第三部 序章6『喪失の剣』
※ディオン視点――ノバル・ハン国港
夜の港に、焼けつくような殺気が渦巻く。
その渦中、儂の目の前に飛び出してきたのは、銀髪の姉ちゃんだった。
両手を大きく広げ、剣士を庇おうと必死に立ちはだかっている。
ったく……銀髪ってやつぁ、どうしてこうもお人好し揃いなんじゃ。
「……もう決着ですわ!」
震える声で、それでも毅然と告げてくる。
細い腕、か細い背、それでも退かずに俺を見据えて――。
「貴方もこのような少年を斬るのは本意ではない筈ですわ!」
儂、この帝国の剣士と、確か同い年なんじゃがなぁ……。
真顔で言うもんだから、余計に困る。
いや待て、落ち着けディオン。これは悪意のある誤解ではなく、ただの思い込みじゃ。
……そう、きっとそうに違いない。
だが彼女は止まらない。さらに一歩前へ踏み出し、叫ぶように言った。
「きっと貴方にも、このくらいのお子さんが居るのでは!?」
……儂、この帝国の剣士と同い年なんじゃが!?
なんで儂だけ『子を持つ父親』扱いなんじゃ!
低く鼻を鳴らし、苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「ふん、最初から取って喰おうなどとは思っておらぬわ」
それは本当のことだ。俺の目的は、この少年剣士を『食う』ことではない。
――だが、返ってきた言葉はさらに斜め上だった。
「そんな! こんないたいけな少年を食うだなんて! このケダモノ!」
……いや、待て。
誰がそういう意味で『食う』などと言った?
「だからなんで銀髪の者は、人の話を真っ当に聞かん奴ばかりなのじゃぁぁぁ!」
とうとう頭を抱え、夜空に向かって吠えた。
港の潮風が儂の嘆きを、虚しく空へ攫っていく――。
◇ ◇ ◇
剣戟の余韻が地を震わせる中、儂は肩に担いだ大剣を背負い直した。
目の前の銀髪の姉ちゃんは、少年を庇いながら立ち尽くしている。
ふう、とひとつ息を吐き、口を開いた。
「……先に結論から言おう。
儂らはマーガの星を――云わば『保護』して世界を回っておる」
わざとゆっくり、言葉を区切って話す。
本来なら、その背後に控える少年剣士にこそ伝えるべき内容だが、今は彼女しか話を聞いてくれそうにない。
ちらと彼女の肩口を見る。裂けた布から血が滲んでいる。
命に別状は無さそうじゃが、それなりに傷は深い。
本来なら治療を急ぐべきなのに、それすら忘れたようにただひたすら少年を庇っている。
「まあ……帝国の者を前にして、亡命を促すような真似をするのもどうかとは思うがのう」
苦笑しながら背後を振り返る。
そこには縄で縛られた小さな影――幼い男の子と女の子。
髪や顔立ちからして、帝国の剣士の弟妹だろう。
「何なら、その幼子たちも儂らの元へ来るか? どうじゃ、小僧」
声を和らげて問いかける。
……ついさっきまで「同い年」と自分に言い聞かせておったのに、すっかり父親気分じゃな。まあ、よい。
そのとき、銀髪の姉ちゃんが大きく息を吐いた。
広げていた腕が、ゆっくりと下がっていく。
少しは信用してくれたのかのう。
「本当ですの!? 本当にそのようなことをなさっている団体が……!」
叫ぶような声で、彼女は一歩前へ踏み出してきた。
血に濡れた肩の痛みも忘れたように、その瞳は真っ直ぐで、疑うよりも信じようとする光を宿していた。
◇ ◇ ◇
「この子は……テオブルグのマーガの星。
ショーネ・マーガの星の民ですわ」
銀髪の姉ちゃんが、背後の小さな剣士へ視線を向けながら、静かに語る。
その声音には痛みを、それでも真実を伝えなければならないという決意が滲んでいた。
「この子の星は――『大切な者の死を目にする』ことで、その能力を爆発的に向上させる……マーガの戦いにおいて、帝国にとって都合のいい、悲しき星です」
まっすぐに俺を見据える彼女の瞳。
その奥に、少年を案じる深い憂いが宿っていた。
「反吐が出る星じゃな」
思わず低く吐き捨てた。
大切な者を犠牲にして力を得るなど、聞くだけで胃が軋む。
そんなものを利用しようとする帝国のやり口など、考えるだけで反吐が止まらん。
「ならば尚更、儂らと共に来るが――」
そう言いながら、俺は肩に担いでいた大剣をゆっくりと地へ下ろす。
鉄塊が地面を打つ乾いた音が、夜の港に響き渡る。
その瞬間だった。
びくん、と。
金属音に呼応するように、少年の身体が震えた。
その少年の瞳に映るのは、自分の前に守り立つ銀髪の女。
そして、異国から来た大剣の巨漢――儂。
次の瞬間。
少年の小さな手が、ためらいなく剣の柄を握りしめた。
動きは速く、迷いはない。
「っ――!」
銀髪の姉ちゃんの瞳が大きく揺れながら、儂の胸元へ飛び込んで来る。
何ら色気のある話じゃなし、ただあの今まで姉ちゃんの後ろで震えていただけの少年の剣が、彼女の背後より腹部を――貫いたのだ。
そしてその勢いのまま、少年の剣刃は銀髪の姉ちゃんを貫いたそのままに、儂の腹部へと深く突き刺さった。




