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Cicada 3301 〜 紡がれた最後の記録 〜  作者: LALA
第1章 Cicada 3301
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12/13

Ep.11 2つの原本


 2012年1月19日、午前7時12分。


 「……あと5分」

 そう呟いて布団を頭まで被ったところで、廊下から足音が近づいてきた。

 「透ー、起きてる?」

 姉ちゃんだ。

 「……起きてる」

 「じゃあ、なんで声が布団の中からするの?」

 「高度な腹話術」

 「へえ。すごいじゃん」

 扉が開いた。

 この時点で起きていれば、まだ間に合ったのだと思う。

 「じゃあ、布団いらないね」

 「ちょっ、待っ――寒い! 寒いって!」

 容赦なく布団を剥がされ、僕はベッドの上で丸くなった。暖房の切れた部屋に、冬の朝の冷気が容赦なく入り込んでくる。

 「最近ずっと夜更かししてない?」

 「……調べ物してただけだよ」

 「何を?」

 「ポーランドの建物」

 姉さんの手が止まった。

 「……不動産?」

 「違う」

 「海外移住でも考えてるの?」

 「だから違うって」

 「ふうん。よく分かんないけど、朝ご飯冷めるよ」

 そう言って、姉ちゃんは部屋を出ていった。

 説明しろと言ったのはそっちなのに。

 僕は仕方なくベッドから降りた。机の上には、昨夜使っていたノートが開きっぱなしになっている。ワルシャワの建物を撮影した写真について、確認できた情報をまとめたものだ。

 改修工事を何度か行ったなら、年ごとの違いは説明できる。ただ、工事の記録もまだ見つかっていないし、時系列の整理もできていない。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 午前8時31分。


 教室では、早瀬が開口一番、嫌な情報を教えてくれた。

 「今日の体育、持久走だって」

 「……じゃあ、今日は帰るね」

 「来たばっかだろ」

 「鼻血と心臓病と中耳炎とインフルエンザなんだよね」

 「元気そうじゃん」

 「今、急に悪くなった」

 早瀬は笑いながら、僕の机に手をついた。

 「お前、ほんと走るの嫌いだな」

 「走っても目的地が校庭なのが嫌なんだよ。何周しても同じところに戻ってくるじゃん。意味がないんだよ。意味が」

 「そういう競技だからな」

 「知ってるよ……」

 午前中の体育が終わるころには、僕は校庭の隅で膝に手をついていた。隣で早瀬が涼しい顔をしているのが、どうにも納得いかない。

 「生きてるかー?」

 「……僕のパソコン、姉ちゃんには渡さないで」

 「何の遺言だよ」

 早瀬が笑う。僕は返事をする体力もなく、しばらくその場で呼吸を整えていた。

 昼休みは、いつものように自分の席で弁当を食べた。食べ終えてから、朝のうちにメモしておいたポーランド語の建築用語を調べていると、桐生さんに声をかけられた。

 「相沢くん、何調べてるの?」

 「えっ、あ……海外の資料を、ちょっと」

 「英語?」

 「いや、ポーランド語……」

 「ぽ、ポーランド語?」

 桐生さんは僕のノートを見て、少し驚いた顔をした。

 「相沢くんって、いろんなこと調べてるんだね」

 「ま、まあ……気になることがあって」

 「ふうん。何か分かるといいね」

 「……う、うん。ありがとう」

 彼女は本田さんに呼ばれると、そちらへ戻っていった。

 僕は開いたままの単語帳に目を落とした。

 今のは、変な返事をしなかったと思う。少なくとも、前みたいに敬語と普通の言葉が入り交じって、何を言っているのか分からなくなることはなかった。

 ただ、聞かれた内容にほとんど答えていない気もする。

 やっぱり、難しい。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 午後8時54分。

 夕食と風呂を済ませ、自室のパソコンを起動した。

 チャットを開くと、エヴァからメッセージが届いていた。

 

 EWA_N:I checked the building records.

 ――建物の記録を調べたわ。


 続けて、調査結果が送られてくる。


 EWA_N:The public records show no major exterior renovation in the last ten years. I'm checking whether older permits exist.

