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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 四章 旅立ちの三人
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第二部 四章5『帝国の科学力』

 ※カイル視点――テオブルグ民間港付近、安宿にて


 港の喧騒を抜けた先、やや湿り気のある風が頬をかすめた。

 すぐ後ろでは、外套の前を留め直しているバラッドが、白いシーツを無造作に頭に巻きつけている。


 どう見ても目立っているのだが、バラッドいわく。

 『そのままのドレッド姿の方が、もっと目立つ』とのこと。

 その姿のまま通りを歩けば、どこからどう見ても異国の怪しい旅人にしか見えない気がするのだが、本人は少しも気にしていないようだ。


 宿の一階で手続きを終え、室内に入ったリアナの顔色はずっと冴えないまま。

 そんな彼女の口から、一つの言葉がこぼれ落ちる。


「……お、お金がぁぁ」


 そう呟いたのは、港使用料と寄港許可にかかった『予想外の出費』のせい。

 事前予約もなかったせいで、三日間の停泊料は思った以上の額だった。

 コインを数え直すリアナの指が、紙袋の取っ手を無意識に握りしめている。


「ふむ。貴族の娘設定の破綻の源が、まさか手元の路銀の危うさからとは」


 バラッドが呟いたが、リアナの耳には何も入らない。

 自然と、机を囲む形で簡単な『これからの相談会』が開かれる。


 薄いベッドが三つ、壁の近くに押し込められており、中央にはちょっとした丸机。

 宿の窓を細く開ければ、遠くから港の鐘の音と、人々の笑い声がほのかに流れてくる。


 バラッドは一番奥の椅子に座り、リアナは溜息混じりに地図を丸机に広げた。


「……買い物は早めに済ませて、出来るなら明日にでも出た方が良いと思います」


 即ち、三日間の猶予を待たず、買い物を即時済ませ、停泊料を少しでも削減したい考えだろう。

 紙の地図の端を指でなぞるリアナの仕草が、やけに慎重に見える。可愛い。


「ふむ。だが、やはり路銀には若干の不安がある」


 俺が答えると、リアナが目線だけこちらを向く。


「三日の猶予があるのだし、少しだけでも日雇いに勤しむというのも、悪くない選択ではないか?」


「カイル、それ体力勝負なやつでしょう……? それに多分、一日の日雇いと停泊料じゃ、その」


「……24時間働けば。まあ、主に荷役か木箱運びになるとは思うが」


 リアナはうっすらと目を伏せ、そして苦笑した。

 彼女の前髪が少し揺れて、その奥の目がほんの少し和らぐのが見えた。

 そういう顔も悪くない。だが、それは心にしまっておく。


「……もしも仮にだが三日間、ここに滞在するのならば」


 それまで黙っていたバラッドが、ふっと小さく息を吐く。


「私は、少しだけ街の情報を集めさせてもらいたい」


「情報……?」


「本来この港は、帝国の中でも幾つかの物流が集中する中継地にあたる。

 物の流れが集まる場所には、人の噂も集まるものだ」


 バラッドの声は静かだったが、宿の窓の外に広がる都市の空気と、なぜか妙に馴染んでいる。


 とりあえず今は、彼の言う『情報』が何を指すのか、詳しくは聞かない。

 けれど、たぶん――彼の『あの目的』が、少しずつ顔を覗かせ始めている気がした。


「何か、手伝える事はあるか?」


 そうバラッドへ問いただす。


「……いや、君はこの宿で大人しくしておいたほうが良い。

 というか出るな、出たら間違いなく迷子だ」



 そのバラッドの心無い言葉に、俺も外へ出て一人、情報収集を行う事を決断した。




 ◇ ◇ ◇

 テオブルグ民間港付近の商店街は、昼下がりでも賑やかだった。


 リアナは、いや田舎貴族の『リアン』は海旅に必要な備品、食糧を仕入れる為に、商店街へ。

 そしてバラッド……もとい従者の『バラン』はいつの間にか宿から姿を消していた。恐らくだが既に情報収集を行っているのだろう。


 そして『リアンと駆け落ちをした、騎士カイン』も同じく情報収集のために、港町を一人歩く。

 情報収集と云えば、酒場というのは古今東西、世界の共通認識。

 そんな訳で先ずは酒場を探すべく俺は一人の店主に声を掛ける。


「景気はどうだ、主」


「いらっしゃい、肉串は如何かな?」


 ふむ、いきなり営業とはな。やはり先ずは情報量として幾ばくかの投資は必須か。

 仕方なしに俺は肉串を一本買い、そのまま雑談へと入る。


「そういえば、俺はこの街は初めてなのだが、酒が飲める場所を教えてくれないか?」


「おお、そうかい。酒場ねぇ……ならば向こうのほうに安くて旨い店がある、表に看板も出ているから直ぐに判る筈だ。

 向こうの方へ行き、二つ目の角を曲がって、少ししたら鳥の模様の看板だから直ぐに判るぞ」


 両手に荷物を抱えたまま、顎で方向を示しつつ店主は酒場の場所を示す。


「成程、鳥のマークか……助かった、主。

 今度は俺の、世界一美しい妻も連れてここへ寄らせてもらおう」


 そして俺は、主の顎の示す方向へ向かう為、登れそうな屋根を探す。

 やはり科学力の進んだテオブルグ帝国。空の上に店を構える事が出来るとは……油断ならない。



「に、兄ちゃん! 俺の店の屋根によじ登ろうとするな!」


 ……顎は上空を向いていた筈なのだが。




 ◇ ◇ ◇


 あれから数人の人に声を掛けながら、俺は歩き続けた。


 というか……いい加減酒場が見えても良い頃なのではないか?

 気が付くと、周囲に人も少なくなっている、だが舗装ほそうの具合は完璧だ、つまり……一応人や荷車などの往来はあると考える。


「確か、主は鳥のマークを掲げているから直ぐに判ると……ふむ」


 そう呟きながらまた暫く歩いていると、かなり大きめな建物を目にする。

 実に仰々しい鳥のマークの旗、いやこれは……鷲だ、まあ同じ鳥か。

 そんな旗をはためかせた、建物の前にたどり着く。


 その門構えには……店内への案内役が本来、控えてそうな小屋。

 その周囲には木々がしげり、西日から影を作っている。

 随分と暗い雰囲気を作ってしまっているな、客商売としてはイメージが良くないのでは。

 しかし便所にでも行っているのか、無人の状態。

 ならば案内を待たず、そのまま中に入り、店員に話しかければ良いか。


「ふむ、しかし俺の中の酒場イメージとはだいぶ違う店構えだ。

 店名も掲げていないのだが……あの旗だけで酒場とは判りにくいな」


 もしや中にはかなりの客を受け入れる事が出来る設備があるのでは。

 そんな事を考えながら俺は、一人門構えを潜り抜け、建物へ入って行くのであった。



 ◇ ◇ ◇


 その時、その小屋に掲げられた一枚の看板にかかっていた木々の葉が風に靡き、静かに表情を変える。

 そこに掲げられた、施設の名前。


『テオブルグ帝国、軍港出張所』


 その看板に、西日があたり静かに熱を帯びていく。

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