第331章 アリシア大公とゼーブランド元伯爵一族
ジアネッタ・ブレマルド・ゼーブランド。
カニスディオスの彼女は、元伯爵夫人でミルイーズちゃんのお母さまだ。
だけど、ジアネッタさんはミルイーズちゃんみたいに太ってはいない。ミルイーズちゃんは、同じカニスディオスだけど、クルチバドール種族であるお父さまのオーマル・ゼーブランド元伯爵の血を引いたらしく、かなりの健康優良女(?)だ。
しかし、 ジアネッタさんは、スコティコリー種族なので体がほっそりしている。
年齢もまだ40歳前と若い。ミルイーズちゃんといっしょに並んでいると姉妹に見え...ないこともない(汗)。
いや、ミルイーズちゃんの方が2倍以上の体重があるので、ヘタをするとジアネッタさんの方が娘に見られるかもしれない(汗)。
ミルイーズちゃん、私と仕事をするようになってから、ずい分体重が増えたからね。
秘書として雇った時の体重は、50キロ半ばくらいだったと思うんだけど、それからどんどん増加して... 現在は、見るからに健康優良女という体格になっている。
まあ、それだけ、私が部下の食事(栄養)に気を使っているという証拠なんだけどね。だけど、ミルイーズちゃんの顔はお母さま似なので、かなりの美人のなのよね。
4年前、オーマル・ゼーブランド伯爵は、西ディアローム帝国政府転覆計画に加担した罪により称号を剥奪、所領・財産も没収され、流刑に書された。ゼーブランド伯爵とその家族は、流刑が実行される日まで蟄居を命じられた。
しかし、その後の西ディアローム帝国政府の調査で、ゼーブランド伯爵は、東ディアローム帝国がソーリス教と共謀してゾオル市内に幻覚剤を広め、市民が錯乱状態になったところに攻めこむ計画に利用されただけだとわかった。
その報告を聞いたドリアンスロゥプ皇帝は、ゼーブランド家が四百年以上続く貴族であり、これまで代々の皇帝に尽くして来たことを考慮し、ゼーブランド伯爵に恩赦をあたえることを決めた。
そしてゼーブランド伯爵には、新領主となった私の使用人として仕えるか、または一族を連れて西ディアローム帝国を出てほかの国暮らすか、どちらか一つを選ぶように言った。
ただ、「新領主に仕える場合は、以前のような貴族服の使用、食べ物、習慣などは一切使用が禁じられ、一介の使用人としてのみ仕えること」と条件付けられた。
貴族の片メガネ
新領主となった私に―
「ゲネンドル伯爵さま、ぜひお願いいたします!」
ジアネッタ夫人は、すがりつかんばかりに懇願しされ
「何でもいたします。この子に罪はありません。なんとか生きていくための生活費を稼がせてください!」
乳飲み子を抱えた長女のアロイーズにも、涙を流しながら嘆願され
「私も何でもやります。ヤギの乳しぼりでも、セカボの刈入れでも!」
母親似で美しい次女のミルイーズにも美しい目で見つめてお願いされ
「オレも朝早くから農作業をします!」
父親に似たのだろう、体格のいい長男のオリューにも懇願され
「私もがんばりますので、ぜひ!」
オリューの若い妻で、二人の子どもがいるレティロアからもお願いされ
「ボクも教育係のベルナムさん要りません。そして働きます!」
ゼーブランド家の末っ子で、年は12か13歳くらいの若いレシュランからまでお願された...
結局、根負けして全員、使用人として雇うことにしたのだけど―
少し甘いところがあったのじゃないかと後で大いに反省した。
だけど、昨日まで伯爵の家族として生きて来たゼーブランド家の者に、どことなり行って好きに生きればいいなんて言えるわけがないじゃない?
大体、師団長であったゼーブランド元伯爵以外は、働いたことのない連中ばかりなんだよ?財産も家も何もかも没収された連中を放り出したら、路頭に迷うことは確実だ。
そんなことになりでもしたら...
