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Cicada 3301 〜 紡がれた最後の記録 〜  作者: LALA
第2章 偽りの救世主
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Ep.23 2度目の招待状



 2012年7月31日。

 WALKER:Cicada is back.

 ――Cicadaが戻ってきた。


 そのメッセージが届いたのは、午後2時を少し過ぎた頃だった。

 続けて、4chanのURLが送られてくる。

 最初は、誰かが古いスレッドを掘り返したのかと思った。Cicada 3301の名前なら、最近はニュースでも頻繁に見かける。レオン・グレイの件もあって、偽物が現れたところで不思議じゃない。

 けれど、送り主はアレックスだった。

 彼がわざわざ連絡してきた以上、何か理由があるのだろう。


 WALKER:A new image. We're checking the signature.

 ――新しい画像だ。今、署名を確認している。

 僕は通知を閉じた。


 今年の1月4日、同じ掲示板で見つけた一枚の画像。あのときは、まさか半年後にこんなことになるなんて想像もしなかった。

 アレックスやエヴァと知り合ったことも、世界中の解読者たちと競い合ったことも、後悔していない。

 マテオと出会えたことだって。

 ただ、もう一度あの暗号に向き合うことは、今の僕にはできなかった。

 「透ー!」

 階下から姉さんの声がした。

 「コンビニ行くけど、なんかいる?」

 「アイス!」

 「何味?」

 「チョコ!」

 「はいはい」

 ありがたい。

 とりあえず、目の前の問題はアイスの方だ。Cicada 3301の謎を解いてもお腹は膨れないけれど、チョコアイスなら確実に幸せになれる。

 ……少なくとも、食べている間は。


✳︎ ✳︎ ✳︎



 同じ頃、イギリス。

 アレックス・ウォーカーは、解読者たちが集まるチャットで次々と更新される報告を追っていた。

 新しい画像のファイル名は232.jpg。

 黒地に白い文字という構成は前回と同じだが、文章は新しくなっている。


 Hello again. Our search for intelligent individuals now continues.

 ――また会いましたね。知性ある人々を探す私たちの活動は、今も続いています。


 その下には、最初の手掛かりが画像の中にあると書かれていた。

 「今度は最初から隠してあるって教えてくれるのか」

 アレックスは苦笑した。

 出題者も、前回の解読者たちが何を覚えたか理解しているらしい。

 案の定、OutGuessによる解析結果はすぐに共有された。

 現れたのは、PGP署名付きのメッセージだった。

 署名を検証した解読者たちから、次々と成功の報告が上がる。

 前回と同じ公開鍵で検証できた。

 それは、単なる模倣画像ではないことを示す強力な証拠だった。

 そして、本文には奇妙な詩と数字の列が記されていた。


 A book whose study is forbidden

 Once dictated to a beast;

 To be read once and then destroyed

 Or you shall have no peace.

 ――研究を禁じられた一冊の本。

 ――かつて獣に口述され、

 ――一度読んだら破棄せよと命じられる。

 ――さもなくば、安らぎは訪れない。


 その下には、I:1:6、I:2:15といった指定が続く。

 書籍暗号だ。

 問題は、どの本を鍵に使うか。

 アレックスは詩を読みながら、いくつかの候補を考えた。

 宗教書、禁書、神秘思想に関する文献。どれもありそうだが、決め手に欠ける。

 そんなとき、エヴァから連絡が入った。


 EWA_N:I think I've found the book.

 ――鍵になる本を見つけたかもしれない。


 WALKER:That was quick. Which one?

 ――早いな。何の本だ?


 EWA_N:Liber AL vel Legis. Aleister Crowley.

 ――『Liber AL vel Legis』。アレイスター・クロウリーよ。


 アレックスはその名前を検索し、すぐに納得した。

 クロウリーは、自らを「大いなる獣666」と称した神秘思想家だ。

 彼の著作『法の書』には、研究を禁じる警告があり、初読のあとには写しを破棄するよう求める文章まで存在する。

 謎かけと見事に一致していた。


 WALKER:The Beast 666. Of course.

 ――獣666か。なるほどな。


 EWA_N:Let's test the numbers.

