Ep.19 NILの沈黙
今回で1章は最後となります。
予定では、4章構成で考えています。
ここまで読んでくれてありがとね。
別に望んでるとかじゃないけど応援メッセージとかね!?感想とかね!?ここでね!?ほしいよね!?
なんて贅沢なことは言いません。
では、本編どうぞ。
2012年6月22日。
チリ北部、サン・ルシオ。
夜が明けても、救助活動は終わらなかった。
崩れた斜面では重機が動き、亀裂の入った道路を救助隊員たちが行き交っている。負傷者は臨時医療所や周辺都市の病院へ運ばれ、そのたびに新しい名簿が作られていた。
ソフィア・アルバレスは、その名簿を何度も確認していた。
だがどんなに確認してもマテオの名前はない。
搬送先の病院にも、まだ身元の分からない負傷者がいるという。ソフィアはそこにも問い合わせたが、該当する少年は見つからなかった。
昨日の夜、救助隊が発見したのは鞄だけだった。
中には携帯電話の充電器と財布、それから読みかけの漫画が入っていた。家を出る直前にソフィアが押し込んだ菓子も、そのまま残っている。
肝心の持ち主だけが、どこにもいない。
"Señorita Álvarez."
――アルバレスさん。
声をかけられ、ソフィアは顔を上げた。
救助隊員が立っていた。
昨日から何度も話をしている男性だった。彼はソフィアの前まで来ると、ゆっくり口を開いた。
「Tenemos noticias de su hermano.」
――弟さんについて、お知らせがあります。
ソフィアは椅子から立ち上がった。
"¿Lo encontraron?"
――見つかったんですか?
"Sí."
――はい。
"¿Dónde está?"
――どこにいるんですか?
隊員はすぐには答えなかった。
ソフィアは、その沈黙が嫌だった。
"¿Está vivo?"
――生きていますか?
✳︎ ✳︎ ✳︎
午前6時14分。
ソフィアの表示がオンラインに変わり、僕は画面に顔を近づけた。
「……ソフィア?」
数十秒後、個別メッセージが届いた。
SOFIA_A:They found Mateo.
――マテオが見つかった。
僕は反射的に返信した。
NIL:Is he okay?
――無事?
送信してから、急に嫌な予感がした。
どうしてソフィアは、無事だったと書かなかったのだろう。
どうして見つかったとだけ送ってきたのだろう。
しばらくして、返事が届いた。
SOFIA_A:No.
――違う。
その直後。
SOFIA_A:He's dead.
――彼は亡くなりました。
「…………」
僕は画面を見た。
英語が読めなかったわけじゃない。
たった2語だ。意味を間違えようもない。
それなのに、何度読み返しても、うまく理解できなかった。
「……嘘だろ」
声が出た。
数日前まで、普通に話していたじゃないか。
日本の高校生は桜の下で告白するのかと聞いてきて、僕が答えると面白がっていた。
漫画の結末で泣いたことをソフィアにばらされて、必死に否定していた。
つい昨日だって、避難先からメッセージを送ってきた。
僕は返信欄を開いた。
謝りたい。
でも、何を謝ればいいんだろう。
あの暗号を解いたこと?
座標を見つけたこと?
それとも、マテオたちがそこへ避難すると知りながら、止められなかったこと?
その直後、ソフィアから新しいメッセージが届いた。
SOFIA_A:You don't have to say anything.
――何も言わなくていい。
続けて、もう1通。
SOFIA_A:I know the cipher was correct.
――解読が正しかったことは分かってる。
「…………」
僕はキーボードに手を置いたまま、しばらく動けなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
サン・ルシオの被害状況が報道され始めたのは、その日の午後だった。
最初の沖合地震で発生した津波については、事前避難によって人的被害が比較的小さく抑えられたらしい。
一方で、その後に起きた内陸地震と斜面崩壊は、避難区域に大きな被害をもたらしていた。
僕はニュースを何度も確認した。
昨日まで、ソフィアが写真を送ってくれた場所だった。
死者数は、時間とともに増えていった。
翌日の夜、確認された死者は418人になった。
その数字を見たとき、僕は何も考えられなかった。
418人。
学校の1学年より、ずっと多い。
それだけの人が、たった1日で亡くなった。
なのに僕の頭に浮かぶのは、マテオのことばかりだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
2012年6月23日、夜。
国際チャットには、久しぶりにほぼ全員が集まっていた。
ただ、誰も冗談を言わなかった。
WALKER:418 confirmed.
