第318章 【別伝】ソフィア・シュテンの日記㉛ 突撃隊とナポリ料理(前編)
そのあとで入ったフレグランス専門店で、マリコッチとニーナとソレヌは、『モンパフューム』の香水を買った。だけど、金貨1枚も2枚もする高級な香水は買えないので銀貨10枚ほどの香水だ。
私は、お母さまとリンマイユおばさまのために金貨1枚の香水を一個ずつ買った。私は香水などは使わない。いい香りがする化粧石鹸だけで十分だ。
香水
「そろそろお腹空いていませんか?」
マノンの言葉に時計を見ると正午をとっくに回っていた。
そう言われるととたんに空腹を感じた
マリコッチたちが、「もうお金ないよ――!」とか、「来月の分まで使っちゃったわ」とか、「私は貯金していたお金全部使っちゃったよ」などとしょげた顔で言いながらも、うれしくてたまらないという表情で両手にいっぱい買い物袋を下げてフレグランス専門店から表通りに出たときだった。
「あ、空いています!」
「私も。だけど行って見たかった豪華なレストランに行くだけのお金残っていないです」
「ジュース代くらいしか残ってないわ」
今度は三人とも本当にしょげた顔をした。
「心配するな。私が払ってやる」
「わ―――い、隊長大好き!」
「よせ、抱きつくな!」
「あ――ん。じゃあほっぺにチューを」
「やめろ、人目があるじゃないか」
「ありがとうございます、隊長どの!」
「ふふふ。突撃隊のみなさんって、とても仲がいいんですね。でも、ご心配なさらずに。アリシア総督さまから、魔都でみなさまにお食事をしていただくようにとお金をいただいておりますので」
「わ―――い、アリシア総督大好き!」
「総督に、ほっぺにチューはするのは無礼だから、お礼を伝えてください!」
「ありがとう、マノンちゃん。大好きだよ♪」
「いや、それは申し訳ない。私の隊員だ。食事代は私が持つ」
「そんなことをされたら、アリシア総督が悲しまれますよ?」
そこまで言われては、快く受け入れるしかない。
あとでお礼を言っておこう。
ふたたびマホリムジンに乗って行ったのは、繁華街から少し離れた郊外― 下町の風情色濃く残るところだった。
時間を見るとすでに1時になっていた。マホリムジンに買い物を置いて外に出る。
通りには庶民的な商店が並び、エルフや獣人などが歩いていて、店の者にあいさつをしたり、かわいいラビットニディオスの給仕さんをからかったりしている。
「総督さまが、おススメしたお店はここです」
マノンが手を差して示した店は、繁華街で見たような高級感のあるレストランなどではなかった。
少し薄汚れた看板には、『アマルフィターナの海岸』と大きく書いてあり、その下に「トラットリア・ナポリ料理」とあった。
“トラットリア?ナポリ料理?”
全然聞いたことがない料理だ。魔都の繫華街には、フランス料理店とかイタリア料理店とかいう、洒落た
(いかにも値段が高そうな)レストランがあったが、トラットリアとかナポリ料理なんていうレストランは全然見なかった。
その店の前の歩道には、丸いテーブルがいくつか置かれていて、会社勤めの獣人やエルフたち、それに近くに住んでいる年金生活をしているらしい年寄りの獣人たちなどが、テーブルを囲んで賑やかにおしゃべりをしたりしながら、酒を飲んだり昼食を食べたりしていた。
焼かれた小麦粉の香ばしい匂いが漂って来る。
バジリコやマジョラムなどの香料の爽やかな香り、そしてニンニクやエライアーオイルの風味が混ざり合った、食欲をそそる匂い...
