第329章 アリシア大公と魔王の今際の言葉(後編)
いよいよ魔王国がアリシアに託されることが決定されました。
最後に私も名前を呼ばれて、魔王さまのお部屋に入った。
魔王さまのお部屋には、これまで何度も来たことがある。
最初は― 今思い出しても何だか胸がドキドキするような、そしてすっごく恥ずかしい思い出だが― 私が、魔王さまの婚約者としてヤーダマーの塔から魔王城に連れて来られた、ルナレイラお義姉さまと魔王さまの仲をもっと緊密にする二人を隠密尾行していたのが見つかって―
「ネコ耳娘の分際でありながら、直訴をした科により、これよりおまえを厳罰に処する!」
という、ありもしない罪をでっち上げて(私は、直訴の罪などないなんて知らなかったのだ)、魔王さまのお部屋に引き立てられていった時だった。
あの時は、ヘンなご趣味をお持ちの魔王さまが、あの手この手で私をイジめて楽しむために、花も恥じらう 14歳の処女ネコ耳ムスメを拐かしたというのが真の目的だったのだけど...
おかげで、その後しばらくの間、私はイジめられるのが好きという、ヘンな体質になってしまったのだが(汗)。
その後も、ゲネンドル領への融資のお礼として、十日に一度、利子替わりに魔王さまに抱かれたり、一度殺されて別の世界線で生き返って― なぜか魔王さまのお部屋にいて、精も根も尽き果てた感じという魔王さまに抱かれたあとで、「シュレンダーの猫」理論― ようやく言えるようになった難しい言葉― とやらを、いっしょに入ったお風呂で教えてもらったのも懐かしい思い出だ。
そんな、私の人生において心に強く刻みこまれた出来事が多くあるのが、魔王さまのお部屋だった。しかし重臣たちの中には、一度もお部屋に入ったことのない者もいるらしく、あたりを驚いた眼でキョロキョロ渡している者もいた。
魔王さまは、ベッドに半身を起こされていた。
両側に、プリシルさまとハウェンさまがいて、魔王さまのお身体を支えておられた。
アマンダさまはベッドの横に立って、入って来た私たちをじっと見ていた。
おそらく、たった今まで泣いていたのだろう。彼女の目は赤くなっていて頬には涙の痕があった。
気が強いので有名なアマンダさまだけど、決してそうではないことを私は知っている。
彼女は、四魔王妃の中では、おそらくもっとも魔王さまを「身を張ってお守りして来た」方だと思う。だから、鬼人族国の地獄温泉事件で、地獄温泉の一部を破壊するほどの戦いをソフィアちゃんとくり広げたのだ。アマンダさまは、火のように激しい気性を持っているけど根は優しい方なのだ。
プリシルさまは、ふだんはとてもお優しく、常に周りに心配りをされる方だけど芯はかなりお強いらしく、冷静なお顔をされていた。ハウェンさまは、お化粧がすっかり泣き崩れていたけど、まったく気にしてないようだった。
騎士の剣
魔王さまのベッドは、以前は10人は寝れるほど巨大なベッドだけど、今使っているのは普通サイズのベッドだった。おそらく介護などをしやすくするために普通サイズのベッドに変えたのだろう。
魔王さまの頬は痩せこけ、目元はくぼみ、生気はまったく感じられなかった。
往年の覇気はまったく見かけられない。重臣たちもあまりにも変わり果てた魔王さまの姿を見て言葉を失ってた。
「皆の者... これまで よく 私に 尽くして くれた」
魔王さまは途切れ途切れに言葉を繋いで話された。
「魔王さまっ!」
「何をおっしゃいます、魔王さま!」
「もったいないお言葉でございます、魔王さま!」
「我々の方こそ、面白い愉快な人生を送らせていただきました!」
「魔王さまっ... うっうっ うっ...」
「魔王さまっ、もう、もうしばらく長生きを!」
重臣たちは動揺し、中には泣きだす者もいた。
「ふふふ。諸君たちのおかげで... 私も 大変面白い人生を 送ることができた... しかし...不摂生がたたり、このざまだ」
忠実そのものの重臣たちを見て、魔王さまはいくぶん元気を取りもどされたようにお話しになり、微笑んだ。
「不摂生など...魔王さま」
「魔王さまほどのご容貌と富とお力を持っておられるお方なら、多少の不摂生も許されるというものです!」
「そうです、その通りです。今もテルースの世界中の美女たちが、魔王さまにご寵愛をいただきたいと願っております」