――418人で確定した。
アレックスの報告を最後に、しばらく会話が止まった。
僕は入力欄を開いたまま、何も書けずにいた。
最初に返信したのはエヴァだった。
EWA_N:I keep thinking about Seattle.
――ずっとシアトルのことを考えてる。
SAMIR:Because it worked.
――うまくいったからね。
EWA_N:Yes. If Seattle had failed, maybe we would have been more cautious this time.
――そう。もしシアトルが外れていたら、今回はもっと慎重だったかもしれない。
AMAGI_S:We were cautious. That's what makes this worse.
――私たちは慎重だった。それでもこうなったから、余計につらい。
僕は天城さんのメッセージを読んだ。
確かに、適当に判断したわけじゃなかった。
シアトルの調査が終わってから、僕たちは何度も資料を確認してきた。
観測値の変化を比較し、ほかの地点にも同じ現象が起きていないか調べた。サン・ルシオでも、現地の研究者や行政が地形や避難路を確認している。
暗号だけを信じて、何も調べずに人を動かしたわけではない。
でも、被害が出た。
それも、Cicadaが示した座標の周辺で。
AMAGI_S:We need to separate what we knew from what we assumed.
――分かっていたことと、推測したことを分ける必要がある。
WALKER:We knew the words. We didn't know the intent.
――文章は読めていた。意図までは分かっていなかった。
SAMIR:And we filled in the missing meaning.
――その足りない意味を、私たちが補った。
SAMIR:With information that looked reasonable at the time.
――その時点では合理的に見える情報を使って。
解読したメッセージには、集合せよと、確かにそう書いてある。
でも、誰が?
何のために?
あの場所が安全だとは、どこにも書かれていない。
それなのに僕たちは、津波から避難するための場所として考えた。
SAMIR:The evacuation still saved people from the tsunami.
――避難そのものは、津波から人を救ってる。
EWA_N:And moved others into the second event.
――その一方で、別の人たちを2回目の災害へ動かした。
どちらも間違っていなかった。
海岸に残っていたら、津波で別の被害が出たかもしれない。
でも、あの座標を避難場所にしていなければ、2度目の地震で亡くならずに済んだ人もいたかもしれない。
今となっては、確かめようがない。
WALKER:NIL, don't carry this alone.
――NIL、1人で背負うな。
僕はしばらく考えてから返信した。
NIL:I solved it. People moved because of what I solved.
――僕が解いた。僕が解いたものをもとに、人が動いた。
WALKER:Not because of you alone.
――君1人の判断じゃない。
NIL:Without me, they wouldn't have had the coordinates.
――でも僕がいなかったら、あの座標は分からなかった。
返事が来るまで、少し時間がかかった。
WALKER:Maybe. And without you they might have stayed on the coast. We don't know which version saves more people. That's the truth, whether we like it or not.
