↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cicada 3301 〜 紡がれた最後の記録 〜  作者: LALA
第1章 Cicada 3301
PR
18/25

Ep.17 地殻変動

ギリギリ12時台間に合いました。

17話です!


あ、そういえば昨日の前書きなんですけど、全然暗号じゃないです^_−


 2012年6月8日。


 僕は見事なまでに机に突っ伏していた。

 今回の暗号は、これまでの問題より明らかに複雑だった。

 「……何かあるんだよなあ」

 続いて、画像のメタデータを開く。


 q6m2v6r4x2n4p2a4t2z2


 最初は意味のない文字列に見えた。ところが、数字だけを抜き出して並べると、妙な規則が見えてきた。


 6, 2, 6, 4, 2, 4, 2, 4, 2, 2


 「……これ、素数の間隔じゃないか?」

 素数は、1と自分自身以外では割り切れない整数だ。2、3、5、7、11、13……と続いていく。

 連続する素数の差を計算すると、3から始めた場合、こんな数列になる。


 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37


 それぞれの間隔は、

 2, 2, 4, 2, 4, 2, 4, 6, 2, 6

 そして、これを逆順に並べると、

 6, 2, 6, 4, 2, 4, 2, 4, 2, 2


 メタデータから取り出した数字と、ぴったり一致した。

 「……逆順か」

 偶然にしては、かなり不自然だ。


 NIL:This isn't random.

 ――これ、ランダムじゃない。


 WALKER:You say that about everything.

 ――君は何にでもそう言うな。


 NIL:Because random data usually doesn't preserve reversed prime gaps.

 ――ランダムなデータは普通、素数の間隔を逆順で残したりしないから。


 WALKER:So what do we do with it?

 ――それで、これをどう使う?


 僕は暗号文をもう1度確認した。

 「……シーザー暗号?」

 アルファベットを一定の数だけずらす、基本的な換字式暗号。最初の画像でも使われていた方法だ。

 ただし、今回はずらす数が区間ごとに違う。

 1つ目の鍵は2。

 アルファベットを2文字ずつ戻す。


 UはS。

 QはO。

 WはU。

 VはT。

 JはH。

 SOUTH


 「……南?」

 続けて、2つ目の区間も2文字戻す。

 TKFIGはRIDGEになった。

 3つ目を4文字戻すと、UYMIXはQUIETになる。

 「……地形の話か?」

 少なくとも、単なる文章を隠しただけではなさそうだった。

 数分後、最後の変換が終わった。

 「…………」

 僕は出力された文章を読み返した。

 今度は、きちんと意味が通っている。

 ただ、喜ぶより先に気になることができてしまった。

 僕はチャットへ戻った。


 NIL:I have it.

 ――解けた。


 WALKER:All of it?

 ――全部?


 NIL:Yes.

 ――うん。


 SOFIA_A:Send it.

 ――送って。


 僕は復号結果をそのまま貼り付けた。


 SOUTH

 RIDGE

 QUIET

 SAN LUCIO

 JUNE 21

 IF MOVEMENT EXCEEDS 7.4

 LEAVE THE COASTAL GRID

 CROSS THE EASTERN DIVIDE

 ASSEMBLE AT 23.4172 S / 70.1328 W

 REMAIN THERE UNTIL THE SECOND SILENCE


 南、尾根、静穏、サン・ルシオ。

 6月21日、変動値が7.4を超えた場合、沿岸区画から離れよ。

 東側の分断線を越えよ。

 南緯23.4172度、西経70.1328度に集合せよ。

 2度目の静穏まで、その場に留まれ。


 「……何だよ、これ」

 暗号は解けた。

 でも、書かれていることをそのまま信じていいのかは、まったく別の話だった。

 まず、7.4とは何の数字なのか。

 マグニチュードなら大きな地震を意味するけど、地殻変位や潮位なら単位が違う。そもそも、暗号には単位が書かれていない。

 それから、東側の分断線というのも何を基準にした東側なのかも分からない。

 2度目の静穏に至っては、何を数えればいいのかすら不明だった。


 AMAGI_S:What does 7.4 refer to?

