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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 五章 ノバル・ハン国
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第二部 五章3『仮面のノバル・ハン国』

 ※カイル視点――ノバル・ハン国、日中


 遭難船を全力でアピールするため、俺は甲板で救難旗をこれでもかと振り回す。

 バラッドとリアナも手分けして、それぞれ壊れかけの布や板切れを使い、なんとか『助けてください感』を演出していた。


 そのとき、見えてきた陸地――ノバル・ハン国。


「よし、ついに終点だ。こっちの設定も絶対に忘れ――」


 そんなことを思った矢先。ビュッという鋭い風切り音。

 甲板に何かが突き刺さる。黒い羽根の矢が、バラッドの足元に突き立った。


「か、会話が無いぃぃ!」


 リアナが半泣きで甲板に伏せるのを横目で見ながら、俺はリアナを守るべく、腰を落としリアナへ寄り添いつつも、バラッドへ大声を張る。


「おいバラッド! 呑気に観察してないで下がれ!」


 しかしバラッドは飄々《ひょうひょう》とした顔で、矢を指先でつまむ。


「ノバル・ハン国の引き籠り気質も、ここまで来ると中々に興味深い」


 余裕ありすぎだろう。いや見えないからか?

 何時の間にか小舟が四方から取り囲むように並走され、かぎ爪ロープが次々と船べりに、金属音を奏でながら、次々と引っかけられていく。


「なんだこの徹底ぶり……」


 ガチャガチャと音を立てて、俺たちの船は一瞬にして完全に包囲される。

 すぐさま仮面と軽鎧をまとった兵士たちが、躊躇なく甲板へよじ登ってきた。


 リアナはしゃがんだまま、冷静に状況を見ながら俺に問いかける。


「ねえ、普通、遭難者なら取り調べや保護が先なんじゃないの……?」


「どうやらこいつらの流儀は違うらしいな」


 バラッドが頷き、俺も同意してやる。だが敵地で舐められる気は無い。

 俺は船の中央に立ち構え、どこから来ようと迎え撃つ覚悟を決める。


 そんな俺の正面に一人の仮面兵が前に出て、声を荒げる。


「動くな密入国者め!」


 既に密入国者設定か……そもそも密入国する価値のある国かと問われたら首を傾げる国なのだが堂々としてやがる。だが俺だって、簡単に膝はつかない。


「そっちの歓迎ぶりも大概だな。

 遭難船だぞ、少しは話くらい聞いてもらえないのか!」


 リアナがぽつりと続ける。


「せめて観光客とまでは言わないけど、遭難者へのテンションで迎えてほしい……」


 バラッドは相変わらず感心した様子。


「これはこれで一興だ」


 その横で、俺は旗を片手にもう一度、周囲を睨み返す。


 ――上等だ。

 俺たちの上陸。派手に始めてやる。


 甲板の上、仮面と鎧に包まれた兵士たちが周囲を取り囲む。

 弓の弦がぴん、と張り詰め、引き絞られる乾いた音を立てる。


 そんな中、バラッドは、周囲にあえて聞こえる様に俺へ語り掛ける


「……『カイン』今、争うべきではない。この状況では分が悪い

 それに『妻のリアン』の身を慮れ」


 そう話すバラッドの声、妙な重みを携えるだけではなく、あえて周囲へ静かに俺達の設定の伏線を張り巡らせる。

 足音や影の数、矢の備え。敵を前にした時の距離感。

 バラッドは何も見えなくても、そういう空気を計るのが異様にうまい。


 その言葉を受けて、俺は剣を腰に戻し、敵のほうへ投げ、そのまま素直に両手を上げる。横を見ると、リアナが足元で縮こまっている、可愛い。


「……確かに、そうか」


 と静かに呟いてから、できるだけ堂々と両手を上げる。


「我が妻リアンよ。ここは一度立ち上がり、反抗の意思がないことを共に示そう。

 ああ美しき我が妻リアンよ。済まない、これが初の夫婦の共同作業になるとは」