――そうかもしれない。だが君がいなければ、沿岸部に残っていたかもしれない。どちらの結果ならより多く助かったのか、私たちには分からない。それが、気に入らなくても事実だ。
「…………」
僕は読み終えても、すぐには返せなかった。
アレックスの言うことは分かる。
僕1人が決めたわけじゃないし、海岸から離れたおかげで助かった人もいる。
それでも、だからよかったとは思えなかった。
もし、あの座標を見つけなければ。
もし、僕が別の解釈をしていたら。
そんなことを考えても、結果は変わらない。
分かっているのに、やめられなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
2012年6月25日。
月曜日。
僕はいつもどおり制服を着て、学校へ向かった。
電車に乗り、駅から歩き、2年B組の教室へ入る。
教室では、早瀬たちが週末のゲームの話をしていた。
窓際では桐生さんと本田さんが何かを話して笑っている。
いつもの月曜日だった。
サン・ルシオの地震は日本でも海外ニュースとして報じられていたけど、僕が関わっていることを知っている人はいない。
当然だ。
学校では、僕はただの相沢透なのだから。
「……おはよう」
席に着いて鞄を下ろす。
少しして、桐生さんが声をかけてきた。
「相沢くん、大丈夫?」
「……え?」
「顔色悪いよ。最近ずっと寝不足じゃない?」
「ああ……」
僕は返事に迷った。
いつもなら、夜更かししてゲームをしていたとか、調べ物に夢中になっていたとか、そんな話で済ませていただろう。
でも、今日はそういう気分になれなかった。
「……ちょっと、いろいろあって」
桐生さんは僕の顔を見た。
「何かあった?」
僕は少し迷った。
全部を話すのは無理だ。
Cicadaの暗号や、地震の予測や、世界中の研究者たちと一緒に調べていたこと。
そんな話を、いきなり説明できるとは思えない。
それに、どこから話していいのかも分からなかった。
でも、1つだけなら言える。
「……友達が、亡くなって」
桐生さんの表情が変わった。
「……そっか」
「うん」
彼女は少し黙った。
何があったのか、どんな人だったのか。
聞こうと思えば、いくらでも聞けたはずだ。
でも、桐生さんは何も尋ねなかった。
代わりに、静かな声で言った。
「無理にいつもどおりにしなくていいと思うよ」
「…………」
僕は目を伏せた。
「……ありがとう」
桐生さんが小さく頷いたところへ、早瀬がやって来た。
いつものように何か冗談を言いかけたが、僕たちの様子を見て止まった。
「相沢ー、昼パン買いに行くけど、何かいる?」
「……今日はいい」
「そっか。分かった」
それだけ言って、早瀬は教室を出ていった。
僕は少し意外だった。
いつもなら、何か一言くらいからかってくるのに。
桐生さんも、それ以上は何も聞かなかった。
2人とも、たぶん僕が何かあったことくらいは分かったのだろう。
その日、授業の内容はほとんど頭に入らなかった。
それでも、板書だけは何とか写した。
放課後、帰り支度をしていると、桐生さんがもう一度声をかけてきた。
「相沢くん」
「ん?」
「明日も来てね」
「……え?」
「学校」
僕は少しだけ笑った。
「……学校なんだから来るよ」
「うん、そうだよね……そっか」
桐生さんも笑った。
それだけの会話だった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
その夜。
ソフィアが国際チャットに戻ってきた。
僕は彼女の名前がオンラインになったのを見て、すぐに画面を開いた。
WALKER:How are you holding up?
――大丈夫か?
返事が来るまで、少し時間がかかった。
SOFIA_A:I'm not.
――大丈夫じゃない。
誰も、すぐには何も送らなかった。
僕も返す言葉が見つからなかった。
しばらくして、ソフィアから長いメッセージが届いた。
SOFIA_A:I want to say one thing before anyone decides whose fault this was.
――誰のせいだったのか決め始める前に、1つだけ言っておきたい。
僕はキーボードに置いていた指を止めた。
SOFIA_A:I don't blame NIL.
――NILを責めてはいない。
「…………」
僕はすぐに返信した。
NIL:You can.
――責めてもいいよ。
SOFIA_A:No.
――嫌。
短い返事だった。
でも、すぐに続きが届いた。
SOFIA_A:I saw the same data. I supported the evacuation. Amagi warned us. Samir checked the terrain. Local officials made the final decision. Mateo was my brother, and I still won't pretend this was one person's choice.
――私も同じデータを見た。避難に賛成した。天城は警告してくれた。サミールも地形を確認した。最終判断は現地の行政がした。マテオは私の弟だけど、それでも、これが1人だけの判断だったことにはしない。
僕はその文章を読み終えて、しばらく動けなかった。
ソフィアは続けた。
SOFIA_A:That doesn't make me feel better. It doesn't bring him back.