 ――数字を試してみましょう。


 書籍暗号の数字は、章、節、文字の位置を示していた。

 『法の書』は三章構成。ローマ数字による指定とも合致する。

 節番号や空白を除いた本文から文字を拾っていくと、最初にhttという文字列が現れた。

 「URLだな」

 鍵が正しいと分かれば、残りは規則に従って処理するだけだった。

 ただし、書籍の電子版によって文字位置がずれるため、細かな調整が必要だった。解読者たちは本文の区切り方を検証し、やがて一つのアドレスを復元した。

 Dropbox。

 そこには、およそ130MBのファイルが置かれていた。

 アレックスはファイルの形式を確認して、眉を上げた。

 「ISOイメージ……?」

 どうやら、次はコンピューターを起動させる必要があるらしい。

 前回よりも、ずいぶん手が込んでいる。


 WALKER:Book cipher solved. We're moving on to a bootable image.

 ――書籍暗号は解けた。次は起動用イメージだ。


 アレックスは結果を共有してから、連絡先の一覧を見た。

 NILの名前も、そこにある。

 最初の画像が現れたとき、彼には知らせておいた。

 返事はない。

 それでも、今は催促するつもりになれなかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 8月1日。

 《Cicada 3301、二度目の暗号を公開》

 《世界中の解読者が協力、謎のファイルを発見》

 昼頃には、海外のニュースサイトにも解読の進展が載っていた。

 暗号そのものより、世間が注目しているのは別のことだった。

 前回の出題では、サン・ルシオの災害に関係する情報が見つかっている。

 それなら今回も、どこかで起きる事件を予告しているのではないか。

 そんな憶測が広がっていた。

 僕はその話題を避けたかったのだけれど、テレビでも取り上げられてしまえば、嫌でも耳に入ってくる。

 おまけに、レオン・グレイが声明を出した。

 《今回の出題は、今後起こり得る危機を理解するための重要な手掛かりかもしれません》

 ……また、それか。

 危機が起きるという証拠は、まだ何もないはずだ。

 書籍暗号が解かれたという報告は見たけれど、そこから見つかったのはファイルのダウンロード先だけだった。

 それなのに、ネット上では早くも「次はどこの国で災害が起きるのか」という話まで出ている。

 サン・ルシオのことが、こんな形で繰り返されるのは嫌だった。

 けれど、僕には何も言えなかった。

 自分が本物のNILだと名乗れば、当然、あの事件について説明を求められるだろう。

 どうして人々をあの場所へ向かわせたのか。

 なぜマテオを救えなかったのか。

 その答えを、僕はまだ見つけられていない。

 「相沢ー」

 電話が鳴った。早瀬だった。

 「お前、また暗号のニュース見た?」

 「……見たけど」

 「やっぱり! お前なら見てると思ったわ」

 「用件それだけ?」

 「いや、今度の土曜、暇?」

 「……話の切り替えが急すぎない?」

 「いいから。桐生たちと飯でも行こうって話になってんだけど」

 「え、僕も?」

 「ほかに誰がいんだよ」

 いや、急に言われても。

僕は少し迷ったが、とりあえず予定を確認してから返事をすることにした。

 「じゃあ土曜よろしく!」

 電話が切れた。

 ……本当に自由なやつだ。

 でも、少し助かった。

 最近は何をしていてもCicada 3301のことが頭をよぎる。そんな中で、早瀬は相変わらずどうでもいい話をしてくれる。

 今の僕には、そのくらいがちょうどよかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 8月2日。

 新しい暗号は、さらに先へ進んでいた。

 解読者たちがISOファイルを起動させると、黒い画面に素数が次々と表示されたという。

 2、3、5、7、11、13、17……。

 数字は1033、そして3301へと進み、最後に短いメッセージを残した。


 The key is all around you.