グー…
グーギュルギュル…
グーグルグル…
私の腹が鳴り、マリコッチとニーナとソレヌの腹も威勢よく鳴った。
キュ~…
マノンの腹も鳴った。
「すみません。私のお腹まで共鳴してしまいました!」
「あーっはっはっは!」
「マノンちゃんもお腹空くんだね――っ!」
「エルフってお腹空かないんじゃないかって思ってたわよ!」
「そんなぁ!私、こう見えてもけっこう大飯食らいなんですよ」
ボードニア王族の出身だというのに、まったく飾らない庶民的な言動のマノンにかなり好感をもった。
「さあ入りましょう。みなさん、お腹を空かせて待っていると思います」
「え、みなさんって誰?」
「まさか魔王さまとかじゃないわよね?」
「まっさか――!」
トラットリアという料理店に入ったところは、四人が座れるテーブルが10卓ほどあり、その奥にはカウンター席があったが、ほぼ満席だった。
みんな見るからに美味しそうな料理を、楽しくおしゃべりをしながら食べ、エールや葡萄酒を飲んでいる。
「ここ、満員じゃない?」
「席が空くのを待つのなら外がいいんじゃない?」
「もうお腹ペコペコだよ―!」
「ご心配なさらずに。突撃隊のみなさまの席は予約しています」
マノンは満員の客席を突っ切って奥へ行く。
カウンター席のところを左に曲がるとドアがあり、開けるとそこには別の客室があった。
「隊長、おっそ――い!」
「お腹減り過ぎて背中にくっつきそうですよ――い!」
「どうせ商店街のお買い物で時間かかったんでしょう!」
「ニナッペ、ヤニグさんをよろこばせようと思って、煽情的な下着を買ったんでしょ」
「違いない、違いない!」
その客室は、ふだんと違ったオシャレな服を着ておめかしをした突撃隊員で満席になっていた。
「え――っ!アロイス、それにみんなも!?」
「あなたたち、いつ魔都に来たの?」
「みんなが来ているって知らなかったわ!」
マリコッチたちが、驚いている。
「あははは。ソフィア隊長殿のビックリプレゼントですよ!」
アロイスが快活に笑う。
突撃隊の班長である彼は、ベルミンジャン国戦役のおり、ニーナやダロッグともに、突撃隊が主役となったディデウスクス宮殿占領作戦で、ヤニグたちとともに宮殿占領作戦において“橋頭堡的”な位置であった中庭を死守した勇敢な隊員の一人だ。
私は、副隊長であるマリコッチ、ヤニグと相談した上で、沈着で部下の面倒見のいいアロイス班長をダロッグ班長とともに新しい副隊長に任命することを決めていた。
突撃隊は、隊員数を以前の120名から200名に増加した。ウラリたち新隊員が入隊したからだ。
隊員が増えた突撃隊をしっかり管理するために幹部を増やさなければならないし、また幹部も育てなければならない。班長の数を倍に増やし、副隊長もアロイスをダロッグのほか、ニーナとソレヌも副隊長に昇格するつもりだ。
「もう、本当に遅いんですから!」
「もう少し、新隊員のことを考えてくださいよ、隊長!」
同じテーブルに座った二人の女傑、ウラリと ゾリアーヌ が、ふくれっ面だ。
だが本心から怒ってないのは、彼女たちの目が笑っているのを見れば明らかだ。
それも当然だ。私は、『ファロスラウグ作戦』における突撃隊員の見事な活躍に対するご褒美として、魔都観光を隊員たちにさせることを考え、突撃隊の司令官であるガルヅェン・シュテン伯爵の承認をもらって、突撃隊の隊員たちに一泊二日の魔都観光のビックリプレゼントを用意してあったのだ。
もちろん、モモコ大王の警護と閻羅宮の警備は休むことは出来ないので、非番の隊員たちを40名ずつに分けて魔都観光をさせることにした。
これには、『ファロスラウグ作戦』に参加しなかった隊員も対象とした。彼らがしっかりと警護警備をやっていてくれたおかげで、私たちは作戦に参加することが出来たのだから。
隊員たちの魔都での滞在費は、ガルヅェン・シュテン伯爵がモモコ大王とかけあって、ホテル代は内務省の予備費から出してもらうことになった。お小遣いや食事費は各自持ちだ。200名もの隊員たちの小遣いや食事代までは面倒を見切れない。
だが―
先ほどマノンが言っていた“アリシア総督さまから、魔都でみなさまにお食事をしていただくようにとお金をいただいております”という言葉には、今、ここにいる40名の隊員全員の食事代を払ってくれると言うことなのだろうか?
もし私が、私たち4人以外の36人の隊員全員の食事代を払うことになったら...
一人あたり銀貨5枚分飲み食いすると計算すると、金貨18枚の出費となる。そして、ここにいる隊員たちの食事を奢ってやったら、あとから来る残りの隊員160人分も奢ってやらなければならない。
そうなると... 合計金貨80枚以上という大きな出費となる...
払えない金額ではないが、今手持ちの金はわずか金貨5枚と銀貨に銅貨が少ししかない。
買い物で金貨8枚近くも使ったので支払いに足りない分は、銀行に行って引き出して来て払うしかない。
「ソフィア隊長さま。このトラットリアをお勧めしてのはアリシア総督ですので、突撃隊のみなさまのお食事代は、すべて総督におまかせください」
マノンが私の耳元に小さな声で囁いた。
正直、内心少しほっとした。
それにしても、アリシアは年の割に太っ腹なところがある。
金貨80枚にもなる突撃隊全員分の食事を他人が払ってくれるなど、そうあることではない。
まあ、(私と)突撃隊とアリシア総督はまったくの他人ではなく、彼女のデビュタント以来の関係で、『ファロスラウグ作戦』における突撃隊の貢献はかなり大きかったと自負している。