 ――7.4は何の値?


 NIL:Not specified.

 ――書いてありません。


 SAMIR:The coordinate is inland. Higher ground, east of the coastal zone.

 ――座標は内陸だ。沿岸部より東側の高地にある。


 SOFIA_A:It's above the main tsunami evacuation line.

 ――主要な津波避難基準線より高いわ。


 AMAGI_S:That doesn't make it safe.

 ――それだけで安全とは限らない。


 SOFIA_A:I know.

 ――分かってる。


 僕も地形図を開いた。

 指定地点は海から離れていて、沿岸部より標高が高い。付近には道路が複数通っており、町から向かうこともできそうだった。

 確かに、津波を避けることだけ考えれば合理的に見える。

 ただ、そこへ向かう途中で何が起きるかは分からないし、高台ならどこでも安全というわけでもない。

 何より、Cicadaがその場所を選んだ理由を、僕たちは知らない。


 NIL:We identify 7.4 first. Then we verify the coordinate independently.

 ――まず7.4という数字が何なのかを特定する。そのあと、座標も暗号とは別に検証する。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 同じ日の午後。

 チリ北部、サン・ルシオ。

 ソフィア・アルバレスは、町の観測施設を訪れていた。

 現地の技術者が表示した画面には、ここ数日の地殻変動データが並んでいる。

 変位量は、少しずつだが増えていた。

 ソフィアはその数値を確認し、技術者へ尋ねた。


 "¿Este valor ha aparecido antes?"

 ――この値、以前にも出たことがありますか?


 "No de esta forma. Hay picos aislados, pero no con esta progresión."

 ――この形ではないね。単発のピークはあるけど、こういう推移ではない。


 "¿Podría llegar a 7,4?"

 ――7.4まで上がる可能性は?


 技術者はグラフを確認した。


 "Claro. También podría bajar mañana."

 ――もちろん。でも、明日には下がる可能性もある。


 "Entiendo. Gracias."

 ――分かりました。ありがとうございます。


 ソフィアはデータを保存して、施設を出る前に、チームへ報告を送った。


 SOFIA_A:We may have a candidate for 7.4.

 ――7.4という数字の候補があるかもしれない。


 AMAGI_S:May.

 ――かもしれない、ね。


 SOFIA_A:Yes. May.

 ――はい。かもしれない。


 AMAGI_S:Good.

 ――よろしい。


 WALKER:You're training everyone.

 ――全員、だいぶ調教されてきたな。


 AMAGI_S:Accuracy is contagious.

 ――正確さは伝染するの。


 「……ははっ」

 東京でチャットを読んでいた僕は、思わず笑ってしまった。

 ただ、7.4という値が現実のデータにも出てきたことは気になった。

 もし単位がミリメートルで、地殻変位を意味しているのなら。

 暗号には、7.4を超えたら沿岸区画から離れろと書かれている。

 ……その数字が、これから本当に出るのだろうか。

 僕はソフィアから届いたグラフを保存した。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月10日。

 ソフィアは、現地の大学研究者と防災担当者に観測データを持ち込んでいた。

 資料には地殻変位の推移だけでなく、微小地震の回数や潮位の変化もまとめられている。

 Cicadaの暗号については、行政判断の根拠として提示しなかった。

 匿名の出題者が書いた文章を、そのまま災害予測として扱うわけにはいかないからだ。

 担当者の1人がグラフを確認し、ソフィアへ質問した。


 "¿Está diciendo que habrá un terremoto el 21 de junio?"

 ――6月21日に地震が起きると言っているんですか?


 "No. Estoy diciendo que hay cambios suficientes para reforzar la vigilancia y preparar una evacuación preventiva."

 ――いいえ。監視を強化して、予防的な避難計画を準備するだけの変化が出ていると言っています。


 "¿Y este punto?"