 ――公開記録では、過去10年間に大規模な外壁の改修工事は確認できなかったの。もっと古い許可記録がないか調べているところ。


 「……記録なしか」

 僕はノートを開いた。

 記録が見つからないからといって、工事がなかったとは限らない。公開されていない書類もあるだろうし、工事の内容によっては、そもそも届け出が必要ない場合もある。

 ただ、窓を塞いだり増やしたりするほどの工事を何度も反復して行っているなら、何も残っていないというのは少し気になる。

 僕は返信した。


 NIL:Thanks. Can you also check older photographs of the street?

 ――ありがとう。通りの古い写真も調べてもらえる?


 EWA_N:Already doing that. I found something interesting.

 ――もう調べているわ。少し面白いものを見つけたの。


 そのあと、2つのファイルが届いた。

 1つ目は、1998年のワルシャワの街並みを記録した資料だった。それぞれの資料には建物の住所と写真が載せられていた。

 写真を並べ、窓以外の部分へ目を移すと、やはり年代ごとに微妙に異なっている。

 1998年の写真と2009年の写真では、窓の配置だけでなく、屋根の端の形がよく似ている。2003年と2010年の写真も同様だった。

 さらに気になるのは、建物の右隣にある細い通路だ。

 窓が3つの写真では、通路が少し狭く見える。4つの写真では、もう少し広い。

 撮影角度の違いだろうと思い、目印になる建物の角や道路標識を使って位置を補正してみた。それでも差は残った。

 「……通路まで違う?」

 窓だけなら、外壁の改修で説明できるかもしれない。しかし、隣の通路の幅まで変わるとなると、工事の規模がずいぶん大きくなる。

 僕はエヴァから送られた住所を使い、周辺の地図を検索した。

 航空写真では、建物の外形を正確に測るのは難しい。何か図面がないだろうかと調べているうちに、古い都市計画資料が見つかった。

 PDFを開くと、通りごとに建物の位置を記した図面が載っていた。縮尺を確認し、例の建物を探す。

 「……あった」

 建物の右側に、細い通路が描かれている。

 僕はその部分を拡大し、写真と照らし合わせた。

 図面の通路幅は、窓が3つの写真に近いようだった。

 ただし、写真から寸法を出すには誤差が大きい。これだけで何か判断するのは難しい。

 僕は資料の表紙へ戻り、発行元と文書番号をノートへ控えた。

 その番号で検索をかけたときだった。

 「……ん?」

 別のサイトに、同じ文書番号の資料が見つかった。

 発行年も、街区の名称も同じ。

 最初は単なる複製だと思った。行政機関の資料が複数の資料館に保存されていることは珍しくない。

 ところが、そのPDFを開いてみると、図面が少し違っていた。

 「……あれ?」

 僕は2つの資料を並べた。

 最初の図面では、例の建物の右側にある通路が狭い。もう片方では、少し広く描かれている。

 建物の外形も違った。

 写真で見つけた違いと、ほぼ同じ場所だった。

 「……ちょっと待って」

 僕は両方の表紙をもう一度確認した。

 文書番号は同じ。発行年も同じ。発行元の名称も一致している。

 改訂版という記載は見当たらなかった。

 同じ番号の文書に、違う図面が載っている。

 そんなことがあるのだろうか。

 もちろん、あり得ないわけではない。差し替えた図面を別々の資料館へ送ったとか、整理する際に別の資料を混ぜてしまったとか。行政文書だって人間が管理しているのだから、間違いくらい起こるだろう。

 ただ、気になるのは変更された場所だった。

 僕は2枚の図面を重ね合わせ、異なる部分を確認した。

 周囲の道路や街区は、ほとんど一致している。

 違うのは、例の建物と、そのすぐ隣にある通路。それから敷地の境界線の一部だけだった。

 「……ここだけ?」

 画像の圧縮やスキャンの傾きが原因なら、ほかの場所にもずれが出るはずだ。

 しかし、今回の違いは線の位置がずれているだけではない。建物の輪郭そのものが描き直されている。

 しかも、どちらの図面もそれぞれ自然につながっていた。無理に線を消したような部分は見当たらない。

 僕は比較画像を作り、違う箇所に印をつけた。

 それをエヴァへ送る。


 NIL:Ewa, I found two different versions of what appears to be the same planning document.

 ――エヴァ、同じ都市計画文書らしい資料が2種類見つかった。


 少しして返信が届いた。


 EWA_N:Different versions?

 ――2種類?


 僕は文書番号と発行年が同じこと、それなのに図面の一部が違っていることを説明した。


 EWA_N:I'll check where these copies came from.