「今度の新しい領主さまは、憐れみの心も情けもない非情な方だ」
「まったくよね。ドリアンスロゥプ皇帝さまでさえ恩赦をおあたえなさったと言うのに、新領主さまは、ゼーブランド元伯爵さま一家を飢え死にさせたのよ!」
「そんな非情な新領主さまのもとだと、われわれはさらに苦しめられるに違いないぞ!」
「オレもそんな予感がする。こうなったら他領に逃げるしかないか!」
なんてよくない噂が広まって、ただでさえ領民が少ないのにますます減ってしまいかねない。
まあ、余分な使用人は解雇したので、ゼーブランド家の連中を代わりの使用人として雇っても、それほど大きな出費ではない。何しろ、一般使用人・メイドの年収は、金貨8枚から15枚程度(熟練度、仕事内容と雇い主の階級による)なので、ゼーブランド家の者を4、5人使用人として雇ったところで、それほど大きな経費はかからない。
そんな計算をして― 当時の私は、落ちぶれ王族からようやく貴族になったばかりで、お金に少しうるさかったのだ。王族の生活から一転、ヤーマダーの塔で4年、いや5年間か、捕虜生活を送ったことで貧乏がどういうものか知った私は、倹約の大事さを学んだ私だったのだ。
そして、そのとき、独身で美人で聡明そうな目を気に入って、ミルイーズちゃんを私の秘書にしたのだった。
4年前は、ミルイーズちゃんも今みたいに太ってなかったのだが... 私の秘書として働くようになり、1日5食付き― ふつうなら3食なのだが、ミルイーズちゃんは、「アリシアさまのお仕事は大へんだから、お腹が空くんです!」なんて言って―
朝7時の朝食
午前10時の小腹満たし
正午の昼食
午後3時のおやつ(子どもか!)
午後6時の夕食
午後9時の夜食...
と、1日5回... いや、これだと6回になるじゃないの?
さては、ミルイーズちゃん、私を騙したな?
とにかく、どこかの国の王女さま顔負けの待遇と食事回数のおかげで、彼女は今や堂々たる体躯の秘書室長になってしまった(汗)。
メイド服を着たジアネッタさんは、すっかりメイド姿がさまになっていた。
最初のころは、奥さま風を吹かせて自分たちの使用人だった者たちを使っていて、少々軋轢があったらしいけど、当時ゲネンドル領で行政長官だったアマラちゃんや内政部長だったマルレーヌちゃんに何十回となく厳しく注意され、ようやくもう伯爵夫人ではない、一介の使用人なのだとわかってくれたらしい。
それから4年経って、今は立派なハウスキーパーとして、ゲネンドル領のわが屋敷を守ってくれている。
ゲネンドルタウンのアリシア邸
私たちは屋敷を出るとゲネンドルタウン市のエンドルナール広場にに向かうことにした。
玄関から庭に出ると、木に上って枝の剪定をしていたシミディオの男二人が、ピョンと跳んで地上に降りた。
「きさまたち、何者だっ!」
ニーナとソレヌが、真っ先にシミディオの男のところに駆けつけた。
二人とも剣の束に手をかけており、ソフィアちゃんとほかの数人は、私を囲む形になって防御態勢をとった。
「大公殿下さまっ、その男たちは下男のゾンゴとザンゴです」
入口の門から黒のフロックコートを着たカニスディオスの若い男が走って来た。
「知っているわ、オリューさん。私が止める間もなく、|グランド・デューク・ガードズ《大公近衛部隊》が警戒態勢にはいったのよ。ニーナさんたち、その男はこの屋敷で働いている下男よ」
アマラちゃんが苦笑いをしながら言った。
ゾンゴは、私が新領主となり、この屋敷の所有者になった時に解雇しなかった使用人の一人だ。新領主となった私は、経費を減らすために20人いた使用人のほとんどを解雇した。
ゾンゴは、その時解雇を免れた数少ない使用人の一人だった。彼は、庭の手入れや屋敷の補修の仕事などをやっていた。そういう使用人は不可欠だし、下男の給料は安いから残したのだった。
「キャッ キャッ!新しい伯爵さま、お久しぶりです。キャッ 」
