第323章 アリシア大公の領地視察ー改革編①
ゲネンドル領の大動脈となる主要街道の整備計画―
街道の整備でもっとも金がかかるのは人件費だ。そこで私は、ゲネンドル領の街道整備計画の協力者、もしくは財政支援者を探すことにした。
財政支援者なら、魔王さまがいるじゃないかって?
いやいや。魔王さまは、私を可愛がってくれ、いろいろ支援をしてくれるけど、決して“甘ちゃん”ではない。 だから、私が領地改革のための資金が必要になり、魔王国立銀行から融資を受けようとした時、魔王さまは頭取に融資を出すように命令されたけど、私にお金はくれなかったのだ。
1万や2万の金貨など、魔王さまにとっては、はした金、小遣い銭みたいなものだ。だけど、もし、そんなことをしたら大変なことになる。だれもかれもが、魔王さまにお金をせびるようになるからだ。
ゲネンドル領領地図
私が、街道整備計画の協力者として選んだのは...
アーレリュンケン族長とドジョーネル王だった。
私のゲネンドル領の奥地開発計画に必要な開拓団を送りこむことを承認し、それぞれの族の若者たちを送り出してくれたガバロス族とドワーヴァリ族の有力者の二人。
ガバロス族の開拓団はゲネンドル領の北部、ドワーヴァリ族は南部に移住している。肥沃な土地は、肥料なしで何でも育つ。トリゴ麦でもポテトイモでもアベナ麦でもソラナム芋でも野菜で果物の木でも何でも育つ。牛やヒツジを飼うこともできる。広大な牧草地があるので、飼料がまったくいらない自然放牧ができるのだ。
未開発の領地奥地の開拓は、ドワーヴァリ族とガバロス族の若い移住民たちにまかせておけば問題ない。穀物や野菜は自給自足できるし、牛、ブタ、ヒツジ、ガルを連れて行っているので食糧に必要な肉も卵も乳もある。
唯一の問題は、自給自足の生活では金が稼げないということだった。金が稼げない生活など、大きな夢を持つドワーヴァリ族とガバロス族の若者たちにとってまったく面白くないし、わざわざ西ディアローム帝国の人里離れた不便で辺鄙な奥地になど移住して来る必要などない。
なので、せっかく夢を持って移住して来てくれたドワーヴァリ族とガバロス族の若い連中をゲネンドル領に留めるためには、彼らが収穫した農作物や緑豊かな牧草地で丸々と太らせた牛やブタの肉や腸詰、羊毛やガル、卵など畜産物を町で売って儲けさせることだ。そうすれば、ドワーヴァリ族とガバロス族の若い連中は開拓地にずっと残ってくれる。
その点をアーレリュンケン族長とドジョーネル王に説明した。
街道の重要性については、二人ともよく知ってていた。アーレリュンケン族長はガバロス親衛隊の司令官なので、誰よりも街道の重要性を知っていた。もっとも、彼にとっては軍隊にとっての重要性で、軍隊の迅速な移動や補給物質の移動についての重要性だったのだが。
アーレリュンケン族長は、ガバロス族の問題- ルークヘルムの人口過密化とか、ガバロスの若者たちの欲求不満とか、就労問題など- も一応知ってはいたが、彼はガバロス親衛師団のレクスレギオン長としての仕事で忙しく、ガバロス族の問題には目を向けている暇がなかった。
と言うのは口実だ。アーレリュンケン族長は狩りとか戦いとかは好きだが、ガバロス族の内部問題などは面倒くさくて、すべて妻のラクジャナ任せにしていたのだ。
ドワーヴァリ族の若者の問題も似たり寄ったりだった。
ガバロス族の若者との大きな違いは、ガバロス族の若者がガバロス親衛隊という出世が可能な職業があるのに対して、体が乾燥すると生きていけないドワーヴァリ族は、河や池が近くにないところでは長時間にわたる進軍や戦いが出来ないということだった。
なので、ドワーヴァリ族の若者は魔王軍には入隊できないし、水がない場所― 商店や工場では働けない。したがって、ドワーヴァリ族の若者の状況はさらに深刻と言えた。
ゲネンドル領の北部 ― 山岳地帯でほとんど手つかず
ゲネンドル領の南部 ― 丘陵地帯と平野が続く」
