第326章 アリシア大公とグランド・デューク・ガードズ②
広い応接間に案内されたモモコ大王さま。
モモコ大王さまといっしょに応接間に入ったのは、ガルヅェン伯爵とソフィア隊長だった。
大王さまは一人掛けの大きなソファーに座り、ガルヅェン伯爵は大王の右側の少し離れたところにあるソファーに座った。
ソフィアちゃんは、大王の左横の少し離れたところに立った。彼女は大王さまの身辺護衛役なので、ほかの突撃隊員が入れないような場所にも入る。
まあ、そうじゃなくても今日のカルナー・シュテン家訪問の理由は、ソフィアちゃんに関することなので、護衛でなくても同席しただろうけど。
モモコ大王さまと向かい合った三人掛けのソファーには、 ガァンツック・シュテン大公が真ん中、その右にベルナ夫人、大公の左にヘイロン伯爵が座った。その隣りの一人掛けのソファーにヘレナ夫人が座った。
ソフィアの大叔父ゴランドン公爵とゾライデ夫人、ヤンガー・ホムロン伯爵とファディア夫人、息子のヤンガー・オルトン子爵とマルラ夫人、イーデル・デュドル公爵とリンマイユ夫人、その息子のイーデル・ガァンツック男爵とジャデ・マイーザ夫人たちは、使用人に持って来させた椅子にそれぞれ座った。
カルナー・シュテン家の応接間
「今日はな、カルナー・シュテン家にとって、とても良い話を持って来た!」
モモコ大王さまは、パーラーメイドが持って来た冷たいオレンジジュースをゴクゴクと美味しそうに飲んでから言った。
「おお。ついに先方が、エルディル殿とソフィアの縁談を受け入れてくれたということですか!?」
ガァンツック・シュテン大公が相好を崩して身を乗り出した。
「これでソフィアも今季を逃さすにすみますわ!」
ベルナおばあちゃんも顔をほころばせた。
しかし、ヘイロン伯爵とヘレナ夫人は黙ったままで、おたがいちらっと顔を見合わせただけだった。
「いや、期待させて悪いが、ゼナイドン・シュテン大公の末弟のエルディル子爵とソフィアの縁談の話ではない」
「何ですと?秦広王の弟でないのなら、平等王の息子のヴェイドル子爵になったのですか?」
ガァンツック・シュテン大公が、身を乗り出すようにして聞く。
ザワザワザワザワ...
周りにいる泰山王家一門の者たちが騷めきだした。
「いや... その前に、代わりのジュースを所望したい」
モモコ大王は、残りのオレンジジュースをゴクゴクと飲み干すとお代わりをたのんだ。
どうやら本題に入りにくいらしく、間を置くためにオレンジジュースをたのんだらしいとガァンツック大公もほかの者たちもわかった。だが相手は鬼人族国の大王なのだ。早く本題に入ってくれとは言えない。
「早く、ジュースを持って来んか!」
「は、はいっ!」
入口の近くに待機していた30代のパーラーメイドは、ガァンツック大公の叱責するような声に飛び上がらんばかりに驚いてあたふたと部屋から出て行った。
代わりのオレンジジュースが持って来られるまで、大王さまは右手に持った王笏でコツン、コツンと床をたたきながら無言でいた。
ガァンツック・シュテン大公は、腕を組んで靴のつま先で床をたたいていた。
早くモモコ大王から、可愛い孫・ソフィアの結婚相手の名前を聞きたいのだが、大王をせかせるわけにはいかない。
だが、大公のイライラは、応接間にいる者全員に伝わり、みんなジリジリしてパーラーメイドがもどって来るのを待っていた。
オレンジジュース
5分ほどするとパーラーメイドは、銀のプレートにオレンジジュースが入ったガラス製のボトルとグラスを乗せて入って来た。
「お待たせいたしました」
そう言うと新しいグラスにガラス製のボトルからオレンジジュースを注いでテーブルに置き、空になったグラスを取り、プレートに乗せると一礼して下がった。
「急がせたようで悪かったな」
「いえ、滅相もございません」
パーラーメイドは、大王さまのお礼の言葉に答え、もう一度お辞儀をすると空になっていたグラスを乗せたプレートを持って部屋から出て行った。
「それで大王さま。せかすようで大変申し訳ありませんが、このソフィアの相手は、どのシュテン家の者なのですか?」
ガァンツック・シュテン大公は、そう言うと目を細めてソフィアを見た。
「ああ。願ってもないような良い話だぞ?」
オレンジジュースを美味しそうに飲み干してから、ニンマリと笑ってガァンツック・シュテン大公の目を見て言った。
「願ってもないような良い話!」
大公の目が輝き、身を乗り出した。
「まさか、九王の誰かさまの後添えとかお妾とかというお話しなのでしょうか?」
ベルナおばあちゃんの目が真剣になった。
ザワザワザワザワ...