「キャッ。お初にお目にかかります。バンゴと申します。キャッ 」
シミディオのゾンゴとその息子のザンゴは、頭を地面にくっつけそうにしてお辞儀をした。
「ザンゴ、ゲネンドル殿下は大公さまだ。伯爵ではない!」
オリューが、慌てて注意する。
「ふふふ。サンゴにとっては、私は4年前に伯爵として来て以来、ここにはあまり来ていないから無理もないわね」
頭に少し白髪が混じりはじめた朴訥そうな下男とその息子を見て微笑ましくなった。
私の屋敷だけど私はまったく使ってないので、今はゲネンドル領の行政長官をしているアマラちゃんの長官用公舎として使われている。
ゲネンドル領の経済状況が著しく好転し、農畜産業の生産物の領外販売量が増えたことから、ディアローム帝国内や国外からも商談や視察に訪れる者が増えた。
アマラちゃんもどこそかの政府関係者とか貴族とかと会ったり、会食したり、屋敷に招いてパーティーをしたりする機会も増えたため、長官用公舎もそれなりの体裁を整える必要が生じたため、屋敷で働く使用人もある程度増やす必要が生じた。
フロックコートを着ているオリューは執事だ。彼は、オーマル・ゼーブランド元伯爵とジアネッタさんの長男でミルイーズちゃんのお兄さんだ。
彼も当初は、馬車の供回り役だったのだけど、伯爵の息子― 将来、伯爵位を継ぐべく― としてそれ相応の教育を受けており、教養もあったことから、執事に昇進させたのだ。
庭の手入れや、屋敷の補修の仕事をする使用人も増やすことになり、ザンゴの息子も雇用されたわけだ。
「大公殿下さまがいらっしゃるという連絡を母から受けた時、ちょうどギルドに行っておりまして、大急ぎで帰って参りました」
汗だらけになった顔をハンカチで拭きながら説明するオリューさん。彼はお父さん似で恰幅がいい。まるで執事になるために生まれてきたかのようにフロックコート姿が似合っている。
「あ、そう言えば、昨日ジアネッタさんがそんなことを言っていたわね?」
アマラちゃんが、はっと思い出したかのように手を叩いた。
「はい。長年勤めて来たシェフのベリルさんの持病が急に悪化し、三日前に市病院に入院しましたので、代わりのシェフの求人依頼をするためにギルドに行っておりました」
「それで、いいシェフ見つかりそうなの?」
「あ、それはご心配に及びません。料理人のギルド登録者はけっこう多いので、すぐに見つかると思います」
「それで、今晩の夕食会はだいじょうぶなの?」
マノンちゃんが、心配して聞く。今夜は、ゲネンドル領の経営にずっと努力をして来た職員たちを招待して、夕食会を開く予定なのだ。
「あ、それはご心配ありません。レストラン『ヌエル』の店主にお願いしおりますので、一級のシェフと調理助手が、すでに朝から裏庭で準備をしております」
「『ヌエル』のシェフが?それは最高じゃない?」
アマラちゃんが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「レストラン『ヌエル』は、ディアローム帝国でも、お肉を食べる人が増えたのを見て、1年前にゲネンドルタウンに肉食レストラン第1号店を開けまして、それが大変評判になりました。今ではゲネンドル領の主要都市に支店を展開しており、ゾオルにも新店舗を開店する計画だそうです。レストランの当主は、商売がうまくいっているのは大公さまのおかげと殿下を大変敬っておりますので、きっと大公さまの恩に報いたいのでしょう」
ペラジーちゃんが説明してくれる。
ディアローム帝国の国民は、基本的には肉は食べない。
しかし、肉食は違法ではない。つまり、肉を食べても逮捕されることはないし、領主の許可があれば、他国に肉および肉加工品を輸出用売買できるし、肉食レストランを営業することができる。
それまで、肉を好む他国の者と言えば、外国からの来賓や外交官、それにエテルナール教総本山詣での他国の信者や商用で訪れる者だけだった。
