第33話 ウクライナ全権代表
「大統領は?」
「ダンジョンで寝てもらった」
タイミングが悪かったか。まあ、3時回っているしな。
多分大統領は、ヒツジを抱き枕に夢の中だろう。比喩じゃないぞ。マイクロダンジョンの多くには、アニマルセラピーとばかりに動物がいる。ここ大統領執務室に現れたマイクロダンジョンにはヒツジがいて、よく添い寝したり抱き枕になったりしてくれる。俺もお世話になる事が多い。
俺、小沢健二はウクライナ大統領の補佐官をやっている。補佐官と言っても、頭や耳目よりも手足の方がメインだな。任所は外国人志願兵とダンジョンと言うのが暗黙の了解だが、任命書に任所の記載は無い。だから極始めの内こそ雑務の押し付けもあったが、今では最も忙しい補佐官の一人となっていて、今、そんな事をするヤツはいない。後は多言語通訳だ。
目の前の彼はアンドリュー、保健行政全般を受け持つ同僚だ。俺と違い文官で、省からの派遣だ。忙しい補佐官の一人だ。だが、大統領執務室を完全に空にするわけにはいかない。補佐官の誰かが詰めている。今日は彼が当番なのだ。
SASもいるが、純粋に大統領のボディガードの彼らに、電話番をさせるわけにはいかない。もしやったら、外交問題になる。
「寝には来ても、報告はメールで済まそうとするのに珍しいね。何かあった?」
「まあ、ダンジョンが出来ただけと言えばそれだけ何だが、これを見てくれ」
俺がダンジョンスマホで見せたのは、ここの地下シェルターに現れたダンジョンの画像だ。マイクロとスモールの間の大きさのダンジョンは見た事がないし、表札(神額)は『ウクライナ全権代表』だ。独断専行で突っ込むのははばかられた。
「やけに殊勝だね」
「おーい、俺は外国人だぞ。ウクライナ全権代表と言われれば尻込みもする」
「ああ、そう言う物か。どうする、大統領は後3時間弱は寝かしときたいんだが。と言うより、君も寝た方が良いよ。ひどい顔してる」
「そうだな、急ぎは大統領の決済待ちだな。俺も寝てこよう。大統領を起こすついでに俺も起こしてくれ」
「了解した。したが、もう少し寝た方が良いよ」
「ああ、俺もそうしたいが、このダンジョンは早く処理した方がいいと思うんだ。勘みたいな物だが」
「そうかい。ならもう少し寝かせてやろうとか言わずに起こすよ」
「そうしてくれ」
お休みの挨拶をして、ゴザと毛布を持ってダンジョンに這い入る。宿舎みたいな物が建っているが、このダンジョンには露が降りないし、この時期でも暖かい。俺は外で寝る方が好きだ。
宿舎の入口近くにスポンジ入りのゴザを敷くとよっこいせと横になる。すると、トコトコとヒツジが二頭やって来て、メエメエと顔を舐める。体の両側をポンポンすれば、ゴロンと添い寝してくれる。二頭にも毛布を掛けながら首まで毛布を上げる。ポカポカだ。
夜明けが近いが、2時間は寝られるだろう。
お休み。
「おはよう、ケンジ。良く眠れたかい」
「ああ、このコ達のおかげでぐっすりだ。ありがとうよ」
アンドリューとヒツジ達にお礼を言って、ヒツジ達に舐められながらワシャワシャすれば、ヒツジ達も満足気だ。それから行ってこいとポンポンすればメエメエ鳴きながら行ってしまった。ちょっと寂しい。
さあ起きねば。
毛布とゴザを畳んで立ち上がる。
「ヒツジもカワイイね」
「アンドリューはネコ派だったな。外のヒツジは凶暴でいたずら好きだ。近付く時は気をつけろよ」
「そうかい。ここのだけにしとくよ」
相づち打って歩き出そうとした時、大統領が宿舎から出て来た。SASとその訓練指揮下にある警護隊の面々を引き連れてだ。
一通り挨拶を交わすと早速本題に入る。
ダンジョンの画像を見せて、勘だが、早急に対応した方が良いと持論を述べる。
返答は、要するに、俺の勘は合理的な事が多いからもう少し説明しろ、と言う物。勘に屁理屈こねてるだけなんだが。
