第330章 アリシア大公とアデラ・タウル工房
グロテスクな描写があります。
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話を、ゲネンドル領の視察旅行にもどして―
大戦争に勝利し、東ディアローム帝国領を併合する前に西ディアローム帝国と呼ばれていた盟主国西ディアローム帝国。戦後は、「ディアローム帝国」と東西に分裂する前の国名になったのだが、そのディアローム帝国の西端に、私は初めて自分の領地を授かった。
そして、初めての自分の領地を視察するために、魔王国からドコデモゲートを使って跳んで着いた場所が、このアデラさんの農場だった。つまり、ここは、ゲネンドル領統治の第一歩が記された、“記念すべき場所”なのだ。
アデラさんの家
アデラさんの家は、以前の倍以上に大きくなっていた。小さかった納屋は、まるで工場があるかのように大きくなっていて、数本ある煙突から煙が流れていた。
「アデラさんは、ギルドの仕事が忙しいから家にはいないだろうね」
「はい。母は、当時伯爵さまであった大公さまにギルドを任されて以来、まるで20歳ほど若返ったみたいに、毎日ギルド本部でがんばってお仕事をしています!」
エプロン姿のエマラニさん(アデラさんの長女)は、私に答えながら大きな納屋の中に入った。彼女のあとに続いて入った4、5人のカプラニディオスの女性は、エマラニさんの姉妹や家族(兄弟たちの妻)だろう。あとから私の随行者たちもぞろぞろと納屋に入る。
グランド・デューク・ガードズの半数は、警戒のために庭に残り、残りはいっしょに入った。
緑色の目立つ制服に身を固めたグランド・デューク・ガードズ の隊員たちが入って来ると、中で作業をしていた者たちは、おどろいて一瞬作業の手を止め見たが、すぐに作業を再開した。
ソフィアちゃんを迎え入れるためにグランド・デューク・ガードズを創設することが決まった時、ミルイーズちゃんは新しい制服を作ることを提案した。
グランド・デューク・ガードズのジャケットは緑色で、袖と衿と前裾に金糸で刺繍が施された豪華な襟高ジャケットだ。ジャケットの下は同色のウェストコート。シャツは白の長袖で、首には銀色のシルク・クラバットを巻いている。そして腰には長さ70センチの金色のショートソードという、すごくカッコいいスタイルだ。
少々目立ちすぎるという声もあるが、大公を守る近衛部隊 なのだから、これくらいの派手さでちょうどいいと思う。隊員たちもすごく気に入っているようだし、どこに行っても注目されるしね。
納屋に入る前から私にはわかっていたが、納屋の中ではブタ肉の加工をやっていた。
納屋の中は、まるで戦場のような熱気に包まれていた。40人ほどの者がわき目もふらず、汗を流して忙しく働いていた。
ブギィ―――!
奥の方でブタの鋭い鳴き声が聴こえた。
身体のガッシリしたボヴィニディオスの男が、養豚場から連れて来られたブタの心臓に細く長いナイフを突き刺したのだ。
ブタの心臓からドクドクと吹き出す鮮血は、解剖台の排水口から下に置いてあるバケツに溜められる。ブタの血は、舌や心臓、燻製にした脂身などを合わせて腸詰めを作るのだ。
屠殺係りともう一人ののボヴィニディオスの男は、レールのフックに血抜きをしたブタをかけ、次の工程に送る。次の工程では、ボヴィニディオスの女が手慣れた手つきで、ブタの腹を上から下まで切れ味のいい包丁で一気に切り裂く。
ボテボテボテ ドサッ...
