3−3 王子
「出て行ってくれ」
アルテュール様は抑揚のない声を出した。
「えー、わかりました……」
エリサはブスくれた声を出しながら、私を横目で見て、部屋を出ていく。
私は少しだけ安堵した。エリサをそのままにしていたら、私はきっと感情を抑えられなかっただろう。
衛兵がいた場所は、この部屋からほんの少し離れていた。執務室は扉が厚く防音もしっかりされていて、外に声が漏れ出るわけではないが、衛兵のいる場所が離れていることで、漏れ聞く者もいない。
その意図がわかって、安堵しながらも胸が苦しくなった。アルテュール様は人払いをして、私に何が言いたいのか。聞かなくてもわかる。話すことは一つ。周囲に聞かれたくない話だ。それを思うと、胸がズキズキと痛んできた。
「エルンスト卿も、廊下で待っていてちょうだい」
「承知しました」
声を震わせないように命じて、私は皆が部屋の外に出て扉が閉まるまで待った。声は震えなかった。けれど、前を見据えたら、途端息がしにくくなる。
極度の緊張で震えてきそうだ。口を開いたら、涙が出てしまうかもしれない。そんな葛藤と戦っている間に、アルテュール様は私を見ることなく、扉の方を向いたまま。私が何か話そうとしない限り話さないと言わんばかりに、黙っていた。
暖の炉の火が爆ぜて、無言の中、ぱちぱちと音が部屋に響いた。
「座って」
先に沈黙を破ったのは、アルテュール様だった。促されてソファーに座ると、ふわりと甘い香りがした。エリサの香水だろうか。
それを思うと、再び胸が苦しくなって、膝に置いた両手を重ねて握りしめた。私は息を整える。
「聖女エリサは、いつもお側にいらっしゃるようですね」
私は上擦った声を出した。そんなこと言うつもりはなかったのに、何を話していいかわからなくて、つい口に出してしまった。
「彼女は……、素晴らしい力を持つ聖女だよ。私の専属となり、健康面で問題は起きていない。癒しの力が過去にないほど強いため、重宝はしている」
「そうですか」
『やけに馴れ馴れしい令嬢かと存じますが』その言葉が出てこない。いかにも嫉妬に狂った女の嫌味すぎて、自分のプライドが邪魔してくる。言っても恥ずかしいし、言わなくてもモヤモヤする。
エリサが普通の男爵令嬢でもしないことする理由は、何となく理解していた。エリサは幼い頃から癒しの力が強かったため、早くに機関へ入れられたのだ。機関には貴族だけでなく平民もいる。エリサの周りは、平民ばかりだったそうだ。共同生活をして暮らしていたため、貴族としての何もかもが洗練されていない。
それを知っているから、なおさら口にしにくかった。エリサのことを言えば、何でも嫉妬しているように思われる気がして、何も指摘できない。
「話し方は、治らないんだよ。何度も治させているけれど。君が同じ聖女だから、なおさら気を抜いているのだろう」
私の考えていることはわかると、アルテュール様はエリサを庇うようなことを言ってくる。
だから? それで? そんなふうに返したくなる。
腹立たしくて、顔が熱くなりそうだ。
私から言わせてもらえば、三年も王太子殿下の側にいて、その口調なのか? と問いたくなる。三年の間、何をしていたのだ。三年もあれば、言葉遣いくらい直せるだろう。言葉遣いだけじゃない。貴族としての距離感や、矜持の、基礎くらいは学べるはずだ。辺境とは違う。ここは王城で、王太子殿下の隣に立つ者として、最低の基準だけでも持たなければ、アルテュール様の王太子殿下としての資質が問われるではないか。
私がアルテュール様の婚約者になったのは、七歳の頃だったが、それでも婚約者としての矜持を持って学んでいた。アルテュール様に恥をかかせるような者にはなりたくない。その一心で学んできたのだ。だから、エリサが王子専属の聖女となったのならば、それくらい学ぶのは当然だ。
けれど、それを、あなたが、否定するのか。
「三年もの間、耐えてまいりました」
「……苦労があっただろう。慣れない土地に、突然行けと言われたのだから」
「わたくしは、良い機会を頂けたと感謝しております。わたくしの力の使い方を、示していただけたようなもの」
「そうか、ならば良い時間を過ごせたのだろうね」
「ですが、わたくしは三年の間、耐えていたのです。まさか、このような仕打ちを受けるとは、思いもしませんでした」
「――仕打ちとは? 何かあったのか?」
本気で言っているのか。それとも、その程度の人間としか思っていなかったのか。
頭が熱くなってきて、胸が苦しくて、その熱が全身を駆け巡るようだ。
「戻れば、わたくしの居場所などないのですから、わたくしは不必要であると、はっきり申し上げていただいた方が、気持ちが軽くなりますわ」
冷静に話そうと思っていたのに、感情が昂って、言葉が止まらない。
どうして、急に返事の一枚もくれなくなったのか。会いたい、と何度もしたためて、けれど戻ってこなくて、真面目に辺境で働けば、早いうちに帰ることができて、アルテュール様と一緒にいられると思っていたのに。
「帰ってくれば、何か変わるかと思っておりましたが、まさかこのような扱いを受けるとは思いもしませんでしたわ」
「リュシエンヌ」
「アルテュール殿下の考えていることは、わたくしには計りかねます。いっそのこと、はっきりと、婚約を破棄するとおっしゃっていただきたいですわ!」
「婚約破棄……」
アルテュール様は唖然としたような顔をして、口を開けたまま立ち上がった。
私はすでに立ち上がっていて、胸を押さえたまま何度も息を吐き出した。
何か変だ。顔があまりに熱くて、頭がくらくらしてくる。息苦しいし、呼吸の仕方を忘れているかのように、喉がきつくしまっている。首元が開いたドレスにすれば良かったか。そんなことより、顔が熱くて、何よりこの甘ったるい匂いが、脳に膜を張るような気がして……。