「ダンジョン発生当初より、誘拐被害者や戦災迷子の、ダンジョンを通じた再会が世界中で報告が上がっています。しかし、ウクライナではほとんど無く、一昨日深夜、事実上昨日から一斉に報告が入ります。私の着信を見る限り、一旦落ち着いたようです。では、戦災孤児はどうでしょうか」
大統領が真剣な眼差しで見つめて来る。
か~重い。傭兵に何求めてるんだ。
「ダンジョン発生は昨日午前8時頃、またダンジョンが出来たとしか思わず連絡しなかったとの事。私が司令部(シェルターに設置された総司令部)に出頭報告したのが、本日午前2時前。ダンジョンの異質性に気付いたのが2時半頃。表札(神額)を確認して報告に上がったわけです」
単刀直入に言え、か。気付くかと思ったが、気概やら何やらは『大統領』としての見識が凄いんだが、基本的な政治見識は低いままだ。ブレーンがいないと混乱するだろう。
「その前に何も補足が付いていないウクライナ全権代表とは、大統領の事です。戦災孤児達が大統領を父と喚んでるんです。勘、ですけどね」
直ぐに行こうとするのを押し止める。
「戦災孤児達の前に武装した男だけで押し掛けるつもりか!」
大統領夫人を筆頭に女達を動員する。
大統領も予定の変更を強いられる。
スマン、アンドリュー。多分、今日お前は寝れん。
『ウクライナ全権代表』ダンジョン前だ。
何だ彼んだ40人近い大所帯になった。
まずテスト。
俺じゃ入れないだろうと、実演。うん、入れない。自信あったけどちょっとドキドキした。見つけた時に試しておくべきだった。反省ー。まあ、済んだ事はいい。
大統領を先頭にダンジョンに入る。屈まなくもいいのはありがたい。
夕暮れ時の様なそこは芝生広場でターフが張ってある。
動物達が子供達に寄り添って寝ている。
その周りにも動物達がいて、子供達を守ってる感じだ。
それより気になったのは、子供達が残らず寝ている事だ。どうやったって眠れなかったり、眠りが浅かったりする子がいる物だが、誰もが熟睡している。
ちょっと拍子抜けだ。
絶対、子供達が抱き合ってピーピー泣いていると思っていた。
まあ、良い方に転んだ予測なら問題無い。
「お前達が守ってくれていたのか」
そう言って近くにいたカンガルーらしきヤツ(ワラビー)をワシャワシャする。
大統領達も動物達を撫で出した。
すると、大統領が撫でていたセントバーナードらしき犬が一吠えした。
一斉に添い寝していた動物達が起き出して、子供達をペロペロしたり、プニプニしたり、フミフミして起こし始めた。頭でグリグリやったりするのもいるが、尻尾でパタパタするのはどう何だ。
しかし、一体全体何種類いるんだ。テレビや図鑑でしか知らない種類がいる。まあ、全然詳しく無いが。
子供達が起き出すのに合わせて女達が前に出て来る。俺達ムサイ男共は後ろに下がる。
アンドリューはどこかと電話中。他にも何人かが盛んに連絡を取っている。
子供達はおおざっぱに百人前後。ロシアに後送されたと推定される子供達の数を考えると、純粋孤児としても、拍子抜けだ。
まあ、第一弾と言う事も考えられるか。
とにかく、落ち着かせて飯を食わせるのが先決だ。女達に期待しよう。
俺か? 顔にもハデな傷跡が残る外国人は、お呼びじゃないだろう。
子供達が落ち着くまで15分ほど。動物達がいなけりゃ3倍かけても無理だろうな。
これは多分、厨房が悲鳴を上げているな。早すぎだ。
大統領と夫人が話かけて、子供達は、何とか状況を理解したようだ。多くの子供達が泣き始めた。まあ、そうなるか。
またしても、動物達が力を発揮。
まあ何とか、ここにを出る事になった。
なぜか動物達も付いて来るんだが、全部じゃないみたいだ。だが、どうもその基準が分からない。例えば、子供に抱かれているチワワが嫌がって降りたかと思えば、後ろをトコトコ付いて来るチワワもいる。
動物が決めているのか?