フックに吊るされたブタから腸が、大量に下の台に落ちる。
間髪を入れずに、ボヴィニディオスの女とカプリコルニディオスの女が、二人がかりで腸、心臓、肝臓、腎臓、肺、大腸、小腸と手際よく分ける。
その作業を見ていたマノンちゃん(首席補佐官)やペラジーちゃん(ゲネンドル領内政部長)などは、今にも吐き出しそうな顔をしていたが、それをエマラニさんたちに悟られないように懸命に我慢しているのを見て、可哀そうになった。彼女たちはエルフ族なので、おぞましい光景を見て気分が悪くなったのだろう。
ロッテは、納屋の中から漂って来る、液の生臭さい匂いを感じたとたん、回れ右してナニーのナーラさんといっしょに庭に残ったが、レーヌはまったく平気(興味津々?)な顔でついて来た。彼女のそばには、ナーサリー・メイドのミネッタちゃんがついている。
ナーラさんもミネッタちゃんも、フェリノディオ族なので、血の匂いなど全然平気なのだ。
反対にカニスディオスのマルレーヌちゃん(ゲネンドル領長官)やミルイーズちゃん(秘書室長)などは、ヨダレが出るのを懸命に押えていた(汗)。かく言う私もその一人だったのだけど。
ソフィアちゃんたちグランド・デューク・ガードズは、全然顔色を変えなかった。まあ、戦場では、斬られた敵兵の首とか腸など嫌と言うほど見ているだろうから当然か。
作業をしている女たちが取りだしていたブタの内臓― 心臓、腎臓、それに肝臓などは、長持ちさせるために― ディアローム帝国の民は、獣肉は食べないので― すべて輸出用にいったん保存される。内臓は、それぞれ種類によって違った大タルに入れられ、大量の塩を入れて塩漬けにされる。
中でもブタの肝臓の塩漬け過程は特殊で、香辛料を混ぜた塩で3~7日間漬け込み、その後数週間乾燥させて作られる。料理法は、薄くスライスしてサラダや前菜にしたり、すりおろしたりできる珍味だ。
大腸は、徹底的に洗浄し、ブタの脂で揚げたあと、燻製にする(輸出用に長く保存するためだ)。小腸もよく洗浄され、塩漬けにされ、血の腸詰などのの皮として使われる。
そして、血と腸抜かれたブタは、 次の工程の女たちが待ち構えているところに押し出される。
次の工程では、フックにかけられたブタを、脚、腰、腹、肩などの部位に手早く切り分ける。ここで豚の頭もフックごとレールから外される。
脚、腰、肩などの部位は、骨を取り除いた肉は、塩漬け、燻製、調理した肉を溶かした脂肪で覆った瓶詰めなどにされる。頭からは、耳、舌、鼻などが切り取られ、これらもやはり保存処理がされる。
それぞれの部位の料理法は― ブタの耳は、柔らかくなるまで下茹でし、皮がパリッとするまでグリルまたはフライパンで焼きます。ビネガーやディジョンマスタードなどのディップソースを添えて食べたり、シチューのような煮込み料理にしたるできる。
舌は、煮込みやシチューに多く使われる。舌は肉質が濃厚で柔らかいので、葡萄酒やスープでじっくり煮込むんで食べると美味しい。
ブタの鼻は、燻製やグリルで焼くと美味だ。鼻はベーコンのような風味があり、噛み応えのある薫香なおやつにもなる。また、耳と同様に、茹でたり、薄切りにしたり、揚げたりして、柔らかい肉とカリカリの軟骨の味を楽しむことができる。
ほかにも鼻は、スープやシチューにも向いている。濃厚さのあるスープに、深みと弾力があり、柔らかくぷるんとした食感はオツなものだ。
さらにブタの頭からは、ヘッドチーズやパテなどが作られる。頬肉をを塩漬けにして数ヶ月ほど熟成・乾燥させた生ハムが作られるし、テリーヌや風味豊かなスープ、ソースの材料になるし、パイにも最適だ。
(以上の説明は、あとでエマラニさんに説明を受けたのをまとめて書いたものだ)
私たちが、興味津々―
(マノンちゃんやペラジーちゃんたちにとっては地獄観光?みたいだったろうが)
ブタの処理工程を見学している間にも、ブタ肉加工所の最初工程である屠殺場では―
ブギィィ―――!
次のブタが、哀れにも心臓を貫かれ、フックをかけてレールに吊るされ、解体が始められた。
“1日に何十頭のブタを処理するのだろう…”
作業員たちが、少しも手を休めることなくキビキビと仕事をしているのを見ながら、ふと考えた。
「四年前にゲネンドル大公殿下さまが、新しく領主さまになられてから、領地は大きく変貌し、すごく良くなりました」
私たちの先頭に立って食肉処理場を案内してくれたエマラニさんが、納屋から別室へ続くドアを開けながら紅潮した顔で言った。
案内されて入った部屋は、どうやら商談に来る来客用の部屋らしく、処理場内からも外からも入れるようになっていた。
ゆったりできる大きなソファーやテーブルなどが置かれた部屋には、装飾用の額縁に入った絵画や彫像、花瓶などは一切なく、壁一面に商品― ハムやベーコン、腸詰などがずらーっと陳列されていた!
