第324章 アリシア大公の領地視察ー改革編②
ゲネンドル領で生産される農畜産品を領外で販売する利点は、ゲネンドル領の経済が潤うということだ。
そして、ゲネンドル領にとって、もっとも有望であり、且つ最大の消費市場は、距離的にも近い― 目と鼻の先にあるアングルスト国とベルミンジャン国だ。
ただ、ベルミンジャン国に輸出するのは、関税や通行料の問題があるし、アングルスト国に輸出するためにはベルミンジャン国を通過する必要があり、やはり関税と通行料の問題が制約となる。
その制約を解消するには、ベルミンジャン国を通さずにゲネンドル領から直接アングルスト国に輸送することだ。
ゲネンドル領の位置
そして― この案には大きな利点があった。
アングルスト国は、私が総督として統治しているということだ。
総督である私は、ゲネンドル領産の農産物に対する関税と通過料をタダにできる特権を持っているのだ。 ゲネンドル領の東側はズデーネン山脈を境界としてアングルスト国と接している。このズデーネン山脈にトンネルを開ければ、ベルミンジャン国を通さずにアングルスト国に物を運べるのだ。
現在、ズデーネン山脈の三ヵ所でトンネル工事が始まっている。
1年後には完成する予定で、そうなれば通行料も関税も払う必要なしでアングルスト国に大量の農畜産品を輸送して販売することができ、領地の農民たちはさらに儲けることができるし、ゲネンドル領の収入もさらに増えることになる。
ドワーフ族は、土木工事や採鉱などを得意とする種族だ。
私は、ゲネンドル領の領主となってからすぐにドヴェルグ国のドンゴ・ロス王と交渉して、ゲネンドル領にドワーフ鉱夫と鉱山の探査をするための専門家を送ってくれるようにお願いした。
私がゲネンドル領内の調査のために送った調査団は、領地北部に地表に露出した石炭の大鉱脈があることを発見していたからだ。有望な鉄鉱鉱脈もいくつか見つかっていた。領地の西部を調査した調査団は東の山岳地帯にも有望な鉱脈があると報告していた。
すでに発見されている石炭鉱脈と鉄鉱石鉱脈の開発計画を実施するために、ドンゴ・ロス王は一つの鉱山あたり約5百人のドワーフ鉱夫を送ることを決定した。本格的な鉱山事業の開始だ。
それらの鉱山のその後の事業展開によっては、第二陣、第三陣とさらに数千人、数万人規模のドワーフ鉱夫がドヴェルグ国から移住し、鉱山での作業に携わることになる。
地表に石炭鉱脈が露出している場所
私は、鉱脈の調査をドワーフの鉱山技師にやってもらったが、石炭や鉄だけでなく、ほかの鉱物資源の有無も調べさせた。
それと、すでに採掘事業が軌道に乗りつつある鉄鉱石鉱山と石炭鉱山を利用して、鉄鋼業を立ち上げる計画も進めた。
高炉に必要な骸炭は石炭から作ることができるし、原材料の鉄鉱石も豊富だ。ドヴェルゴ国では、昔から鉱山業、製鉄業が盛んだった。なので、採掘技術についても高度な知識と技術と経験を持っている。それは、製鉄技術に関しても同じであり、高炉の設計・建設、管理などもお手の物だ。
製鋼プロセス
ドヴェルゴ国は、東ディアローム帝国との戦争が終わったことで最前線からもどって来た数百万人のドワーフ兵隊たちであふれ返っていた。ドヴェルゴ国もほかの国と同じように大規模な兵力縮小を進めており、ドヴェルグ国政府は失業者対策に大わらわとなっていた。
復員兵失業対策として、ドヴェルグ国政府は自国領となった、元東ディアローム帝国陣営のレウエンシア大公国、ワーリー大公国などに復員した元ドヴェルグ軍兵士とその家族を大量に移住させ始めた。
私からのゲネンドル領へのドワーフ鉱夫と技術者の移住の話は、ドンゴ・ロス王にとってもドヴェルグ国政府にとっても願ってもない話で、飛びつくようにして承認をしてくれた。
ドンゴ・ロス王は、4ヵ所の石炭鉱山と3ヵ所の鉄鉱石鉱山に、合計で3千5百人のドワーフ鉱夫を送りこんでくれた。そして鉱夫たちのために、集団住宅までドヴェルゴ国政府の費用負担で作ってくれた。