 とりあえず二回言ってみた。大事な場面ほど、妻アピールは重要だからな。



 ◇ ◇ ◇


 冷静にノバル・ハン国の面々を見渡すと、先ず一つの共通点。

 それは全員が仮面を被っているという事。

 仮面の種類は……個人個人ではないな、恐らく役職か役割で仮面の種類を分けている。


 そしてもう一つ、全員の仕草や足の運び、声の高さ。

 ――間違いなく全員、女。



 そんな事を考えていた所、集団の中から一人が前に出てくる。

 鎧の毛色が、他と違う……そして仮面の装飾も他よりも若干、豪華。

 つまりこの一団の責任者と考えるべきか。そんな何か違和感を残す兵が前に出る。


「貴様らは何者だ? どこの国の間者だ?」


 疑いと緊張が混じった声。けれど、問いかけは真っ当だ。

 だがせめて、それを確認してから矢を射てほしいものだがな、と、心の中でそんな事を毒づいている俺の横で、バラッドがすぐに口を開く。


「私は『従者のバラン』。こちらの二人は駆け落ち中だ。だが急ぎの旅故、しかも旅慣れぬ三人で、更に物資も尽きかけてここへ流れ着いた。何かしらこの国に意図があってきたわけではない」


 的確な言葉、抑揚は控えめだが、どこか安心感を生む。

 さすがバラッド。あの風体から出る妙な説得力と納得力はなかなかのものだ。

 ならば俺は、この流れを後押ししなければならない。


「ああ、何か意図があってここへ来たのではない。見てくれ、この美しい妻リアナを。この妻の美しさなら、駆け落ちしたくなる気持ちも分かるだろう?」


 胸を張って言い切った瞬間、不意に尻から鋭い痛み。

 リアナに思い切り尻を抓られた。何故だ。

 ちらりと横を見ると、彼女がそっと睨みをきかせ、更にバラッドは何故か眉間に手をあてため息を零していた。


 ……まあ、そういう夫婦の芝居も大事だろう。


 甲板の緊張感の中で、弓の弦が少しだけ緩んだように見えた。



 ◇ ◇ ◇


 あの責任者と思われる、仮面の女が俺を品定めするようにじっと見てくる。

 無言のまま、何度も頭からつま先まで視線が往復する。甲板の上に立ち尽くす俺とリアナ、そしてバラッド。妙な沈黙が、じわじわと全身に染み込んでくる。


「ふむ、駆け落ちの果ての遭難か。確かに随分とみすぼらしい……が」


 彼女が短く言い切ったあと、別の仮面兵がすっと寄ってきてバラッドの腰巻や荷物を軽く調べ始める。道具や武器に手をかけ、何かを確認している様子。


「こちらの者はどうやら目が見えぬようです」


 その言葉が発せられると、仮面の女がまた俺に視線を戻す。


「そうか。そういう従者を連れるとは、随分と信頼しているのだな」


 少し驚いたような、どこか感心したような声色。

 確かに……会ってからまだ日も浅いが、バラッドはこの短期間で俺たちをずいぶん支えてくれていた。物怖じしない言動も、見えていないはずなのに周囲への気配りも、不思議と頼もしい。


「そうだな。家族のようなものだ」


 自然と、そんな言葉が口から出た。

 その言葉を聞いたバラッドの口の縁が少し上がり、仮面の女も同じ様に唇の端を上げる。


「フッ……まあ良い。

 一度本国にて身柄を拘束する! 三人共ついて来い!」


 そう言い切ると、兵士たちが一斉にこちらへ向けて身構えた。余計な反抗をすれば、矢を差し向ける為に。

 リアナの手がそっと俺の袖を握る。その細い力を確かめて、俺はわずかに頷いた。


 今は従うしかない。だが、俺たちの物語はここで終わるつもりはない。


「まあ……どこかの間者等ではなく、ただの遭難民ならば、そこの男から子種を頂き、そのまま沖へ帰してやる」


 そんな言葉を仮面の女性は静かに呟く。

 そうか、まあ無事ならば良い、ついでに水だけでも少しでも分けて貰えれば――






 ――ん? 子種?

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