「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」
エマラニさんの妹のバベッデさんが、ワゴンカートで持って来たティーカップに淹れたお茶をテーブルに置きながら勧めた。お客の人数(私たち一行)が多いので、ワゴンカートで持って来たのだ。
「わがアデラ・タウル工房の製品をご試食していただくために、少々お持ちしました!」
もう一人のエマラニさんの妹のビルガさんと兄嫁のベイラさんと弟嫁のシモンネさんが押して入って来た3台のワゴンカートには、サラミソーセージや生ハム、油で揚げた腸詰などがお皿に山盛りになっていた。
「ご存じのように、私たちディアロームの民は、私たちの遠い祖先である動物を食べませんが、外国からいらっしゃるお得意さまや客人に、わがアデラ・タウル工房の製品を試食していただく分には問題ありません。どうぞ、わが工房自慢の製品をお味わいください」
ブタの加工品
2時間後―
エマラニさんたちに見送られてアデラさんの工房を出た。
広い庭の中心で次の訪問地に行くためにゼラちゃんがドコデモゲートを発動させた。
今回の視察旅行に護衛魔術師として同行しているのは、ミーミルちゃん以下、ロラーネ、ニノン、ゼラの元ヴィンイスタリーの子らを含めた四名だ。
ミーミルちゃんは、以前から私の護衛魔術師だが、ロラーネちゃんたち三人は、すでに立派なブリッツエルヴス部隊の主力魔術師になっている。
ちなみにミーミルちゃんは、メギルウィンド子爵の次男のアルマン君と結婚2年前に結婚していて、ミカエラという1歳の女の子がいる。
いわゆるできちゃった婚なのだけど、まあ、彼女も二十歳になっていたから、適齢期にいい伴侶を見つけて結婚できてよかったと思う。
ミカエラという名前は、あのヨガヴィッド魔術学校出身の天才魔術師ミカエラ・アイウェンディル・モリオダさま― ミカエラ王妃さまと同じ名前だ。
ミカエラ王妃さまとミーミルちゃんは、同じ魔術学校出身であり、ミーミルちゃんは、ミカエラ王妃さまを大先輩としてすごく尊敬していて、王妃さまの了承をいただいて娘に同じ名前をつけたのだそうだ。
ミーミルちゃんの夫のアルマン君は、メギルウィンド子爵の次男なので子爵を継承できないため公務員になっている。共働きをしているため、ミカエラちゃんはミーミルちゃんのお母さんに見てもらうことにして、彼女は産後休暇が終わるとすぐに復職した。
「余裕ある生活を送るためにも、そしてこれからミカエラにかかる教育費などを考えると、共働きを続けた方がいいという結論に二人で達したんです」
うーむ。
最近の若い子って、しっかりしているわねぇ。
「お土産たくさんいただきましたね!」
アマラちゃんが、グランド・デューク・ガードズの隊員二人が抱えている大きな包みを見てニコニコ顔だ。
先ほど、接客用の部屋でたくさん試食をした上に、さらにお土産までもらったのだ。
包みがあまりにも大きかったので最初は断ったのだけど―
「これだけ私たちの生活が良くなったのは、アリシア大公殿下さまとアマラ行政長官さまのおかげです。ぜひお持ち帰りになって、みなさまとご一緒にお召し上がりください」と持たされたのだった。
ジ…ジジジ…ジジジジ…
ゼラちゃんが、ドコデモゲートに魔力を送り始めると、周囲の空気が震えるような音がしはじめた。
アデラさんの家の前の広い庭の空間に、小さな穴が開いたと見ると、見る見るうちにその穴は大きくなり、広い応接間が穴の向こうに見え始めた。
一行はゲートを通過して次々と応接間側に移動する。
50余人が入ると、かなり広い部屋もさすがに狭くなった。みんなが移動し終わるのを待って、ゼラちゃんも応接間に移り、ゲートを閉めた。
エマラニさんたちは、ゲートが完全に閉まってしまうまで手をふっていた。
応接間
ソフィアちゃんたちは、すぐに数人を残して応接間から出て、屋敷の中を調べて回る。
戦争は終わったのだし、ディアローム帝国内にもわが領土内にも私の命を狙うような輩はいない(と思う)のだけど、グランド・デューク・ガードズは、しっかり任務を果たしている。
私たちが着いた場所は、ゲネンドル領の行政中枢本庁舎が所在するゲネンドルタウン市にある、私の屋敷の応接間だ。屋敷の使用人には、あらかじめ知らせておいたのだが― と言っても、用心深いソフィアちゃんのことなので、知らせたのはドコデモゲートで移動するわずか5分前だったのだが。
応接間から廊下に出たところには、使用人たちが勢ぞろいして私を出迎えてくれていた。知らせを聞いて大慌てで集まったのだろう、みんなフウフウ息をし、汗を流している。
「大公殿下さま。ようこそ、ゲネンドルタウンへお戻りくださいました!」
メイド服を着たカニスディオ族のハウスキーパーが前に出て、笑顔をいっぱいに浮かべてあいさつをする。
「ジアネッタさん、お元気そうですね?」
「はい。おかげさまで、毎日楽しくお仕事をさせていただいております」
ジアネッタ・ゼーブランド。スコティコリー種族のカニスディオスだ。
名前を見てもわかるように、彼女は元領主であったゼーブランド妻だ。正しくは、ジアネッタ・ゼーブランド元伯爵夫人だ。




