第二部 五章4『取り調べ室ワンツースリー』
※カイル視点――ノバル・ハン国、港湾軍事部取り調べ室1。
薄暗い小部屋にて、中央の木製机を挟んで俺、騎士カイン(偽名)とあの少し豪華な仮面の女と二人きり。
「……子種?」
思わず口に出してみたが、やっぱり意味が分からない。
取り調べ室らしき、この場所に於いて、あの船上でこの言葉を零した、少し豪華な仮面の女は、まるで何事もなかったかのように書類をめくり続ける。
「とりあえず貴様らの船を今検分中だ。貴様はエルストラン王国の騎士で、奥方はリヴェローナの辺境貴族の娘か。そしてあの赤毛の図体のデカい従者は、また別のあの部族出身とは……随分と国際交流盛んだな」
すらすらと言い放つ。
まず現状、俺達三人は各自別々の部屋で取り調べを受けている最中。
つまり各自を調べ『設定』の不具合が無いかの確認しているのだろう。
だがやはり、気になるのはそこじゃない。
「……子種とは何だ?」
俺は先程より少し大きい声で、その仮面の女に問いかける。
仮面の女は一瞬だけ紙をめくる手を止めた、が何事もなかったかのように、引き続き紙をめくる。
「しかし、貴様の国と、奥方の国は国際結婚が多いのか?」
聞こえなかったのか? その仮面が聴力に何か障害になってないかと思い、俺は再度少しだけ声を張る。
「子種とは、どういう事だ?」
これなら、流石に聞こえたのではないか?
「……先ずはこちらの質問に答えろ!」
微妙に声が裏返っている。何だ聞こえてない訳ではないのか。
「そもそも『子種』って、そういう意味で合ってるのか?
しかし……俺は妻と三男六女を目指しているのだが……その前に他者と子作りとは、流石に」
まあ、リアナ以外と子を成す事など、ありえないのだがな。
「……ああ、判った。貴様は人の話を聞かない部類だな」
◇ ◇ ◇
※リアナ視点――ノバル・ハン国、港湾軍事部取り調べ室2。
石壁の取り調べ室は、静かな冷気に包まれていた。
机越しに向き合う、ノバル・ハン国の仮面の女性は、こちらをまったく崩れない口調で見下ろしてくる。
「……ふむ、リヴェローナという国か。地図ではどの辺だ?」
差し出された古い地図に、私は指を伸ばす。
「あ、ここです……」
国境沿い、見慣れた川と森の近くを、ためらいがちに指し示す。
仮面の女性はじっと私の動きを見ていた。
「あの男とは他国のはずだ、そもそもどうして出会い、その果てに駆け落ちなどと?」
問われて設定を思い出す。エルストランとリヴェローナは昔から交流があり、カイン――カイルが生まれ育った村は国境近く。関門の行き来で何度か顔を合わせたのが最初、ということになっている。
「カインの村が国境に近かったので……昔から関門国境で会ったり、国の交流も多くて」
少しだけ緊張しながら答えると、仮面の女性は何も言わずに書類へ視線を落とす。
「ふむ、ここはあとであの男の言葉と整合性を計る」
まるで小さく宣言するように、それだけを告げる。
仮面の下の目が、どこか冷たい。部屋の空気が、また一段と重くなる。
けれど、私は今の整合性や設定が狂ったりしないかの心配よりも……むしろ、さっきの船上で、あの少し毛色の違う仮面の女の人の零した『子種』という言葉が頭をぐるぐる巡っていた。
耳にしたその単語の意味が、未だに気になって仕方ない。
きっと変な意味ではないと思いたいけど、この国の空気のせいか、妙に不安になる。
しかも『整合性』と言われると、バラッドはともかく、カイルは絶対に何かとんでもないことを言っている気がしてならない。
あの人が余計なことを口走っていませんように――
「……ご協力ありがとう」
仮面の女性が書類に何かを書きつけている。私は手のひらをじっと見つめて、次の質問が来るのをただ静かに待った。
◇ ◇ ◇
※バラッド視点――ノバル・ハン国、港湾軍事部取り調べ室3。
静かな部屋。仄暗い石壁と、しめった空気。
机の上には古びた書類とランプ。こうした場面も想定内、三人の役回りや過去の設定は事前に念入りに詰めた。はずなのだが――
子種、か。
……あれは間違いなくカイルのせいだ。
あの言葉一つで、間違いなくカイルの方は設定の整合性どころでは無くなっているだろうな。
まあ訳の分からぬ言葉で、その場をかき乱しつつ、リアナ嬢への愛を囁くのは、あいつの特技と言えば特技か。やれやれ。
目の前の仮面の人物が、俺の表情を探るように一度だけ資料から顔を上げる。
「さて、君があの二人に仕える経緯についてだが」
質問の内容は想定済みだ。俺は静かに頷く。
「ああ、私は当時灯台守をしていた。そこへ駆け落ちとして逃げて来たのが、カインとリアンだ」
仮面が淡々とメモを取る。
「そこであの二人は何とか生活を始めて、ようやく落ち着いてきたところに、リアンの家の使いが追って来てな、また逃亡生活を始めようとしたらしい」
事実と設定、どちらにも齟齬はない。ここまでは完璧だ。
「その最中、私のほうは村長から灯台を畳む話をされ途方にくれていた。
そんな私に同情し、二人がついでに引き連れて逃げてくれた――それが経緯だ」
沈黙。仮面の人物が手を止め、少しだけ体を乗り出してきた。
「……貴様は子種の話を問わないのだな」
『貴様は』という物言いから、間違いなくカイルのほうの取り調べで何かあったな。まあ妙な方向から矢が飛んできたが、俺は淡々と返す。
「私には用はないだろう、こんなではな」
自分の目に指を向け、少し皮肉を混ぜて言えば、仮面の奥で気配が緩む。
「フッ、そうだな。妙な期待を抱かぬのは実に利口だ。
まあ、あの金髪は……かなりの人気者になりそうだがな」
鼻で笑われた。
「どうかな。あの男をあまり舐めない方が良いかもしれぬぞ」
俺がそう言うと、仮面はほんの僅かだけ息を吐いた気がした。
――しかし、今ごろカイルは、また何か騒ぎを起こしているに違いない。そう確信する理由は、あいつの性格をリアナ嬢程ではないが、ある程度知っているからだ。
まったく、油断ならぬ男だ。




