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Cicada 3301 〜 紡がれた最後の記録 〜  作者: LALA
第1章 Cicada 3301
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10/12

Ep.09 小さな違和感


 2012年1月16日、午前8時19分。


 週明けの教室は、相変わらず騒がしかった。

 窓際では男子が週末に遊んだゲームの話をしていて、教室の後ろからは女子たちの笑い声が聞こえる。僕はといえば……そのどちらにも加わらず、自分の席でノートを開いていた。

 ページの隅には、昨夜まで調べていたCicada 3301の情報が書き込まれている。

 「……何がしたいんだろうな」

 ここ数日、ずっと考えていることだった。

 出題者は、数学や暗号、プログラミングに関する知識を要求するだけでなく、世界各地にポスターまで設置していた。明らかに、かなりの手間と費用がかかっている。

 それなのに、先に到達した少数の参加者だけを次へ進ませ、ほかの解読者には何の説明もない。

 単に優秀な人間を集めたいなら、もっと簡単な方法がありそうなものだ

 「おい、相沢」

 「……えっ?」

 顔を上げると、クラスの男子が立っていた。

 「そこ、通っていい?」

 見れば、僕の足が通路にはみ出していた。

 「あっ、ごめん」

 慌てて椅子を引くと、男子は「サンキュ」と言って通り過ぎていった。

 その後ろから、小さな声が聞こえる。

 「相沢、また何か計算してたな」

 「数学好きなんじゃね?」

 「あいつ毎朝やってるよな」

 僕はノートを閉じた。

 聞こえてはいるが、振り返るほどのことでもない。実際、毎朝変な数字を書いているのは事実だった。

 ただ、できればもう少し小さい声で話してほしい。

 鞄から読みかけのライトノベルを取り出す。表紙には赤い瞳の少女が描かれていて、去年から続きを楽しみにしていた作品だ。

 数ページ読んだところで、今度は聞き慣れた声がした。

 「相沢、いたいた」

 早瀬だった。

 「ああ、早瀬か、おはよ」

 「おう。ゲーム持ってきた?」

 「うん、今日はちゃんと」

 僕がケースを取り出すと、早瀬は受け取って中身を確認した。

 「サンキュ。面白かった?」

 「面白かったよ。最後のボス戦とか、なんか」

 「ちょまった! 俺ってばまだそこまで行ってねえから、ネタバレすんなよな」

 「……あ、ごめんそうだった」

 危ないところだった。

 早瀬は笑いながらケースを鞄へしまった。

 「ま、クリアしたら話そうぜ。たぶん今週中には終わっからさ」

 「了解」

 「つか、今日は寝不足じゃなさそうだな」

 「昨日はちゃんと寝た」

 「珍しーな」

 「僕だって寝るときは寝るって」

 「そりゃそうだろ」

 そんな話をしていると、早瀬が後ろから呼ばれた。彼は軽く手を上げてそちらへ向かい、僕は再び本を開く。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 午前10時46分。


