第325章 アリシア大公とグランド・デューク・ガードズ①
「ソフィア隊長、この方はエマラニさん。ギルドの理事長アデラ・タウルさんの娘さんです」
マノンちゃんが、急いでソフィアちゃんたちとカプラニディオスの女の間に入って、カプラニディオスの女を守るように両手を広げた。
「なにっ?ギルド理事長の娘だと?」
ソフィアちゃんの殺気が消え、剣の柄から手を放す。
ニーナ班長とソレヌ班長、構えを解いた。ほかの近衛兵たちも警戒を解く。
「はい。私は、アデラ・タウルの長女でエマラニと申します」
「アデラルの長男ヴォルドの嫁のベイラと申します」
「アデラルの次男ドゥーブルの嫁のシモンネと申します」
「私は、アデラルの次女の女でゼナイデと申します」
「私は、アデラルの三女のビルガと申します」
それぞれ自己紹介した。みんなアデラ さんの子どもらしい。長男と次男はいないようだが、ほかの仕事をしているのだろう。
「ふふ。ソフィアちゃん、このあたりに私に危害を加えようなんて考える者なんていないわ」
生真面目に私を守ろうとしている近衛隊長の働きに目を細めながら、安心していいと落ち着かせた。
それにしても、ソフィアちゃんたち少し過剰反応すぎない?(汗)
「どうも驚かせて申し訳ない。私はゲネンドル領の長官のアマラ・エボニーだ。こちらは、アリシア・ゲネンドル大公殿。このゲネンドル領の領主さまです」
「メェ。長官さまのお顔は覚えております。最初にゲネンドル大公殿下さまが、ここにいらした時にごいっしょでしたね?」
エマラニさん、さすがにアデラさんの娘だけあって、4年前のことをよく覚えていた。
「大公殿下さま、狭いところですが、家に入ってお茶でもお召し上がりになりませんか?」
アデラさんが、家の方を手で指した。
「その前に、納屋での仕事を見せてもらうわ」
「メェ!... 動物の血だらけの作業場で、少々おぞましい場所なのですが」
アデラさん、さすがにためらった。
「全然構わないわ。ベーコンも豚肉ソーセージも大好きだから。生産している現場を見るのも勉強になるし」
「それでは、きたないところですが、ご案内いたします。メェ」
アデラさん、先頭に立って納屋に向かった。ほかの女たちは、頭を下げ一礼すると納屋に走って帰った。子どもの叫び声を聞いて出てきたが、大事ないとわかって仕事にもどったのだろう。
「エマラニ殿、先ほどは無礼をつかまつった。許してほしい」
納屋に向かって歩きかけた私たちの前にソフィア隊長が、ニーナ班長、ソレヌ班長といっしょに走って来てエマラニさんに頭を下げて謝った。
「いえ、とんでもございません。どうぞ頭をお上げください。大公殿下さまやエボニー長官さまは、四年前にここに来られたので私たちのことを覚えておいででしたが、あなたさまは初めてですので、護衛として当然のことをなさったまでです」
「どうもご無礼をいたしました!」
「お許しください!」
ニーナ班長とソレヌ班長もいっしょに謝っている。
「どうか、お気になさらずに」
エマラニさんの方が当惑気味だ。
「ねえ、ママ。この子たちと おにわで遊んでいい?」
ロッテが、同い年くらいのカプラニディオスの女の子の手を握って聞きに来た。子どもは仲が良くなるのが速い。レーヌも遊びたくてウズウズしているようだけど、私の顔色をうかがっている。
“まったく... この子の用心深さはパパそっくりだわ”
「怪我をしないように、また新しいお友だちにも怪我をさせないように注意して遊びなさい」
「わ―――い! フッラちゃん、ミュリちゃん、遊ぼ!」
「メェ!」
「メェ!」
「あなたも遊ばない?」
少々年上の7歳ほどのカプラニディオスの女の子がレーヌを誘う。
「わたし、ウンドウシンケイ それほどよくないの」
「あはは。そんなのだいじょうぶ。かけっこになったら、わたしがおぶって走るから!」
「じゃあ、遊んであげるわ!」
“運動音痴なところまでパパ似なのね。それにしても何よ、遊んであげるって。偉そうに!...”
