◆第六章1『預かる、以上!』
※シルバー視点――マクガイア王城。
「預かる。以上!」
そう叫んだ時には、もう立ち上がっていた。
椅子を引く手間すら惜しい。この場の空気が重くなる前にとっとと立ち去る。
それが俺の作戦だった。
俺の言葉に会議室の空気がぴたりと止まる。
王が何か言いかけた気配があったが、聞こえない。
いや聞かない。俺は自由だ!
権威? 覇気? 重厚感? そんなもん知らねぇ。
銀月は迷わずただ静かに、月光を奏でつつ朝を迎えるのさ――と、思っていた。
そんな事を考えながら無心でナディアの姉御の横を通りすぎようとした、その時。
「落ち着きなさい小僧」
静かな声、真横から何かの衝撃。
俺の視界が横回転。
「ばいっ」
俺の口から阿呆な声が漏れる。
いけない、銀の美男子はそんな事言わない。
今のは足払い――いや違う。
完全に椅子に座ったままに横槍真っ直ぐ、姉御の直蹴り。
まさかこう来るとは。
フッ……頭を切り替えろシルバー。
俺がもしもヨルグならご褒美――いや無理だ。衝撃で何か肺が痛い。
「うぐぐ……勢いで誤魔化す作戦が……っ!」
そのままズルズルと壁に滑りながら床に沈む俺を、会議室の全員が無言で見ていた。
ラスティーナ王女も何か不安げにこっちを見ながら俺とルーシェを交互に見つめていた。
ただ意外なのがルーシェ。
こっちを見ず、ただ静かに自分の爪を磨きながら、何かラスティーナ王女の袖を掴んで話しかけている。
ははーん、さては。
『王女、貴女は右から押さえて頂戴、そしたらあたしは左側から止めを刺すわ。
なぁにほっときゃ治るわ、リアルに』とか言っているに違いない。
フッ……構わん。逃走経路はすでに確保済み(※窓)
そんな風景を意外そうに見つめる王。
姉御は俺へ視線を向けながら、表情を変えずに言う。
「――で、話の続きをどうぞ?」
「預かる」
「……で?」
「……以上だ」
何時もは我先にキーキー騒ぐ二匹の子猫ちゃんが今日に限って大人しいもんだから、仕方なく立ち上がろうとするナディアの姉御。
そんな風景を見据え、王がいよいよ声を出す。
「シルバー。先ず今回の面会の意図は言い換えるなら――」
重厚な声の響き、流石ダンディ。
俺は太ももと背中に汗をかきながら太ももの上に置いた手をぎゅっと握る。
そんな重苦しい空気の中、不意にドアがノックも無しに開かれた。
「はいはーい、お邪魔するね」
ミルカ・パントシア参上。
流石に王が居る会議室に普通に乗り込むあたり……きっと脳内の配線が迷路なんだろう。
しかしそんな急な来訪者に戸惑う王にナディアの姉御。
そんな空気を物ともせず、勝手に語り出し始めるミルカ。
「気にしないでよー。ね? エロいおばさんにヒゲおじさん。
この人の意図が判らなくもない訳じゃないでしょ? 本音は」
エロおば……んんっ!
――ちなみに過去、ナディアのお姉さんに。
『ねえねえ、ナディアさんて結婚しないの? 何で?
そんなにデカいのに、適齢期って奴じゃないの?』
と聞いた瞬間に窓の外に放り投げられた挙句、更にその窓から重厚な卓上テーブルを投げられた事があったな……。
フッ、ちなみにあの時の傷の再生時間、未だに破られていないぞ。
「どうせ、あれでしょ? 私の事見抜いたテイで。
『こいつには、本当の笑顔が無い!』とか『こいつを俺が笑わせてやるんだぜ……』とかってノリ?」
――というか想像以上に口が悪いな、この小娘。
だが浅い。こいつの闇は……浅すぎる。
その程度の考えでこの俺が、銀月が夜空を舞う訳が無い。
そう考えると俺はすっと立ち上がり、ミルカの前に立つ。
「……おっ? さては今度は。
『素直になりな、小悪魔ちゃん、俺の前では素直になるのが――』とか言っちゃう?
やめてよね、そんなん私言われたら、恥ずかしさのあまりゲボ吐いちゃーーーー!」
――ズボッ!
「――プギーーーーー!!!」
――ミルカがよく判らない事を言い終わる前に、俺は人差し指と中指をミルカの鼻の穴に突っ込んでいた。
そして、そのままリフトアップを行う。
豚の産声を思わせる、桃色の金切り声を上げるミルカ。
そんな俺の腕を避けようと、腕を掴み悶えるミルカ。
だが既に俺の指、第一関節ミルカの鼻、装着。
「ファッ! ふぁふぃふぃひゃがるぅ!」
「……フッ、調子に乗るなよピンキーポイズン」
「プギー!!」
暴れれば暴れるだけ食い込む仕様。
そんな異常事態に思考が止まっていたナディア。
しかし冷静になったのか俺を諫めようと声を荒げる。
「何をしているシルバー! お前本当にどうかしてるぞ!」
「どうかしている? ああそうさ俺はどうかしているね!
だがこいつは俺が引き取った、それは何故か、単純な話だ!」
「プギー! プギャー!」
じたばたと暴れながら俺の上半身を蹴り飛ばすミルカを意に介さず、俺は長い銀色の髪をかきあげ後方へ流す。
その髪は窓からの光を抱き、俺の髪の銀は一部虹を奏でる。
今の俺は、虹を描く銀色の天使の筈だ。
そんな銀色天使の、俺の口から出た言葉。
「このクソ小娘の股座をビシャビシャに小便だらけにしてやる為よぉ!
さっきから聞いてりゃ調子こきやがって!
パンツの予備でも用意をしてから出直してこいやー!
だったらこっちゃ、ピンキーポイズンのお漏らしで朝焼けに虹描いてやんよ!」
銀色の天使、黄金の虹を描くの巻。
まさに地獄の風景である。
すると背後から伸びやかな、声を耳にする。
「さてと、次の仕事あるのでお先に失礼します。
王女も行きましょう」
「……え、ええ? えええ?」
……ルーシェがこっちを見て軽くウインク。
何てこった……お見通しって事か。
これだから幼馴染って奴ははタチが悪い。
「まったく……そうだ王様。そろそろ何か渋い声でこの状況止めません?
これ、放置してたら引く光景が加速しますよ?」
「いや、もう既に儂はお前に引いておる」
そう来るか。
だけど仕方ないのよ、だって……あの、ほら、まあ……ぶっちゃけ。
あのさっきのゼノとかいう男と窓から飛び降りた後の風景。
『地面に寝転ぶ俺と窓辺に佇む桃色少女。
そんな二人、目が合った瞬間、始まったのは……恋じゃない』
「プギー! プップギー!」
『最弱』と『最低』の二人が送る、マーガの戦いなんだよなあ