 3時間目の現代社会で、菅野先生が黒板に〝情報と社会〟と書いた。

 「今日はちょっとした調べ学習をやる。テーマは、情報をどうやって確かめるか、だ」

 先生は新聞記事や統計資料、インターネット上の情報などを例に挙げた。班ごとに資料を集め、内容を比較して、次の授業で簡単に発表するらしい。

 「4人ずつ。近くの席で組んでくれ」

 その一言で、僕は少し困った。

 こういう活動は、あまり得意ではない。

 調べること自体は好きだし、資料をまとめるのも苦にならない。けれど、誰と組むかを決めるところから始まると、途端に難しくなる。

 隣の男子はすでに友達と机を寄せていた。後ろの席でも、何人かが声を掛け合っている。

 僕は席を立ちかけ、そのまま止まった。

 ……どうしよう。

 「相沢」

 先生に呼ばれた。

 「桐生のところ、3人だな。そこに入ってくれ」

 「……はい」

 よりによって、桐生さんの班だった。

 僕が机を動かしていくと、桐生さんが顔を上げた。

 「あ、相沢くん。よろしくね」

 「よ、よろしくお願いします」

 「……また敬語?」

 桐生さんは少し笑った。

 「あっ、いや、よろしく……」

 どうして毎回こうなるのだろう。

 班には桐生玲奈さんと本田真琴さん、それからもう1人の女子がいた。3人とも普段話さない相手なので、正直、どこに目を向ければいいのか分からない。

 僕はひとまず、配られたプリントを机に置いた。

 「テーマどうする?」

 本田さんが言った。

 「ネットのデマとか?」

 「それでもいいけど、範囲広くない?」

 桐生さんはプリントを見ながら少し考えた。

 「去年の地震のとき、いろんな情報が出回ったじゃん。そういうのを比べるのはどうかな」

 「ああ、確かに」

 「日本と海外でニュースの内容が違うか、とか?」

 3人の間で話が進んでいく。

 僕は口を挟むタイミングを見つけられず、ひとまずノートに調査項目を書き始めた。

 やがて本田さんがこちらを見た。

 「相沢くん、調べ物とか得意?」

 「えっ? あ、うん。まあ……」

 「じゃあ、資料探すのお願いしてもいい?」

 「う、うん。大丈夫」

 役割が決まって、少し安心した。

 僕は学校のパソコンで資料を探し始めた。国内の記事をいくつか確認してから、海外の報道にも目を通す。

 しばらくして、班で使おうとしていた2つの資料に気になる点が見つかった。

 「あの……」

 声をかけると、桐生さんが振り返った。

 「どうしたの?」

 「これ、比較するのはちょっと難しいかも」

 「え、そうなの?」

 僕は画面を示した。

 「こっちは地震から24時間以内の情報をまとめたものなんだけど、こっちは72時間後の集計なんだ。調べてる対象も違うから、そのまま割合を比べても正しくないと思う」

 「……ああ」

 桐生さんは画面を見比べた。

 「つまり、集めた時期が違うってこと?」

 「うん。それに対象も違うから、条件を揃えた方がいいかなって」

 本田さんが横から画面を覗き込む。

 「じゃあ、その2つは使わない方がいい?」

 「そうだね。ほかの資料を探した方がいいと思う」

 「そっか。じゃあお願いしていい?」

 「うん」

 そこで会話が終わり、僕は少し拍子抜けした。

 いつもなら、余計な専門用語を使って説明が長くなってしまう。今回はそれを意識して、必要なことだけ話したつもりだった。

 どうやら、ちゃんと伝わったらしい。

 僕は条件の近い資料を探し直し、使えそうな記事を3つほど見つけた。そのうち1つは海外のニュースサイトだった。

 「あれ、これ英語?」

 本田さんが言った。

 「うん。海外の記事だから」

 「読めるの?」

 「……一応」

 「すご。私、これ全部読むの無理なんだけど」

 僕は何と答えればいいのか迷った。

 「……必要なところなら、日本語にまとめるよ」

 「あ、助かる」

 その横から、桐生さんも画面を見た。

 「相沢くん、英語も得意なんだね」

 「えっ。あ、いや、そんな……」

 「海外のサイトとかよく見るの?」

 「ま、まあ、ちょっと……」

 嘘ではない。

 むしろ毎日のように見ている。

 「へえ。私、英語の記事なんて全然読まないから」

 桐生さんはそう言って笑った。

 僕も何か返そうとしたが、適当な言葉が出てこなかった。仕方なく曖昧に笑うと、彼女はまた本田さんとの相談へ戻っていった。

 ……危なかった。

 何が危なかったのかは、自分でもよく分からないけれど。

 その後は資料の内容を整理し、発表で使う項目を分担した。僕は海外の記事を日本語で要約する担当になった。

 授業の終わりが近づいたころ、桐生さんがこちらを向いた。

 「相沢くん、さっきの資料、次の時間までにまとめてもらっても大丈夫?」

 「は、はい。大丈夫です」

 「ありがと。助かる!」

 「……あ、うん」

 桐生さんは小さく笑い、机を元の位置へ戻し始めた。

 僕も慌てて立ち上がる。

 特別なことをしたわけではない。ただ、言われた資料を探して、少し説明しただけだ。

 それでも、いつもの授業よりは悪くなかった気がした。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 午後4時12分。


 帰り道、僕は駅前の書店に寄って、新刊の漫画を1冊買った。

 外へ出ると、冬の冷たい空気が頬に当たる。

 「……なんか疲れたな」

 思わず独り言が漏れた。

 普段なら、1時間近く暗号を調べていても大して疲れない。けれど、今日の班活動では、何を話すか考えるだけで妙に神経を使ってしまった。

 数学や暗号なら、正しい手順を見つければ答えに辿り着ける。

 しかし、人との会話はそうはいかない。相手が何を考えているのか分からないし、自分の言い方が正しかったのかも、あとから考えてしまう。

 それでも今日は、少しだけ手応えがあった。

 説明が伝わって、仕事を任されて、最後には礼を言われた。

 まあ、たったそれだけのことだ。

 だけど、あの教室で自分の得意なことが役に立ったのは、少し嬉しかった。

 僕は買った漫画を鞄へしまい、家へ向かって歩き始めた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 午後8時37分。


 夕飯と風呂を済ませてからパソコンを起動すると、エヴァの調査グループに新しい書き込みがいくつか届いていた。

 Torの接続先は、相変わらず閉じたままだった。先に到達した人たちが何をしているのかも、まだ分からない。

 ただ、ポスターについての資料は少しずつ増えている。世界各地で撮影された写真を比較し、誰がどの場所で何を見つけたのか、エヴァが整理を進めていた。

 僕がログを読んでいると、アレックスから個別メッセージが届いた。


 WALKER:NIL, have you had any luck finding out who runs this?