製鉄所の建設費用はゲネンドル領側が出すことになったが、ドヴェルグ王国銀行が10年という長期融資をしてくれ、ドワーフ技術者の指導のもと、領内の二ヵ所に大規模な製鉄所が建設されることになった。
ゲネンドル領内に建設されたのは、ミンクボールン製鉄所とエレンベール製鉄所の二つだ。それぞれの地名をつけた製鉄所は2年の歳月をかけて完成された。
この二つの製鉄所は、それぞれ1万5千人の従業員を雇用し― うち半数はドワーフ族、残り半分は地元で採用した― それぞれの製鉄所では、毎週 4千トン以上の鋼板を生産している。
そして現在は、併合された元ロレアンスロゥプ大公の領地に、メリギリアス製鉄所とアンバリノール製鉄所を建設中であり、完成後は毎週それぞれ 1万トン以上の鋼板を生産する予定で、従業員もそれぞれ4万人から5万人採用することになる。
労働人口が4万も5万も増えるということは、その家族を含めれば15万から20万人規模の人口増に匹敵する。その増大に合わせて衣食住の需要も急速に増え、食料品店や市場、飲食店、衣料店などの売り上げも急増し、それらの消費を支える農畜産業も潤い、娯楽施設なども増え、さらに活気をもたらす。何もかもいいことずくめだ。
元ロレアンスロゥプ大公領には鉱物資源は少ないようだ。
これまで発見されているのは、オルドバーグ山脈のビンゴジャヤン鉱山とズディルグラム鉱山で、金と銀と銅の鉱床が見つかっているだけだが、金銀は貴金属なので価値は高く、銅も供給量に比べて産出量が不足しているため高値で販売できる。
ゲネンドル領の製鉄所
併合された元ロレアンスロゥプ大公領の強味は農業だ。それに長い海岸線を持っているため漁業も盛んだ。元大公領の北に位置するゲネンドル領は、領界に多くの山脈があり、それらの山脈の多くは、鉄鉱石、石炭のほか、金、銀、銅、錫などの鉱物の鉱床が多い。
ゼーブランド元伯爵は凡庸な貴族だったため、領民に農業をやらせるしか脳がなかった― それも生産性が低く収益性が低い、効率の悪い農業を― しかし、私はギルドを通して、農業の多角化を推進した。
それまでは、バカのひとつ覚えのように、トリゴ麦やセヴァダ麦、アベナ麦にソラナム芋だけしか栽培して来なかったのを、近年領民を苦しめて来た食糧不足を解消し、さらに農村の生産量を増やすためにミーリョとポテトイモの栽培を大規模に導入した。
ゲネンドル領の葡萄畑
ミーリョの生産効率はトリゴ麦の4倍から6倍にもなり、種まきから収穫まで約3ヶ月しかかからない。栄養もあり、食料だけでなく、家畜の飼料にもなるし、油も採れる。それに種を植えてから収穫できるまでにかかる期間が3ヵ月とごく短い。
ポテトイモの生産効率もトリゴ麦の4倍と大きく、収穫までにかかる期間は3〜4ヶ月でトリゴ麦の9ヶ月から10ヶ月よりずっと短い。栄養も豊富で腹持ちが良いため主食にもなり、さらに茹でる、蒸す、焼く、揚げる、煮る、炒める、すりつぶす、スープにするなど調理法も多いという利点がある。
さらに、農家の収入を増やし、経営多角化を進めるために、葡萄酒用ブドウ、ホップ 、リンゴ、ナシ、桜桃、イチジクなどの栽培も推奨した。
葡萄酒用ブドウで葡萄酒を農家自身が醸造し販売すれば、利益はさらに増える。ホップはエールの原料でこれも大きな需要があり、さらにホップは多年草なので一度植えれば10年から20年間収穫ができるという利点がある。
広大なミーリョ畑
私は、ゲネンドル領で大成功した農業改革を新たな領地となった元ロレアンスロゥプ大公の領地にも導入した。その効果はテキメンで農畜産品の生産量はすでに倍以上になっている。あと数年もしたら、3倍以上になるだろう。
