第二部 五章6『開戦の轟音』
※カイル視点――ノバル・ハン国
陽が完全に落ちて、隔離室の中はまるで箱の底みたいに息苦しい。
俺は硬い寝台の上に腰掛け、手持ち無沙汰なまま壁をぼんやり見つめていた。
リアナにバラッドは無事だろうか。
これまでの取り調べの中で特に事前に決めた設定から矛盾した所は、こちら側では無いはずだが。
「……まさか、リアナは娘を多めに欲しがっている可能性があるな」
そんなことばかり考えている。
たまに廊下を行き来する足音だけが、外の世界がまだ動いている証拠だった。
とりあえず捕らえられて、二回の朝を超えた、一応食事は律儀に二度、朝晩きちんと出されるが、それを運ぶのも取調べに来るのも女の役人ばかり。
男の姿は一度も見ない。
最初は「警戒されているのか?」と思った。
俺が何かやらかしそうな厄介な囚人だと疑われて、男どもは近づかないようにしているのかと。
いや、もしや男どもはリアナの美しさに見とれているのか?
その様な事を考えると、脳が一気に焼けるような心持になる。
でも違った。
むしろこの国ではそれが「普通」らしいと気づく。
今日も、飯時になれば安っぽいほうの仮面、仮定で例えるなら『一般兵』のランク用仮面を被った、女がいつもの調子でやってくる。
見えない表情のまま、淡々と食事の乗った盆を、静かに差し出す。
「……なあ、ちょっといいか」
食器を受け取りながら、思い切って訊いてみた。
「ここって、男の役人は誰もいないのか?」
女役人はきょとんとした顔で俺を見る。
「はい。うちの国の男は大体、家を守る主夫ですよ。
家事や子どもの世話、家の切り盛りが男の仕事です」
あまりに当然のように言うもんだから、俺の方が戸惑う。
「主夫……か。じゃあ外の仕事や兵士は?」
「女の役目です。昔からずっとそうです」
やけに自信ありげなその口ぶりに、突っ込みたい気持ちがどこかへ飛んだ。
本当に――世界は広い。
この瞬間、俺がどんな顔してたのか、自分でも分からなかった。
「でも、我々は鎖国政策を行っている以上、それだけだと血が濃くなりすぎますから。もしも密入国や遭難等で外から男が来た場合、出国前に『子種』をもらうのが伝統なんです」
役人が真顔で淡々と続ける。
言葉の意味を飲み込むまで、しばらく時間が必要だった。
「……それがあの子種発言という訳か」
俺の声が変に間抜けになった気がしたが、役人は気にしない。
「正式な儀式です。相手も台帳で管理しますし、子どもも記録されます」
一瞬、俺の頭の中で何かが止まった。
「外から来た男は『子種提供者』として台帳に載せられるんです。
国の未来を支える責任ある協力者です」
冗談みたいな本気の話だ。
ありがたがられているのか、厄介者扱いなのか、立場がよく分からない。
「……女が働き、男は家庭で家事。
それがこの国の伝統という事か?」
「はい。それが当たり前です。
子種提供の説明会もちゃんとありますし、手順も全て決まっていますから」
あんまりにも堂々と言われると、もう笑うしかなかった。
「そんなつもりでここに来たわけじゃないんだがな……」
そんな本音を、誰にも聞こえない様に言葉にする。
役人はきっちりメモを取りながら、視線はこちらを見ず淡々と言葉だけを残す。
「ご協力、期待しています」
そう言って、カチャリと扉を閉めていった。
目の前の世界が現実なのかどうか、だんだん分からなくなってきた。
◇ ◇ ◇
しばらく室内に一人の沈黙の時間が続いた。
壁の向こうから、わずかにざわついた声が漏れてくる。
最初は、誰かが走る音だけだった。
やがて、怒鳴り声、戸惑いを含んだ叫び、廊下を忙しなく駆ける靴音。
部屋の外で何かが始まっているのが、手に取るように分かる。
しばらくして、例の豪華版仮面の女が不意に、俺の隔離室の扉の小窓を開く。
「ここから絶対に出ないで」
今までの淡々とした口調じゃなかった。
どこか焦りのにじむ、切迫した声。
俺が返事をする前に、豪華版仮面女はすぐ小窓を閉じ、廊下へ駆けて消えた。
嫌な予感が胸に残る。
扉の向こう、窓もない部屋に取り残されて、俺はただ耳を澄ますしかない。
外の騒ぎがどんどん大きくなっていく。
ざわめき、怒号、女たちの叫び――
そして廊下の方角から、ついに聞こえる、知った言葉。
「確認出来ました! テオブルグ帝国の船です!」
誰かの絶叫が、隔離室の奥まで届く。
全身が一気に冷える。
間をおかず、外でドンと重い爆発音。
床が小さく震え、夜の静寂が一瞬にして砕け散る。
心臓の奥が強く脈打った。
何かが――確実に始まっていた。




