第327章 アリシア大公とグランド・デューク・ガードズ③
戸口に立っていたのは、白く長いあごヒゲを生やし、波乱万丈の鬼人生を刻んだかのような皺だらけの顔をした老鬼人だった。
「口を控えるがよい、ヨンド!」
低いがどっしりとした声で老人は言った。
「父上!」
ガァンツック大公が、驚いてソファーから立ち上がり、
「ひいお祖父さま!」
モモコ大王さまも立ち上がった。
「ご老公殿!」
それまで何も言わなかったガルヅェン伯爵もソファーから立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。
「ひいおじいちゃん!」
ソフィアちゃんも驚いている。
「ひいお祖父さま!」
「お祖父さま!」
「お祖父さま!」
「カルナーご老公さま」
「ご老公さま」
「ひいお祖父ちゃん!」
一門の者たちも驚いている。
ガァンツック大公をヨンドと呼んだ老鬼人は、ガァンツック・カルナー・シュテン。
そう、カルナー・シュテンの前当主だ。ソフィアちゃんのひいお祖父ちゃんで、ガァンツックおじいちゃんのお父さまだ。彼はモモコ大王さまの二代前の大王で、ガァンツック大公の先代の先代の大王さまだった方。
お年は百歳近い。
カルナー老公の息子であるガァンツック大公の名前は、ガァンツック・カルナー・ヨンド・シュテンという。真ん中に「ヨンド」とあるのは、“息子”という意味で、ガァンツック・カルナーひいお祖父ちゃんの息子という意味になる。
そのガァンツック大公をヨンドと呼ぶのは、父親であるガァンツック・カルナーさまだけだ。父親と息子が同じ名前なので、人々はガァンツック・カルナーさまをご老公、またはカルナー老公と呼び、ガァンツック・カルナー・ヨンド・シュテンさまをガァンツック大公と呼んで区別している。
タイザン家紋章
「何となく屋敷の方でみんながバタバタしていると家内が言うので、従者に母屋の方に聞きに行かせてみたら大王さまがいらっしゃっていると聞いて、急いで身なりを整えてやって参ったのだが...」
どうやら、誰もご隠居さんに大王の訪問を知らせなかったらしい。
「大王さまに向かって何と言う口の利き方をしておるのだ?ワシは、そんな臣下の礼も知らん者に育てたつもりはないぞ!」
カルナー老公さまは、厳しい口調で言うと応接間に入って来た。
老公さまの後から四十代の中年の婦人が入って来て、大王さまに向かって一礼した。先ほどはドアの外にいたので気が付かなかった。
「ひいお祖母さま!」
「お祖母さま!」
「エディチお祖母さま」
「エディチさま!」
「ひいお祖母ちゃん!」
婦人は、カルナー老公の妻のエディチ夫人だった。
カルナー老公は、最初の妻と結婚したあと長いこと子どもに恵まれなかった。
15年後にようやく妻が妊娠したが、難産で母子ともに死んでしまった。カルナー老公は大いに悲しみ、周囲が跡取りを作るために早く後妻をといく度となく勧めたが、頑として聞き入れなかった。
ようやく後妻を娶ったのは前妻が亡くなって10年後で、その後妻の子たちが、ガァンツック大公、ゴランドン公爵、リンマイユお姉さま(デュドル公爵の奥さま)たちだ。なので、カルナー老公と彼の子どもたちの年はかなり離れている。
カルナー老公は、二十数年前に家督をソフィアちゃんのお父さまのガァンツックさまに譲られた。それによりガァンツックさまは大公となり、以来カルナー老公は屋敷の裏の離れに奥さまのエディチ さまとごいっしょに暮らしている。
「いくら、弟ゴランドンの孫娘とは言え、モモコはラーシャアグロス国の大王じゃ。失礼は絶対に許されん!