元ロレアンスロゥプ大公領でも、ゲネンドル領で大成功をおさめたギルド制を拡充した。ギルドによる(組合員)農家への適切な支援と指導、手厚い福利厚生、生活支援の話はディアローム帝国中に広がり、ディアローム帝国内の他領土の農民たちだけでなく、近隣の領土民かなり遠く離れたところからの農民たちのゲネンドル領への移住が殺到した。
それらの中には、遠く離れた元東ディアローム帝国から家財道具を馬車に乗せ、家族全員でやって来た者たちもいた。私は、真面目で働く意欲のある者には、領民証を発行し、ギルドに加入させ、移住を認めさせることにした。
そういった外からの農民移住者の人数は、初年度はわずか5千家族、人数にして2万5千人ほどだったが、2年目からには1万5千家族(約8万人)と急速に増え、3年目には5万家族(25万人)以上となった。農民が増え、商店や道具屋、金物屋などの需要が増えると商人や鍛冶職人、大工、石工、建具職人などの移住も増えはじめた。
ドワーフ族の技術者、鉱夫、製鉄所作業員の数も、領内での鉱山事業と製鉄事業、それに金・銀・銅などの非鉄金属製錬事業が拡大するにつれ増加した。初年度にはわずか5千人(家族を入れると2万人)だったが、2年目には20万人(家族を入れると約90万人)、3年目には80万人(家族を入れると300万人以上)と急増した。
ガバロス族とドワーヴァリ族の移住者も増え、3年目にはそれぞれ20万人、10万人と増え、奥地の開拓も順調に進んでいる。
これらの領民増加のおかげで、現在ゲネンドル領の人口は270万人近くにまでなり、ディアローム帝国では帝都のあるゾオル領に次いで人口の多い領地となった。
4年前に、私がゼーブランド伯爵領を下賜されたときは、農村は窮乏を極め、餓死者が続出し、逃散する農民が絶えず、領地経営は破産同然で、誰も見向きもしなかった領地だったのだから、まさに奇跡的な大変貌、大発展と言える。
元ロレアンスロゥプ大公の領都ロレアンドゥル市の街並み
これだけ人口が増えた最大の理由は、第一に農業振興政策の成功で他領地や他国からの農業移住者が急増したこと、それとやはり鉱山業・製鉄業の発展にしたがって、ドヴェルグ国やほかの国、それにゾオル市やほかの領地からの鉱山労働者や製鉄所作業者が家族ぐるみで移住し、これらの工業施設のある町がが急速に発展したことが大きい。
これは魔都の発展と似た発展で、町が活気づけば商店などが増え、商店が増えると買い物客も増え、買い物客が増えるとそれをあてにした喫茶店とかレストランとか宿泊・休憩用のホテルとかも増え、それらの商業施設で働く従業員も増える。
そして、それらの新しい働き口を求める者が町にやって来て、住みようになり、さらに町に人が増える。
好循環はさらに好ましい連鎖的な流れを作りだし、町はさらに発展するわけだ。
おかげで、ゲネンドル領はディアローム帝国に領地を持つ貴族たちや他国の領地を所有する貴族たちから羨望の目で見られるほど経済発展し、豊かな領地となり、移住を希望する者が絶えないほどになったのは、ただ、私が賢かったからだけではない。
それはやはり、私が(どういうわけか)みんなから可愛がられるフェリノディオ族だったからだ。各国の王族や貴族、有力者から可愛がられる。(ふつうの庶民や使用人なんかも私を好いてくれる)
だから、ゲネンドル領の住民を増やす計画にみんなが賛成してくれ、全面的に協力してくれた。
みんなの理解と協力がなかったら、これほど移住者は増えなかっただろう。そして、決して忘れてはならないのは、行政長官のアマラちゃんたちゲネンドル領でがんばってくれた優秀な部下たちの働きだ。
それらの相乗効果があって、ゲネンドル領の人口は4年前の約6倍以上という、私が領主になった時とはまったく想像もできなかった人口急増となったのだ。
いや、それにしても6倍って増えすぎじゃない?(汗)
ゲネンドル領開発マップ(併合後)
そのすべての始まりが、この場所だったのだ。
