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毒花の聖女は無愛想婚約者に愛でられる  作者: MIRICO


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3 王子

「リュシエンヌも美しくなったな」


 お父様と共に王に呼ばれて、婚約破棄されるのではと私が構えていると、ただのお茶の誘いだったらしく、拍子抜けしながらそんな言葉を聞いた。

 辺境の日々を本人から聞きたいとのことだったようで、私は構えを解く。


「もったいないお言葉です」

「謙遜することはない。辺境では多くの男たちを虜にしたとか。アルテュールとの婚約を先に行なっていて良かったと、胸を撫で下ろしたものよ」


 それは恐らく、毒の聖女の力を目の当たりにし、歓迎の声を上げただけの話ではなかろうか。私が辺境に訪れたとき、私は十五歳だったが、魔物を前にして恐怖を見せぬよう虚勢を張り、なんでもないような顔をして魔物を倒した。数人で倒そうとしていた巨大な肉体を持つ魔物を、手をかざしただけで倒した衝撃は大きかったようで、最初は皆が呆気に取られていた。しかし次も次もと私が毒で倒すものだから、神の使い手が来たと喜びの声をもらったのである。


 辺境の城での歓迎会は驚きの連続だった。食堂は領主だけでなく、騎士たちも一緒。魔物の襲撃を恐れて酒を飲んでもいないのに、陽気に踊り出す。侯爵令嬢の前だと言いつつ領主自ら笛を鳴らせば、どこからか太鼓の音も流れてくる。面食らった私の横で、いつも命をかけている者たちの、ひとときの緩やかな時間なのだと説かれて、私はむしろ目から鱗が落ちそうだった。


 私の毒は魔物に効くのか。効かなかったらどうしようか。辺境に到着する前に、そんなことばかり考えていたが、馬車が途中で魔物に襲われ、護衛の騎士たちが戦う中、言っていられないと毒を使った。

 初めて毒で生き物を殺した。それは魔物であって、私たちを害するものであっても、私にとってはそれは殺しで、他の何ものでもない。そのときは震えて、吐き気が込み上げて、よくわからない気持ちにさらされた。


 ならば、普段食べている鳥や牛はどうなんだと言われても、自ら命を消す行為はまた別の何かだったのだ。

 そして、辺境の地に到着して間もないときに、魔物の襲撃を受けた。私をどう扱って良いかわからない者たちに、今は部屋で待っていた方がいいと言われて、私はそれに甘んじようとした。


 外から聞こえてくるのは悲鳴と叫び声。救援を呼んで、走り回る者たちの声。そして、待っていた部屋に追突してきた、翼のある魔物を目にして、そんな気持ちは一瞬で消し飛んだ。

 私がもっと早く動いていれば、犠牲は少なかっただろう。毒の聖女と言われて蔑まれることがあったけれど、この毒が役に立つならばとその力を使い続けた。彼らは歓喜し、私を喜んで受け入れてくれた。


 ただそれだけ。けれど、そのそれだけが、この王都とは違う。


「良い目をするようになったな。正直なところ、十五の令嬢を辺境に送るのは気が引けた。だが、あちらは飛ぶ魔物が増えて、犠牲は増える一方。かと言って、あの場所を捨てるわけにもいかぬ。辺境で魔物を押さえてくれなければ、次の領地が餌食になるだけ。魔物に土地をくれてやるつもりはない。毒の聖女は魔物をその毒で簡単に倒せたと言われていた。王子の婚約者をそんな場所へ送る予定はなかったが、そういう理由だ。だが、行かせて良かったのかもしれんな」

「おかげでリュシエンヌは、社交界から離れることになりましたが?」


 お父様は笑顔ながら、嫌味を舌に乗せた。王はただ肩を竦めるだけだ。


「そう言うな。王都で女性との戦いに慣れるまで時間がかかるのは重々承知だが、こちらは国がかかっているのだ。アルテュールは手紙を送っていたのだろ? 癒しの聖女が側にいるが、あれは慣例だ。気に病むことはない」


 王は、『すぐにリュシエンヌが王子の婚約者として社交界を席巻するだろう』と口元を上げる。私とアルテュール様の関係にヒビは入っていないと言いたいのか。婚約破棄の予定はないのだと、暗に言われているような気がした。

 それとも、アルテュール様は、私に手紙を送っていたと嘘でもついていたのだろうか。王は辺境まで噂されている話を、気にするそぶりがない。


 王は、婚約破棄はないと考えている。けれど昨夜、私は王に呼ばれたことを聞いて、お父様に辺境でのアルテュール様との手紙のやり取りについて伝えていた。お父様もアルテュール様とエリサの噂を城で耳にしており、懸念はあったようだ。もしや婚約破棄についての相談かと、二人で戦々恐々としていたわけだが。


 王は婚約破棄をさせるつもりはなさそうだが、アルテュール様はどうだろう。婚約破棄を望んでいるのではないだろうか。私はその考えを捨てきれない。アルテュール様の答えは聞いていない。同席もしないのだから、私に会う気などないし、王の本意など無視しているのではないだろうか?


 だって、帰ってきてから、何の誘いもない。私は何度となく避けられたため、耐えきれず手紙を一通出した。しかし、その返事もない。


 ここまで無視されているのに、どうやって楽観視すればいいのかしら。


 王は、『王妃もリュシエンヌの社交界の心配をしているので、今度は王妃が茶会に呼ぶだろう』と呑気に言うが、お父様も表情が冴えないまま王の話を聞いている。


 辺境で従事したことは、私の侯爵令嬢たる器を広げる経験となったが、王妃様も社交界での三年を失ったことが気になるのだろう。王妃様の庇護下に入れてもらうとしても、私自身に仕えてくれる令嬢たちはまだいない。


 その前に、アルテュール様の意思を伺いたいけれど、それはそれで、私は怖いのだ。


「アルテュールとは話したのか? まだ二人で会っていないのではないのか?」

「王城に戻った際に、一度お会いはしました」

「だが、長く時間は取っていないのであろう? 誰か、アルテュールの予定を。今から行くと良い。アルテュールには私から伝えさせよう。二人には申し訳ないことをしたと思っているのだ」


 突然言われて、私は浮き足立った。心の準備ができていない。いや、ここに来る前まで、ここにアルテュール様がいると思い、メイドたちに心配されるほど鏡を見て、ドレスを何度も着替えてやって来たが、アルテュール様はいなかった。だからもうすっかり気が抜けて、アルテュール様に会ったら何をどう問うかの想定練習までしていた会話は、脳内から消え失せている。


 王はそんなことは知らぬと、家令に命じて、アルテュール様に言伝をさせた。老齢の男性はすぐに戻ってきて、アルテュール様のお部屋にご案内しますと言ってくる。


「さあ、行ってまいれ」

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