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毒花の聖女は無愛想婚約者に愛でられる  作者: MIRICO


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4 事後

 アルテュール様は何度も私の名前を呼んだ。感情のない声ではなく、熱のこもった声で。三年間、ずっと呼ばれることのなかった、私の名前を。


 なのに、どうしてこんなに物悲しい気持ちになるのだろう。


「う、ん……」


 何度か瞬きをして、私は思い瞼を上げた。見覚えのある天井。ナイトテーブルに水差しが見えて、私はそれに手を伸ばす。とても喉が渇いていて、私はグラスに水を注いで一気に喉を潤した。

 それで満たされれば、私の意識がやっとはっきりする。


「えっ、私の部屋!? ゴホッ」


 一気飲みしすぎて咽せながら、もう一度部屋を見回す。いつもの私の部屋。三年の間留守にしていたが、お母様が戻ってくる私のために、少女趣味な調度品をやめて、淑女らしく高価でも派手さのない、品のある調度品に替えてくれた。まだ見慣れていないが、間違いなく私の部屋に置かれたものだ。


「夢、だった?」


 私があまりにもアルテュール様を欲しているからと、あんな卑猥な夢を見たとか?

 そう思いながら、ベッドから降りようとして、私はギクリとした。下腹部に、妙な違和感がある。しかもなんだか、腰回りがだるい。


「夢、じゃない……? ゴホ、ゴホッ」


 さっきからやけに咳き上げている。喉も枯れているようで、声も掠れていることに気付く。

 ベッドから降りれば、違和感は勘違いではなく、けれど寝巻きに着替えさせられていることに、パニックになりそうだった。


 いつ、どうやって帰ってきて、寝巻きに着替えたのだ。昨日のことが思い出せない。いや、途中まで覚えているけれど、あれは夢だったと言ってほしい。


「体弱いくせに、なんであんなに体格がいいのよ! 着痩せするの!?」


 アルテュール様はある事件をきっかけにして体調を崩し、剣を持つことすらままならなくなった。若くとも力のある癒しの聖女エリサを専属にしたのも、その理由からだ。私が辺境に行く前だって、ほとんど外に出ることはなく、たまに庭園で歩く程度だったのに。


 そんなアルテュール様が、人の首筋に吸い付きながら、苦しそうに自分の首元を緩めて、自分のシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。

 あらわになった鎖骨。筋肉質な胸板。引き締まった腰。肩から腕にかけて均整の取れた筋肉が、鍛えていることを顕著に見せた。細いと思っていたのに、腹部にすら筋肉が見えて……。


「それ以上、下は思い出さないで!」


 私は誰に言うでもなく叫んで、頭を抱えた。

 頭がぼんやりとし始めていたのに、強烈に覚えているのだから、始末が悪い。中性的な顔で、その体付き。一瞬で見入ってしまった。見惚れていれば、再び覆い被さってきて、私の足首から這うように太ももに触れた。


「あああっ!」


 それ以上は思い出したくない。

 婚約破棄をするのか聞くはずだったのに、どうしてそんなことになるのか。


 一体全体、誰が、アルテュール様の執務室の暖炉に、催淫剤を隠し置いたのだ。あれではまるで、私が行ったようではないか。だから窓を開けろと、医者を呼べと言ったのに。あの王子はもう無理とか言って、私の胸元をまさぐったのだ。


 思い出したくないのに、行為だけははっきりしっかり記憶している。むしろ鮮明で、今でもばっちり思い出せる。息苦しそうな声音や、肌に触れる吐息。熱い体温に、汗に混じって香るウッディな香り。私のラベンダーの香りが、その匂いに混じって溶けていく。


 アルテュール様の唇の柔らかさが、今でも感じるような。


「――無理! もう、無理よ。私が無理!」


 婚前に、そんな行為、許されない。これから婚約破棄をするかもしれないのに、あんな真似。どうすればいいのだ。婚約破棄されたら、もうどこにもお嫁に行けない。行く気もないが、いやそんな未来はどうでもよくて。

 顔を覆って、もうこのまま眠って、目覚めなければ良かったと思わずにいられない。


 だって、彼は……。


「私を愛していないのに」


 自分の言葉で、胸が刺されたみたいだ。息苦しくなるほど胸が痛くなって、ベッドにうつ伏せたまま胸元をきつく握る。


 そうよ。私は愛されていないのよ? それなのに、彼に抱かれて、うれしいと思う?


「こんなの、ただ、虚しいだけじゃない」


 不意にノックの音が聞こえて、私は飛び上がるように起き上がった。


「失礼します。お嬢様、お目覚めになられましたか? あら、まだ顔が赤いですね」


 入ってきたのはメイドのサーラだ。


「眠っていてください。昨日、王城で倒れられたんですよ。王太子殿下がお嬢様を運ばれて」

「アルテュール殿下が?」

「そうですよ。よほど心配されたようで、わざわざ殿下が連れてきてくださったんです。旦那様も奥様も驚かれて。お腹は空いていませんか? 軽いお食事を持ってきますね。ちゃんと寝ていてくださいよ」


 サーラは水差しを替えて、医者を呼ぶからと部屋を出て行こうとする。


「あ、そうでした。お嬢様、首元にこれをお塗りください。虫に刺されたようですから」

「虫? もうすぐ冬になるというの、に……っ」


 サーラから渡された小さな陶器の入れ物を手にして、私はハタと気付く。


「首元に、赤い虫刺されができているんですよ。傷になったら大変ですからね。すぐにお食事をお持ちいたします。それまで眠っていてくださいね。声も変ですよ。お医者様を呼んできますから」

「え、ええ。ありがとう」


 扉が閉まり、サーラの足音が遠のくのを耳にしながら、私は急いでベッドから足を出した。足元は若干ふらつきつつも、下半身の違和感を無視して鏡に駆け寄る。

 首筋に、小さな赤い花のような痕がある。もうそれは、逃れようのない証拠だった。


「どうして、こんなことになるの?」


 アルテュール様が、一番最初に吸い付いたところ。そこを押さえながら、私は地面へ引きずられるように、床にへたり込んだ。ぽたりとじゅうたんに雫が落ちると、次から次へと雫が落ちてくる。

 夢ではない。夢ではなかった。愛されていないのに、どうしてこんなことになったのか。


「は、はは。これから、どうすればいいの……?」


 私は床の上で項垂れたまま、笑うように嗚咽を漏らした。

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