15−2 恨み
レオニーは毒の取得ルートをあっさりと吐いた。『毒の聖女の力を舐めていた』と自虐的に言いながら。
私は第二夫人の寝室だけでなく、離宮を全て改めた。毒は寝所だけで他には見つからず、やはり第二夫人だけを狙っていたことがわかった。
「クリスティナを絶望に追いやる方法を、一番に考えていたのだろうね。それならば、俺も狙っておかしくないけれど」
さすがにアルテュール様の寝室に毒を置くのは難しかろう。第二夫人とクリスティナ王女は離宮住まいだ。レオニーが第二夫人の寝室近くをうろついていても、不審に思われることはない。
そして、アルテュール様の周囲に毒を置く必要はなかった。レオニーがアルテュール様を狙おうとする前に、アルテュール様が毒で倒れたのだから。レオニーは手を下すまでもないと考えたのかもしれない。その犯人が誰か知らずとも。
ノックの音が部屋に響いて、アルテュール様は部屋に入るよう命じた。
やって来たのはエリサだ。
「王子様! ……っ」
アルテュール様を見た途端、パッと明るい笑顔を見せたが。私が隣に座っているとわかると、すぐに表情を歪める。
随分嫌われたと言うより、その顔はまるでクリスティナ王女のようだった。憎らしげな顔を私に見せて、今にも噛みつきそうな歯軋りをする。
「今日は、いつもの検診と聞いて来たのですが」
そんな理由で呼び付けたのか。エリサはいかにも不満顔で、私を睨んだまま、いかにもお前が何か言ったのだろうという視線を向けてくる。
「検診の前に、話しておきたいことがあるんだ。私が含んだ、毒の件なのだけれど」
「王子様を殺そうとした、犯人が見つかったんですか!?」
「そうだよ。何に入っていたかも、わかったんだ」
「そうだったんですね!」
エリサはうれしそうに笑って、しかし私に小馬鹿にしたような視線を投げてくる。
その勝ち誇った顔は何なのだろう。私が毒を盛ったと、未だ思っている顔にしか見えない。
アルテュール様に座れとも言われていないのに、エリサは我が物顔でソファーに座った。空いていた方のソファーだが、私がいなければアルテュール様の隣に座りそうな勢いだった。
これが彼女の普通だったのだろう。
「それで、誰の仕業だったんですか?」
エリサは爛々と問うた。王子を殺そうとした犯人を聞くのに、そんなうれしそうな顔があるか?
アルテュール様はその姿を冷めた目で見つめた。外でのアルテュール様はいつもこんな顔だったと思うほど、冷然としている。その顔にエリサは怖気付くどころか、気にもしていない。
エリサは天真爛漫と言われているが、その実、他人の機微にうとく、その心に寄り添うことが不得意なのだろう。だから、他人を思い遣っているように見えて、その慈悲は一方的なのだ。
アルテュール様の冷厳な態度を前に、エリサは笑顔を見せているのが証拠だ。
「王子様?」
「私に毒を盛ったのは、君だよ」
「……え? やだ、王子様。何を言って」
エリサは驚きつつも笑って返すが、アルテュール様が黙って彼女を見つめると、口元をひくつかせ、歪に笑った。
「わ、私じゃありませんよ。ねえ、何の冗談ですか。私じゃありません!」
「そう? けれど、毒が出たんだ。私がいつも飲む、君の薬草から」
「そ、そんな、違います! 私じゃないわ! この女です! 何で私が王子様を殺そうとするんですか!? この女しかいません!」
エリサは立ち上がり、私を指差した。真っ青な顔。わなわなと震える肩。一見して、エリサの表情は演技には見えず、本当にどうして疑われるのかわからないと言わんばかりだった。実際、そうなのだろう。エリサは毒は入れていない。入れていないのだ。
「王子様、この女をちゃんと調べてください! 王子様に毒薬を飲ませたのは、この女です! あのとき、毒薬を飲ませていたじゃないですか!」
「そうだね。リュシーは私に毒の薬をくれた。毒に耐性をつけたいと言った私のために、わざわざ作ってくれた毒だ」
「ほら、やっぱり。それを飲んで王子様は倒れたんですよ!? 調べなくたって、犯人は決まっているじゃないですか。それなのに、どうして私が犯人なんて。ひどいです!」
エリサは目元を潤わせ、目を赤くした。何も知らない人が見れば、エリサは冤罪だと思うだろう。エリサは演技をしていないし、自分ではないと言い続けている。頑なに、私が犯人だと口にしながら。
「聞きたいのだけれど、どうしてわたくしが犯人だと思うの?」
「毒を飲ませたのでしょう!」
もうそれしか言えないのか。エリサは私のことになると、狂気の沙汰のように、上擦った声で笑っているかのような歪な顔を見せてくる。それだけ見れば、とても癒しの聖女とは思えない。エリサは気付いていないのだろうか。
「わたくしが、どんな毒を与えたと言うの? どうやって?」
「毒の入ったお茶を飲ませていたじゃないですか!」
「前も同じことを言ったわよね。毒入りのお茶。では、そのお茶がどんなものかわかっているの?」
「どういう意味ですか。毒の入ったお茶は、毒の入ったお茶でしょ?」
「まあ、毒なのは間違いないのだけれど」
私が肯定すると、エリサはカッと目を見開いた。
「よくもぬけぬけと!」
「その毒茶が、何の毒だと思っているのかしら?」
「ヤラーニャよ! 他に何があると言うんですか!?」
「なぜ、ヤラーニャだと?」
「え? 何を言っているんですか。ヤラーニャって聞いたわ。あなただって、ヤラーニャは毒だと言ったじゃないですか!」
「ええ、そうね。ヤラーニャは毒。猛毒。間違えて使わないようにね。そう言ったのはわたくしよ。でも、ヤラーニャの毒を、毒薬ですって言って、わたくしがアルテュール殿下に渡し、それを飲ませるってどうなの? 死に至るような毒薬を、わざわざ自分の前で飲ませる。わたくしってそんなに馬鹿みたいなことをするように見えるのかしら」
私はわざとらしく顔を傾けて、頬に手を当てながら、ホウとため息をつく。
「知りません。そんなこと」
「では、どこでヤラーニャの毒だと聞いたんだい?」
アルテュール様が口を挟むと、エリサは眉根を寄せた。
「それは、メイドの誰かが言っていたんです。誰だか、忘れましたけれど」
「そうか、そうかもしれないね」
「はい! だから、毒の聖女様がヤラーニャの毒を入れて、王子様に飲ませたんです。こんなに簡単な事件で、どうして捕えられないんですか? 王女様が勝手に牢に入れたからですか? 犯人は見つかっていないって言いますけど、もしかして侯爵令嬢だから、偽っているんですか?」
エリサは言いたい放題だ。アルテュール様ももう話しているのは無駄だと感じたか、控えていた騎士に目配せした。
エリサは背後の騎士に目をやって、一瞬驚きを見せる。アルテュール様のいる部屋に騎士がいるのは普通だが、人数が増えて驚いたのだろう。それに今気付いて、怪訝な顔をしたが、私の顔を見るなり納得の表情を浮かべた。




