◆第二部 序章1『逃げろ、全力で、でもなるべく静かに』
この世界には、いくつもの国。
そして、夜空には数えきれないほどの“星”がまたたいている。
その星は、ときに選ばれた子どもたちのもとへ、舞い降りる。
マーガの星の民とは。
授かる恩恵は一人ひとり違い、力や癒し、誰にも気づかれぬ祈り――
それは時に、祝福にもなり、また時には運命の鎖となりうる力。
マーガの星の民。
それは立場や国を越えて星同士、互いに引き寄せられる不思議な縁をもつ。
旅の終わり、逃亡の途中、愛する者のそば――どこかで誰かと巡り会う。
その出会いは、ときに人生を大きく変えていく。
敵か味方かも知らぬまま、星の力が重なり合い、それぞれの想いが、複雑に交錯していく。
マーガの星の時代。
ひとつの世代が役目を終えれば、星の恩恵はしばし静かに消える。
だが、また時が巡れば新たな星が落ち、新しい物語がどこかでそっと始まる。
強さ、再生、祈り、あるいは因果――
星の恩恵はさまざまに形を変え、それぞれにしかない代償や選択を抱えている。
だからこそ、星の民たちの生き方も、一つとして同じものはなかった。
彼らは、極限の感情や覚悟に晒されるとき『シリアスモード』と呼ばれる不思議な瞬間を迎えることがある。
その一瞬、星の力はふだん以上に輝き、時には物語さえも大きく揺らす。
誰もがなぜ星が与えられるのか、なぜ人は巡り会うのかを知らない。
ただそれぞれの人生がめぐり会い、すれ違い、祈りをつなげていく。
星は、静かに夜空から見下ろしている。
数えきれぬ運命が交差するこの世界で、幾つもの物語が同時に始まり、響きあう。
これは、星の下に生きる者たちの交わりと祈りの『群像劇』である。
◇ ◇ ◇
※カイル視点――山中。
夜の森を、俺『カイル・ノルデイン』は駆けていた。
吐く息が白くなるほど、空気は冷たかった。
風はなく、森全体が息をひそめている。
その静寂の中で、足音達だけが、湿った土を叩いて響く。
月明かりは薄く、星も雲に隠れ、足元すらおぼつかない。
暗闇は濃く、木々の影が地面に張りついて、不規則に揺れていた。
枝葉が顔を叩き、濡れた葉が肩や頬をかすめるたびに冷たいしぶきが跳ねる。
音を立てるなと、頭では理解していても足が地を蹴るたびに草が鳴き、枝が折れる。
風のない森の中、それらすべての音がやけに大きく感じられた。
……最悪の道だ。だが走るしかない。
そしてそんな状況を、共に走る『リアナ・フィーネス』
「こっちだ、リアナ!
気を抜くな、奴らはすぐそこまで来ている!」
声は抑えめのつもりだったが、思いのほか響いた。
木々の隙間に跳ね返って、後ろから誰かが返事したように聞こえるほど。
すぐ後ろから、もつれ気味の足音。
「う、うん! でも……あの木っ、痛っ!」
ふらついた彼女の腕を反射的に引き上げる。
倒れそうな身体を支え、そのまま前へ。
……健気である。驚くほどに。
疲れているはずだ……。
何度も転びかけて、肩で息を続けている。
それでも文句一つ言わずについてくる。
律儀というか強いというか……いや、可愛い。
ちらりと見えた横顔。ほのかに赤い。
でもその視線の先にあったのは、真っ直ぐな信頼だった。
頼ってくれている。俺の背中を見て、遅れずに走ってくれている。
そこに一切の疑念も、遠慮もない。
……それが、また可愛い。
ときどき、ちょっとだけ口が膨れるのだ。
頬をふくらませたまま黙ってついてくるところとか、もうたまらないのである。
◇ ◇ ◇
「ここから北へ向かうんだ! 一緒に飛ぶぞ、とうっ!」
倒木を踏み台にして跳躍。
俺の手が星を掴むべく、空へ伸ばされる。
……何故か届かない、北とはもしや、人がたどり着けぬ絶境か?
「カイル! 北は上じゃないよ!」
意味の判らない、不思議なツッコミが飛んできた。
しかし、俺の心のコンパスは上を向いている。
獣道も倒木も無視して突き進む。
地図は持っていないが、希望だけは握っている。
「リアナ、この抜け道を行こう! 信じてくれ!」
「せ、せめて抜け『道』というなら道を、走ってぇぇえ……」
ありがたい。理屈ではなく、信頼でついてくる彼女はやっぱり可愛い。
しかも、たまにツッコミが遅れてくるのがまたいい。
言いたいことが頭の中で渋滞して、出てくる頃には温度が変わってる。
◇ ◇ ◇
斜面で、リアナが転んでしまう。
「っ……」
地面に膝をつき血が静かに滲んでいく。
その赤が膝を走り、やがて球体となり水滴を模し、静かに地面へ落ちる。
その地面に落ちた赤が、じわじわとその周りの草花を枯らしていく。
「……やっぱり……」
その呟きが妙に切なかった。
「血……毒になってる……」
リアナの『セーネ・マーガの星』の恩恵。
それはその星を授かった者の涙、汗や血等の体液を治療方法の無い、毒へと変える星。
「……リアナ」
俺の声にリアナがこちらを見る。
真っ直ぐに、静かに。
「……カイル、星が動いてるよ。
私の視線、固定しないで」
そして俺の『シ・ジョ・マーガの星』の恩恵。
視線・呼吸の支配。
目を合わせた相手の動きを拘束し、その拘束後に、相手の呼吸をも同調する事が出来る。
相手の肺の中の酸素量によっては、命の主導権すら奪える星。
急ぎ俺は目を逸らした。
無自覚にリアナの視線を拘束していた。
……今後、目線には慎重であらねばならない。
◇ ◇ ◇
少し崖上の川辺へたどり着く。
風の影響か、水面に星の光が揺れている。
逃げている最中にしては、場が妙に静かで美しかった。
リアナが隣に立つ。
その横顔に、思わず言葉が漏れる。
「……リアナの眼は本当に美しい。
誰にも縛られず、誰も縛らずに、ただ真っ直ぐ……俺を見てくれる」
本気で言った、本気で言ってしまった。
止めようがなかった。リアナが赤くなった。
照れた。尊い。
「……カイル……」
もうこのまま時間が止まってくれと思った、その時。
がぼ……。
嫌な予感と共に後ろへ振り向くと、自分達二人の立つ川辺の崖上の地面に大きなヒビ。
そのヒビは緩やかに、少しずつ大きさを増していく。
そしてある大きさへ至ると、今度は一気に口を広げるかのように地面が割れた。
「しまった! このままだと南にいってしまうああああ!!」
「カイル――! 南は下じゃ――きゃあああああ!!」
崖。落下。
視界が夜空に吸い込まれていく。
星の光が尾を引いて、流れていく。
隣にいる彼女が、落ちている最中なのに少し笑っているように見えた。
……いや、それは俺の願望だ。多分。
あとがき
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