◆第二部 六章1『花は蝶を招くに心無く』
※バラッド視点――ノバル・ハン国隔離室
壁にそっと手を当てる。
夜の空気が揺れ、遠くで爆発音が響いた。
その振動が石壁を伝い、微かに床を震わせる。
爆発の規模、音の響き、振動の伝わり方――
この建物の形、広さ、そして廊下のつくりが、おおよそ頭の中で地図になっていく。
さらに、空気の流れや壁越しの物音から、カイルとリアナ、それぞれの隔離された場所もなんとなく察しがついた。
「ふむ、二人とも念入りにバラバラで管理されているな」
小さく呟いた瞬間、扉の向こうから足音と怒鳴り声。
「おい! 何をしている、大人しく部屋から動くな!」
仮面の女の鋭い声。
だが俺は、壁から手を離さず、ゆるく首をかしげて返す。
「そのまま火に巻かれて死ぬ可能性もあるが?」
仮面の向こうで、女が言葉を詰まらせる気配。
鼻をつく火薬の匂い。俺は鼻を近づけ、低く呟く。
「……この火薬の質、匂いからしてテオブルグだな?」
扉の向こう、仮面の女が慌てたように声を上げる。
「きっ、貴様等がまさか招き入れたのか!」
肩をすくめて首を振る。
「そんな御大層な身分じゃない。ただの目の見えぬ従者だ」
俺の返事に、仮面の女は何も返せない。
だがテオブルグ帝国が、ここまで極端な動きを見せるとは思わなかった。
私、カイル、リアナの三人。足取りがすでに読まれていたのか。
それにしても……あまりにも急すぎる。
先ず私の星は攻めに転じる、若しくは準備も無しにこの状況を好転させるには不向き。
『奥の手』も無いわけではないが、状況を一気に好転させる力には欠ける。
ふと気づけば、仮面の女はすでに姿を消していた。
呼ばれたのか、それとも混乱に紛れて逃げたのか。
壁に手を当てながら、俺は静かに呟く。
「カギは……カイルか」
◇ ◇ ◇
※カイル視点――ノバル・ハン国隔離室
「リアナー! おい、誰かこの扉を開けろ!」
俺は思いきりドアを蹴り上げる。
向こうから響く振動が、じわじわ近づいてくる気がする。
嫌な予感が胸を圧迫する。
リアナは無事か?
彼女の声は聞こえない。何度も扉を叩くが、返事もない。
「何かの拍子で火の手が上がったら、ここでお陀仏じゃないか……!」
汗がじわりと滲む。
テオブルグ帝国――もしや、求めるのは、俺たち三人の星なのか?
独り言のように呟いた瞬間、扉の小さな物見窓がカタンと開いた。
あの豪華な仮面の女が中をのぞき込み、声を張る。
「貴様は何か今回の件、知っているのか!? 星とは一体どういう事だ!」
俺は食い気味に叫び返した。
「……ここを開けろ! リアナは無事なのか!」
「こちらの質問に答えろ! テオブルグがこのようなことをいきなり行うのは、貴様らが原因か!」
仮面の女の声が鋭く響く。
俺は一瞬、言葉を失った。自分たちはマーガの星を持つ三人で、ここまで逃げてきた――だが、どこまで本当のことを話していいものか。
扉越しの沈黙が重くなる。
「……もしや、貴様。『マーガの星の民』じゃないだろうな」
不意に零される、仮面の女の言葉に、俺は息を呑んだ。
図星を突かれ、思わず顔が固まる。
「なっ――」
「その表情、当たりだな。つまり貴様を追ってテオブルグは攻め入った訳か。
星同士は引かれ合う。この言葉を根拠にな」
俺は何も返せない。
「クソッ、やはり不条理を招く星だ……」
低く呟く仮面の女。その気配に、俺も思わず問い返した。
「随分と詳しいんだな、このマーガの星の戦いについて」
扉の向こう、女の声音が硬く震える。
「私の兄も『マーガの星の民』だったからな!
後に国外追放となったが、それでもあの兄のせいで私達一族は、不幸の星の血だという印象に随分苦しめられたものだ!」
そうか、道理で詳しい筈だ。
だが国外追放という事は、今時点でこの国に、マーガの星の持ち主は不在。
つまり、テオブルグの攻め込む道理というのは、ますます俺達三人という推測に信憑性が出て来るな。
「そうか……まあ、不条理の星であり、不幸を呼ぶというのは否定しない」
自分で言いながら、苦いものが喉を刺す。
この力が、俺だけじゃなく多くの人間に厄災を振りまいてきたのは否定できない。
扉の向こうで仮面の女が鼻を鳴らした。
「……フン、貴様とここでお喋りしている時間は無い」
声の奥に、苛立ちや迷いが混ざっている。外の廊下では叫びや足音が響き続け、空気はますますきな臭くなっていく。
俺は小さく息をつき、態度を変えずに声を投げかける。
「そこの……そういえば名前を知らないな。
まあそれはどうでも良い、どうだ仮面の女。一つ取引ってのは」
扉の小さな窓越し、女の目が一瞬鋭く光る。
「黙れ。言ったはずだ、お喋りしている時間は無いと」
ぴしゃりと言い切る声。でも俺は引かない。
「この俺と共に残り二人をテオブルグに引き渡せ。
そうすれば、向こうは『星同士の引かれ合いによる侵攻』などという理屈は、最早通じないはずだが?」
静かに、そしてはっきりと言い切る。沈黙が落ちる。
仮面の女は何も返さない。扉の向こうで、わずかに息を飲む音がした気がする。
外ではまた誰かの叫びと衝撃音が重なり、建物の奥まで揺れが響く。
だが俺はここで何もしないまま、運命に流されるつもりはない。
取引を持ちかけたこの一瞬に、かすかな希望が混じる。
混乱と緊張に包まれた静寂が、隔離室を支配した。