 ――それぞれ、どこから公開された資料なのか調べてみるわ。


 NIL:Thanks. I'll send the comparison to Alex too.

 ――ありがとう。比較画像はアレックスにも送っておく。


 アレックスはしばらくしてからチャットへ現れた。


 WALKER:Ewa told me about the documents. Have you found a pattern?

 ――エヴァから文書の話を聞いた。何か規則性は見つかったか?


 NIL:The differences are concentrated around the same building.

 ――違いはCicadaのポスターが貼られた周辺に集中してる。


 WALKER:Could be a revision.

 ――改訂されたのかもしれないな。


 NIL:That's what I thought, but there's no revision mark on either copy.

 ――僕もそう思った。でも、どちらにも改訂版という記載がないんだ。


 僕はデータを保存し、時計を確認した。

 午後11時を過ぎている。

 今日はそろそろ寝よう。明日の授業で居眠りをするのは避けたいし、現地の資料館についてはエヴァの調査を待つしかなさそうだった。

 チャットを閉じようとしたところで、通知が鳴った。


 EWA_N:NIL, I checked the archive sources.

 ――NIL、両方の資料の公開元を調べたわ。


 僕は開きかけたメニューを閉じ、メッセージを読んだ。

 EWA_N:The two documents came from different archives. Both appear to be legitimate copies. Neither is marked as a revision.

 ――2つの文書は別々の資料館から公開されていたの。どちらも正規の複製に見えるし、改訂版という記載もないわ。


 「……別々の資料館か」

 単なるファイルのコピー違いではなさそうだった。

 もちろん、元を辿れば同じ間違った資料に行き着く可能性もある。どちらも正式な文書なのかどうかは、まだ分からない。

 僕は返信した。


 NIL:Can you ask the archives whether they still have the original paper documents?

 ――資料館に、元の紙の文書が残っているか確認してもらえる?


 EWA_N:I'll ask tomorrow.

 ――明日、聞いてみるわ。


 NIL:Thanks, Ewa.

 ――ありがとう、エヴァ。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 2012年1月20日、午後4時38分。

 ポーランド、ワルシャワ。

 エヴァ・ノヴァクは、閲覧室の机に置かれた保存箱を見つめていた。

 窓の外には雪の残る街並みが広がっている。室内は暖房が効いていたが、古い建物のせいか、足元には少し冷気が残っていた。


 "To dokument, o który pani pytała."

 ――お問い合わせのあった文書です。


 向かいに座る資料館の職員が、保存箱の蓋を開けた。中には保護紙に挟まれた書類が収められている。


 "Czy to oryginał?"

 ――これは原本ですか?


 "Tak. Dokument pochodzi z tamtego okresu. Nie jest to współczesny wydruk."

 ――はい。当時の文書です。近年印刷されたものではありません。


 職員は慎重に書類を取り出し、エヴァの前へ置いた。

 紙は全体的に黄ばんでいた。折り目の部分には傷みがあり、端には小さな破れも見える。右下には発行日と文書番号、その隣には公印が押されていた。

 エヴァは持参したメモを開き、番号を照合した。

 一致している。

 

 "Czy mogę zrobić zdjęcia dokumentu?"

 ――この文書を撮影してもよろしいですか?


 "Tak, ale proszę nie używać lampy błyskowej."

 ――はい。ただし、フラッシュは使用しないでください。


 エヴァは許可された範囲で数枚の写真を撮った。図面全体、文書番号、公印。それから、通路の幅が分かる部分も拡大して記録する。

 撮影した画像を確認してから、職員に尋ねた。


 "Czy w archiwum jest informacja o zmianach w tym dokumencie?"

 ――この文書が変更されたという記録は残っていますか?


 職員は隣に置いてあった台帳を開いた。

 "Nie widzę żadnej wzmianki o poprawkach ani wymianie dokumentu."

 ――訂正や差し替えについての記載は見当たりませんね。


 "A gdyby istniała druga wersja z tym samym numerem?"

 ――同じ番号の別の版が存在していた場合は?


 "Zwykle powinien pozostać jakiś ślad. Adnotacja albo osobny wpis w rejestrze."

 ――通常は何らかの記録が残るはずです。注記か、台帳への別の記載などですね。


 エヴァは頷いた。


 "Rozumiem. A kiedy ten dokument trafił do archiwum?"

