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毒花の聖女は無愛想婚約者に愛でられる  作者: MIRICO


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2−3 毒の聖女

 毒の聖女。そんな子供のような呼びかけをする者は、一人しかいない。


 癒しの聖女である前に、あなたは男爵令嬢だろうが。『声が大きいのよ』と注意したくなる。私が振り向くと、エリサと共にアルテュール様の姿が見られた。


 本当に、いつも一緒にいるんだわ。

 その事実に、胸がずしんと重くなる。


 私はその重みを隠すように礼を執る。エリサはアルテュール様の前なのに遠慮せず、私に走り寄ってきた。


『廊下を走るんじゃないわよ。王太子殿下の前よ?』そんな言葉を、グッと飲み込む。


「ここで、何してるんですか?」

「申し訳ありません。リュシエンヌ様にそれ以上近付きすぎないでください」


 エリサが近付く寸前、エルンスト卿が私の前にさっと立ちはだかった。護衛として当然の姿だが、エリサは目を見開くと、ほっぺたを膨らませた。


「どういうことですか。ただ、ご挨拶をしたかっただけなのに」

「こちらは、聖女リュシエンヌ・デラージュ侯爵令嬢です」

「知ってますよ」

「リュシエンヌ様の護衛として、何人も近付けさせてはならないとの使命を受けております」

「私は聖女ですよ?」

「存じています」


 エルンスト卿の返答に、エリサが顔を赤くしてさらに頬を膨らませる。子供みたいな仕草に、私は呆れそうになった。


 幼い頃から機関に所属していたとは聞いたが、男爵令嬢としての矜持がなさすぎだ。エリサは気にもしていないと、エルンスト卿の前で両手を忙しそうに動かして、駄々っ子みたいな癇癪を見せる。誰か注意する者はいないのか、私の方が心配になるような振る舞いだ。


「見ない顔だね」


 ゆっくりと歩いてきたアルテュール様が、エルンスト卿に凍えるような瞳を向けた。エルンスト卿は王太子殿下の前でも態度は変わらず、私の前からどこうとしない。私の護衛は王からの命令だ。王太子殿下と言えども、邪魔をすることはできなかった。


「王子様の前ですよ?」


 エリサの言葉にもエルンスト卿は動じなかったが、剣を出すわけではないと、両手を背にやっていた。アルテュール様に敬意は見せている。


「名前は?」


 アルテュール様はエルンスト卿を咎めたりしなかったが、後ろに隠れている私を見もせず、もう一度エルンスト卿に問うた。


 エリサを邪魔したエルンスト卿に腹を立てたのだろうか? アルテュール様は顔に表情が出ないし、声にもその感情が出ることはない。抑揚のない声で、どんな貴族よりも考えていることが読めない。王の方が余程表情があった。王の場合はそれを武器にして相手を操ってくるが、アルテュール様に至っては、何もわからない。昔よりずっと、それが顕著だった。


「ブラウアー・エルンストと申します。リュシエンヌ様の護衛の任を、王よりいただいております」

「リュシエンヌが行っていた領地の者だね。リュシエンヌがわざわざ連れてきたの?」

「こちらでの護衛の募集を知り、希望した次第です」

「辺境を離れてまで?」

「リュシエンヌ様は俺の命の恩人です。辺境の者たちにとって、リュシエンヌ様は皆の恩人ですから、リュシエンヌ様に礼を執らない者は誰一人としておりません。お側に参りたがる者は多いのです」


 この城では他人事で、どうでも良いことなのだとしても、辺境では必要とされ、自分がやってきたことを肯定してもらえる。彼らの役に立ち、三年は無駄ではなかったと言ってもらえるようで、私の心が温かくなってくるようだった。


 それに水をかけるように、アルテュール様は私に冷ややかな視線を向けた。


「リュシエンヌは、どうして城に?」

「研究室をいただいて、研究を行うことになりました」


 聞いていないのか? そんなことを問われるとは。

 アルテュール様は、どうでもいいように、そう、とだけ言って、前を通り過ぎていく。エリサが手を振って、リュシエンヌ様の後を追っていった。


 私はそれを憎らしげに見たかった。けれど、私を恩人と言ってくれるエルンスト卿の前で、嫉妬心に燃える自分を見せたくなかった。それに、周囲の者たちの声が耳に入ってきて、それが私を押し留めた。


「お似合いよね」

「これから庭園にいらっしゃるのかしら?」


 そう言って、私を見て、そそくさとその場を去っていく者たち。

 明らかに私の方が負け犬だ。


 耳を閉じたい。ここから走り去りたい。

 けれど、胸ぐらを掴んで、突き飛ばしてやりたい。


 アルテュール様の婚約者は私で、あなたはただの癒し係。側にいるのは私のはずなのに、どうしてあなたがアルテュール様と一緒なの? アルテュール様に言いたい。どうして、私とは一緒にいてくれないの? あの女がそんなにいいの? 私の場所を奪って、悪びれもなく笑っている女のどこが?


「リュシエンヌ様……」


 エルンスト卿の気遣わしげな声に、私はにこやかな笑顔を返す。


「さ、行きましょ」


 私はちゃんと笑えているだろうか。私が婚約者だから気にすることはない、そう言った方がいいだろうか。

 そんなことを言ったが最後、私が婚約者の座を奪われていると、彼に心配されるだろうか。


 結局、パーティで会った後も、アルテュール様と話していない。三度目の会話が、さっきのあれ。謁見を願おうと思ったけれど、またエリサが同席しているのではと不安になって、その勇気も出ない。偶然会えて、喜びたくなっても、傍らにいるのはエリサなのだから、もう笑うしかない。


 ああでも、今のでわかったことがある。


 私はきっと、婚約破棄されるに違いないのだと。

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