 ――鍵は、あなたのすぐそばにある。


 そこには、@1231507051321という文字列も記されていた。

 Twitterのアカウント名に見える。

 実際、その数字を使ったアカウントが発見され、解析が始まっているらしい。

 ただし、その投稿内容は普通の文章ではなかった。

 大量の16進数。

 何らかのデータを分割して投稿しているようだが、何を表しているのかは分かっていないという。

 ここまでの情報は、解読コミュニティが公開していた記録から知った。

 僕自身は、まだ一つも解析していない。

 それでいいと思っていた。

 ところが、夕方に公開された記事を読んで、その考えが少し揺らいだ。

 《NILの解析チーム、暗号解読で新たな成果》

 記事には、レオン・グレイが専門家たちを集め、新しい研究組織の設立を進めていると書かれていた。

 名前はAtlas Initiative。

 技術者や地球科学の研究者などが参加し、Cicada 3301の暗号と現実世界の異常現象を調べる計画らしい。

 その活動自体に、反対する理由はない。

 優秀な研究者が集まるなら、僕たちよりも多くのことを調べられるだろう。

 ただ、記事には気になる説明があった。

 《レオン氏は今回の解読について、自ら率いるチームが重要な突破口を見いだしたと述べた》

 その下に紹介されているのは、『法の書』の発見とDropboxへの到達だった。

 どちらも、すでに公開されている成果だ。

 レオンたちが独自に解いた可能性はもちろんある。

 でも、そうだと証明する説明は何も載っていない。

 《NILがまた解いたのか!》

 《さすが本物》

 《今回はどんな予言が出てくるんだ?》

 コメント欄には、そんな言葉が並んでいた。

 僕は記事を閉じた。

 別に、手柄を取られたことが悔しいわけじゃない。

 暗号なんて、誰が解いても正解は同じだ。

 ただ、レオンはNILとして発言している。

 もし彼が間違った情報を広めたら、その情報はNILの解読結果として受け取られる。

 それが怖かった。

 サン・ルシオで、僕の名前がどんなふうに使われたかを知っているからだ。

 「……どうすればいいんだろう」

 答えは出なかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 その夜、海外の解読掲示板に新しい報告が投稿された。

 Twitterのアカウントから取得したデータをつなぎ合わせても、既知のファイル形式にはならないらしい。

 一方、ISOの内部からは、いくつかのデータファイルと761.mp3という音声ファイルが発見されていた。

 音声ファイルには「The Instar Emergence」という題名が付いているという。

 アレックスたちは、Twitterの数字列とISOに含まれるファイルを調べていた。

 今回の問題は、ここからが本番なのかもしれない。

 僕はその報告を読んだあと、以前から残っていたアレックスとの会話を開いた。

 最後のメッセージは、7月31日のものだった。


 Cicada is back.

 ――Cicadaが戻ってきた。


 その下に、僕の返信はない。

 エヴァからも連絡が来ていた。

 今回の暗号についてではない。ただ、元気にしているかという短い文章だった。

 それにも、まだ答えていなかった。

 僕はしばらく、二人の名前を眺めていた。

 きっと、今なら返信できる。

 「暗号の方はどう?」と聞けば、以前のように話が始まるかもしれない。

 でも、そのあとが怖かった。

 彼らと話せば、必ずマテオのことを思い出す。

僕が黙っている間も、あの事件は終わっていない。

 だから、まだ無理だった。

 結局、何も送らなかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 8月3日。

 朝、レオン・グレイの新しい発表がニュースになった。

 今度は、単なる解析結果の報告ではなかった。

 《NIL、Cicada 3301の暗号が示す新たな危機について調査を開始》

 記事によれば、レオンは今回の問題に含まれる数字や文字列が、現実の異常現象に関係している可能性を検討しているという。

 まだ具体的な結論は出ていないらしい。

 それでも、彼はこう述べていた。

 《私たちは前回の悲劇から学ばなければなりません。暗号の中に警告が存在するなら、それを見落とすわけにはいかないのです》

 前回の悲劇。

 その言葉を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。

 レオンは、本当にサン・ルシオで何が起きたのか理解しているのだろうか。

 僕たちは、暗号を解いた。

 でも、警告のすべてを理解できたわけじゃなかった。

 そして、その違いが取り返しのつかない結果につながった。

 なのに、彼はまた暗号の中に警告を探そうとしている。

 もちろん、警告が存在する可能性を調べること自体は間違いじゃない。

 問題は、それを誰が、どこまで確かな情報として伝えるのかだ。

 ニュースサイトのコメント欄には、すでに不安を訴える声が集まっていた。

 《次はどこで起きるんだ?》

 《NILなら分かるんじゃないのか》

 《早く警告を出してほしい》

 ……そんな簡単なことじゃない。

 僕は、そう思った。

 でも、今の僕にはそれを伝えることができなかった。

 そのとき、記事の下に別の見出しが表示された。

 《レオン・グレイ氏、近日中に暗号解析の進捗を公開説明へ》

 どうやら、彼は自分たちの解析について、一般向けの説明を行うつもりらしい。

 世界中の人間が、NILの解読結果としてその説明を聞くことになる。

 僕は、しばらくその見出しを見つめていた。

 暗号を解きたいとは思わなかった。

 以前のように、謎解きを楽しむ気持ちにもなれなかった。

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