表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 二章 引かれ合う星
17/42

第二章3 『名乗らぬまま、言葉は重なる』

 ※シルバー視点――マクガイア王都裏路地

 裏路地の石段に腰を下ろすと、ようやく喧騒が遠のいた。

 王都の街中で起きたひったくり騒ぎは、無事――かどうかはともかく終わった。


 犯人は転倒して御用。

 被害品は無事。

 ルーシェはブチ切れ、プンスコ帰宅である。


 ただ街中で下半身ふんどしおっさんを縛り上げるという、俺の自尊心に関わる出来事。


 もう……アレだ、無かった事にしよう。


 早めに帰ってナディアさんの上半身のふくらみでも眺め、目を清めねば。

 そんな事を考えていると後方より、野太い声で声を掛けられる。


「フン、なんじゃ詫びする為に残ってたんかい」


 ふんどし男、再登場。

 一瞬で俺の目が汚れていく。もうおうち帰りたい。


「……いや、あれは俺じゃない。

 マクガイアの風が泣いていた、だから俺は悪くない」


「フン、してその泣き虫の風とやらは、おぬしのパンツだけは切らぬよう仕込まれておるのか?」


 更に渋い声。

 見ればふんどしを締め直し終えたばかりの髭面の大男は、俺から三段離れたところに腰を下ろしている。


 誰にも何も言われてないのに、当然のように座るその姿勢になぜか文句が出なかった。


「……え、もしかして、まだ怒ってるのか?」


「儂の感情が顔に出るように見えるか?」


「完全に『この場で投げ飛ばすか検討中』みたいな顔してるがな……」


「ならば笑っておる証拠よ」


「こええよ」



 ◇ ◇ ◇

 なぜか立ち去ろうとは思わなかった。

 話す必要はない。でも、なぜか会話は始まっていた。


「まったく……市民らは騒がしきものよ。盗人ひとりにあれほど慌ておって」


「そりゃまあ実際困るからな。財布なくしたら飯にもありつけないし。

 まあ俺も少し腹が減ってきたな」


「そこの通りの炭火焼きの魚、知っとるか?

 あれは、儂ら騎士団の糧食もかなわぬな」


「ああ、あの戦う味のやつな。

 表面パリ、中ふわ脂ジュワ……あれは兵器」


「ほう……なかなか語れるではないか」


 話題が、星のことでも剣のことでもない。

 ただの食い物の話。どうでもいい日常。だけど、それが妙に心地よかった。

 不意にこのふんどし男が俺に問いかける。


「そなたは妙に言葉の間合いが抜けておる。齢いくつじゃ?」


「十六」


「儂も、十六」


「お子さんが?」


「抜かせど阿呆。同い年じゃ」


 沈黙が落ちた。でも不思議と気まずくはならない。

 騒がしさの裏で、まるでここだけ時間が止まっているような錯覚すらあった。



 ◇ ◇ ◇

「……ところでそなた、武器は何を使っておる?」


 急に問われ、俺は肩をすくめた。


「まあ、お前さんも絡まったあの銀糸だ。

 細くてすぐ絡まる、こっちの服もよく切るし」


 ちなみにラスティーナ王女のスカートの被害率は高く、最近は待女の子が控えのスカートを常に持ち歩くようになっている。


 まったく、ギグ・マーガの星にも困ったもんだ。


「扱いづらいのは儂の剣も同じよ。

 長いしでかいし、狭い裏路地じゃと壁に当たる」


「でも、抜けって言われたら抜くんだろ?」


「あたりまえじゃ。儂のは……まぁ斬るというより叩くほうが近いがの」


「鈍器の発想……」


「叩けば物事は進む。儂の経験則じゃ」


「それ文官にも言ってるのか?」


「……書状より先に拳を出したことも、なくはない」


 お互い、何かを守ってきた気配がある。

 でもその『何か』が何かまでは、たぶん互いに踏み込む気もなかった。


「……友達少なそうだな、お前さん」


「そなた、意外とえぐるな」


「いや、同類かと思ってな。俺もまあ……少ない方か」


「儂もあまりおらぬな。

 あれじゃ『ふんどし騎士』として今日から独立勢力じゃな」


「独立って、どこから切り離されたんだよ……」


 それでも何時の間にか二人笑っている。

 それは誰にも明かせない何かを、そっと火にくべるような時間だった。


 やがて、騎士団の使者が路地に現れる。


「おい、観察任務が再開されるらしい! 戻れ!」


「あーい、了解ですー」


 俺が立ち上がると、ふんどしの男もつられて立ち上がった。

 その動きは、まるで剣を抜く前の呼吸のように滑らかだった。


「さて、儂はこのまま足の向くまま行こうかの」


「お互い、どこかでまた転がってるかもな」


 俺は名前は名乗らず、そして向こうの名も聞かないまま。

 聞かなくてもこの言葉に出来ない、何か不思議な感覚を残したまま。

 少しだけ手を挙げて、俺は彼に背を向ける。


 すると、背中越しに一言だけ聞こえた。


「……銀糸ぎんし。次は儂のズボンよりも、敵に向けてくれ」


「検討しとくよ、剛剣ごうけん


 俺は背中越しに笑みを飛ばす。

 あいつの背中も、何故か少しだけ笑ってるように見えた。


 ……だけど、一応ズボンは履いた方が良いぞ、剛剣。



 ◇ ◇ ◇

 ※ディオン・バルザス視点――マクガイア王都裏路地


 妙な男であった。


 そんな事を考えながら一人王都の石畳を歩く。

 騒ぎは既に収束し、人波も戻りつつある。

 だが、儂の足はまっすぐに裏を目指していた。


 本当は名乗るべきであったのではないか。

 ハルメリオス騎士国所属、ディオン・バルザスだと。


 だが以前、ハルメリオスの城で星局の学者に聞いた一つの指示。


『マーガの星の民は、本名と星の名を決して他国の者に言ってはならぬ』


 どういう意味かは知らぬが……それが何かに引っかかっておったのやもな。

 さきほどの名乗らぬ……銀糸を使う男。


 糸を操り、空気を読む間合い。

 そして細身の割に鍛え上げられた体幹。

 そして……全身より溢れ出る、不思議な戦の気配。


「間合いの感覚……そして、軽口と沈黙の呼吸。あれは――」


 足が、止まった。


「……まさかな」


 首を少しだけ振る。


 そうであっては困るという意味ではない。

 そうであっても別段、構わぬ。


 儂は自分に言い聞かせる様に息を吐く。

 儂のマーガの星は沈黙したまま。


 だが儂の背にあるそれは、ほんのわずかに熱を帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