 ――では、この地点は?


 担当者は地図上の印を指さした。

 南緯23.4172度、西経70.1328度。

 Cicadaの暗号に書かれていた座標だった。


 "Es una opción de evacuación. No una garantía."

 ――避難候補の1つです。安全を保証するものではありません。


 既存の津波想定浸水域からは外れていて、標高もある。道路の状況も、地図で確認した限りでは悪くない。

 ただし、ほかの高台と比べて特別に優れていると判断できたわけではなかった。

 防災担当者たちは地形図を見比べ、既存の避難場所との比較を始めた。

 最終的な判断は、現地で行うことになった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 同じころ、東京。

 「相沢くん、今日ずっと難しい顔してるよ」

 昼休み、桐生さんにそう言われた。

 「……そう?」

 「うん。数学の問題でも考えてる?」

 「まあ、似たようなものかな」

 「また似たようなものなんだ」

 桐生さんは笑いながら、僕の机の横に立った。

 僕は少し考えてから、聞いてみた。

 「……答え自体は合ってるのに、その答えの意味を間違えることってあると思う?」

 「え?」

 「例えば、計算結果は正しいんだけど、その数字をどう使えばいいか分からない、みたいな」

 「あるんじゃない?」

 桐生さんは意外とあっさり答えた。

 「数学でも、計算は合ってるのに問題文を読み違えてたら、答えは間違いになるじゃん」

 「……ああ、確かに」

 「そういうときは、誰かに見てもらえばいいんじゃない? 自分じゃ気づかないこともあるし」

 僕は思わず頷いた。

 「……そうだね」

 「で、何の話?」

 「……秘密」

 「えー。聞くだけ聞いて秘密なんだ」

 「ごめん」

 桐生さんは少し笑って、友達のところへ戻っていった。

 僕は机に広げたノートを閉じた。

 そうだよな。

 今回の暗号だって、僕1人ではここまで調べられなかった。

 アレックスやエヴァが資料を集めてくれた。地理情報はサミールが詳しいし、観測データについては天城さんやソフィアがいる。

 暗号の意味まで、僕が全部決める必要はない。

 それぞれの専門分野で確認してもらえばいい。

 そう考えると、少しだけ気が楽になった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月13日。

 ソフィアから届いた観測データでは、地殻変位が7.2ミリメートルに達していた。

 翌日には7.3ミリメートル。

 そして、6月15日。

 ついに7.4ミリメートルを超えた。


 SOFIA_A:It crossed.

 ――超えた。


 AMAGI_S:Confirmed?

 ――確認済み?


 SOFIA_A:Two instruments. Same trend.

 ――2つの観測機器で同じ傾向。


 「…………」

 僕は送られてきたグラフを開いた。

 暗号に書かれていた数字と、同じだ。

 ただし、変位が7.4ミリメートルを超えた瞬間に何かが起きたわけではない。

 大きな地震も発生していないし、港はいつもどおり動いているらしい。

 それでも、数値が一致したことは無視できなかった。


 WALKER:Then we have to take the instruction seriously.

 ――なら、この指示を真剣に扱う必要がある。


 天城さんたちは、指定座標の周辺について改めて確認を始めた。

 地滑りの危険がある場所ではないか。既存の防災計画と矛盾していないか。そこへ向かう道路は使えるのか。

 いくつかの資料を照合した結果、少なくとも既知の地形条件では、大きな問題は見つからなかった。


 数日後、現地行政は指定座標の周辺を、緊急避難集合区域の候補に加えた。

 ただし、住民全員を1つの地点へ集めるわけではない。複数の避難路と高台を使い、状況に応じて誘導する計画だという。

 僕は送られてきた避難計画図を確認した。

 そこには、町から内陸側へ向かういくつもの矢印が描かれていた。

 その一部が、Cicadaの示した座標の周辺へ続いている。

 「……本当に使われるのか」

 少し、不思議な気分だった。

 あの英数字の羅列から取り出した座標が、実際の避難計画に関わっている。

 もちろん、現地の人たちは暗号だけを頼りに決めたわけじゃない。

 それでも、最初にその場所を見つけたのは僕だった。

 僕は地図を閉じ、もう一度復号結果を読み直した。


 "REMAIN THERE UNTIL THE SECOND SILENCE"