「ねえ、ねえ、ママ。ここどこ?」
金髪の女の子が、緑色の目をクリクリさせて周りを見ている。
「ママ 、あのおうちにおようじあるのでしゅか?」
黒い髪 をした女の子が、スミレ色の目で注意深く周りの状況を見ている。
「ここは大公さまにとって、記念すべきところなのですよ、レーヌちゃん、ロッテちゃん」
ペラジーちゃんがしゃがんで、子どもたちと目線を合わせて説明している。
彼女はゲネンドル領の総督とも言えるアマラ・エボニー長官のもとで内政部長を務めている優秀な娘だ。
「ここはね。4年ほど前にロッテちゃんのママの大公さまとパパが、このゲネンドル領を初めて見に来た場所なのですよ」
「ふうん、そうなの?」
ペラジーちゃんの説明にすぐ納得したロッテ。
「私のパパは来なかったの?」
「レーヌちゃんのパパは、お仕事が忙しくて来れなかったのですよ」
「パパは、お城でたくさんの奥さんたちのお相手をしていて、いそがしかったのね...」
「いえいえ。レーヌちゃんのパパは、本当にたくさんお仕事をされていたのです」
悟ったかのようなレーヌの言葉に少しあわてるペラジーちゃん。
「そういうことにしておきましょ」
「......」
レーヌの大人びいた言葉にさすがのペラジーちゃんも唖然とするしかなかった。
「さあ、行きましょうか!」
私は対照的な二人の子どもの様子を見て、内心、“やはり一人はあのパパ似、もう一人はもう一人のパパ似ね”などと考えながら、みんなに声をかけて麓に見える農家を目指して丘を降りはじめた。
「「「「「「「はい!」」」」」」」
一行もぞろぞろと私のあとをついて小高い丘から降りはじめた。
「私、ランゴーヴェル町生まれですけど、ここに来るのは初めてです!」
ミルイーズちゃんがウキウキとしている。
彼女は、ゲネンドル領の元領主の令嬢だった。それこそ箱入り娘で育てられたのだろう。ミルイーズちゃんの住んでいた伯爵邸があった町は、当時はランゴーヴェル町と呼ばれていた。私の領地になってからは、魔王さまからのご提案を受け入れて、ゲネンドルタウンと名前を変えたのだが、ミルイーズちゃんは伯爵邸からあまり出たことがなかったのだろう。
花咲く木
農家に近づく。広い庭には、白い花やピンクの花が咲いている木があり、カプラニディオ族の子どもたちが走り回って遊んでいたが、私たち一行がぞろぞろと行列をなして近づくのを見て―
「メェ-! メェ-!」
「メェ-! 知らない人だ!」
「メェ-! キゾクさまだ!」
メエメエ叫びながら、納屋の中に駆けこんで行った。
納屋から、4、5人のカプラニディオスの大人が出て来た。
全員女でエプロンをし、頭に三角巾をかぶり、ゴム手袋をしている。ゴム手袋には血と脂がついていて、彼女たちからはブタの血と脂の匂いがした。
子どもたちは、(母親らしい)女たちのエプロンにしがみついたり、手を握ったり、後に隠れたりしながらも興味深そうに私たちを見ている。
こちらにも小さい子どもが二人いるので、“あの子たちは誰?”とか“お友だちになってくれるかな?”などと考えているのだろう。
「アリシア侯爵...、失礼、アリシア大公殿下さまではございませんか?」
褐色の落ち着いた感じのカプラニディオスの女が聞いた。
「いかにも。こちらのお方は...」
アマラ長官が言いかけたが―
「貴様、何者だ!?」
それより早く、ソフィアちゃんが剣の柄に手をかけて、アマラ長官の前に出た。
「メェっ!」
褐色のカプラニディオスの女は、ビックリして後ずさりをした。
ソフィアちゃんの両横にニーナ班長とソレヌ班長が、ポールアックスとハルバードを構えて並んでカプラニディオスの女を睨みつける。
一行の護衛をしていた近衛兵たちも私たちを囲う態勢をとり、剣の束に手をかけた。
「メェっ!」
「メェっ!」
「メェェっ!」
カプラニディオスの女の後ろにいた女たちも悲鳴を上げておたがい抱き合った。




