16−2 思い
「どうして離婚の話になるんだい?」
庭師との話で、離婚して戻ることになったら、という話をアルテュール様にしたら、驚愕と混乱と、なんだかよくわからない複雑な表情で肩を掴まれた。
「たとえば、例えばの話です」
「そんな不吉な話に例えないでくれないかな?」
「しません。しませんから。離婚なんて」
「当然だよ。まだ結婚もしていないのに、……うっ」
「アルテュール様? 大丈夫ですか!?」
「だい、じょうぶ。君が、変な話をするからだよ」
アルテュール様は私の肩に頭を乗せて、息も切れ切れと言葉をつぐむ。
今日は毒の耐性をつけるためのお茶の日で、アルテュール様は私の作った毒薬……、めまいのする物を飲んで、おとなしく私に寄りかかっている。力を抜いて、足を投げ出して、普段のアルテュール様からは見られない、力の抜き具合をしていた。
眠りそうだから何か話してと言われてそんな話をしたのだが、驚かせてしまった。
「今ので目が覚めたよ」
その割に、何度か瞼を下ろし、私の肩に頬を擦り付けて眠りやすい体勢にしなおす。
外はまだ昼過ぎなのに薄暗く、今にも雪が降りそうな雰囲気だが、暖炉の熱で眠りたくなるのだろう。
アルテュール様の枕がわりになって、私は紅茶を飲みながらまどろんでいる。アルテュール様の長いまつ毛を数えられるほど側にいて、これが結婚したらずっと続くのかな、などと考えて、一人で照れたりした。
「もう少ししたら、二杯目?」
「そうですね」
顔色は悪いが、軽い毒なので、次の段階のための二杯目を飲ませる予定だ。
「念の為、癒しの聖女様を呼びますか?」
「大丈夫だよ。君がいるし。耐えられないようでは、先に進めないからね。余程ひどい状態になっても、君が毒を消してくれるだけで十分だよ」
そうかもしれないが。やはり不安になる。
「それに、彼女は気を遣って、俺たちが二人でいるときは部屋に近づいてこないよ」
アルテュール様が毒を含む前、癒しの聖女の検診があった。アルテュール様の体調をみながら行っているので、先に癒しの聖女に確認してもらうのだ。そのとき、今日は問題ないから、ごゆっくり! とニコニコして出ていった。私たちがいつも毒の耐性と言いながら、二人でのんびりしているのを知っているからだ。
ちゃんと毒の耐性のためよ? でも、体調が悪くなると言いながら、アルテュール様は私にべったりだから、癒しの聖女も気を利かせてくれるのよね。
新しい癒しの聖女は熟年の方だ。その昔、アルテュール様につける癒しの聖女は、彼女かエリサかの二択だったそうだが、当時彼女は夫を失ったばかりで、仕事に専念できないからと断りを入れていた。
エリサの失態により、再び声をかけて、了承を得られたという。癒しの聖女を決める際、エリサでは若すぎるという懸念があったが、結局あんな結果になってしまったので、彼女に代わったのは必然だろう
アルテュール様専属のメイドがお茶を交換しに来てくれる。前からいるメイドだが、アルテュール様が、メイドが下がるのを細目にして眺めているのを見ると、やはりハンナがいなくなったことは、アルテュール様は残念に思っているようだった。
「ハンナのことは……、もう吹っ切れたよ」
私の考えていることはわかると、アルテュール様は微かに口元を上げる。
「ハンナは、エリサに恩義があると自分に言い聞かせながら、俺を売ったんだよ。自分の行ったことを棚に上げて、ステンロース卿の話をいいように解釈して、言い訳しながら催淫剤を仕込んだんだ。リュシーへの手紙を心待ちにしていた俺を見ていながら、そんなことが行えるような人だったんだ」
ハンナはステンロース卿の甘言に乗って、アルテュール様とエリサの既成事実をつくり、婚約破棄を狙おうとした。クリスティナ王女もアルテュール様とエリサのロマンスを肯定し、二人の愛が結ばれるようにと言い続けていたこともあり、ハンナはその流れに正当性を得たのだろう。
そこにアルテュール様とエリサの気持ちはない。エリサはアルテュール様のことを好きだったようだが、本人は当初気付いていなかった。二人の恋仲について否定していたし、婚約の邪魔をする気はないとはっきり口にしていた。
けれど……。
「催淫剤事件のことがあって、アルテュール様がエリサを遠ざけたので、エリサは気持ちに気付いたと思うのです」
「なんの?」
アルテュール様はとぼけた顔をしてくる。わからないふりでもしているのだろうか。
「エリサが、アルテュール様をお慕いしている気持ちに、離れてから気付いたんですよ」
前も言ったのに。私は口を尖らせたい気持ちを抑え込んで、ふてくされないように、平常心で返す。
しかしアルテュール様は、プッと小さく吹き出した。
「本当ですよ!? エリサはアルテュール様を好きだと気付いて、私が何か言ったせいで引き離されたと、しつこかったのですから」
「エリサはね、自分の力を盲信して、自惚れていたんだ」
「それが、関係ありますか?」
「あるよ。けれど、俺がそれを全否定した。癒しより婚約者がいいとね。俺はね、エリサが俺のプライベートに入ってくることを最初は許していなかったんだよ。けれど注意しても気にしないし、学ばないしで、注意するのも疲れていたんだ」
それはステンロース卿も言っていた話だ。