 ――分かりました。この文書が資料館に収蔵されたのはいつですか?


 "Mogę sprawdzić. Proszę chwilę poczekać."

 ――確認できます。少々お待ちください。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年1月20日、午後11時56分。


 「……ちゃんと残ってるんだな」

 僕はエヴァから送られてきた写真を拡大した。

 古い紙に描かれた街区の図面。右下に押された公印。そこには、今までPDFで見ていたのと同じ文書が写っていた。

 実際の紙を見たからといって、それが絶対に正しいと証明できるわけじゃない。でも、ネット上で誰かが画像を作っただけ、という可能性は低くなったと思う。

 僕はチャットを開いた。


 EWA_N:I checked the original document today. The narrow passage is clearly shown.

 ――今日、元の文書を確認してきたわ。狭い方の通路がはっきり描かれている。


 NIL:Thanks for going there. Did they find any revision records?

 ――わざわざ行ってくれてありがとう。改訂の記録は見つかった?


 EWA_N:No. Nothing in their register. I'm visiting the second archive tomorrow.

 ――いいえ。台帳には何もなかったわ。明日、もう1つの資料館へ行く予定よ。


 NIL:You're doing a lot of work for this.

 ――ずいぶん手間をかけさせちゃってるね。


 EWA_N:I want to know what's going on too. Don't worry about it.

 ――私も何が起きているのか知りたいの。気にしないで。


 エヴァも、この件をかなり気にしているらしい。

 向こうはまだ午後なのだろうが、日本はもうすぐ日付が変わる。今から何か調べ始めれば、また夜更かしになってしまいそうだった。


 2012年1月21日、午後6時14分。


 携帯電話が震えたのは、夕飯の準備を手伝っているときだった。

 画面にはエヴァからの通知が表示されていた。

 「……来た」

 「透、これ運んでくれる?」

 母さんが皿を差し出してきた。

 「あ、うん」

 僕は皿を食卓に運び、手を洗ってから自室へ向かった。

 パソコンでチャットを開くと、エヴァから数枚の写真が送られていた。


 EWA_N:I visited the second archive. They have a paper document too.

 ――もう1つの資料館へ行ってきたわ。そこにも紙の文書があった。


 僕は画像を開いた。

 今度の紙は、昨日のものより少し白っぽい。端の傷みも少ないように見える。

 発行日と文書番号を確認する。

 どちらも同じ。

 そして、問題の街区。

 「……こっちもあるのか」

 建物の右隣に描かれているのは、広い方の通路だった。

 僕は昨日の写真を横に並べた。

 2つの資料館に、それぞれ違う図面が保管されていたことになる。


 NIL:What did the archivist say?

 ――資料館の人は何て言ってた?


 EWA_N:They believe it's an authentic document from that period. They couldn't find a revision record either.

 ――当時の正式な文書だと考えているそうよ。こちらでも改訂の記録は見つからなかった。


 僕は画面に顔を近づけ、番号をもう一度確認した。

 同じ文書番号なのに、建物の外形と通路の幅だけが異なっている。

 最初はスキャンのときに何か間違えたのだと思っていたが、それだけでは説明できなくなった。

 もっとも、紙の図面が2種類あったとしても、片方が製図途中のものだった可能性はある。正式な版に差し替えられた際、古いものが別の資料館へ残ったという説明も考えられる。

 僕がノートを開いたところで、エヴァから続けてメッセージが届いた。


 EWA_N:There's something else. Both archives have accession records showing when they received the documents.

 ――もう1つあるの。どちらの資料館にも、文書を収蔵した時期の記録が残っているわ。


 NIL:How old are the records?

 ――その記録はいつのもの?


 EWA_N:Decades old. Neither document arrived recently.

 ――数十年前のものよ。どちらも最近持ち込まれた文書ではないわ。


 「……なるほど」

 少なくとも、Cicadaの騒ぎに乗じて誰かが最近作った偽物、という可能性はかなり低そうだ。

 だが、昔から2つの版が存在していたのなら、ますます当時の管理記録が気になる。

 そこへアレックスが入ってきた。


 WALKER:I heard we have two originals now.

 ――原本が2つになったそうだな。


 EWA_N:Two physical documents. We can't establish that both were the final approved version.