――だからって楽になるわけじゃない。マテオが戻るわけでもない。
NIL:Me neither.
――僕も。
SOFIA_A:I know.
――分かってる。
それ以上、ソフィアは何も言わなかった。
僕も、何も書けなかった。
やがてアレックスがメッセージを送った。
WALKER:Then we stop. For now.
――なら、いったん止めよう。
WALKER:NIL?
――NIL?
アレックスから呼びかけられた。
僕は入力欄を開いた。
何を書けばいいのか、少し考えた。
それから、短く送った。
NIL:I need some time.
――少し時間がほしい。
WALKER:Take it.
――いいよ。
EWA_N:We'll preserve everything. You don't have to look at it.
――資料は全部保存しておく。あなたは見なくていい。
SAMIR:No one is asking you to solve anything.
――誰も君に解けとは言わない。
AMAGI_S:Don't decide what this means while you're exhausted.
――疲れ切った状態で、考えすぎないで。
僕はみんなのメッセージを読んだ。
最後に、ソフィアから1通届いた。
SOFIA_A:Good night, NIL.
――おやすみ、NIL。
「…………」
僕はしばらく、その文章を見つめていた。
NIL:Good night.
――おやすみ。
送信してから、チャットを閉じた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌朝。
パソコンを起動すると、アレックスからメッセージが届いていた。
WALKER:Morning. No need to reply.
――おはよう。返信はいらない。
僕はそれを読んで、画面を閉じた。
その日の夜も、チャットを確認した。
エヴァは新しく見つけた資料について、解析せずに保存だけしておくと報告していた。サミールは残りの地点の候補を整理し、天城さんも観測データを更新していた。
僕はといえば、それに対して何も送らなかった。
翌日もチャットを開いた。
その次の日も。
新しい資料が届けば保存したし、Cicadaのページが更新されていないかも確認した。
ただ、暗号を解こうとはしなかった。
画像を開いても、どこから調べればいいのか考えられない。
文字列を見ても、以前のように試してみたい方法が浮かばなかった。
いや、正確には、考えることを避けていたのかもしれない。
また解けたら、次はどうなる?
そんなことを考える自分がいた。
僕は解析用のプログラムを開きかけて、やめた。
チャットの入力欄にも、何も打たなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
2012年6月30日。
土曜日の午後。
僕は机の引き出しから、1月から使っていた暗号用のノートを取り出した。
表紙の角は少し折れ、ページの端には何度もめくった跡が残っていた。
最初の方には、Cicada 3301を見つけたころのメモがある。
最初は1人で始めたはずなのに、いつの間にか、いろんな人の仕事がこのノートに詰まっていた。
僕はノートを閉じ、机の引き出しへ戻す。
パソコンには、アレックスから新しいメッセージが1件届いていた。
WALKER:Whenever you're ready. We'll still be here.
――いつでもいい。戻れるときに戻ってこい。俺たちはここにいる。
僕はその文章を読んだ。
返事をしようか、少し考えた。
でも、結局何も打たなかった。
アレックスたちと話したくないわけじゃない。
ソフィアのことも、エヴァのことも、もちろん気になっている。
ただ、今はNILとして何を話せばいいのか分からなかった。
僕はチャットを閉じた。
机の上には学校の課題が残っている。
明日は日曜日だし、そろそろ片づけておかないといけない。
僕は教科書を開き、いつものように問題を解き始めた。
途中でパソコンの通知音が鳴った。
反射的に顔を上げる。
それから、もう一度ノートへ視線を戻した。
誰からのメッセージなのかは、もう確認しなかった。
お疲れ様でした。
第1章楽しめましたか?
最初は事実上の問題、そこからは世界中に起こる矛盾を主にしたオリジナルストーリーとなっております。
もちろん、必要なオリジナルストーリーです。
2章以降は打って変わってテイストは変わります。
今度は NIL vs 世界 がメインです。
まだ16歳のNILの今後を、ぜひ応援してください。
よろしくお願いします。