年上の女の子に手を握ってもらってうれしそうに駆けて行くレーヌを見て、ため息をついた。
「大公さま。お子さまたちの安全は、私たちがお守りします!」
失地回復ではないだろうけど、ソフィア隊長が、真剣な顔をして言った。
いや、もしかすると動物を処理しているところを見たくないだけかも知れない。戦場では断ち切られた腹から腸が飛び出したり、脳天をたたき切られた頭から脳漿が流れ出ている姿などを見慣れているようだけど、こういう場所は苦手なのかも?
「大公さま、どうぞ、ごゆっくりと見学をしてらしてください!」
「おいしそうなベーコンやソーセージがありましたら、私にも買ってください!」
「こら、ニナッペ、公私混同してるんじゃないよ!」
ニーナ班長とソレヌ班長の会話が面白い(笑)。
アデラ・タウルの家
「レーヌちゃん、ロッテちゃん、私たちの目の届く範囲内で遊んでっ!」
広い庭を駆けまわるふたごのあとを追いかけながら叫んでいる、青い髪の鬼人族美女ソフィアちゃん。金色の肩章と飾緒がついた緑色のジャケットに濃い紫色のパンツという制服がすごくよく似合っている。
ソフィア・ヴェローナ・ベンケー・シュテン。彼女は、鬼人族国の名門シュテン一族の勇士で、泣く子も黙る鬼人族国突撃隊の元隊長だ。
彼女の武勲は、初代のモモコ大王にも匹敵すると鬼人族国の著名な戦士たちの間で噂されていると聞く。だが、本人はベルミンジャン戦役でディデウスクス宮殿占領作戦に参加し、ブラグガル王の身柄を確保しただけだと謙遜しているそうだ。
しかし実際は、彼女と鬼人族突撃隊の有志たちは、ウッダジャー太守が率いるラムラーワ連合の残党どもとロカ・ヒンドランジャの魔術師たちを殲滅するために実施された『ファロスラウグ作戦』において、ウルグィン洞窟で壮絶な戦いをしたのを私は見ている。
... ... ... ...
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ただ、今、私がいる《この世界線》が作られた時に、《もう一つの世界線》で実施された『ファロスラウグ作戦』の世界でのソフィアちゃんの記憶が、どういうわけか《この世界線》のソフィアちゃんに転移しているらしい。
いや、もしかしたら、実際は《もう一つの世界線》のソフィアちゃんが、《この世界線》に転移したのかも知れない。そして、そのために彼女の記憶が混乱しているのかも知れない。
魔王さまなら、何か私にもわかりやすくネコの例えなどを使って教えてくださったかも知れないが、それはもうできない。ソフィアちゃん、そのことでかなり悩んでいたようで、だれかれとなく聞いて回り、調べていたようだ。
ソフィアちゃんとは、ラムラーワ連合の残党とロカ・ヒンドランジャの魔術師たちの問題を解決したあとで恋人の関係になった。
彼女は、ずっと私のことを愛していたと告白してくれた。私も初めて彼女を見たときから、彼女の美しさと強さに惹かれていた。
彼女は、私といっしょに暮らしたいと言った。
私も彼女にそばにいて欲しいと思った。
だが、ソフィアちゃんは鬼人族国の主流派閥であるモモコ大王派― 泰山王派の鬼人だ。し、モモコ大王さまの警護と閻羅宮の警備という重要な役目もある。
そして、それ以上に重要なことがある。それは、彼女が鬼人族国の有力な次期大王候補だということだ。
鬼人族国を支配しているのは、シュテン一族の十家で、俗に鬼人族国十王と呼ばれており、大王になる者は、十王家の鬼人でなければならず、この十王家の中から選ばれた挑戦者が現大王と三番勝負をして勝った者が新大王として選ばれるろいうのが伝統となっている。
ソフィアちゃんは、栄えある鬼人族国突撃隊の隊長だった。つまり、名門の出であり、突撃隊の隊長という実力者で、次期大王への最短距離にいる鬼人だったのだ。
