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「落ち着いた?」



 よしよしと頭を撫でながら、涙を拭ってくれた片倉さんを見上げる。

 暖かい茶色の瞳にホッとする。

 変な能力が無くても片倉さんは頼りになるのに。勿体無いぞ。『この土地』よ。



「片倉、女王ちゃん、どうしたんだ」



 パタパタと走り寄ってきた片倉さんの友人らしき人に片倉さんは、頭を撫でながら、うーんとと、私の様子を確認し口を開く。……意味もなく人前で泣いていたとかダメかな?



「掲示板にいちいち行動を書かれるのがストレスなんじゃないか?」



 あ、うちの学生が皆びくり、と肩を震わせた。



「秋月さんが目立つのはわかるけれど、少し自重」



 片倉さんの言葉に「はーい!」とお返事が返ってきた。……うん、ストレスだったのは確かだ。片倉さん的にも目に余ったのかな?と見上げたら、複雑そうな笑みだ。あ、勝手なことを言ってのかなと私に問いかけてるのか。それなら、私は必死に頷き返す。有り難いいい訳ができました。

 そのまま、お姉ちゃんとの待ち合わせ場所に送って貰える事になったので、今まで何をしていたのか聞いてみた。



「泉さんを探してたんだけど……見つけると、すぐに逃げられたり、急ぐと能力が漏れて人に囲まれたり」



 少しぐったり気味な片倉さん。



「今は、赤人さんに『命じて』貰ったから能力は制限されてるけど」

「市長、来てるんですか?」

「来賓として来てるよ。……長谷部さんと」



 市長はともかく長谷部さんが来ている事に私は興味が引かれる。

 雑貨屋に行ったのか聞いてない。なんとか、市長に見つからないように接触しなければ。

 一人、企んでいたら「良かった」と片倉さんから聞こえた。何だろうと見上げると頭を撫でられる。



「元気出たみたいだから」



 ……そんなに元気がない顔だったのだろうか。やはり、華藤と対面したのは、私としてはストレスが大きかったのだろう。

 ちくちくと胸が痛んだのも、華藤のせいだな。

 追い出せなかったし、……追い出すのをサメッちが手伝わなかったし。まったく、同じシスコンなのに。何故手伝わないんだ。


 ぷくぷくと佐伯さんとともにサメッちへの恨み言を唱える。



「そういえば、和臣も来るってリンが言ってたね」

「はい。リンとお姉ちゃんの時間を邪魔するお邪魔むし……」



 そこで、ちくりと胸が痛んだ。

 む、なんだ。それはお前もだろうと言うブーメランか。



「秋月さん?」



 また、ジワッと瞳が滲んでくる。なんでだろう?


 片倉さんが立ち止まって、頭を撫でてくれる。

 あ、携帯鳴ってる。

 また片倉さんにハンカチで目元を拭ってもらい、メールを見るとお姉ちゃんが心配しているようだ。

 む、これはいけない。


「片倉さん。元気です私!」

「……うん」

「頑張ろう。おー!」



 頭を撫でる手を止めて、片倉さんは、私に目線を合わせて……少し、考えてから笑ってくれた。


「秋月さんは、頑張ってるよ。とても」


 ……優しい笑顔が卑怯ですと、別な意味で心臓が大変な事になった。

 動悸がひどい。バクバクと喧しいが、意識を飛ばしてる場合ではない。

 誰かー、助けてー!


「達也と……小娘」


 市長の声に心臓は動悸を止めて、むしろ、キュッと縮んだ。

 ありがとう市長。

 ちょっと、口から心臓が飛び出るんじゃないかと心配になってた。

 見上げたら、碧眼を不機嫌そうに歪め、眉間の皺が凄い事になった市長が目の前にいた。

 やだ、いつの間に。


「何故居る」



 ここの学生だからだよ!