ラクジャナさまに面談を求めたところ、魔都郊外のガバロス族の町にある大邸宅で会うことができた。
「ラクジャナさま、ゲネンドル伯爵領にガバロスの青年たちを移住させる地は、領都ゲネンドルタウンから遠く離れた、僻地とも言えるところです。そこで、ガバロスたちの移住地で収穫される農産物をゲネンドルタウンなどの大きな消費地へ早く運ぶためには、整備された道路の建設が不可欠なのです」
と私はガバロス族の実質的なリーダーである、アーレリュンケン族長の妻ラクジャナさまに訴えた。
「それは当然でしょう。ルークヘルムがミタン国北部の山中に作られた時、やはり最初に作られたのは建築資材などを運ぶための道路を作りましたから、それはよくわかります」
「私の領地は現在かなり酷い状況で、農村では食料不足で近年は餓死者まで出ているほどで、私も銀行から融資を受けて、食料を増産に取りくむべく計画をしていますが、何分にも耕作面積は広すぎ、農民も多すぎますので、残念ながらとても街道の整備にまで回せる資金はない状態なのです...」
「わかりました。ガバロス族としても、ルークヘルムの人口過密化対策や、ガバロスの若者たちの就労問題対策などを真剣に考えています。アリシア伯爵さまの領地内に作られるガバロス族の新しい村と主要な町を繋ぐ道路の建設は、私たちにまかせてください!」
ラクジャナさまは、全面的に協力することを約束してくれた。
ゲネンドル領の東部 ― 東進するにつれ標高が高くなり、ズデーネン山脈へと続く
同じようにして、これも魔都郊外のドジョーネル豪邸でドジョーネル夫妻に会って、事情を話した。
「ドジョーネル王さま、ナンシーネ王妃さま、移住地でドワーヴァリ族のみなさんがいくら頑張って農作物を作っても、売れなければお金になりません。採れた農産物でお金を儲けるためには、30キロ、40キロ離れた大きな町まで輸送して行かなければならず、そのためには舗装された道路が必要なのです!」
私はドジョーネル王とナンシーネ王妃に訴えた。
「そりゃ、儲からんといかん!」
「そうですわ。何と言っても、何をするのにもまずお金が必要になりますわ!」
さすが、魔王国の総資産の2割とか3割とかを保有すると言われる資産家夫妻だけあって、お金の話しになると理解が速かった。
「わかりましたぞ、アリシア伯爵殿。ワシも乗りかかった船じゃ、ドワーヴァリ族の移住者たちが収穫した農作物を1日でも早く消費市場に運べるように道路を作る資金を無償提供しよう!」
「そうですわ。せっかく、魔王さまのお気に入りのアリシア伯爵さまのご領地にドワーヴァリ族を移住させて」いただくんですから、道路工事は私たちが責任をもって作らせますわ!」
魔都のドジョーネル王邸
そう言うわけで、領地内の東西南北を結ぶ主要街道の建設に必要な費用と労力は、すべてガバロス族とドワーヴァリ族が引き受けてくれることになった。
ラクジャナさまは、ガバロス族を総動員し、ガバロス族青年開拓団が移住に当たってドジョーネル王から借りることになっていたヴァナグリー2千頭を前倒しに投入して道路建設工事を進め始めさせた。同時に、開拓団の若者たちで街道整備工事に労働者として協力する者には、銀貨20枚の日当を払うことを約束したのだ。
それを知ったドジョーネル王もヴァナグリー5千頭を投入して道路建設工事を支援するとともに、同じくドワーヴァリ族の開拓団に対し、銀貨20枚の日当を払うことを決めた。
開拓団のガバロス族の若者たちとドワーヴァリ族の若者たちは、移住地での農業や畜産業がまだ本格化してなく、時間を持て余していた。そこへ道路建設に携われば1日銀貨を20枚もらえると知り、彼らは我先にと競うようにして道路工事に参加した。
ゲネンドル領の街道整備は、にわかにガバロス族とドワーヴァリ族の誇りをかけた工事となり、どちらがどれだけ見事な道路をどれだけ短い期間でどれだけ延長の長い街道を整備できるかというで道路建設競争の趣きさえ見せ始めた?