 ――2度目の静穏まで、その場に留まれ。


 ……問題は、こっちだ。

 どうしても意味が分からない。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月17日。

 チリ北部、サン・ルシオ。

 ソフィアとマテオは、避難候補となっている高台を歩いていた。

 町の中心部からは少し離れており、海岸線も低い建物の向こうに小さく見える。

 道沿いには乾いた地面が広がり、ところどころに低い草が生えていた。

 マテオは地図を覗き込み、姉へ尋ねた。


 "¿Entonces este lugar es seguro?"

 ――じゃあ、ここは安全なの?


 "Es más seguro que quedarse cerca de la costa si ocurre un tsunami."

 ――もし津波が来るなら、海岸近くに残るよりは安全。


 "Eso no es lo que pregunté."

 ――聞いたのそれじゃないよ。


 "Lo sé."

 ――分かってる。


 ソフィアは地図を折りたたんだ。

 危険性について確かなことが言えない以上、弟に絶対大丈夫だとは答えられなかった。

 マテオは少し考えてから、別の質問をした。


 "NIL encontró este lugar, ¿no?"

 ――NILがこの場所を見つけたんでしょ?


 "NIL descifró un mensaje. No decidió por nosotros."

 ――NILはメッセージを解読しただけ。私たちの代わりに決めたわけじゃない。


 "Pero confías en él."

 ――でも、信じてるんでしょ。


 ソフィアは少し考えた。


 "Confío en que sabe descifrar códigos."

 ――暗号を解く力は信じてる。


 "Eso fue una respuesta muy científica."

 ――すごく科学者っぽい答え。


 "Gracias."

 ――ありがとう。


 "No era un cumplido."

 ――褒めてない。


 ソフィアが笑うと、マテオも笑った。

 2人はそのまま少し歩き、道路の分岐点まで来た。

 マテオは海の方を振り返ってから、何かを思い出したように言った。


 "Cuando esto termine, quiero comer cangrejo."

 ――これ終わったら、カニ食べたい。


 "Eso es caro."

 ――高いわよ。


 "Entonces NIL paga."

 ――じゃあNILに払わせよう。


 "NIL probablemente está al otro lado del mundo."

 ――NILはたぶん地球の反対側にいるわよ。


 "Detalles."

 ――細かいことはいいんだよ。


 ソフィアは呆れたように笑った。

 その夜、マテオはソフィアのアカウントを使って、僕にも同じ話をしてきた。


 SOFIA_A:When this is over, you owe me crab.

 ――これ終わったら、カニ奢って。


 NIL:Why me?

 ――なんで僕?


 SOFIA_A:Because Sofia says it's expensive.

 ――ソフィアが高いって言うから。


 NIL:That doesn't explain anything.

 ――何の説明にもなってないよ。


 SOFIA_A:Deal?

 ――約束?


 「……勝手だなあ」

 僕は笑いながら返信した。


 NIL:If we ever meet.

 ――いつか会えたらね。


 SOFIA_A:Deal.

 ――約束。


 何だか、一方的に約束させられた気もする。

 まあ、実際に会う機会なんて、そう簡単にはないだろう。

 チリと日本では、距離も遠い。

 それでも、マテオが楽しそうならいいかと思った。

 僕はチャットを閉じ、机の上の資料へ戻った。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月19日。

 CicadaのTorページが、また更新された。

 点滅していた1つの点が大きく表示され、その下に新しい文章が追加されている。

 

 "THE QUIET SIDE IS NOT THE SILENT SIDE."

 ――静かな側は、沈黙した側ではない。


 「……何だ、これ」

 僕は画像を保存し、前回の文章と並べてみた。


 "WHEN THE GROUND DIVIDES, FOLLOW THE QUIET SIDE."