そんな次期鬼人族国の有力候補が、「好きな人が出来たから突撃隊の隊長辞めます。大王最有力候補も辞退します」などと言い出しでもしようものなら、鬼人族国中に大混乱が起こることは必定、魔王国にも鬼人族国政府から厳重な抗議が来るに違いない。
魔王国を預かる身としては、兄弟のような強い絆― 実際に魔王さまとモモコ大王さまは夫婦だったので兄弟以上の絆なのだが― で結ばれている両国の関係を揺るがすような醜聞の当事者には絶対になりたくない。
だが、ソフィアちゃんほどの美女かつ勇士、ぜひ私の美女収集目録に是非加えたいけれど、魔王国の大公として、「ソフィアちゃん、私といっしょに住みにおいで!」なんて言えるわけがない。
恋焦がれる気持ち、じれったい気持ちを抱えながら月日が過ぎた。
* * *
だが1年半前、ソフィアちゃんは、誰もが想像もしなかったことを実行した。
鬼人族国突撃隊の栄光ある歴史の中で、突出して強かったのは初代のモモコ大王― モモコ・ベンケー・シュテン一世だと言い伝えられている。
次いで強いと言われているのが今のモモコ大王で、先代の大王ガァンツック・カルナー・シュテンに三番勝負で勝ち、以来モモコ・ ベンケー・シュテン七世を名乗っている。ちなみに、ガァンツック・カルナー・シュテンは彼女のソフィアちゃんのおじいさんで、孫である彼女を幼少の時より鍛えた鬼人だ。
近年、鬼人族国の大王は、泰山王家からのみ輩出して来た。
それは泰山王家のみが、三番勝負の挑戦権を独占して来たからではない。泰山王家の中からしか、三番勝負の勝者が出なかったからだ。
ほかの九王家からは、残念なことに現職の大王に勝てる者は出なかったのだ。
そんな状況が一変したのは、ベルミンジャン戦役においだった。
ベルミンジャン戦役中、もっとも重要な作戦であったディデウスクス宮殿の占領作戦に鬼人族国突撃隊は参加することになった。そして参加人員が少なかったことから、突撃隊の予備隊― 陸軍士官学校で突撃隊員となるために訓練をしていた突撃隊候補生たち― も急遽参加することになり、元突撃隊隊長であったボルマンド・ザグロスの指揮のもとディデウスクス宮殿の戦いに参加した。
そして、この宮殿の戦いにおいて、突撃隊候補生たちは見事な戦いぶりを見せた。
候補生たちの中でもとくにウラリとゾリアーヌ二候補生の高い戦闘能力は、指揮官であったボルマンド元突撃隊隊長やほかの候補生からの証言でも明らかだった。
そして、ウラリとゾリアーヌは、それぞれ十王家の娘だった。
ウラリ・アマンディーネ・シュテンは、都市王・ジルベル・ボーム・シュテン財務大臣ひ孫、そしてゾリアーヌ・フロールリス・シュテンは、初江王・バルキュス・ゾンド・シュテン内務大臣のひ孫だったのだ。
この二人は、最近の若者らしく健康優良児(?)で、ウラリは身長189センチ、体重85キロ。ゾリアーヌは、身長184センチ、体重82キロという大女鬼人だった。
二人が戦闘能力だけでなく、学科でも優秀であることは、士官学校からソフィアちゃんのもとへ送られて来る定期報告書でもわかっていた。
ディデウスクス宮殿の戦いの後、ソフィアちゃんは、正式に突撃隊員となったウラリとゾリアーヌの二人と戦闘訓練を度々やり、ウラリとゾリアーヌの実力が抜きんでているということを知っていた。
そして、二人が正式隊員となってから2年後―
ソフィアちゃんは、ゾリアーヌ、ウラリと三番勝負をした。
「これは、将来鬼人族国の大王になった私と大王の座をかけて三番勝負をする時の摸擬戦だ。本気でかかって来い!」
「はいっ。遠慮せずに本気で行かせてもらいますっ!」
「はいっ。隊長殿に勝って、初江王家の名を高らしめます!」
