第328章 アリシア大公と魔王の今際の言葉(前編)
グランド・デューク・ガードズは、90名の隊員で構成されている。
魔王城の警備はガバロス親衛隊が担当しているので、大公である私の警護のみをするグランド・デューク・ガードズはそれほど多くなくてもいい。
グランド・デューク・ガードズの三分の一は、突撃隊や士官学校出の鬼人族国出身者で、残りはドワーフ族出身者だ。
アングルスト領で総督府近衛部隊、通称“ゲネンドル・ガードズ”の部隊長をやっていたロン君には、新しく設立された国家安全情報室の室長をやってもらっている。
国家安全情報室は内閣府に属する組織だ。魔王国には、すでに情報総局― 私が外務省の8級職員から情報分析室室長に働いていた省庁― というのがある。
だけど情報総局って、魔王国が西ディアローム帝国の同盟国として東ディアローム帝国ならびその傀儡国と戦っていた時に、戦争のための情報を収集することが主任務だったので、戦争が終った後にどんな仕事をしているのかよくわからない。
(終戦後は、ほかの国々の政治状況とか、経済状況とか、軍備状況などを調査しているのだろうと思う)
各省庁は、それぞれが必要とする情報を集め、上にあげる。総務省は行政運営や地方行財政などの情報を主に集め、経済・貿易省は産業・経済に関する情報や統計を集めるなどなど... それぞれ自らの省庁で必要と考える情報を集め、それをそれぞれの省庁の目的のために利用する。
それはそれでいいのだが、一国を統治する者の役割は、指導力を発揮し、法律をもって秩序を維持し、国民の福祉と生活を守ることだ。だから、各省庁から上がって来る膨大な量の情報を取捨選択し、統治者に必要な情報を報告したり、必要な提言をしたり、必要な対処を提示してくれる機関が必要となる。
その重要な仕事をするのが、私が設置した国家安全情報室だ。
国家安全情報室は、政府の重要政策に関する国内外の情報を収集・分析し、大公である私と主要省庁の長が連携するのを支援する重要且つ不可欠な大公の直属情報機関だ。
常に私の片腕であったフローリナちゃんには、内閣官房長をやってもらうことにした。
内閣官房は、内閣の首長たる私(大公)を直接的に補佐・支援する重要な機関だ。具体的には、内閣の庶務、内閣の重要政策の企画立案・総合調整、情報の収集調査などを管轄する。
内閣官房長は、大公の女房役として重要政策の調整、危機管理、広報などを担う重要な職で、さらに省庁間との意見調整や連携をする。つまり、内閣官房長は、言わば「影の大公」として実質的に政権運営の成否を握る重要な閣僚というわけだ。
この役を任せられるのは、フローリナちゃんをおいてほかにいない。
私は、魔王さまから魔王国の統治を託された時、最高の人材を集めた組閣をしようと決意した。
私の持つ、最高・最優秀なコマを新内閣の要職に任命することにした。新しい人材を入れることで政府組織の硬直化を解消し、適材適所の再配置による生産性向上、停滞・惰性化の解消と意欲を高めるのが狙いだ。新しい視点や能力を持つ若い人材が入ることで、組織は活性化し、大きな飛躍をすることができるだろう。
私の役目は、魔王さまの治世時代よりさらに魔王国を発展させることだ。魔王国に、さらなる栄華と繁栄をもたらさなければならない!