「魔王国は、これからさらに発展いたします。魔王さまには、魔王国が達するであろう栄華を是非ともご覧になっていただきたく存じます!」
「それも 甚だ興味はあるが... ふぅ――ぅぅ…」
魔王さまは、お話しをするのも大変らしく、途中で深く息を吸った。
薬瓶
リリスさまが、ベッドの近くのテーブルの上にあった薬瓶を取り、水差しから水を入れたコップに数滴薬を垂らした。それを魔王さまに飲ませた。おそらく、気管支を広げ呼吸を楽にする作用のある薬だろう。
魔王さまは、薬の入ったコップの水を半分ほど飲んでから話を続けた。
「それを... 見届けるだけの時間は... もう 残っていない。その栄華を 見る栄光は、アマンダたちとその子どもたちに譲ることになる...」
「魔王さまっ!」
アマンダさまが、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「魔王さまっ、何をおっしゃっているのですか、弱気にならないでください、魔王さま!」
「魔王さま、私たちだけでは何もできません。まだ教えてもらっていないこともたくさんあります!」
「魔王さま、私たちを置いていかないでください!」
プリシルさま、リリスさま、ハウェンさまたちも、さすがに魔王さまが本当に亡くなってしまうという現実の前に取り乱してしまった。
「パパっ!」
「パパ!」
ベッドから少し離れたところに座っていた、ルファエル君とマイレィちゃんが立ち上がった。
「パパ!」「パパ!」
「パパぁ!」
ほかの子どもたちも立ち上がった。
魔王さまは、自分が短命だとわかっていたのか、(公式には)23人の妻と同数あるいはそれ以上の愛人・恋人を持っていながら、その割には子どもが少ない。
と言っても、今、魔王さまのお部屋には12人の主だった子どもたちがいるのだけど。
その12人の正式な跡継ぎは―
ルファエル・ラヴォルジーニ・ドレッドメイル王子(17歳)― アマンダさまのご子息。
マイレィ・ルアナ・ドレッドメイル王女(14歳)― プリシルさまのご息女。
リライン・ローレン・ドレッドメイル王女(5歳) ― リリスさまのご息女。
エメリーヌ・アドリーヌ・ドレッドメイル王女(5歳)― ハウェンさまのご息女。
シャミア・ドレッドメイル王女(2歳)― ソフィエッタさまの娘
イザベリーヌ・マリアン・バーボン・ドレッドメイル王女(8歳)― アンジェリーヌさまのご息女。
ケヴィン・ルーク・バーボン・ドレッドメイル王子(5歳)― アンジェリーヌさまの息子
ジュネヴィエーヌ・エドウィン バーボン・ドレッドメイル王女(7歳)― ジョスリーヌさまのご息女。
ロイク・ジュリアン・バーボン・ドレッドメイル王子(4歳)― ジョスリーヌさまのご子息。
ほかにもワチビア地方の州から嫁いできた王妃さまたちの子どもがいる。
だけど、彼女たちは魔王城の一角に彼女たちのために建てられたカマデーヌさまを祭る祭壇で、魔王さまの延命をずっと祈っているのでここにはいない。
「あとで、魔王国の継承問題などが起きないように、この場で はっきりと 言っておく」
先ほど飲んだ薬の効果が出たのか、魔王さまはよどむことなく言った。
魔王国の継承問題―
これは、魔王国の権力の中枢にいる者だけでなく、魔王国民、そしてテルースの世界中の者が注目していることだった。
テルースの世界最強の軍隊を持ち、最高水準の科学・魔法技術を持ち、農業生産量は二位のディアローム帝国の3倍近くに達している農業大国だ。さらに、高水準の科学技術に支えられた工業製品の輸出も好調だ。
魔王さまは、マビンハミアン帝国とブレストピア王国を占領してから魔王国を建国し、その後に魔王さまが行った農業大改革によって魔王国の経済力は急速に伸び、今や魔王国はテルースの世界でもっとも経済力のある国となった。
魔王国の継承問題は、魔王国だけの問題ではなく、ほかの国々にとっても誰が魔王さまの次に魔王国の王の座に就かに注目する理由もそこにある。
多くの者は、次に魔王国の王の座に就くのは、魔王さまとアマンダさまのお子であるルファエル王子だろうと考えていた。
「私が亡きあと、魔王国は、ネコ耳...いや、アリシア・ゲネンドル侯爵にまかせることにする!」
魔王さまは、しっかりした声できっぱりと言った。
“魔王さま、この期に及んでも、まだ私をネコ耳って呼びかけた...”