最初のウラリとの三番勝負は、最初の二番目はソフィアが勝ち、最後は負けた。
次のゾリアーヌの三番勝負は、最初は勝ち、二番目に負け、三番目に勝った。どちらも二勝一敗で、文句なしの勝利とは言えないが、ソフィアは勝った。
ソフィアは、彼女は自分がまだ鬼人族国最強の戦士であることを確認してから、モモコ大王さまに謁見を求めた。
そして大王に、私を愛しているということを伝え、彼女の跡を継ぐ強さと資格を持っている者が突撃隊に二人おり、その二人のうち一人は必ずやモモコ大王さまとの三番勝負に勝利して、次の大王になるだろうと言った。
「なにっ?おまえは男を愛せないと言うのか!」
「はい...」
「何と言うことだ!せっかく、おまえの父親のヘイロンと秦広王と話して、秦広王の弟のエルディルとの縁談を進めておったのに!」
モモコ大王さまは、ドン!とテーブルをたたいて叫んだそうだ。
秦広王ゼナイドン・ジッダルタ・シュテンは泰山王派で海軍大臣をやっており、エルディルとは秦広王の末弟エルディル・ヴォロンドン・シュテン子爵のことだ。
ソフィアちゃんもエルディルのことは知っていたが、まさかそんな縁談が進められているとは夢にも思わなかったそうだ。
しかし、ソフィアの決心が固いことを知ったモモコ大王は、ソフィアちゃんの願いを聞き入れた。
そして、自らソフィアちゃんの実家、カルナー・シュテン家を訪問することにした。
カルナー・シュテン家では、突然のモモコ大王の訪問に上を下への大騒ぎになった。
大王が、カルナー・シュテン家を訪問することは、侍従長のゾンド・シュテンから前もって知らせてあったのだが、ソフィアの祖父ガァンツック・カルナー・シュテン大公― 泰山王家の大御所― が、
「大王をわが家にお迎えするなど、千年に一度あるかないかの大事だ!」
と騒ぎはじめ、それが否応なしに家族全員に伝播して、カルナー・シュテン家では、大王さまを迎える準備で大わらわとなったらしい。
当日、モモコ大王さまは、親衛隊司令官と突撃隊司令官を兼任しているガルヅェン伯爵を伴ってカルナー・シュテン家を訪問した。
ソフィアちゃんの乗った鬼馬を先頭に周囲を40騎の突撃隊に警護され、車体前部に取りつけた鬼人族国の国旗をはためかせたモモコ大王さまの乗ったマホリムジン― 魔王さまから贈られた特別使用車― は、カルナー・シュテン家に乗りつけた。
カルナー・シュテン家
大きなカルナー・シュテン家の屋敷の玄関の前には、ガァンツック・シュテン大公とベルナ夫人。息子でソフィアの両親であるヘイロン・シュテン伯爵とヘレナ夫人。
大叔父のゴランドン・ボードルム・シュテン公爵とゾライデ夫人。息子のヤンガー・ホムロン・シュテン伯爵とファディア夫人、息子のヤンガー・オルトン・シュテン子爵とマルラ夫人。
イーデル・デュドル・シュテン公爵とリンマイユ夫人、その息子のイーデル・ガァンツック・シュテン男爵とジャデ・マイーザ男爵夫人ら、それにそれらの孫や玄孫たちが、正装で並んでモモコ大王を迎えた。
そして、玄関へと続く黄金色の蜜蝋石の階段の両側には、総勢百人を超えるカルナー・シュテン家の使用人たちが並んでいた。
白シャツに蝶ネクタイにバリっとした黒燕尾服姿の執事、きらびやかな装飾が付いた黄金色の膝丈のジャケットに膝丈のキュロット、絹のストッキング姿のフットマン、そして黒いドレスに白いエプロンとキャップ姿のメイドたち。
もちろん、いかに鬼人族国でもっとも影響力がある泰山王派の本家と言えど、それほど多くの使用人は必要ない。モモコ大王を向かえるというので、一門の者に声をかけて一門の者たちが使っていた使用人をかき集めた。それもソフィアのおじいちゃん、ガァンツック・シュテン大公の言い出したことだったらしい。