 ――地面が分かれるとき、静かな側へ進め。


 そして今回。

 静かな側は、沈黙した側ではない。

 ……どういう意味だ?

 僕はすぐにチャットへ共有した。


 WALKER:Is that a correction?

 ――訂正か?


 NIL:Maybe a clarification.

 ――補足かもしれない。


 AMAGI_S:Or a warning that we've misunderstood "quiet".

 ――それとも、私たちが『quiet』を誤解しているという警告かもしれない。


 「……なるほど」

 僕は英文を見比べた。

 確かに、今まで僕たちはquietを、揺れや振動が少ない場所という意味で考えていた。

 でも、Cicadaはsilentとは違うと言っている。

 音が静かな場所と、音がまったくない場所。

 活動が少ない場所と、観測記録が途切れた場所。

 どちらの意味なのか、あるいは全然別の意味なのか。


 NIL:What does "silent" mean here?

 ――ここで『沈黙』って何?


 すぐには返事が来なかった。

 僕も、うまく説明できない。


 WALKER:We need more time.

 ――もっと時間が必要だ。


 SOFIA_A:We have two days.

 ――あと2日しかない。


 僕は時計を見た。

 6月21日まで、もうすぐだった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月20日。

 サン・ルシオでは、予防的な避難の準備が始まっていた。

 高齢者や入院患者の一部は、すでに内陸側へ移されているらしい。

 観測された地殻変位は7.6ミリメートルに達し、微小地震の回数も増えていた。

 僕たちはチャットで、最後の確認をしていた。


 SAMIR:The coordinate itself hasn't changed.

 ――座標そのものは変わってない。


 WALKER:And the decryption is correct.

 ――復号も正しい。


 NIL:I've checked it six times.

 ――6回確認した。


 暗号文から取り出した座標は、何度処理しても同じだった。

 南緯23.4172度、西経70.1328度。

 "ASSEMBLE AT"という英文も、はっきりと読める。

 だからこそ、気になった。

 ……何で、そこに集まらせるんだ?


 AMAGI_S:Safe zone, assembly point, observation point, target. We still don't know which role the coordinate has.

 ――安全区域、集合地点、観測地点、対象地点。座標がどの役割なのかは、まだ分からない。


 SOFIA_A:But it literally says assemble.

 ――でも、文章には『集合せよ』って書いてある。


 AMAGI_S:Yes. That's the problem.

 ――そう。そこが問題なの。


 僕は解読結果をもう一度確認した。

 確かに、集まれとは書かれている。

 でも、安全だとは一度も書いていない。

 それなのに、僕たちは避難先の候補として、その座標を調べてきた。

 もちろん、天城さんたちが地形を確認したうえで、避難場所として合理的だと判断したからだ。

 ただ、Cicadaが同じ意味で指定したとは限らない。


 NIL:We shouldn't tell anyone it's guaranteed safe.

 ――絶対安全だとは、誰にも言わない方がいい。


 SOFIA_A:Agreed.

 ――同意するわ。


 AMAGI_S:Agreed.

 ――同意。


 現地行政も、同じ考えだった。

 指定地点は安全が保証された場所ではなく、現時点で考えられる避難候補の1つとして扱われている。

 高台へ向かう道路も複数あり、状況に応じて別の場所へ誘導できるよう準備しているらしい。

 僕はその説明を読み、少し安心した。

 でも、まだ気になっていることがあった。


 "REMAIN THERE UNTIL THE SECOND SILENCE"

 ――2度目の静穏まで、その場に留まれ。


 もし、この指示をそのまま信じてしまったら。

 たとえ危険が迫っていても、その場所を離れない人が出るかもしれない。

 ……それだけは、避けたい。

 僕は資料に注意書きを加え、ソフィアへ送った。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年6月21日、午前。

 サン・ルシオで、最初の警報が鳴った。

 大きな地震が発生したわけではなかった。

 ただ、複数の観測値が急激に変化し始めていた。

 地殻変位は、8.1ミリメートルを超えている。


 SOFIA_A:Movement just jumped.