「……いや、違うな。なんだその格好は。お前の親はどんな教育をしている」



 どうやら、私の格好に動揺したらしい。私は、片倉さんを見上げる。



「……かわいいでしょ?」

「うん、物凄く」



 片倉さんの肯定に気を良くしつつ、市長の後ろに控えている長谷部さんにも視線を向ける。長谷部さんは、灰色の瞳を細め苦笑ししつつも首肯してくれた。



「可愛いですよ。ーー小学生みたいで」



 余計な一言をつけないで!



「……」



 市長よ。そのゴミを見る目に地味に落ち込むぞ。

 私への評価を下げている市長の後ろから、ああ、そうだとさりげない様子で長谷部さんが口を開く。


「あの雑貨屋は赤人様も見えましたよ」

「え?」



 あれ、藤咲さんは見えなかったのに。



「葵さんは、あの……(アクマ)のご子息ですから。……赤人様はそちらの血は薄いのですよ」



 にっこりと市長の咎めるような目を無視して教えてくれる長谷部さんに私はふむふむと頷く。

 悪魔の子供の藤咲さんは、天使の雑貨屋さんは見えなかったと……ん?あれ、それじゃあ。



「市長って悪魔の子じゃな…!?」



 市長に両頬を片手で掴み上げられた。ほ、頬の肉が…っ。



「声がでかい」

「しゅみませにゅ…」



 絶対零度な空間を創りあげないでー。頬もいたし!



「ーーお前には関係ない話だ」



 人目があるので、早々と解放される頬。

 片倉さんがひんやりした手を添えて「大丈夫?」って心臓が出るからやめてー!

 乱暴な市長からサッと身を隠そうとしたら、誰かにパジャマを引かれる。

 ……あれ、このパターン……って。

 ギギギと、引っ張る方向に視線を落とすと。

 ぽろぽろと涙を流すのどかちゃんが怪獣のパジャマを引っ張っている。



「や、やあ、のどかちゃん…」

「……まま……」



 ママーっ!のどかちゃんがまた迷子だよーっ!!


「なんだ」



 市長がおろおろしている私と慌ててのどかちゃんの背中を擦り涙をぬぐう片倉さんに大股で近づき、のどかちゃんの前に膝を折り目線を合わせる。



「どうした」

「のどかちゃん。迷子二回目です!」



 泣いているのどかちゃんの代わりに答えると、何かを確認するようにのどかちゃんを凝視し、ああ、と頷く。



「長谷部、子孫だ」



 あっさりとのどかちゃんを抱き上げ、長谷部さんに渡す市長。

 長谷部さんに渡されたのどかちゃんは、びっくりした表情をしたがニコッと微笑み「こんにちは」と挨拶した長谷部さんに涙を引っ込めポーッとなった。

 さすが町を歩けば、天使を引っ掛ける男。

 ……あれ?じゃあ、のどかちゃんは、天使の子孫?



「……どうしましょう」

「縁も所縁もないのに何故、どうにかしなければならない。教師にでも預けてこい」



 市長が冷たい!