周りにいる泰山王家一門の者たちが、また騷めきだした。
それも無理はない。ソフィアちゃんは、花も恥じらう二十歳のオトメなのだ。
いくら地位は九王のうちの誰かわからない大公の妻になれるにしても後添は後妻だ。
四十も五十も年の違う、どこかの老大公の後妻とか妾など... もっとマシな嫁ぎ先はないのか?
誰もがそう考えた。
ソフィアちゃんは、泰山王家一門の希望の星であり、明日のラーシャアグロス王国を背負う鬼人として一門の期待を背負うにふさわしい者だと誰もが考えていた。
十王家の一つ、閻魔王のエンマ・シュテン大公は1年前に妻のゼリアを病気で亡くしていたし、五官王ドライギュン・シュテン大公も5年前に妻のドレーレスを亡くしていた。
この二人は、もしソフィアが後妻として嫁ぐのなら、地位的にもつりあった最もふさわしい候補と言えよう。
エンマ・シュテン大公は、誰もが知る、鬼人族国二大派閥の一つエンマ王派の領袖であり、陸軍大臣と陸軍総司令官を兼任している。一方、ドライギュン・シュテン大公は、科学・教育大臣をしている。難点があるとしたら、エンマ大公もドライギュン大公も泰山王派のライバルであるエンマ王派の大公であるということだ。
エンマ大公、ドライギュン大公のほかにも、十王の中には年老たりといえどまだまだセイリョク盛んで妾や愛人を何人も囲う強者もいる。
孫娘ソフィアの将来を案じて、今応接間でモモコ大王さまと水面下で心理的駆け引きをしているガァンツック・シュテン大公も、5年ほど前に30歳以上年が離れた若く見目麗しい未亡人と関係を持ち、ベルナおばあちゃんから離婚するか別れるかどちらかにしなさいと迫られたという逸話の持ち主でもある。
オレンジジュース
さんざん待たせたあとで、モモコ大王さまは、ガァンツック・シュテン大公の顔を見て告げた。
「うむ。ソフィアは... 魔王国のアリシア・ゲネンドル大公に身も心も仕えることになった!」
「はぁ?」
ガァンツック大公が目を剥いた。
「ど、どういうことでございましょう、その“ゲネンドル大公さまに、身も心もお仕えする”とおっしゃいますのは?」
ベルナおばあちゃんも戸惑ったような声をだした。
「おお!」
「あなた!」
ソフィアちゃんのご両親のヘイロン伯爵とヘレナさんは、抱き合ってよろこんだ。
「それはよろこばしい!」
「よかったわね、ソフィアちゃん!」
デュドル公爵とリンマイユ夫人が、ニッコリ笑って祝福した。
「大王さま。もう少し分かりやすいようにご説明していただけますか?」
ガァンツック大公が、少しイラついた口調だが、あくまでも丁重な言葉でモモコ大王さまに訊いた。
「うむ。回りくどい言い方であったのならスマン。ソフィアはな、今度魔王国の大公となったアリシア・ゲネンドル公の近衛隊長として仕えることになったのだ!」
「な、何と!」
ガァンツック・シュテン大公は、大きく目を見開いて絶句した。
「えええっ!」
ベルナおばあちゃんも驚きのあまり、ソファーから立ち上がった。
「それでは、ソフィアは結婚をせずに、アリシア・ゲネンドル大公殿の元で仕え、大公殿とごいっしょに暮らすと言うことですね?」
ヘイロン伯爵が、大王さまに確認をした。
「その通りだ、ヘイロン伯爵殿。月給も金貨50枚と突撃隊の隊長職より7割ほど多い!」
モモコ大王さまは、自分が払うのではないのに大きく胸を張って言った。