それでも金貨80枚はかなりの大金だ。
まあ総督ともなれば、私などの数十倍、あるいは数百倍はもらっているだろうから、金貨80枚くらいは小遣い程度かも知れないが。
しかしアリシアが、それだけ突撃隊のことを思ってくれているというのはうれしいことだ。
トラットリア『アマルフィターナの海岸』平面図
「これは、これは。ソフィア・シュテン子爵殿下、ようこそトラットリア 『アマルフィターナの海岸』へいらっしゃいました!」
大柄だが引き締まった身体のジャバリディオスの店主らしい男が満面に笑みを浮かべて来た。
「この店の経営者兼シェフをしております、ジャバル・ヴァンデロと申します。 ソフィア・シュテン子爵殿下ならび鬼人族国突撃隊の皆さまたちが、ご満足できる料理とお飲み物を提供して欲しいとのゲネンドル総督閣下からのご伝言をいただいております!」
私たちが椅子に座ると、すぐにラビットニディオスの女子給仕が飲み物の注文をとりに来た。
「いらっしゃいませ。お飲み物は、いかがいたしましょうか? 当店では、葡萄酒は主にレッべガアル産の葡萄酒を扱っております。ほかにもマオウコク・エール、アルコール度数の高いスピリタス、それに各種のフルーツジュースもございます」
ラビットニディオスのかわいい給仕さんは、そう言って飲み物一覧表を渡してくれた。
トリア『アマルフィターナの海岸』ドリンク一覧表
「えっ、この『ベーラ・アリシア・インペリアル』って言うブドウ酒、金貨15枚!」
「グラン・ルキフェル・リミテッドは金貨5枚よ!」
「ひぇえええ―――!」
マリコッチたちが、眼をむいて素っ頓狂な声を出した。
ほかのテーブルからも給仕たちから飲み物一覧表を見せられた隊員たちから、「高ぇ!」とか「私の給料5ヶ月分よ!」などと驚いた声が聞こえ、ザワザワとみんなが騒いでいる。
「『ベーラ・アリシア・インペリアル』は、1ヵ月前の予約がご必要です。今、当店にあります最高級の葡萄酒は、グラン・ルキフェル・リミテッドの赤で金貨5枚でございます」
「いや、私はあまり酒は飲まないから、オレンジジュースでいい」
「隊長、そんなことを言わずに飲みましょうよ!」
「そうですよ。せっかくアリシア総督が払ってくださると言っているんですから、それほど高いのじゃなければいいんじゃないですか?」
「甘い葡萄酒なら飲み口もいいと思いますよ」
マリコッチたちは、飲む気満々だ。
「私のおススメは、メルリ・メリル・マドンナです。値段はそれほど高くありませんけど、華やかなアロマとフルーティーな味わいの葡萄酒で、お魚料理からお肉料理まで幅広く合わせることができる葡萄酒なんですよ」
マノンの助言もあって、メルリ・メリル・マドンナを1本注文した。
「マリコッチ副隊長、今までずっと隊長といっしょだったんだから、せめてここでは私たちに隊長と同席させていただけませんか?」
「このあとも隊長と行動をともにされるんだから、いいでしょ?」
ウラリと ゾリアーヌの要望を聞いて、マリコッチとニーナとソレヌの三人が別のテーブルに移った。
私のテーブルには、ウラリと ゾリアーヌ、それにマノンが座ることになった。
ほどなくして、よく冷やされた薄桃色の葡萄酒が運ばれて来た。
ラビットニディオスの給仕さんが、栓を抜きグラスに注いでくれる。
カニスディオスの若い男の給仕が、サービスワゴンに乗せて来た料理を各テーブルに配り始めた。
「アペリティーヴォのアンチョビマリネです」
男の給仕がテーブルに置いた大きな皿には、身を開いた白い魚が並べられていてエライアーがかけられていた。
「来た、来た――!」
「新鮮な海の香がするわね!」
「新鮮なアンチョビを三枚おろしにしたものに、コショウを加えて、エライアーを注ぎ、パセリ、オレガノ、ニンニクを上に振りかけ、最後にレモンを絞ってかけ30分ほどマリネしたものです」
ウラリとゾリアーヌが、待ちきれないように、「いただきまーす!」と言って食べ始めたのを微笑んで見ながらマノンが説明してくれた。
「詳しいわね?」
「おじいちゃんが好きで、よく母が作っていたので、私も好きになり作り方を覚えました。さあ、ソフィアさまもどうぞ!」
新鮮なアンチョビを使ったアンチョビマリネは、酸味があり、ピリッとした風味と旨味が絶妙なバランスだ。ニンニクとパセリが、アンチョビに新鮮で芳香な風味をあたえている。
「これは、たしかにうまい!」
それほど食通ではない私もうなるほどの美味しさだった。
「この葡萄酒、おいしい!」
「華やかなアロマとフルーティーな味わいが、バツグン!」
女傑二人が、水を飲むように薄桃色の葡萄酒を飲んでいる。ゾリアーヌの言っている言葉は、先ほどマノンが説明した言葉の真似だ。
「辛口白ワインがオススメなのですけど、甘口のメルリ・メリル・マドンナでも合います」
ひと口飲んでみると、イチゴのような香りが口中に広がり、ほんのりとした甘さがした。
この控え目な甘さは、たしかにピリッと辛みのするアンチョビマリネに合う。私はさらにアンチョビマリネを食べ、薄桃色の葡萄酒を飲んだ。
ウラリとゾリアーヌの食欲はすごく、競い合うようにアンチョビマリネを食べ、葡萄酒を飲んでいる。
二人に全部食べられてしまう前にと私も五切目を口に入れ、冷たくて喉越しのいい葡萄酒を飲み干し、新たにグラスを満たした。
ロゼワイン
アンチョビマリネ




