16−3 思い
「それと、彼女は男にかしずかれるのが好きなんだ。公務中にやってきて、よくそんな話を自慢していたよ。薬師が自分のために薬草を採ってきてくれるとか、騎士に声をかけられて癒してやったとか」
「そういえば、薬師たちは、男の子ばかりでしたね……」
「契約違反もよく堂々と口にするなと呆れたよ。違約金が課されると注意しても聞きやしない」
それは、想像できて、私も苦笑いしかできない。
ハンナがそれを見ていれば考えを改めたと言いたいところだが、残念ながら、ハンナも同じように癒しを得たため、それを見ても何も変わらなかっただろうと、アルテュール様は呆れ顔を見せる。
「エリサは自分の力が絶対とわかっていて、そんな態度が取れるんだ。男好きも相まって、自分を受け入れない男はいない。聖女の力があれば、誰でも自分を認める。そんな考えが根底にあって、だから学べと言われても、疑問を持つことに対して学ぼうとしない。自分が必要ないと思っていることを、どうして学ぶ必要があるんだと無意識に思っているんだよ。そんな人が、俺に否定された。どうして、なぜそうなるのか。わかった、誰かがそそのかしたんだ。今まで平気だったのに。じゃあ、新しく来た人、それは」
「私ってことですか……」
私もため息をつきたくなった。
そんなことで私に突っかかってきたとは。ずっとアルテュール様から離されて、それを恨んでいるのかと思っていたが、表向きはそうでも、心根は違ったわけである。
エリサは王太子殿下殺人未遂で死刑の可能性があったが、癒しの聖女の力は捨て難いと、今後は機関の監視下で癒しを続けることになった。男爵より縁を切られて平民にもなり、二度と機関の建物から出ることを許されず、機関の元で一生を過ごすことになったのだ。
レオニーは、第二夫人暗殺未遂があるため死刑が決まる予定だ。ステンロース卿は身分剥奪。平民として炭鉱地へ送られた。
クリスティナ王女は既に王族から抹消されて、遠く北に位置する修道院へ連れて行かれた。第二夫人は王女を諌められなかったとして、王との婚姻関係は解消された。実家に戻り、今後は地方にある領地で療養をするという。
ハンナは侍女をクビになって、王宮を追い出された。
クリスティナの乳母と同じことになるのではという危惧はあっても、アルテュール様に催淫剤を使うなど、言語道断。罪は罪、罰は罰。死刑にならないだけマシという処分になった。
「催淫剤の話だけれど」
アルテュール様は話を元に戻す。
「王に言われて、俺が急遽予定を変えなかったら、きっとあの部屋にいたのはエリサだっただろう」
それを狙ったのだから、間違いない。
それを聞くと、急に胸の中が苦しくなってくる。
もしも、聖女とアルテュール様が、そんな関係になっていたら。
私は正気でいられただろうか。
「聞いている? なんで泣きそうな顔になるの?」
「もしかしたらと思うと、苦しくて」
「バカだね。何も起きないよ」
「そんなの、わからないじゃないですか」
「起きない」
アルテュール様は体を起こすと、私の頬に触れて、目尻の涙を拭う。
「俺は自信を持って言えるよ。もしエリサが一緒だったら、俺はエリサを部屋から追い出していた」
「でも、」
「でも? リュシーは違った? それはそうだよ。俺が愛しているのはリュシーだし、リュシー以外を抱きたいと思わないし、目の前にリュシーが、見たこともない色っぽい顔をして、涙目で俺を見てたら、俺だって理性なんて吹っ飛ぶだろう? そんなの、止められるわけない」
まるで、そのときのことを思い出すように、アルテュール様が私に口付ける。
「はあ、このまま抱きたいんだけど。目がまわるから」
「そ、そうですよ! 大人しくしていてください」
「うん、そうするよ」
そう言って、アルテュール様は私に寄りかかり、体重をかけたまま、覆い被さってくる。
「アルテュール様? 言っていることとやっていることが、どうやら違うようですけれど?」
「そう? 気のせいじゃないかな」
「誰か来たら」
「誰も来ないよ。もう邪魔者はいないからね」
まったく。ああ言ったらこう言う。
アルテュール様は唇を合わせて、クスクスと笑った。アルテュール様の髪が私の頬に触れて、くすぐったくなって、私も同じように笑い返す。
「早く結婚したい。そうすれば、もっと長く一緒にいられるんだから」
「もう、すぐですよ」
「リュシーは、待てるの?」
「……待てません」
「ははっ」
「愛しています。アルテュール様」
「俺もだよ。リュシー」
アルテュール様は破顔すると、私を包むように抱きしめる。触れられたところが温かくなって、熱が伝わってくる。
この人と一緒にいたい。
幼い頃に毒の聖女を肯定してくれた人。私の心はそこで決まった。
毒に侵され、苦しんだ幼少期、それでも強くならなければならないと、ベッドで眠りながら王太子としての矜持を保つために、学びを進めてきたアルテュール様。剣を持てるようになったのはエリサのおかげだが、ほとんど歩くことのできなかった体を鍛えたのは、アルテュール様本人だ。体が弱すぎて、誰にも侮られないように表情を消したことで、久しぶりに会って私は戸惑ってしまったけれど、今はその表情のなさでも考えていることはわかるようになった。
二人でいるときは、その表情も緩むのだから、私だけの特権に口元がほころぶ。
「何を笑っているの?」
「うれしくて」
「口付けが?」
「アルテュール様とこうしていられることが」
アルテュール様は相好を崩して、私に啄むように口付ける。重ね続けるそれに、私が笑うと、アルテュール様は愛しげに私を見つめて、深く口付けた。
私の幼い頃からの夢は現実となり、私は彼の隣に並ぶのだろう。
アルテュール様の隣に立つ日を、私は今か今かと待ち続けるのだ。




