第18話 再生への足掛かり
「会社ぁ?」
夕暮れ。AFTの面々はいつものカフェに集まっていた。
「オレたちで? 無理無理〜そんなタマじゃねぇって」
「そんなこと言うなよローレル、やってみないと分からないだろ」
「だってよ〜…オレたちまともに学校も出てねェ学ナシだしよ、ソニアたちは学生だし……無理だって」
机に突っ伏して言うローレル。ヴァージルも隣で少し考えながら同意を示す。
「そんなことないよ! 学生企業だって世の中色々あるんだから」
ソニアがそう言う。ルーシーはうーんと考えながら口を開く。
「あたし、小さい頃から経営学はやってるけど……やっぱり会社経営ってなかなか上手く行かないわよ。収益だってちゃんと出さないといけないし。……どうやって出すつもり?」
「それは……」
答えられないアントニオ。思い付きで言ってみたものの、具体的なことは何も分からなかった。
壁際に立っていたローエンが、はぁ、とため息を吐いてアントニオのいるテーブルに手をついた。
「何を為すにもまずは金を作るところからだ。出来ることならあるだろ。このカフェを利用しろ」
「でもそれじゃ何にも……」
「何にもならなくない。ここで稼いだ金をスラムでの活動に還元する」
「でも…………」
「でもでも言ってちゃ何も始まらねェよ。やるってなったら色々準備しなきゃいけねェし」
アントニオは思案する。
「……アンタも手伝ってくれるのか?」
「ここまで来たらな。急に部外者面したりはしねェよ。……お前が俺を部外者と言うなら別だが」
「言わねェよ……。大人の手はやっぱり欲しい」
「代表はお前だからな」
「分かってる」
と、そこでソニアがはっとする。
「カフェするならさ、お父さんメニュー作ってよ」
「……えー」
「お父さん料理上手じゃん」
「金取ってまで出すもんじゃねーって……」
「何言ってんの! お父さんの料理で取れなかったら誰も取れないよ!」
「……そこまで推すってことは余程?」
アントニオがソニアに訊くとソニアは大きく頷いた。
「絶対売れるよ!」
「……でも俺はここで料理ずっと作ってるわけには行かねェし…」
「レシピ書いてよ、そしたら私たちでも作れるでしょ?」
「………多分…」
昔、ローエンは自分のレシピをヴェローナに渡してとんでもないものが出来上がったので、100%頷くことが出来なかった。
「この中で料理出来る人は?」
「……俺はまぁ。コゼットとヴァージルも出来るよな?」
「うん!」
「そうねぇ、少しは…」
アントニオの言葉に二人は頷く。コゼットはうーんと、顎に指を当てて笑う。
「私はお菓子作りとかの方が得意だけどね!」
「ケーキとか作れるの?」
「作れるよ!」
ソニアの言葉にニコニコとして答えるコゼット。仲間たちの会話で少しずつ方針が固まっているのをアントニオは感じた。
「……出来そうな気がして来た……」
「まぁこれは目的の前準備段階だけどな。楽しんでやればいいさ」
そう言ってローエンは腕を組んで首を傾げる。
「………しかしまぁとりあえずは個人事業でいいのかもな。その方が金も掛からないし」
「あぁ……。でも、そうだ、カフェをやるにしても今までの活動もちゃんとしたいんだ」
「それならこれだけ人数がいるんだから手分けすれば何とかなるだろ。俺は護衛に回るけど」
人攫いの件もある。しばらくは少数で固まって行動した方がいいかもしれない、とローエンは考えていた。
「その後は? 実際スラムを復興するとして、どうする」
「………あぁそれは……あの教会を中心に町を興そうと思うんだ」
かつて神父がスラムを守り続けたその場所。今はAFTの活動拠点になっているし、場所もスラムの中心近い所であるし、丁度いいかもしれない。ローエンは頷く。
「なるほど。まぁ妥当ってとこだな」
「建物の建て直しとか……したい。人がちゃんと住める共同住宅とか、働けるお店とか。そういうものを作るんだ」
「いいね、面白そう!」
コゼットがにこりと笑って言った。うんうん、とアントニオの隣に座っていたブルーノも頷く。
「素敵じゃないか。楽しそうな声をしてるねトニー。僕もワクワクするよ」
「その為にも……まずはこのカフェを成功させないと、だ」
拳を握りしめるアントニオ。仲間たちもわいわいと賛成を示す。その様子を見て、ふとローエンは自分たちにももしかしたらこういうことが出来たのだろうか、とそんなことを思った。
自分にはソニアという存在がいたのに。どうして寄り添うことが出来なかったのか──────。
いや、彼らがするからこそ、意味があるのかもしれない。
だが少なくとも、自分がして来たことに意味がなかったわけではない。ローエンが助けなければアントニオは、デイビッドはここにいなかったかもしれない。ソニアだってそうだ。
(後ろばっか振り向いてらんねェか。そうだな)
ぱん、と手を叩いてローエンは言う。
「よし。じゃあ出来ることから準備始めてくか」
*
20時を回った頃に、ローエンは事務所の扉を開く。そこに思いがけずリアンの姿があったので、思わず入り口で足を止めた。ソファで仰向けになっているその姿にたじろぎながら、ローエンは扉を閉める。
「なんっ……まだいたのか」
「ちょっと遅れるって何だよお前、今何時だと思ってんだー」
「………あ。……今日は急ぎの仕事無かったしいいだろ……」
「俺ちゃん一人じゃ寂しーっての。来客もねェしよ」
がば、と体を起こしたリアンはどこか疲れた顔をしていた。
「……なんでそんな疲れてる」
「一日中赤い受話器とにらめっこしてりゃそりゃ疲れますよって」