しかし、ゲネンドル領開発計画によって、一挙に農業移民、技術移民、鉱山労働移民などが増えたことで、肉関連事業も盛んとなり、輸出用だけでなく、領内消費量も各段に増えた。
レストラン『ヌエル』は、そういった潮流にうまく乗って成功した事業の一例だった。
レストラン『ヌエル』の売り物は、薪火でじっくり焼かれた肉で、かなり評判らしい。中でも“ピカンニャ”と呼ばれる、牛の腰あたりからわずか少ししかとれないという極上肉が美味しいと聞いたことがある。
ペラジーちゃんが、今夜、その極上肉の焼肉が食べられると私たちに話してくれたが、アマラちゃんだけでなく、私も口の中が唾でいっぱいになった(汗)。今夜の夕食が楽しみだ。
私たちは、長官公舎から歩いてエンドルナール広場にへ向かった。
広場までは、それほど遠くないので歩いて行くことにした。まあ、最初からそうするつもりだったのだけどね。それに、歩くと市民たちの表情も間近で見ることができるし、街の状況もよくわかる。
行列の先頭をグランド・デューク・ガードズが、魔王国の国旗とゲネンドル家の紋章が描かれた旗を掲げて歩く。
アリシア大公紋章
私たちを見た市民たちが、びっくりしている。
「おお!あの行列は!?」
「アマラ・エボニー長官さまと...」
「あのネコ耳の立派な出で立ちの貴族... あれは、ゲネンドルさまじゃないか?」
「違いない。領主のアリシアさまだ!」
「アリシアさまっ!」
「アリシア大公さま!」
たちまち人だかりができ、私たちの行列について歓声を上げながら歩きはじめた。
「何だ、あの騒ぎは?」
「領主さまですって!」
「え、領主さま?」
「ゲネンドル伯爵さま?」
「バカ、大公さまになられたって聞かなかったのか?」
「オレ、大公さまのお顔見たことないんだ」
「私もよ!」
エンドルナール広場に近づくにつれて、人だかりは増え、商店の中から見に出る者、二階や三階の窓から手をふって歓声を上げる者などで街は騒然となった。
「ゲネンドル大公さまだ!」
「われらの領主アリシア大公さまだ!」
「何とお美しい!」
「あの小さな子は、大公さまのお子かしら?」
「そうに違いない。一人はネコ耳だし」
「もう一人は短耳エルフなのかしら?」
エンドルナール広場に着いた時は、広場はすでに動きができないほどの市民で埋まっていた。
「道を、道を開けろ!」
「大公殿下がお通りできるように道を開けろ!」
「道を開けろ!」
銀色のヘルメットと青い制服を着たゲネンドルタウンの警備隊が、懸命に群衆を押しのけ、私たちがギルド本部に入れるように道を作ってくれる。
グランド・デューク・ガードズも、群衆が私に近づきすぎないように、私の周囲に人の壁を作って懸命に私を守ろうとしてくれている。
ゲネンドルタウンの警備隊は、私が領主になった時にすでにあった。
彼らはゼーブランド元伯爵の私兵のようなもので、外敵から町を守る役目を果たしていた。元兵士や腕に自慢のある町人などで構成されていた私兵団を、アマラちゃんが再編成し、ゲネンドルタウンの警察官としたものだ。
私兵は30人近くいたそうだが、エンドルナール広場に群衆の整理をするために出動した警備隊は、少なく見ても200人はいる。警備隊の全員が広間に来たわけではないだろうから、総数は2、3倍いるのだろうか。こういうところもアマラちゃんたちは上手にやってくれている。
「警備隊の司令官のゴドロブイ男爵は、ゼーブランド元伯爵の父親、先代ゼーブランド伯爵といっしょに戦ったことのある元騎士です」
ゲネンドル領内政部長のペラジーちゃんが、ギルド本部前の階段を上がりながら教えてくれた。
そういえば、馬上から警備隊に指示をあたえていたクルチバドール種族の恰幅のいい老人が、私を見て敬礼をしていた。あの老人がゴドロブイ男爵なのだろう。
ゲネンドルタウン中心広場