“泰山王家なしで、ラーシャアグロス国が立ちゆかなくなるとは、何たる傲慢!”。そのような思い上がった者に泰山王家を率いる資格などない。さっさとヘイロンに家督を譲り渡して、おまえも隠居するがいい!」
カルナー老公は、まるで竜が口から炎を吐くような激しい口調で言った。
「申し訳ございません!」
ガァンツック大公は、ソファーから立ち上がるとがばっと床にひれ伏した。
「ガァンツック大叔父、頭を上げるがよい」
モモコ大王さまが、ガァンツック大公と呼ばずにガァンツック大叔父と呼んだ。
「泰山王家を思う気持ちは、私も泰山王家なので、ほかの誰にも負けていないと信じておる...」
大王の言葉に、応接間に勢ぞろいしている泰山王家一門の鬼人たちが静まり返った。
「...だがな、私も泰山王家がラーシャアグロス国を動かしている、牛耳っていると思うのは、傲慢だ。いや、思い上がりも甚だしいと言うものだ。ほかの九王家が、シュテン大公の今の言葉を聞いたら、どう考えると思う、ガァンツック大叔父?」
「は.........」
ガァンツック大公も二の句が継げず、ただ立ち尽くすだけだった。
「泰山王家は、九王家から袋叩きに会い、ヘタをすると十王家から除名されるてしまうぞ?」
モモコ大王さまは、緑色の目でギロリとガァンツック大公を睨み、カルナー老公を見て、周りに座っている泰山王家の者たちを順に見た。
「エンマ大公殿などは、泰山王家を潰すいい機会だと思って、これまで中立を維持して来た変成王大公を説得して巻き返しを図り、体制転覆を起こして鬼人族国を乗っ取ってしまうかも知れませんな...」
ガルヅェン伯爵が落ち着いた声で言った。
* * *
モモコ大王さまが、お自ら泰山王家に乗りこんで説得したおかげで、ソフィアちゃんは無事に大公の近衛隊の隊長として就任することができた。
突撃隊隊長の後任には、マリコッチが選ばれた。
マリコッチと言うのは愛称で、本名はマリアン・ヴェラ・マシュルド。勲爵士で年は現在25歳。去年、ボルマンド・ザグロス元隊長とめでたく結婚した。
ボルマンド元隊長は、ディデウスクス宮殿の戦いでウラリやゾリアーヌたち候補生たちを率いて、私たちの窮地を救ってくれた英雄だ。
二人の年の差は10コだが、責任感の強いマリコッチと鬼人生経験が豊富で優しく物分かりの良いボルマンドとはうまくやっているようだ。それにボルマンドは士官学校で突撃隊候補生に戦術学科を教えているし、元突撃隊の隊長の経験のあるボルマンドは、新しく隊長となったマリコッチが困ったことはあったりするといろいろと助言したりできる。
大公近衛衛隊は、突撃隊を辞めたソフィアちゃんのために創設された。
ニーナ班長とソレヌ班長は、私が大公近衛隊を作ると言う話をソフィアちゃんから聞いて、是非自分たちも隊長といっしょにその近衛隊に入ると言い出したらしい。
私は、ソフィアちゃんからその相談があった時、二人が突撃隊から抜けても問題ないのなら、近衛隊への入隊は許可すると答えておいた。
ソフィアちゃんは後任となるマリコッチと相談し、ウラリたち新隊員が大勢入隊しているので問題ないという結論になり、ニーナとソレヌは、新設された大公近衛隊に突撃隊のヤニグ副隊長、ディオン班長と共に入隊することになった。
なぜ、ヤニグとディオンが、共に入隊したかと言うと...
ニナッペはヤニグと付き合っていて、結婚間近だったからで、ソレヌもディオンと結婚前提で付き合い始めていたからだ。
突撃隊の副隊長であるヤニグが突撃隊を辞めてマリコッチは困らなかったかって?
