第二章2 『この外出は、あくまで観察任務である』
※シルバー視点――マクガイア王都
あの夜の森の出来事から二日。
マクガイア王都の空気は、いつもより甘かった。
というか周囲を漂う、やたら攻撃的な飯の匂いが鼻を突く。
パンの香ばしい香り、肉を焼く脂の匂い、果物の酸味に、香草の風。
そんな街中を、俺はルーシェと二人で歩いている。
「……なあ、ルーシェ。
これ、デートって言ってもいいんじゃね?」
「言ったら殴るわよ?」
「フッ……皆の人気者、人呼んで『マクガイアの銀を纏う城壁』
そんな俺とのデートに対し、そんな事を言うとはな」
「はいはい、さっさと行くわよ。人呼んで『日刊二つ名』さん」
そんな冗談と悪態を交えつつ、二人街路を歩きながら、俺はルーシェの斜め後ろに位置を保つ。
彼女はまっすぐ前を見て、俺のカッコいいポーズを一切見ようとしない。
でも何故か、ルーシェの口元だけはちょっと緩んでいた。
◇ ◇ ◇
今日は城の外に出られる貴重な公式任務の日。
訓練の成果観察、治安の確認、市場価格の実地調査――名目はいくつもある。
でも本質は一つ。ルーシェと二人で外を歩ける奇跡の時間。
雑貨屋を巡り、書店に立ち寄りつつ、ついでに露店で蜜漬け果実をつまむ。
ささいな行動すら舞台の一幕に見えてしまうくらいに、今の俺はいい気分だった。
「ルーシェさんや……ああいう露店で値切りすぎなんだよ」
「市場調査中でしょ? 地元価格の把握は基本よ」
「わかるけどさ……あのオヤジ泣いてたぞ?」
「見極めが甘かったのね。次は笑わせる交渉に切り替えるわ」
「……多分笑うのはお前さんだけの気がするが」
広場の真ん中では大道芸人の火吹きが始まり、子供たちが歓声を上げている。
商人の声と街路の音が交差し、どこか祝祭の気配すら感じさせる王都の午後。
「……そういえばこういう人が多い所を二人で歩くなんて初めてね。
子供の頃のあの村は……よく言えば素朴、悪く言えば何も無い村だもの」
「まあな……確かに何にも無い村だったなあ。
そして王都に来たとて、いつもは役所と訓練場の往復だもんな、ルーシェ」
「うん。あと書庫と実験棟と寮の三択。無限ループ」
「そう聞くとこっちの方が軍事任務に見えてくるな」
「そっちの解釈で報告書書く気?」
「空腹という名の……呪いを解くために……俺は天より舞い降りし……
えっと、何て書くかな」
「……うん、まあ、いつもの調子ね。安心した」
それだけ言って、ルーシェは紙袋を軽く持ち直す。
特に笑うでもなく怒るでもなく。ただ昔から変わらない、二人の間合い。
「ルーシェ」
「なに?」
「……ありがとう」
「は?」
「いや、なんとなく」
「……バカ」
そんな妙に甘ったるい空気が二人の間を流れた、その時。
「泥棒ーっ!!」
通りの向こうから、老婆らしき女性の叫び声が周囲に響きわたる。
そこから必死な表情のまま何かの袋を抱えた、一人の若い男が風のように走り抜けた。
「……っ!」
火がついたように気が付いたら俺の足は走り出している。
何故か? 正義? 断罪の刻? いいや違うな。
その方がカッコいいからさ!
「俺が行くッ!」
ルーシェの「は!?」が後ろから聞こえたが、もう振り返らない。
裏路地へ飛び込み角を回る。
そして背後から、不意にもう一つの足音を耳にする。
ドン、と石畳を揺らすような重量。
駆けながら横目で視線を向けると、そこにいたのは――
赤い外套、鋼鉄の鎧、雷のような髭。
肩幅は壁のごとく広く、腕は鉄柱、目は猛獣のように鋭い。
そんなどこから見ても、ごっついです。としか言いようがない、ごっつい騎士が何時の間にか泥棒を追う形で自然と二人、並走する形になる。
「む? なんじゃ随分と足の速い女子かと思えば、よく見ると髪の長い男ではないか。まあいいわ、儂に合わせろ」
「何だヒゲ男か、まあどうでもいいが……俺に合わせろ」
構えも掛け声もいらない。一瞬で理解する。
――互いに間違いなく、人の話を聞かない人種。
俺は銀糸を腰から引く。
周囲の配置より、頭の中で糸の走りは整い、それを乗せる風が舞い、そのまま光の糸が空間を走る。
ここは既に俺の領域――その存在を証明する一撃。
おっと――大切な事を忘れていた。
それは……銀糸を操る前の『口上』だ。
「舞えよ銀月の糸に――震えよ夜の帳に抱かれた光柱の瞬き――ガフウッッッッ!」
口上の最中、己の身に降りかかった無慈悲なる落刃の一撃。
つまり要約すると、喋ってる最中に舌を噛んだ。
その痛みの中、銀糸は躊躇なく裏切る。
狙いを大きく逸れて、隣のごっつい騎士の足へと鋭く巻き付きながら食い込んでいく。
「ん? な、何故に儂の足が縛られるのだ!?
止めるのはあちらであろうがーい!!」
おのれ、やってくれるぜギグ・マーガの星め……。
パシュッ!
俺と並走していた男の『ズボン』が何故か切り裂かれる。
「でっかいふんどし!?」
「ごっついふんどし!?」
あらゆる方向から、叫びが重なる。
世界が静止し、空気だけが震えていた。
「ぬおおおおっ! 止まら、止まらなッ! うごぉぉ!」
ドゴオッ!
その騎士は、巻き付いた俺の銀糸に身を取られて壁に激突し、動かなくなる。
一方その頃、ひったくり犯人はこちらの動きと関係なく石畳に転んでいた。
フッ……これも俺の星の恩恵か。
誰も追っていない。
誰も止めていない。
ただ、勝手に皆が転んだ。つまり俺はまた『何もしていない』
そう、これもきっと星の誘い……ギグ・マーガの星の赴くままに。
衛兵も騎士も、顔をそらして肩を震わせている。
最後に、野良猫が一匹――
あまりに完璧なタイミングで石塀の上を跳ねた。
沈む陽を背に、その猫の影がシルエットとなる。
そして――
「……シルバー、何この地獄絵図」
後追いのルーシェがこちらへ駆けて来て、周囲を見渡しこの第一声。
そんな彼女の目に映ったのは、ふんどし姿の男を銀糸で拘束しつつ、口から血を流しつつ蹲る俺。
あまりにやるせない光景だった。
俺は、夜空の銀月を探すため、天を見上げる。
……うん、普通に曇りだわ。
あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
いよいよ星が重なり始めます。
良かったらコメント、フォローしてくれたら、自分のズボンが爆ぜます。
※参考までに。
◇ ◇ ◇
◆ディオン・バルザス
年齢:16歳
身長:185cm
髪型:黒(老け顔+髭面)
瞳の色:黒
体型:筋肉質
星:ギ・ガ・マーガの星
備考:一見老け顔なため年齢詐称疑惑あり。