 長谷部さんが「そうですか」と、少し同情的な視線をのどかちゃんに送ったので、もしかしたら、天使の子孫ーー私が美草に対して推理した内容なのでは、と口を開く。



「あの、セラ様ならなんとか出来ますか?」

「秋月さん」



 にこり、と長谷部さんが笑いかけてきた瞬間、背筋に嫌な汗が流れた私は口を閉ざす。

 ……余計な事を言うなと云うことですね。わかりました。

 私がそれ以上余計なことを言わずに長谷部さんが市長に視線を向けているだけの状況になると、市長は、重苦しい溜息を吐きながら


「どうにかしたいのなら、葵とこれが世話になっていた病院へ行けと親に言え。……何の知識もなく、あの怪しげな場所に赴く親はまともとは思えないがな」



 ふ、と冷笑する市長。……確かに怪しいじい様とナースがいますね。

 しかし、珍しく助言をめいたものをする市長に私はうっかり。



「罠ですか!」



 と、真剣に訊いたら、頭を絞められた。誰も同情してくれないし……会長より痛い。


 長谷部さんを掴んで離さないのどかちゃんに市長は「先に行っている」と踵を返して体育館の方に歩いていく。……あ、そういえば、市長達が居た方向って、美術室じゃ……。



「では、私は職員室へ」



 ぺこり、頭を下げた長谷部さんに私と片倉さんが頭を下げかえそうとした瞬間に「冬馬?」と聞こえた。

 あ、光原母だ。

 万葉さんと一緒に居て、長谷部さんの姿に目を見開き震えている。

 ……長谷部さん、きょろきょろと誰を確認しているんですか。



「達也くんは達也くんでしたよね?」

「長谷部さん…」



 長谷部さんの天然に片倉さんが呆れている。




「……冬馬……」



 ふらふらと長谷部さんに近より、じっと長谷部さんを見上げる光原母に長谷部さんは灰色の瞳に何も映していないかのように感情が見えない。それでも光原さんの、お母さんは長谷部さんに



「……とうま」



 ぐしゃり、と顔を歪め、必死に違うところを探しているような表情の光原母ーーユキさんの姿に私は、万葉さんに助けを求めて視線を向ける。だけど、万葉さんもただそれを黙認するように見つめているだけだ。私の視線に少しだけ困った笑みを浮かべただけだ。


 瞬間、私の中で、私の感情を無視した感情が沸き立つ。虚脱感だ。



 ーー全部(すべて)は救えないのかもしれないけれど……。



 すうっと、私の中に入ってきた言葉にすんなりと頷きーー己を叱咤する。うん、けれど、だ。前を向こうとしたら、長谷部さんが光原母を切り捨てる言葉を口にしようとしている瞬間だった。





「ーーすみません」

「……ッ」

「どな「ガオーッ!」


 話の流れを途切れさせるために吠える。長谷部さんは目を白黒させ、「いきなり、叫んではいけませんよ」とガチ説教をされた。

 バカなガチ説教したいのは私だ。

 勝手に繋がりを切り捨ててんじゃねえよ。

 私の吠え声に正気に戻った光原母がばつの悪そうな表情をし、謝った。



「……変な所を見せてたみたいで」



 長谷部さんに謝罪し、万葉さんと一緒に行ってしまった光原母の目が少し潤んでいた。

 その背中を見送る長谷部さんの様子をちらっと盗み見ると、のどかちゃんを抱き上げていない方の手を一瞬、伸ばしかけすぐに自分の行動に疑問を持ったのか首を傾ける。



「……綺麗な、人ですね」

「今度髪を切りに行くといいと思います」

「え?……えぇ、では、場所を教えてください」



 はにかんだ笑みに……私は、なんとなく長谷部さんじゃなければいいと思い始めた。


 ーー光原冬馬は長谷部さんじゃなければいい。


 『記憶消去』した記憶はどうやって取り戻せるのだろう。

 また最初からリセットすれば?

 そんな権限も力も私にはない。そして、また一からリセットしたとして、私が介入出来る問題なのかとか、ゴン様をまた同じように天久家から解放出来るのかとか。

 ……雅さんは、もう多分やり直したくはないのだと思う。私もだ。

 一からやり直したら、リンはループに関わらせずに退場させるくらい強い保護者が居て……そこで、あれ?と私は自分の考えに震える。


 そうだ。リンがいなくなる事もだけれど……『私』はリンが居なくなれば……ーー私は、冷える身体を必死に擦る。


 『私』の優先順位……って。



「秋月さん?」



 片倉さんの声に意識が浮上する。

 あ、心配されてる。



「長谷部さん、のどかちゃんを宜しくお願いします」

「はい。では、連絡待っていますね」



 ……あ、本当に髪を切りに行く予定だ。

 好みだったのだろうか?天使なお姉さんはふんわり癒し系だったよ?光原母は、どう見ても姉御系だよ?