「私は、ソフィアが、心から愛する人と暮らせるのなら、それがソフィアの望む幸せであるのでしたら、母親としてそれ以上の幸せはございません。うっ うっ うっ...」
ヘレナさんは、感激のあまりむせび泣き始め、ヘイロン伯爵がヘレナさんの背中を優しくさすった。ヘイロン伯爵も涙を目に浮かべている。
「お母さま...」
ソフィアちゃんも泣きはじめた。
「本当によかったわ、ソフィアちゃん!」
リンマイユ夫人が、ソフィアちゃんのそばに行って、ソフィアちゃんを抱きしめた。
「何と!鬼人族の貴族と結婚しないだと?」
「では、誰が次の大王の座をかけてモモコ大王さまに挑戦するのだ?」
「挑戦者は、シュテン一族の者でなければならないという決まりがある。それは守られるべきだ!」
「ほかに挑戦者にふさわしい者がいるのだろう!」
「ソフィア以外に、十王家で武芸に秀でた者がいるのかしら?」
「残念ながら、十王家の男たちの中には、ソフィアに優る者は見当たらんな...」
応接間にいた泰山王一門の男たちが騒ぎはじめた。
彼らの懸念は、鬼人族国の将来の大王の問題だった。
「それは心配しなくともいい。突撃隊には、都市王大公の孫娘ウラリ・アマンディーネ・シュテンと初江王大公の孫娘ゾリアーヌ・フロールリス・シュテンがおってな。二人とも、私に挑戦するにふさわしい力量と胆力と頭を持っておる!」
「おお。そう言えば、ジルベル・シュテン財務大臣殿の孫に、身体の大きな娘がいたな!」
「バルキュス・シュテン内務大臣殿の孫にも男顔負けの女孫がおると聞いたことがあります!」
モモコ大王さまの説明に、大叔父のゴランドン・シュテン公爵や再従兄妹にあたるヤンガー・シュテン伯爵が頷いた。
「都市王大公の孫娘や初江王大公の孫娘であれば、挑戦者の資格はある!」
「左様。まったく問題ないと言える」
「それにモモコ大王さまが、太鼓判を押すほどの猛者であるなら」
「まったく問題はないようですな」
泰山王一門の男たちも納得している。
「ゲネンドル大公殿とご結婚... いや、結婚ではないのね?」
「大公さまの寵妃じゃないの?」
「いや、ゲネンドル大公は女性なのだから、寵妃とかじゃなくて、恋人なんじゃないの?」
「でも、毎月のお給金が金貨50枚って、かなりのお給料じゃない!」
「お金の問題より、愛の問題なのよ。愛する人といっしょにいられるのが一番だと思うわ!」
「そうよね。出世とかお金儲けも大事かも知れないけど、鬼人はやはり愛に生きなければね!」
「愛には国境も種族も性別も関係ないのよ」
泰山王一門の女たちも、納得しはじめた。
これで一件落着... とモモコ大王さまやソフィアちゃんたちが思った時―
「し、しかし... その二人は、泰山王家の者ではなかろう!」
ガァンツック大公が、ソファーから立ち上がって吼えた。握りしめた両のこぶしがブルブルと震えている。
「父上、ラーシャアグロス国は、泰山王家だけのものではありません」
ヘイロン伯爵が静かな声でガァンツック・シュテン大公を諭すように言った。
「何を言うか!泰山王家なしでは、ラーシャアグロス国が立ちゆかなくなるのは目に見えて...」
ガァンツック大公が、口から泡を飛ばさんばかりの勢いで言いはじめた時、低いがどっしりとした声がドアの方から響いた。
「口を控えるがよい、ヨンド!」
戸口には、白く長いあごヒゲを生やし、波乱万丈の鬼人生を刻んだかのような皺だらけの顔をした老鬼人が杖を持って立っていた。