私は、アングルスト領やゲネンドル領の統治、それにエルオンタリエ社の経営などで成果を挙げて来た優秀な部下たちの中から、閣僚に適した者を抜擢・招集し、ゲネンドル内閣を発足させた。
若者は現状に挑戦し、社会変革を推進する。若者が持つ変革力、創造性、適応力は新たな未来を創る。
だが、私はこれまで魔王国の発展に貢献して来た者たちを全員お払い箱にするつもりはなかった。それぞれの分野で経験豊かな者たちを“お役御免”と罷免するなど愚の骨頂だ。
私は、ゲラルド伯爵、スティルヴィッシュ伯爵、ペンナス伯爵などの重鎮と相談したのち、彼らの助言を参考にして、新しい考え、ヤル気満々の意欲を持つ若者と経験豊か者を組み合わせ内閣を作ることにした。
新しい視点、斬新な考えを持つ若者と経験豊富な老練者の組み合わせは、うまく組み合わせると、組織運営において絶妙な効果を発する。
老練者は人生の知恵を持ち、歴史的背景などを知悉している。若者は現代的な視点、技術的能力、そして新しい取り組み方を考案したりすることで、バランスの取れた協力関係を築ける。
総務省は、イジルダ・ベテラーブを大臣に任命したが、顧問としてアードベッグ伯爵を置いているし、農業・水産省は、ゲネンドル領で農牧産業部門部長だったポリーヌ・クーリュールを起用したが、ゲラルドン侯爵に顧問をお願している。
経済・貿易省は、経験深く、年齢的にも40歳前とまだ若いペンナス伯爵を留め、政務官にゲネンドル領のアマラ長官の従妹のエマ・ファノメール・エボニーを起用した。副大臣は置かず、政務官であるエマにペンナス伯爵から仕事を習って数年後には副大臣に昇格し、将来は大臣になって欲しい。
同じように、外務省には経験の深いスティルヴィッシュ伯爵を留任し、政務官には、アングルスト領のマルレーヌ長官の妹、ジェシー・リーズ・アロイスを任命した。
財務省はナルドン・エンギン伯爵を新たに大臣に任命し、この省にも副大臣を置かず、政務官には、ファッションブランドの『アーリー』社と下着ブランド『リスイーム』社の社長をやっていたペーミンの妹のアデリア・ ガンガネッリを起用。
といった具合で、アマンダさまたち魔王妃や魔王さまの信頼の深かった重臣たちの助言やフローリナちゃんたち側近の意見を聞きながら、新旧を組み合わせた組閣をした。
国軍省や法務省は、魔王さま時代からの優秀で信頼のおける、ジョードン・エンギン子爵に大臣になってもらった。まあ、戦争なんて今後しばらく起らないだろうからね(二度と起こって欲しくない)。
法務省は法律に詳しいフィング・ナエリンダン侯爵者を大臣に据え、政務官にレイカの妹のマリルー・ガルニエを起用した。
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魔王さまがお亡くなりになって早くも二年が過ぎた。
死因は...
腎虚。
原因は...
過度の夫婦の営み...
だそうだ。
(主治医のファガン伯爵の診断)
たくさんの王妃さまや恋人や愛人がいて、毎日24時間休まずに励んでいれば...
魔王さまみたいになる者もいるらしい(汗)。
魔王さまは、ソントンプ研究所で作らせたセイリョク剤まで飲んで励まれていたから、そのような病気になったとしても不思議ではない。
ファガン伯爵によれば、腎虚という病気は、誰でもかかる病気ではなく、エルフ族とかラットディオスなどが体質的にかかりやすいらしい。
ふぅむ。そうだろうね。ライオニディオスなんて、すごくセイリョク旺盛で、ヤーダマーの塔にいたころは、お父さまがお母さまたちを相手に24時間夫婦のコトに励んでいたし、ダウルトールズの中のある種族なども1日に何十回もしても平気と聞くし(汗)。
「腎」は、生命の根源を宿す重要な臓器であり、人が生まれながらに持っている生命力《精》を蓄える場所なのだそう。この《精》は、成長・発育・生殖・老化を管理する根本的な活力源で、腎の働きが弱まると― つまり、腎虚だ― 体力が低下し、酷くなると寿命が縮まるらしい。(ファガン伯爵談)
つまり、魔王さまは、生命力《精》を遣い過ぎて寿命を縮めたということらしい。
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『魔宮殿の変』で魔王妃さまたちが亡くなられた時、魔王さまは深く悲しまれ、気落ちされた。
それはそれで、本当に心の痛むことだったけど...