 ――紙の文書が2つ、ね。どちらも最終的に承認された版なのかは、まだ確認できていないわ。


 WALKER:Fair point. Still, that's an archivist's nightmare.

 ――確かに。だが、資料管理の担当者には悪夢みたいな話だな。


 NIL:Especially since nobody seems to know why they're different.

 ――しかも、どうして違うのか誰も分からないみたいだしね。


 僕は少し笑い、資料を見比べる作業に戻った。

 アレックスから、もう1通届いた。


 WALKER:Do we have any reason to believe this is connected to Cicada?

 ――これがCicadaと関係していると考える理由はあるのか?


 キーボードに置いていた指が止まった。

 今回の調査は、Cicadaのポスターが貼られていた場所の写真から始まったが、今のところそれ以上のつながりは見つかっていない。


 NIL:Not yet. The location may be a coincidence.

 ――まだない。場所が重なったのは偶然かもしれない。


 僕は一度送信してから、続きを打った。


 NIL:But if we find the same kind of discrepancy somewhere else, that changes things.

 ――でも、別の場所でも同じ種類の食い違いが見つかったら、話は変わる。


 EWA_N:I'll keep looking.

 ――引き続き調べてみるわ。


 チャットが一段落したところで、僕は2つの文書をそれぞれ保存した。

 図面の不一致が何を意味するのかは、まだ分からない。

 ただ、ここまで調べてくれたエヴァのためにも、もう少し何か見つけたいと思った。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年1月23日、午前8時36分。


 月曜日の朝、僕は教室に着いてすぐ、先週の現代社会の発表資料を提出していないことを思い出した。

 正確には、思い出させてくれた人がいた。

 「相沢くん、発表資料は?」

 学級委員の瀬川さんだった。

 「……あ」

 「今日、提出だよ」

 「……内容はまとめてあるんですけど、清書がまだで」

 「じゃあ先生に相談してね」

 「はい……」

 瀬川さんは一覧表に印をつけ、次の席へ向かった。

 僕は鞄からノートを取り出した。

 海外の記事の要約は終わっている。比較する数値も確認済みだ。ただ、発表用の資料として整えるところまで手が回っていなかった。

 自分の担当を終えていないのだから、班の人たちにも迷惑がかかる。

 「相沢くん、資料まだ?」

 顔を上げると、桐生さんがいた。

 「あ……ごめん。内容はあるんだけど、提出できる形になってなくて」

 「そっか。見せてもらっていい?」

 僕がノートを渡すと、桐生さんは何ページかめくった。

 「結構まとめてあるね。あとは見やすくすれば大丈夫そう」

 「う、うん。昼休みにやろうと思ってて」

 「じゃあ、一緒にやろうか。本田さんにも聞いてみる」

 「えっ、でも……」

 「同じ班なんだし」

 桐生さんはそう言って、ノートを返してくれた。

 僕は礼を言い、席に座り直した。

 結局、昼休みには本田さんも加わって、3人で資料を仕上げた。僕が記事の内容を確認し、本田さんが発表用の文章をまとめる。桐生さんは表を作り直して、見やすく整理してくれた。

 「これでいいかな」

 桐生さんが資料を揃える。

 「……うん。大丈夫だと思う」

 「じゃあ、提出してくるね」

 「ありがとう。ごめん、遅くなって」

 「次は忘れないでよ」

 本田さんにそう言われ、僕は小さく頭を下げた。

 「……はい」

 2人が資料を持って教室を出ていく。

 何とか間に合ったが、次からはもう少し早めに準備しよう。暗号のことばかり考えていたのは、言い訳にはならない。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 2012年1月23日、午後9時07分。


 お風呂を済ませ、パソコンを開くとアレックスからのメッセージ。


 WALKER:NIL, have you seen the latest reports from Seattle?

 ――NIL、シアトルからの最新の報告は見たか?


 NIL:Not yet. Why?

 ――まだ。どうして?


 すぐにリンクが送られてきた。

 僕はそれを開き、現地の参加者が投稿した写真を確認した。

 シアトルの街角だった。道路沿いに古い建物が並び、その一角にCicada 3301のポスターが貼られている。

 写真そのものには、不自然なところは見当たらない。

 しかし、投稿の説明文にはこう書かれていた。


 The old photograph doesn't match the current building. We're checking whether it was renovated.

 ――古い写真と現在の建物が一致していない。改修工事があったか確認している。


 「……シアトル?」



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