ラクジャナさまとドジョーネル王のおかげで、私はゲネンドル領内の街道整備にかけるお金を金貨何万枚、何十万枚分も倹約することができた!
ゲネンドル領の街道の建設は驚異的な速さで整備され、1年後にはすべてのガバロス族とドワーヴァリ族の開拓村と領内の大きな町を結ぶ街道が整備され、2年後には中規模の町までの街道も整備された。
現在は主要幹線道路の四車線化工事が進められていて、完成の暁には領内の流通は飛躍的に向上するはずだ。
懸案事項であった領内の動脈網が整備されたことで、私が当初から考えていた輸送計画を実現することが可能となった。それは、ヴァナグリーを荷馬車の牽引用に使うということだった。
ヴァナグリーは、ガバロス親衛隊の馬代わりに使われ、刃物や矢を受け付けない硬い皮膚と鋭いツメに牙、それに一撃で背骨が折れるほどの破壊力を持つシッポなどで脅威のバケモノとして敵を恐れさせて来た。
だが、ヴァナグリーが馬のように“兵器”として優秀性が認められたのは、その戦闘における破壊力だけではない。ヴァナグリーをもっとも有名にしたのは、その機動力だった。
馬は1時間に60キロメートルとか70キロメートル走れると言われているが、それはあくまで短距離の話しであり、行軍となると最大でも1日に約50キロメートルから60キロメートルほどしか移動できない。
それに対し、ヴァナグリーは、時速60キロで10時間でも20時間でも走り続けることが出来るという脅威の移動速度を持っている。つまり、ヴァナグリーが高い速度を維持できる道路さえあれば、東西に110キロ、南北に80キロほどあるゲネンドル伯爵領の端から端までわずか2時間もあれば走り抜けることが出来るのだ。
まあ、実際は、道路は山を迂回したりするので、直線じゃないのでそんな短時間で走破することはできないんだけどね。
私の構想は、このヴァナグリーの驚異的な移動能力を利用して、領都から遠く離れた北部や南部の開拓村などで生産された、穀物やヤギ乳、ヒツジ乳、羊毛などを領都ゲネンドルタウンやほかの大きな町へ運んで販売(消費)することだった。
これらの生産・輸送計画がうまく行けば、今度は足をさらに伸ばして、ゲネンドル領から千キロ離れた大消費地ゾオルにまで運んで販売することも視野に入れている。ゲネンドルタウンからゾオルまでの道は舗装されているので、ヴァナグリーを使えば、二日もあれば着く。
唯一の問題は、ほかの領地やゾオルにゲネンドル領で生産される農畜産品を運んで行って販売する場合、ゲネンドル領産の農畜産品の価格の1割以上になる通行料や関税を払わなければならないということだった。
ゲネンドル領内での通行料や関税は基本的になしとして、ゾオルまで五つの貴族の領地を通るとすれば、通行料だけで生産原価の倍以上になるのだ。
つまり、原価の倍の価格で売らなければ元手はとれないということになり、それではその領地や近隣の領地で生産される農畜産品に価格で太刀打ちできないということになる。
それらの通行料や関税を最小限に押さえるためには、海路でゾオルに運べばいいのだが、わがゲネンドル領は海に面していない。ゲネンドル領の南部に隣接する△△領は長い海岸線を持ち、貿易に適した良港がいくつかある。
何とか△△領の領主と面会する機会を設け、通行料を安くしてもらう交渉をしなければと考えていた。
しかし、関税の問題は約半年後に思わぬ形で解決することになった。
例のゼーブランド伯爵が、東ディアローム帝国の手駒となって西ディアローム帝国政府を転覆しようとした陰謀の黒幕が、政府の徹底的な調査の結果、ドリアンスロゥプ皇帝の甥のアンドゥイン・ロレアンスロゥプ大公であることが判明したのだ。