「はぁ……? つかお前いつもならこの時間いないだろ、どうした」
いつもリアンは夜になると誰かしら女のところへ遊びに行って翌朝まで帰って来ない。甘い香水の匂いをつけたリアンが朝ソファで転がっているのがいつもの風景だ。
「………気分じゃねーんだ」
「風邪でもひいたか?」
「元気だよ。全然」
様子がおかしいリアンを尻目に、ローエンは自分のデスクへ向かう。パソコンを起動してメールをチェックする。アルベールからのメールが一件と学長からのメールが一件届いていたが、重要な話ではなさそうだ。
「……さては一日何も食ってねェな」
「それはそうかも……」
「何か作ったら食うか」
「わーい。やったぁ」
喜ぶ言葉も棒読みで元気がない。
「…………どうしたんだよ」
「お前でも俺の心配するんだ?」
「調子が狂うってだけだ」
ローエンはリアンを促し事務所の扉を開ける。立ち上がった彼を連れ立って、部屋の電気を消して鍵をかけ、階段を降りる。
一階のリアンの居住空間は相変わらず整然としていた。……整頓されている、というよりかは生活感がなかった。
「お前ここ使ってねェのかよ」
「寝るだけなら事務所のソファで良いし」
「そろそろ歳なんだからちゃんとベッドで寝ろ。体痛めるぞ」
「はいはい、ご心配ありがとね」
部屋の電気をつける。キッチンへ向かうローエンに対してリアンは当然のようにテーブルへ向かう。冷蔵庫を開けたローエンは、その中から使えそうな食材を探す。腐っていないか確認したがどれも期限内だ。どうなってるんだとリアンを睨んだ。彼はにこりと笑っただけだった。
出来上がったリゾットと、酒を二缶テーブルに置くとローエンはリアンの向かい側に座る。自分は酒だけを開けて飲み始めるローエンに、リアンは訊く。
「俺のんだけ? いいの?」
「俺は家で食う」
「夜遅いのに?」
「今日は出前なんだ。俺が遅くなるからさ」
もう届いてるだろうな、と言うローエン。
「じゃさっさと帰ればいいじゃないの。腹減ってんでしょ?」
「……お前、俺の飯にいくらなら出す?」
「え、金取んの」
「取らねーよ、お前からの駄賃はこれ」
と、缶をチャプンと揺らして見せる。
「AFTの方でカフェをやることになった」
「そうなの」
「んで俺がメニューを作ることになったんだが……」
コン、と空になった缶を机に置いて、ローエンはため息を吐く。
「妥当な値段がさっぱり分からん」
「お前さぁ、良いレストランとか結構行ってるだろ」
「だから何だ」
「あれくらいは取れる」
「んな訳あるか。ただの家庭料理だぞ」
「バカ言えお前〜、何で俺がわざわざお前に飯集ってると思ってんだよ」
「自分で作れないからだろ」
「………それはそう! だけど!」
は、といつの間にか皿が空になってることに気付き、リアンは少しがっかりしながらスプーンを置いた。
「自覚が無いようだから言ってやる。お前の料理はプロ並みだ」
「それはなんか言われたことあるけど」
「自信持てよお前、こんな探偵業してないでレストランだって開けるぞ」
「自信がないわけじゃない。ただ俺のは女のコをもてなすための……」
途中まで言って、ローエンは首を振った。
「……いや。家族を満足させるための料理だ」
「いいじゃんどっちでも」
「良くない。……まぁ何にせよカフェだぞ。気軽に食べれる簡単なランチメニューくらいがいいだろ。値段も手ごろな感じがいい」
「まぁ〜そうか……でもこれなら間違いなく売れるぞ。あまり安くすると周りのレストランが潰れかねない」
「そんな訳あるか」
「ていうか俺は手伝わなくていいの? アントニオ君の怪我が治るまでの護衛って話ではあったけど、俺だけ部外者ってものなんか寂しーよ」
「お前には情報屋として動いて欲しいことがある」
「ほーんと? じゃあ聞こうじゃないの」
頬杖をついて前のめりになるリアン。ローエンは携帯を出すと写真を見せる。
「人相書きだ。こいつらの事を探して調べて欲しい」
「誰なの?」
「アントニオを怪我させた奴らだよ。話を聞いたらきっと人攫いだってことで調査する」
「なるほどね。やっぱまだいるんだこういうの」
画像ちょうだい、と言うリアンの携帯にローエンは画像を共有する。
「……これ報酬どこから出るの?」
「好きなだけ飯食わせてやる」
「おっ、乗った」
「良いのかよ」
やれやれとため息を吐くローエン。言ってみただけだったのだが。
「調査して、その後はどうするんだ?」
「捕まえるよ。俺も協力することになってる」
「ふーん……その為にも色々情報が必要って事ね」
「そう。得意だろ?」
「まぁね」
にこ、と笑うリアン。ローエンはやはり何か変だなと思う。
「………何か隠してる事があるなら言えよ」
「えー、急に何」
「変だろなんか」
「変じゃないよ。一日放置されて拗ねてただけですよ。でも上手い飯食えたからいいや」
「そういう奴じゃないだろお前」
「おじさん一人だと寂しいんだよ」
の割には遊びに行かないんだな、とローエンが怪訝に思って眉を顰めると、リアンは顔を曇らせる。
「……まぁ、そんな事言っちゃいけねーんだけど」
「?」
「何でもないよ。それより用が済んだなら早く帰りな。片付けは自分で出来るし」
「………分かった」
ローエンは椅子から立ち上がる。じゃあな、とさっさと出て行った。それを見送ってリアンは大きく息を吐き出した。胸に詰まっていたものを解放するように。
「………俺って顔に出やすいのかな〜」
と、開けていなかった酒の缶を手に取った。プシュ、と寂しく一人の部屋にガスの抜ける音がした。
#18 END