 ――NIL、運営者について何か分かったか?


 NIL:Nothing definitive. But I don't think this was just a puzzle.

 ――確かなことは何も。でも、ただの謎解きってわけじゃない気がする。


 WALKERWhat makes you say that?

 ――どうしてそう思う?


 僕は少し考えた。

 最初の画像から、ここまでの流れを思い返す。

 古典暗号、画像解析、書籍暗号、素数、電子署名、匿名通信。それぞれ必要な知識は違っていたが、共通しているのは、問題の指示が直接的ではないことだった。

 何を使うべきなのか、どこを調べるべきなのか、参加者自身が判断しなければならない。

 さらに途中からは、世界各地にポスターが設置され、個人の知識だけでは調べられない問題も出てきた。

 つまり、単に暗号を解けるかどうかだけではなく、情報を集め、ほかの人間と協力できるかどうかも重要になっている。

 僕はその考えを、アレックスに送った。


 NIL:They forced us to work across borders, then limited who could enter. I think they're testing more than intelligence.

 ――国境を越えて協力する必要がある問題を出しておきながら、最後は入れる人数を制限した。知能以外のものも試している気がする。


 WALKER:Such as?

 ――例えば?


 NIL:Maybe how we handle information. Who we trust. What we choose to share.

 ――情報をどう扱うか。誰を信用するか。何を共有するか、とかね。


 送信してから、僕は少し考え込んだ。

 とはいえとはいえ、あくまで仮説だ。出題者が何を考えているのか、確かめる方法は今の所ない。

 ただ、ここまで手間をかけている以上、単に難しい問題を解かせたいだけとは思えなかった。

 しばらくして、アレックスから返信が届いた。


 WALKER:That's an interesting theory. We still don't know what happens after selection, though.

 ――興味深い仮説だ。ただ、選ばれた後に何が起きるのかは、まだ分からないな。


 「……そこなんだよなあ」

 僕は小さく呟いた。

 選ばれた人たちは、その後どうなったのだろう。

 新しい問題を受け取ったのか。それとも、何か別のことを求められたのか。

 そこまで調べなければ、この謎は終わらない気がしていた。

 そんなことを考えていると、調査グループにエヴァからメッセージが届いた。


 EWA_N:I've organized all the poster photographs and their metadata. Something doesn't match.

 ――ポスターの写真と付随情報を整理したの。どうも一致しないものがある。


 「……ん?」

 僕は添付されたファイルを開いた。

 世界各地のポスター写真と、その撮影日時、位置情報、画像の詳細が一覧表になっている。

 最初は、特におかしなところは見つからなかった。

 だが、同じ場所で撮影されたという2枚の写真を見比べているうちに、少し気になる点があった。

 街灯の位置は同じ。

 歩道の形も、ほとんど一致している。

 なのに、背景に写っている建物が違って見えた。

 「……あれ?」

 僕は2枚の写真を見比べ、同じ大きさに調整した。

 片方の写真では、街灯の後ろに四角い窓が並んだ建物が写っている。もう片方では、その窓の並び方が微妙に違うように見えた。

 もちろん、撮影した角度が違えば建物の見え方も変わる。写真が縮小された際に、細部が潰れている可能性もある。

 それでも、少し気になった。

 僕が画像を重ねて確認していると、エヴァから続けてメッセージが届いた。


 EWA_N:I thought it was a mistake in the location data. But both photographers insist they were standing at the same spot.

 ――位置情報の間違いだと思ったんだけど、撮影した2人とも同じ場所に立っていたと言っているの。


 僕はもう一度、写真を見比べた。

 同じ街灯。同じ通り。

 その背後にある、少し違って見える建物。

 「……うーん」

 まずは撮影条件の違いを疑うべきだろう。レンズの焦点距離や撮影角度が違えば、同じ場所でも写真の印象は変わる。

 ただ、それだけで説明できるかどうかは、きちんと調べてみないと分からない。

 僕は画像を保存し、解析用のソフトウェアを起動した。

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