ロレアンスロゥプ大公は称号を剥奪され、すべての財産を没収されて誰も知らない場所に連れて行かれて幽閉されたらしい。
そして、西ディアローム帝国政府は、そのロレアンスロゥプ大公の所有地を何と私に下賜することにしたのだ。
「ゲネンドル伯爵の元ゼーブランド伯爵の領地経営は賞賛に値する!」
「ゲネンドル伯爵は、度重なる不作で餓死者が出て、多くの農民が逃散していた元ゼーブランド伯爵領を見事に立て直した!」
「ゲネンドル伯爵は、魔王国の国立銀行から金を借りて農民たちを救済したそうだ」
「今ではゲネンドル領の生産量は、ゼーブランド伯爵時代の5倍になったと聞いておる!」
「いっそ、ロレアンスロゥプ大公領もゲネンドル伯爵にまかせた方が領民も幸せであろう」
「隣りでもありますしな!」
というような議論が首都ゾオルで政府高官たちによって行われ、私は関税も通行料も払うことなしに海への出口を私は獲得できたのだった。
商業港の風景
私の領地に併合されたロレアンスロゥプ大公領には、領都ロレアンドゥルのドレッセア港のほかに、ドルアムロン港、ペンドデイル港という三つの大きな港がある。
これらの港を利用して、ゲネンドル領の生産品をゾオルや鬼人族国、それに鬼人族国の統治領となったベルミンジャン国やボロツク公国へも輸出できるようになった。
ディアローム帝国では肉食は禁じられているので肉は食べないが、ほかの国では肉は大いに消費される。とくにトロール族は体が大きいため、1日に4~5キロの肉を食べる。中には10キロも食べる巨食漢もいる。
鬼人族の統治領ベルミンジャン国は、ゲネンドル領とはメジアグロス海を挟んだ目の先なので、領地内で生産されるが、ディアローム帝国内では販売できない肉や肉加工品などを大量に輸出できる。
アングルスト国への輸出は、ベルミンジャン国を通ってするしかないが、これは関税や通行料の問題を鬼人族国のベルミンジャン領総督や、輸送経路にあるベルミンジャン国内の太守国などたちと交渉する必要がある。
ゲネンドル領の主要街道
アンドゥイン・ロレアンスロゥプ大公の領地がゲネンドル領に併合されたことで、私の領地面積は100万ヘクタールから240万ヘクタールへと2.4倍になり、大きさも東西に250キロメートル、南北に150キロメートルになった。
併合後のゲネンドル領の人口は、160万人近くになった。前の元ゼーブランド領の人口は、戦争のせいで男たちが減っていたが、戦争が終わったことで男たちが帰って来て、34万人にまで増え、それに元ロレアンスロゥプ大公領の人口120万人に復員兵12万人を足し、ガバロス族とドワーヴァリ族の開拓団の若者たち30万人、ドワーフの移住者を合わせると190万人に膨れ上がった。
ゲネンドル領で農民が優遇されている、ギルドが農家に手厚い支援をしてくれる、農家が儲かっているという噂はディアローム帝国中のみならず、隣国の鬼人族国やドヴェルグ国にまで広まり、鬼人族やドワーフ族の元兵士や若者たちもこぞって移住を希望し、元東ディアローム帝国の領民たちまでゲネンドル領への移住申請を送って来るようになった。
ゲネンドル領の治安を維持するためには、真面目で働く意欲のある者しか移住させたくない。
なので、ゴルウェン経営管理事務所― 『エルオンタリエ』社とゲネンドル領の事業の経営管理をさせている会社だ― に依頼して、審査作業と人選を行ってもらっている。
審査に通った者は、すでに整備された街道が通っている、ゲネンドル領の奥地にある村や開拓村の近隣に移住開拓地を作らせた。