私も、これまで親身になって私を見てくださり、影になり日向になり、私を支えてくださった魔王妃さまたちを亡くした衝撃と悲しみは本当に大きかった。
だけど私には、落ちこんだり、どこかに籠ったりしているヒマはなかった。なぜなら、私は全部を背負いこむことになったからだ。
魔王妃さまたち四人の葬儀― 当然国葬だ― の準備を進めながら、魔王妃さまたちを失くした精神的衝撃から一切のことに関心を失って、ホルモールの別荘に籠ってしまわれた魔王さまに代わって、私は政務を代行することになった。
代行は、あくまでも魔王さまのご健康が回復するまでのはずだったのだが、魔王さまはいつまで経ってもご回復する様子は見えなかった。
さらに悪いことに、私は、みんなから「副魔女王」と呼ばれるようになった!
私はフェリノディオ族の元王女で、縁があって魔王国に来て、運よく― 魔王さまやその他の人たちの支援もあって― 侯爵にまでなった。
だけど、私は魔界の者じゃないし、魔王さまの眷属の魔王妃でもない。だから、副魔女王なんて呼ばれたくなかった。
副魔女王とか魔ナントカとか呼ばれるのは本当にイヤだった。
そりゃ、私は“魅了能力”と“信頼能力”、“レバーバル能力”を持っているし、“世界線間を跳躍”もすることができる。世界線間跳躍は、いつでも自由自在にできるものではないけど。
副魔女王と呼ばれることがイヤで堪らなく、また常に私を支えてくれ、いつも貴重な助言などをくださっていた魔王妃さまたちがいないという状況に耐えきれなかった私は、レバーバル能力を使って過去にもどり、『アグラッド計画』でもって『魔宮殿の変』を未然に防ぐことができた。
おかげで、アマンダさま、プリシルさま、リリスさま、それにハウェンさまは死なずに済んだ。
しかし、魔王さまのご病気を回復することは叶わず、魔王さまは1年後に亡くなられた。
魔王さまのお最後は、家族全員に看取られた、従容とした立派なお最後だった。
魔王国の重臣たちは、魔王さま危篤の知らせを聞いて魔王城に駆けつけた。
お部屋には許可がない限り入れないので私を含め、みんな控えの間で待機していた。
そこにリリスさまが現れた。彼女は第四魔王妃で、四人の魔王妃の中でもっともお若い。いつも明るいリリスさまが、沈痛な面持ちで入って来たのを見て、重臣たち座っていた椅子やソファーから立ち上がった。
誰もが、“ついに…”と思った。
だがそうではなかった。
「魔王さまが、最後に会いたいとおっしゃられた方たちのお名前を読み上げます」
リリスさまは、そう言って、ひとり一人名前を呼びはじめた。
「グロッルド・ギャストン伯爵さま」
「アンスガル・スティルヴィッシュ伯爵さま」
「ゲラルド・ベルジオン侯爵さま」
「カルヤ・ペンナス伯爵さま」
「アーレリュンケン伯爵さまにラクジャナ伯爵夫人さま」
「ドジョーネル王さまにナンシーネ王妃さま」
「ブゾーニン・ゾロワリン厩役伯爵さま」
「グレゴワール・ベテラーブ公爵さま」
「ベレンゴンド・ダルドフェル公爵さま」
「エルテール・ナエリンダン侯爵さま」
「アンドルー・エンギン辺境伯さま」
「イソブロード・アスレーン辺境伯さま」
「グラフ・ヒムリドール伯爵さま」
「ラガマ・マーゴイ侯爵さま」
「ドスモンド・マスティフ伯爵さま」
いずれも、魔王国の建国に多大な尽力をして来た貴族や将軍たちだ。
名前を呼ばれた重臣たちは、ひとり一人、魔王さまのいらっしゃる部屋に入って行った。
「アリシア・ゲネンドル侯爵さま」
そして最後に、私も名前を呼ばれた。
腎虚」は、東洋医学における病気の概念です。




