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毒花の聖女は無愛想婚約者に愛でられる  作者: MIRICO


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9/10

3−3 王子

「出て行ってくれ」


 アルテュール様は抑揚のない声を出した。


「えー、わかりました……」


 エリサはブスくれた声を出しながら、私を横目で見て、部屋を出ていく。

 私は少しだけ安堵した。エリサをそのままにしていたら、私はきっと感情を抑えられなかっただろう。


 衛兵がいた場所は、この部屋からほんの少し離れていた。執務室は扉が厚く防音もしっかりされていて、外に声が漏れ出るわけではないが、衛兵のいる場所が離れていることで、漏れ聞く者もいない。

 その意図がわかって、安堵しながらも胸が苦しくなった。アルテュール様は人払いをして、私に何が言いたいのか。聞かなくてもわかる。話すことは一つ。周囲に聞かれたくない話だ。それを思うと、胸がズキズキと痛んできた。


「エルンスト卿も、廊下で待っていてちょうだい」

「承知しました」


 声を震わせないように命じて、私は皆が部屋の外に出て扉が閉まるまで待った。声は震えなかった。けれど、前を見据えたら、途端息がしにくくなる。

 極度の緊張で震えてきそうだ。口を開いたら、涙が出てしまうかもしれない。そんな葛藤と戦っている間に、アルテュール様は私を見ることなく、扉の方を向いたまま。私が何か話そうとしない限り話さないと言わんばかりに、黙っていた。

 暖の炉の火が爆ぜて、無言の中、ぱちぱちと音が部屋に響いた。


「座って」


 先に沈黙を破ったのは、アルテュール様だった。促されてソファーに座ると、ふわりと甘い香りがした。エリサの香水だろうか。

 それを思うと、再び胸が苦しくなって、膝に置いた両手を重ねて握りしめた。私は息を整える。


「聖女エリサは、いつもお側にいらっしゃるようですね」


 私は上擦った声を出した。そんなこと言うつもりはなかったのに、何を話していいかわからなくて、つい口に出してしまった。


「彼女は……、素晴らしい力を持つ聖女だよ。私の専属となり、健康面で問題は起きていない。癒しの力が過去にないほど強いため、重宝はしている」

「そうですか」


『やけに馴れ馴れしい令嬢かと存じますが』その言葉が出てこない。いかにも嫉妬に狂った女の嫌味すぎて、自分のプライドが邪魔してくる。言っても恥ずかしいし、言わなくてもモヤモヤする。


 エリサが普通の男爵令嬢でもしないことする理由は、何となく理解していた。エリサは幼い頃から癒しの力が強かったため、早くに機関へ入れられたのだ。機関には貴族だけでなく平民もいる。エリサの周りは、平民ばかりだったそうだ。共同生活をして暮らしていたため、貴族としての何もかもが洗練されていない。


 それを知っているから、なおさら口にしにくかった。エリサのことを言えば、何でも嫉妬しているように思われる気がして、何も指摘できない。


「話し方は、治らないんだよ。何度も治させているけれど。君が同じ聖女だから、なおさら気を抜いているのだろう」


 私の考えていることはわかると、アルテュール様はエリサを庇うようなことを言ってくる。


 だから? それで? そんなふうに返したくなる。

 腹立たしくて、顔が熱くなりそうだ。


 私から言わせてもらえば、三年も王太子殿下の側にいて、その口調なのか? と問いたくなる。三年の間、何をしていたのだ。三年もあれば、言葉遣いくらい直せるだろう。言葉遣いだけじゃない。貴族としての距離感や、矜持の、基礎くらいは学べるはずだ。辺境とは違う。ここは王城で、王太子殿下の隣に立つ者として、最低の基準だけでも持たなければ、アルテュール様の王太子殿下としての資質が問われるではないか。


 私がアルテュール様の婚約者になったのは、七歳の頃だったが、それでも婚約者としての矜持を持って学んでいた。アルテュール様に恥をかかせるような者にはなりたくない。その一心で学んできたのだ。だから、エリサが王子専属の聖女となったのならば、それくらい学ぶのは当然だ。


 けれど、それを、あなたが、否定するのか。


「三年もの間、耐えてまいりました」

「……苦労があっただろう。慣れない土地に、突然行けと言われたのだから」

「わたくしは、良い機会を頂けたと感謝しております。わたくしの力の使い方を、示していただけたようなもの」

「そうか、ならば良い時間を過ごせたのだろうね」

「ですが、わたくしは三年の間、耐えていたのです。まさか、このような仕打ちを受けるとは、思いもしませんでした」

「――仕打ちとは? 何かあったのか?」


 本気で言っているのか。それとも、その程度の人間としか思っていなかったのか。

 頭が熱くなってきて、胸が苦しくて、その熱が全身を駆け巡るようだ。


「戻れば、わたくしの居場所などないのですから、わたくしは不必要であると、はっきり申し上げていただいた方が、気持ちが軽くなりますわ」


 冷静に話そうと思っていたのに、感情が昂って、言葉が止まらない。

 どうして、急に返事の一枚もくれなくなったのか。会いたい、と何度もしたためて、けれど戻ってこなくて、真面目に辺境で働けば、早いうちに帰ることができて、アルテュール様と一緒にいられると思っていたのに。


「帰ってくれば、何か変わるかと思っておりましたが、まさかこのような扱いを受けるとは思いもしませんでしたわ」

「リュシエンヌ」

「アルテュール殿下の考えていることは、わたくしには計りかねます。いっそのこと、はっきりと、婚約を破棄するとおっしゃっていただきたいですわ!」

「婚約破棄……」


 アルテュール様は唖然としたような顔をして、口を開けたまま立ち上がった。

 私はすでに立ち上がっていて、胸を押さえたまま何度も息を吐き出した。


 何か変だ。顔があまりに熱くて、頭がくらくらしてくる。息苦しいし、呼吸の仕方を忘れているかのように、喉がきつくしまっている。首元が開いたドレスにすれば良かったか。そんなことより、顔が熱くて、何よりこの甘ったるい匂いが、脳に膜を張るような気がして……。

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