 ――変動値が跳ねた。


 AMAGI_S:How much?

 ――どれくらい?


 SOFIA_A:8.1. Still rising.

 ――8.1。まだ上がってる。


 僕は送られてきたグラフを確認した。

 変位の増え方が、これまでとは違う。

 その直後、ソフィアから新しい報告が届いた。

 現地行政が避難開始を決定したらしい。

 港、学校、住宅地から、住民たちが内陸側へ移動を始めている。

 高齢者や身体の不自由な人を乗せた車両も動き始め、町の道路には避難する人の列ができていた。

 僕は共有された地図を開いた。

 使われている避難路は複数ある。

 そのうちのいくつかは、Cicadaが示した座標の周辺へ続いていた。

 「……始まったのか」

 正直、少し怖かった。

 自分の解いた暗号が、実際に人の避難先を考えるきっかけになっている。

 もちろん、現地では観測データや既存の防災計画をもとに判断しているし、僕1人が決めたわけじゃない。

 それでも、もし何か間違っていたらと思うと、落ち着かなかった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


 チリ北部、サン・ルシオ。

 ソフィアとマテオも、避難する住民たちに加わっていた。

 ソフィアは弟の鞄を確認しながら、必要なものを持っているか尋ねた。


 "¿Llevaste agua?"

 ――水持った?


 "Sí."

 ――持った。


 "¿El teléfono?"

 ――携帯は?


 "Sí."

 ――持った。


 "¿La identificación?"

 ――身分証は?


 マテオは少し呆れたように答えた。


 "Sofía, no tengo cinco años."

 ――ソフィア、僕5歳児じゃないから。


 "Respóndeme."

 ――答えて。


 "Sí."

 ――持ったよ。


 ソフィアは頷き、弟と一緒に避難列へ戻った。

 道路には、同じ方向へ向かう人たちがいた。

 歩いている人もいれば、車で移動する人もいる。係員が交差点に立ち、住民たちを誘導していた。

 海の方を振り返っても、目立った変化は見えない。

 それでも、警報は続いていた。

 マテオは姉の隣を歩きながら、携帯電話を取り出した。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


 東京。

 僕は、チャットと地図を交互に確認していた。

 ソフィアたちが避難を始めたという報告は届いている。

 ただ、その先が分からない。

 通信が途切れたわけではないけど、現地では移動している最中だ。頻繁にメッセージを送らせるわけにもいかない。


 WALKER:This is the part I hate.

 ――この時間が一番嫌いだ。


 NIL:Waiting again.

 ――また待つだけだね。


 WALKER:You'd think I'd get used to it.

 ――いい加減慣れてもよさそうなものだが。


 「……ほんとだよ」

 僕は日本語で呟いた。

 暗号を解いている間なら、やることがある。

 資料を調べたり、プログラムを書いたり、いろいろ試したりできる。

 でも、今は違う。

 僕がいくらパソコンを操作したところで、現地の道路が広くなるわけでもないし、地震が止まるわけでもない。

 できるのは、届いた情報を確認することくらいだった。

 そんなことを考えていると、通知音が鳴った。

 ソフィアのアカウントからだった。


 SOFIA_A:We're here.

 ――着いた。


 「……よかった!」

 僕はすぐに返信した。


 NIL:You okay?

 ――大丈夫?


 SOFIA_A:Yeah. Boring so far.

 ――うん。今のところ暇。


 どうやら、マテオが送ってきたらしい。


 NIL:Boring is good.

 ――暇なくらいがいいよ。


 SOFIA_A:Crab after this. Don't forget.

 ――これ終わったらカニ奢れよな。忘れないで。


 「……まだ覚えてたのか」

 僕は思わず笑った。


 NIL:I remember.

 ――覚えてる。


 SOFIA_A:Good.

 ――よし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。