4−2 事後
「この間は、大丈夫でしたか?」
屋敷に迎えにきたエルンスト卿の言葉に、引き攣りそうになるのを耐えて、私はにこやかに微笑む。
「久しぶりにこちらに帰ってきて、緊張があったみたい。ごめんなさいね。迷惑をかけて」
「辺境とは気温も違いますしね。王太子殿下の部屋に行くまでに顔色も悪かったですし」
それは別の意味で緊張していただけだが、何も返さず無言の笑みを浮かべておく。
あの執務室から、衛兵たちが離れてくれていて、本当に良かった。いや、良くなかったのか? 大声を出して誰か来れば、何事もなく過ごせたかもしれない。いや、途中で入られても。
「ずいぶん長く話されていて、部屋から出てきたと思ったらリュシエンヌ様はお眠りになっていて」
「そ、そう。熱があったみたいで」
「そのようでしたね。それに、王太子殿下が屋敷まで送るとおっしゃったのには驚きました。俺がお運びしようと思ったんですが」
情事の後に護衛に引き渡されていたら、それはそれでショックが大きいが、アルテュール様が屋敷まで連れて行ってくれたのも驚きだった。
お父様は先に屋敷に帰っていて、両親とも婚約破棄について考えていたものだから、アルテュール様が直々に私を送ってくれたことに、二人とも驚いていた。
ついでにメイドたちも、なんだ、仲が悪い噂は嘘だったのね。なんて浮き立っていた。サーラは辺境についてきてくれた人なので、アルテュール様との関係を良くわかっていて、安心したとまで言っていたくらいだ。
「あんなになる前に帰していただければ良かったのに」
エルンスト卿がボソリとつぶやく。
普通に考えて、そう思うはずだ。ちょっと体調が悪い、とかじゃなかったもの。
私は意識を失い、体は熱いまま。結局、本当に熱が出てしまい、次の日も一日中眠ることになってしまった。催淫剤の影響だろう。医者は、微熱と喉の炎症があり、気候が変わって体調を崩したのかもしれないと診断した。両親に事実を知られることはなかったが、やましいことをしてしまった罪悪感で胃も痛くなり、アルテュール様の愛もなく抱かれた心の傷もあって、その後、食事も喉が通らなかった。
あれから一週間。アルテュール様から特に連絡はなく、モヤモヤしたまま王城にやってきた。
私が催淫剤を設置した犯人と思われているかもわからない。犯人は私ではないのだから、真犯人を探さなければならない。アルテュール様はどう対処したのだろう。
私は首元を軽くさする。今日は透け感のあるレースが首元まであるドレスにして、その跡を隠していた。サーラは、最近寒いですからね。と気にしていないようだったが、薄くなったとはいえまだ跡が消えていないのが気になって仕方がない。
それよりも、どんな顔をして会えばいいの!?
「鳴き声、すごいですね」
「え!?」
鳴き声? 何の!? 誰の!?
突然言われて私は首から熱が上がるのを感じたが、エルンスト卿は、何か飼ってるみたいに思われますかね。と言ったので、内容を把握した。サンプルだ。
鳴き声と聞いて、別のことを思い出したとは言えない。私は誤魔化すように笑う。
「扉も開いていないのに、鳴き声がするわね」
「やはり寄生されると、動物も狂ったような声を出しますからね」
「うるさいって注意されそうね」
廊下を歩いているだけで、ヒーヒー、キャーキャー聞こえてくる。扉を開けると、途端、その鳴き声が廊下に響き渡った。けたたましい動物の鳴き声だ。
研究員たちが一斉にこちらを振り向く。二人が挨拶をしてくれる中、一人だけいかにも不機嫌を表情に出した男がいた。ビートだ。
「この動物たち、どうする気ですか。うるさくて頭痛くなるんですけど」
「寄生型の魔物を使って、毒の殺傷能力を確認するのよ。毒の製作をするの」
「毒の効果を確認するってことですか?」
「わたくしではない者が作った毒の効果の確認のためよ」
私の説明に、ビートは理解できないと、眉間に皺を寄せる。
毒の聖女の能力は、毒が作れること。単純にそう言われるが、毒を作ると言っても、材料は必要ない。癒しの聖女の力と同じく、毒を与えることができる。癒しの聖女は手のひらをかざしたり、魔力を発散させて癒したりする。それと同じ。手をかざして、どんな毒でも与えられる。
作る。というのは語弊だ。私はどんな毒でも与えることができる。
毒殺なんて、片手で楽にできる恐ろしい力。恐れられて当然だ。
そして、その毒を、他の者たちに作らせることも可能だ。完全ではなくとも、似たようなものを、私が自分の毒を解析して作らせればいい。癒しの聖女が力を使って癒すことと、薬草を使って医師が処方するようなものだ。もちろん、聖女の力には及ばないが、少しでも効果があるものは作れる。
そのため辺境では、私の毒をどうやって作り、それらを使って魔物を倒すかの研究を行っていた。毒を作るのも私ではない。私が毒を作ったら、人より効果が強くなるからだ。
今回も、三人に毒を作ってもらい、その毒の効果を測るために、既に魔物に寄生されている動物をサンプルとして捕えてもらったのである。
「寄生型の魔物は辺境にもいるけれど、わけて戦う余裕はないから、魔物だけを倒す研究はしてこなかったのよね。こちらは初期状態のものが多いから、母体である動物に影響ないように、魔物だけを殺す毒を作ってくれという依頼になるわ。あなたたちが作って、別の誰かが使えるような毒をね」
「俺たちが作るんですか!?」
「そのための研究よ」
「人道的じゃないですよ! 毒の聖女が作る毒ならともかく、毒を作るなんて聞いてないです!」
ビートが噛み付くように言ってきた。私の後ろでエルンスト卿が一歩踏み出したのがわかる。私に近付きすぎるなと威嚇したのか、毒の聖女に様をつけなかったため脅したのか、ビートがびくりと体を震わせて後ずさった。しかし、言い足りないようで、頬を引くつかせる。
私はエルンスト卿を、片手をかざして押さえた。
「説明されずにここへ来たの?」
「毒の聖女の手伝いだと聞いてます」
説明されているではないか。毒の手伝いだ。別の二人、ラチェットとニーネに視線を伸ばせば、二人は理解しているとビートを怪訝な顔で見やった。魔物のサンプルには驚いたようだが、毒を作る手伝いだとわかっている。ならばビートは、癒しの聖女の手伝いだと喜んで、それが毒の聖女だとがっかりして、内容の何も聞いていなかったというところか。