世界中のダンジョンで、外に連れ出せた動物と出来なかった動物が報告されているが、動物が外に行きたいか行きたくないかなのか?
待て、マンモスの子供がどうやっても出られなくて、あきらめて下に降りて行った事例があったはずだ。
どう言う事だ?
やめよう。分からんものは分からん。
結局、子供達は女達に連れられて、24時間レストランに行くようだ。
元々あそこは、兵士達に何でも良いから食わすための店だが、ダンジョンが出来てから食材から調理するようになった。人も足り無くて女達をかなりの人数雇った。ダンジョンが出来て以来、停電が無くなったのが大きいが。
全員が外に出ると、『ウクライナ全権代表』ダンジョンは消えた。
予想通りだ。出来る時はそれなりに光ったりするが、消える時はにじんだと思ったらもう無い。神罰ダンジョンと同じだ。
俺達は大統領と朝食ミーティングをする事になった。主な議題は、昨日一日、長距離攻撃が無かった事だ。
おそらくは、ロシアの将軍達の心が折れたんだと思うが。大統領も、自分がダンジョンに食われるような形では命令が下せ無い。むしろ、良く今まで持ったものだと思う。
ああ、だから今なんだな。もう爆撃は無い。だから子供達が帰って来たのか。後は孤児達の数だ。乳幼児が圧倒的に少ないのも気になる。
いや、これはマイクロダンジョンの減少を意味しないか?
今はウクライナ全土にあるマイクロダンジョンが、大幅に減る可能性がある。
いや、それだとまた爆撃が始まってダンジョンの発生だ。不毛だな。
無いと思うが注意喚起と言った所か。
いかん、遅れた!
朝食ミーティングの場所は小会議室。ダンジョン発生を見守った所だ。会議の後、マイクロダンジョンに潜ってフルーツをかじるのが定番だ。たまに、気まぐれなネコが寄って来る。メイクーンだったか? バカデカいネコだ、一匹、自由に出入りしているんだよな。
朝食ミーティングは司令部からも到着した事で始まった。
まあ、俺が考える程度の事は、参謀達が考え無いはずが無い。
ボーとしてレーション(軍用保存食)食っているとネコがよじ登って来た。口元をペロペロして来るんでレーションをやろうとしたら止められた。ネコに人間の食べ物をやるなと叱られた。しょげて見せたらチューブ入りのおやつが飛んで来た。いなば食品のあれだ。
商品名を出さないのかって、商品名は出さない。社名は出す。そんな基準でやっているが、問題なら教えてくれ。
話がそれたな。
ネコにおやつをやりながらコーヒーを飲む。
会議室全体が和んだようだ。雑談的質問が来た。
『日本国全権代表』とは誰か。
ネコに気を取られて、知らんがなと言いそうになるが、ちゃんと考えてみる。
天皇陛下は国家元首として国際的には認識されているが、主権者では無い。あくまでも『象徴』だ。主権代表者としては弱い。主権者が選択するのは議員だ。その議員が総理大臣を選ぶ。議員を選ぶ時に、どこが勝てば誰が総理大臣になるかは分かっている。おそらく総理大臣だな。
そんな事を話していると、太平洋を我が物顔で浮上航行を続けるロシアの原潜が話題に登った。
俺は、コイツら大統領をハメようとしていると思う。
そんな事を話していると眠くなって来た。
コックリコックリやっていると、皆に『寝ろ』と言われた。
素直に従って寝る事にする。今日はニャンコに抱き枕になってもらおう。
ここの宿舎はカプセルホテルだ。シャワーもある。
会議室の隅に積んだ段ボール箱から着替えを取り出して、ダンジョンに潜る。おお、付い来るのか。それじゃあ、君が今日の抱き枕だ。
お休みの挨拶だ。
「みんなお休み~」
「「「「「いいから寝レ!」」」」」
お休みなさい。
そろそろ孤児問題書かんとなと、ページ開いて唸っていたら、ゼレンスキー大統領がヒツジ抱いてる幻像が浮かびまして、コンナンできました。
極小ダンジョンがどれ位出来たかは、今ウクライナ国旗を創ったら、黄色じゃなくオレンジになります。
ジリジリとストックがなくなって行く…




