3−4 王子
私はハッとした。アルテュール様は眉間を寄せて、驚愕なのか怪訝なのかよくわからない表情をしているが、頬が赤らんでいるのはわかった。
「アルテュール様!」
私はハンカチを取り出して、おもむろにアルテュール様の口にハンカチを押し付ける。
「口を覆ってくださいませ!」
どこに、どこから!?
私は袖で口を覆いながら、けれど香りを確かめるために、鼻で空気を吸い込んだ。吸い込んではまずいとわかっていても、どこからこの香りが香ってくるのか、確かめなければならなかったのだ。
テーブルにあった花瓶を両手にして、私は花ごと暖炉に中身をぶちまけて火を消した。
「リュシエンヌ!?」
「ハンカチを口と鼻から離さないで!!」
私の気が触れたと思ったか、アルテュール様は声を上げたが、私は王太子殿下へあるまじき命令口調で注意して、窓を開けようと踵を返そうとした。けれど、首を回したのがいけなかったのか、目がくらんで、足の力が一気に抜ける。
「リュシエンヌ! 大丈夫かい!?」
「あっ」
アルテュール様が転びそうになった私を受け止めようと、手を伸ばして抱きしめた。アルテュール様の息が耳元にかかり、顔の熱が一気に高くなる。
これは、まずい。まずいどころではない。
「リュシエンヌ? なんだか、熱が」
「ひゃっ」
アルテュール様の手が首元に触れただけで、びくりと背中が海老反りになった。勢い余って尻餅をついてしまい、アルテュール様がすかさず抱き止める。
「アルテュール様っ」
「すまない、熱を計ろうとした、だけで」
アルテュール様の息もやけに熱っぽく、弾んだような声を出す。何かを我慢しているかのように、ぐっと口を閉じて唾を飲み込んだ。
「医者を呼んで。窓を開けなければ! 暖炉に、んっ、あ、アルテュール様、お願いですから、触れないで!」
アルテュール様は私の腕を取ろうとしただけだ。だが、背筋が粟立ち、寒気のような、けれど高揚するような感覚に襲われる。肌は敏感になって、触れられた部分は熱を持った。
「催淫剤です! 人を、医者を呼ばなければ!」
「その顔で!? 待て、そんな顔を外の者に見せるなんて」
どんな顔をしているのかわからないが、言い争っている暇はない。
王太子殿下の部屋に、誰かが催淫剤を仕込んだ。暖炉から臭ったのだから、何かに包んで時間を測ったのだろう。だが、私の訪問は王が事前に知らせてくれていた。アルテュール様が計るわけがないのだから、これではまるで、私が催淫剤を仕込んだようではないか。
婚約破棄をしたくないばかりに。そう思われても仕方のない、犯人であると言わんばかりの。
熱が内側から発せられて、ひどい風邪にでもかかったみたいだ。喉が渇いて、何かを欲したくなる。水でもいいから、何かを飲ませてくれないと、頭が破裂しそうだ。
「ひぁっ!」
「そんな顔は見せられない」
喉から妙な甲高い声が出て、私は羞恥に暴れたくなった。
アルテュール様が私を抱き上げたのだ。触れられただけでおかしくなりそうなのに、抱えられて、頭が爆発しそうだし、その熱を肌に感じるどころか、アルテュール様から香る爽やかな香りで、一気に熱が頭にのぼった。
もうだめだ。よくわからない感情が渦巻いて、涙が流れてきた。
もがいてその腕から逃げ出そうとしても、手足を動かせば、アルテュール様の手の熱が布越しに感じられて、一層体が熱くなってくる。
ソファーにおろされて熱が離れれば、それがどうしようもなく恋しくなって、その矛盾が私の頭を混乱させた。
「あ、アルテュール様、アルテュール様!」
「そんな顔をされたら、どうしようもなくなる」
「ど、どうしようもなくなる前に、医者を呼ばなければ!」
「もう、無理だよ」
何が無理! その言葉を喉の奥元に沈めて、飲み込んだ。アルテュール様の顔があまりにも近いので、息すら止めて。薄青の氷の瞳が、私を凍らせるように、その瞳から逸らすことができない。
息さえかかるその近さで、私は息を止めたまま、その瞳が間近に寄るのを見つめた。
「わ、私では、ありません!」
最後の足掻きと声を上げれば、アルテュール様はなぜか優しげに目を細める。
「聞いていないよ。だから、黙って」
黙れない、黙れない! 黙ったら、
その言葉を口から発する前に、吹き込むような息を口元に感じて、私の言葉は封じられた。