私は、心の中で呆れていた。
「おお...」
「ゲネンドル侯爵殿をですか?」
「そうお決めになりましたか!」
「魔王さまがお決めになられたのなら、我々は従うだけです」
「そうです!」
重臣たちが、一斉に後ろにいた私を見た。
アマンダさまたちは、前もって魔王さまから知らされていたのだろう、四人とも何も言わずに私を見た。
みんな目が、私を見ている...
アマンダさまたちも
ルファエル王子たちも
重臣たちも―
「は?」
私は、魔王さまが、私の事を“ネコ耳”と呼び始めたのはいつからだったか、と考えていたのだが、みんなが私を見ているのを見て、何が何だかわからずに思わず重臣たちの顔を見た。
「では、ルファエル王子は、どうなされるのですか?」
「もう17歳になられたのですから、十分に資格はおありに...」
重臣のうち何人かが、当然と思われる質問をした。
「魔王さまは、すでに私たち四人と子どもたちを呼んで、ご決定を話されました。私たちにも異存はございません」
前もって決めていたらしく、アマンダさまが魔王さまに代わって説明をはじめられた。
「魔王さま亡きあと、第一継承者であるルファエル王子は、魔王国の象徴的な王としての役割を果たすことになります。そして、それは現在草案を急がせている魔王国大憲法にも明記されることになっています」
アマンダさまが言い終わると、重臣たちが相次いで質問をはじめた。
「魔王国大憲法!?」
「憲法を制定されるのですか?」
「大憲法の内容は、どのようなものになるのでしょうか?」
「それは、いつ公表されるのですか?」
「魔王さまならび魔王国に多大な貢献をした者たちの身分は、心配せずとも維持されますし、財産などにも影響はありません。委細は後ほど伝えられます」
「貴族の権利は保証されるというわけですな?」
「一般市民の権利はどうなりますか?」
「大憲法では、魔王国軍の規模はどうなるのですか?」
重臣たちの質問が相次ぐ。
それは私も同じだ。
“大憲法って、どんな法律なの?”とすぐに考えた。
“いや、それよりも、「私が亡きあと、魔王国は、アリシア・ゲネンドル侯爵にまかせることにする」って…”
「みんな。少し静かにして アマンダの 言うことを聞いてくれ」
魔王さまの言葉に重臣たちは静かになった。
「こほん。魔王さまのお言葉を伝えます。“アリシア・ゲネンドルは、魔王国大憲法で大公とし、今後魔王国を統治することになる。皆には、これまで私に仕えて来たようにアリシアを支えてやってくれ。今日、最後に皆に会って、そのことをしっかりと伝えておきたかった”です。以上」
アマンダさまが言い終えると、魔王さまは安心されたように目を閉じられた。
「魔王さまっ!」
「魔王さま!」
「おまかせください、魔王さま!」
「我々でしっかりとゲネンドル侯爵殿をお支えしますぞ!」
「魔王さまっ、ご安心ください!」
「魔王さま... 魔王さま、 うっうっ うっ...」
「そんなことをおっしゃらないでください!」
魔王さまの言葉に重臣たちは慟哭し、床に崩れ落ちる者もいた。
「魔王さまはお疲れですので、みなさまには、控えの間におもどり願います」
リリスさまの言葉に、重臣たちはひとり一人疲れ切って寝入ってしまわれた魔王さまに一礼をしてドアから出て行った。
最後に― 私の爵位は侯爵だが、若輩なので呼ばれる時も最後だったし、お部屋から出る時も最後になったのだ― 私もベッドに横たわった魔王さまに深く一礼してドアに向かった。
「アリシアちゃん、大変だと思うけど、私たちからもお願いします」
アマンダさまが私に頭を下げた。
プリシルさま、リリスさま、ハウェンさまも頭を下げた。
アマンダさまたち魔王妃は、魔王さまに次ぐ実力者だ。その四人が私に敬語を使い、頭を下げている。
それは、彼女たちが、魔王国を治めると言うことが、とても大変なことだと知っているからだ。
いや、魔王国を治めることが、どれだけ大変か、私は知っているよ?
《別の世界線》では、すでに副魔女王なんていう恐ろし気な称号までもらっているしね(汗)。私が過去にもどって運命を変えたため、副魔女王なんていうおぞましい名称は二度ともらうことはないだろうが。
私は、ただのネコ耳アリシアだ。
魔王さまが、付けてくださったこの愛称を一生大事にして生きていきたい。