それは、すでにソフィアちゃんはマリコッチたちと相談して、班長だったアロイスとダロッグを新しく副隊長にする予定だったため、それを少し早く繰り上げることで対処したらしい。
ニーナとソレヌの二人は、ソフィアちゃんの予定では、それぞれ副隊長に昇格する予定だったらしいんだけど、大公近衛隊に入隊したのでそれはナシになった。だけど、大公近衛隊の班長としての二人のお給料は、突撃隊副隊長のより多いから、二人とも文句はないみたい。
大公近衛隊の班長となったニーナは、大公近衛隊の副隊長となったヤニグと去年結婚し、これも大公近衛隊の班長となったソレヌも同じく班長となったディオンと今年の春に結婚した。
* * *
大公近衛隊は、ソフィアちゃんのためだけに創設されたように誰もが思うかも知れない。
だけどそれは百パーセント正しいとは言えない。そもそも、私がアングルスト領の総督だった時、私の身辺警護とヴォンゴロール城の警備をするために『総督府近衛部隊』、通称“ゲネンドル・ガードズ”が創設されたというのがそもそもの始まりだった。
“ゲネンドル・ガードズ”は、戦争が終わったことであぶれたドワーフ族の優秀な若者をアングルスト領に受け入れようということで、ミルイーズちゃんとフローリナちゃんが考え出したものだ。
そもそもの発端は、私の妹ビアが、ドワーフ族のロン君と結婚したことにある。
ロン君は、ドヴェルグ国で代々陸軍大臣や陸軍総司令官、有名な陸軍将軍などを輩出して来たバンディ一族のロン君と結婚したことだ。
ドワーフ族ってエール樽のように横に太った者がほとんど(全部?)なのだけど、ロン君は何と容姿秀麗な、ドワーフらしからぬドワーフなのだ。
ビアは、私が魔王国の公使としてゾオルに赴いた時、フローリナちゃんやミルイーズちゃんたちといっしょに随行員になった。
その時、例の東ディアローム帝国の領土割譲交渉で、私は魔王国と絆の強い国のために新領土を獲得してあげた。
そして、それらの同盟国から、領土拡大してあげた褒賞(?)として、私は伯爵の称号をあたえられることになった。その伯爵号を頂くために魔王さまから許可を頂いて、ドヴェルグ王国、ミタン王国、鬼人族国、ボードニアン王国を訪問したんだけど、その最初の訪問国ドヴェルグ王国で、ビアはロン君と知り合い、恋愛をして結婚することになった。
ロン君の体が細いのは、どうやら一族の古いご先祖さまの中にエルフと結婚した者がいたらしい。そのため隔世遺伝とやらで体がほっそりしているのだそうだ。ちなみにバンディ一族では、彼以外にも何人か細い体の者がいるそうだ。
ロン君は、元ドヴェルグ王国陸軍総司令官ドワ・ジロン・ガンタレーパ・バンディ公爵の孫で、彼のお父さまは南東総軍司令官。伯母さまは、有名なドワ・アグア=ラナ・バンディ伯爵(中将)で参謀総長、ほかにも兵器省の長官とか師団長とかがゴロゴロいる陸軍一家の出だ。
バンディ一族には、優秀な若者が多く、彼らの多くは陸軍の青年将校だった。
ロン君が陸軍を辞めてビアと結婚し、娘のミアちゃんが生まれてから、ビアが私の元で総督府の秘書室で働くようになった時、ビアとミアちゃんといっしょにゾビアクラスト市で暮らすことになったのだけど、その時にロン君と同じようにドヴェルグ国陸軍を辞めたほかのバンディ一族の若者たちもいっしょに来たのだ。
その彼らのボス的存在が、前述のラナ将軍の孫娘レアナ=ラナ・ バンディだ。
(お孫さんらしく、ちゃんとお祖母ちゃんの名前を受け継いでいる!)
レアナちゃんは、お祖母ちゃんの名前を引き継いだだけあって、剛毅果敢で決断力があり、統率力のあるレアナちゃんは、バンディ一族のの元青年将校たちやほかの若者たちを集めて、アングルスト領に新たな冒険(?)を求めてゾビアクラスト市にやって来たのだ。
その優秀な元ドヴェルグ陸軍の将校たちを利用して、『総督府近衛部隊』、通称“ゲネンドル・ガードズ”を作る提案をしたのがミルイーズちゃんとフローリナちゃんだったのだ。
ソフィアちゃんが、私といっしょに暮らすことが決まった時、当然ミルイーズちゃんとフローリナちゃんは、大公警護の近衛部隊“ゲネンドル・ガードズ”を作ることをふたたび提案した。
私はその提案をもっともだと思って即承認した。魔王国の大公にはそれだけの権限があるのだ。
大公である私直属の護衛部隊なので、グランド・デューク・ガードズと名付けられた部隊の指揮官となったソフィアちゃん。いや、大公近衛部隊なのだから部隊長なのか?
だけど、突撃隊から移籍して来たニーナとソレヌが、以前通りソフィアちゃんを「隊長」と呼び出したので、グランド・デューク・ガードズ隊員たちもソフィアちゃんのことを隊長と呼ぶようになった。
ソード




