焼く、揚げる、煮る、炒める、すりつぶす、スープにするなど調理法も多い農作物だ。
ミーリョの方も、種まきから収穫まで約3ヶ月しかかからない。ミーリョは栄養があり、調理法も、茹でたり、焼いたり、蒸したりして食べれるほか、揚げ物や炒め物、スープ、サラダにもできるし、ケーキさえも作れるのだ。
それだけでなく、ミーリョはからは油も採れるし、家畜の飼料にもなる。さらにミーリョの生産効率は最大トリゴ麦の6倍にもなるため、大量生産向きの好都合な農作物なのだ。
肉加工品、ポテトイモとミーリョという三大輸出柱に支えられ、ギルド加入農家の収益は急激に増加し、ゲネンドル領は利益が出る領地となった。