 謎過ぎる長谷部さんに私は首を傾げた。

 ……ハッ、お姉ちゃんを待たせ過ぎている!


 長谷部さんと別れ、私は小走り気味に校門前に行くと、お姉ちゃんと何故か日比谷さんとその取り巻きがいた。

 ……あれ?日比谷さん、執事服じゃないや。



「遅い!」

「申し訳ございません!!」



 開口一番に叱られた。


「アンタ、どこ行ってたのよ」

「はい、色々ありまして」



 何故か怒っているらしい日比谷さんに揉み手を始め、へこへこと頭を下げる。

 き、機嫌を取らねば。


「秋月さん……?」


 片倉さんが怪訝な表情を。いや、あのですね。私、多分自分に通じるものがある相手に弱いの。……そう考えた瞬間『秋月ルカ』もそうなんじゃないかとなんとなく思った。あれ?泉さんは幸せで退屈な家庭って自分申告したのになんでか、私は急に彼女を切り捨てたくなくなった。……どうして?



「美晴ちゃん、ルカを叱らないで、ね?」



 お姉ちゃんが、そっと日比谷さんの肩を押さえる。



「でも、マル先輩をどれだけ待たせる気だったのか!」

「いいの。美晴ちゃん達が居てくれたから楽しかったよ」



 にこっと女神が微笑んだ。ーーマングース様を背負っているけどね!



「ひ、日比谷さん何か用?」

「ああ、あたし帰るから、ほら、マリ以外」



 取り巻きの方々は一人だけ残し、私に頭を下げて謝ってきた。……うん、こちらも人目のある場所で謝らせてごめん。



「それで、マリは別な理由もあるから」



 日比谷さんに背中を叩かれ、おずおずと前に出てきた木下さんが小さく「…貢ぎ物の中に洗剤をいれたものがあるの。私なの、ごめんなさい…」と頭を下げてきた。あー、セラ様が弾いたやつか。

「後もう一人いるけど、あたしの傘下じゃないから、アンタがどうにかしなよ。豚……愛川美草から善意(・・)の証拠貰ったから」



 ほら、と手渡されたカメラに私は、ちょっと引き気味になる。

 脅したの?絶対、脅したよね?



「で」

「うん」



 もう頭がついていかずに生返事になる私に日比谷さんがこほん、と咳払いをした。



「悪かったと思ってるの」



 ふん、とふんぞり返り、ツンと顎をあげる日比谷さんに、何が?と首を傾げる。



「でも、謝れって言われたから謝るのも違う気がする」

「ああ、うん」



 私が反射的に頷いたら、日比谷さんがふん、と鼻を鳴らした。



「アンタはそういう奴よ」

「えーと、ごめんね?」

「アンタは謝るな」



 怒られた。そろそろ理不尽だと訴えていいのか。



「日比谷さん」

「ーーアンタに許してもらえるまで、謝るから」



 え?



「そうだね。アンタがあたしが嫌だって言っても変なあだ名付けるくらいは謝るから」



 にこっと笑う彼女から悪意も嫌味も……敵意もなく、その様子に私は困惑した。



「アンタが、あたしへ興味持つくらい。……どうでもいい(・・・・・・)って思われないくらいにアンタ自身を知って干渉するから。そのうえで、謝罪を受け入れるかどうかを考えろよ。その他大勢じゃないことをしたってあたし自身はわかってる」



 日比谷さんの言葉に私は考えた。


 うん、と頷いたら日比谷さんが笑った。



「あたし、無責任だけど今日は姉さんを優先して一緒に帰るんだ。同志なら、間違っててもわかってくれるだろう?」



 日比谷さんの言葉に私はーー私が嬉しかった。


 そうだよ。『私』が誰を優先していても、私はーー



 鐘の音が響いた気がした。


 美しく、力強く……



 その音に私と『私』が同時に悟った。




 ーー天使の鐘の音は一つじゃない。とーー







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