14−4 罠
アルテュール様の侍女であるハンナは、アルテュール様が子供の頃からずっと一緒にいる。そのハンナが、催淫剤を仕込んだ?
私が理解できないでいると、アルテュール様は苦悩するように眉間を寄せた。アルテュール様にも青天の霹靂だったのだ。
アルテュール様が、あの執務室に入った人間を調べたところ、ハンナしか催淫剤を設置できない可能性が浮上。その上でハンナが催淫剤を仕込んだ過程を暴こうとしたが、証拠が出ず、泳がせることになった。そんな中、ハンナがクリスティナ王女と、クリスティナ王女がステンロース卿と、別々に繋がりがあったことがわかり、ステンロース卿を監視させていた。
そのステンロース卿は、パーティ会場を早いうちに後にする。もう帰宅するのかと見送ったわけだが、不信に思い、念のため馬車を探せば、馬車はそのまま。
そこで、ステンロース卿がまだ会場にいることが発覚した。
「レオニーが、リュシーをさらったのがステンロース卿だと証言し、エルンスト卿が慌てて俺のところにやってきた。エルンスト卿から、ステンロース卿はリュシーに執着していると聞いて、必死で君を探して……。もしも、後少しでも遅かったらと思うと」
「アルテュール様……」
アルテュール様が震えながら私を抱きしめる。
もしも、後少し遅かったら。そう考えると、私も背筋が寒くなった。その時は、ステンロース卿を殺していただろう。
「無事でよかった。薬を飲んだと思っていたレオニーは、効果がなくて笑っていたそうだよ。それで諦めが早かったと言っていいのかどうか。けれど、おかげで間に合った」
「そうですか……」
レオニーは、私を巻き込んだと思っていたのだろうか。クリスティナ王女を失墜させることが彼女の一番の望みだったのだから、自白剤を飲ませた時点で彼女の報復も終わっていたということだったのか。
……本当に?
「クリスティナ殿下は……?」
「まだ眠っている。起きてから、すべてをつまびらかにさせるよ。とにかく、君が無事でよかった」
「申し訳ありません。クリスティナ殿下がワインを飲んだのを確認し、そのグラスを使って私もワインを口にしたのですが」
「リュシーのせいじゃない。謝るのは俺の方だよ。やはり君の側から離れるべきじゃなかった」
警戒していたのに、罠にかかった。自分の愚かさを詫びたい。そのせいでアルテュール様に迷惑をかけてしまった。それで自分を危険に晒すなど。
けれど、アルテュール様は私を抱きしめる。その体温に、心が溶けそうになった。あの男とは違う、その温もり。触れられて嫌悪することはない。側にいるだけで吐き気すら覚えたほどだ。アルテュール様とそれ以外の男というだけで、こんなにも感覚が違うのだと、驚きさえあった。
私は、本当にアルテュール様が好きなのだ。
「アルテュール様、お願いがあります」
「何? 何でも叶えるよ」
そんな、泣きそうな顔で言わないでいいのに。贖罪を得るために、命すら差し出しそうな雰囲気で、アルテュール様は私を見つめてくる。触れていた手に口付けて、私のお願いを待った。
「あの男に、首筋を舐められたんです」
「なっ! あの野郎!」
アルテュール様は途端いきり立って、今にも人殺しをしそうな顔をして立ち上がった。
「待って、待ってください!」
「他にどこを触られた!?」
「落ち着いて、そうじゃなくて。だから、私のここに、口付けてもらえますか? 上書きしたいんです」
私は自分の首筋を指差す。アルテュール様は一瞬目を見開いて驚いて見せたが、すぐに小さく笑って、私を腕の中に包むと、耳元から下、首筋を食んで、そのまま鎖骨まで口付けた。
アルテュール様のそれはステンロース卿とは全く違う。何が違うのかわからないが、とにかく違う。心に温もりが溢れるような、くすぐったいのに心地よくて、恥ずかしいのに、うれしくて、涙が出そうになる。
「他は?」
離れた唇に残念に思うくらいは、全く別物だ。
「他は、ないですけれど。――あ、」
「他に何かされた!?」
「いえ、されませんでしたけれど、私のここに印があると伝えたら、怒り狂ってましたので、ザマアミロと思いましたわ」
今も私は首筋が見えるドレスを着ていたが、パーティ用ほどではない。だから、胸元がはだけるわけではないのだが、アルテュール様はそこにある印を見るように凝視して、真顔になると、ぽそりと、やっぱり殺しておくべきか。と呟いた。
「口付けられたわけではありませんよ!?」
確認はされそうになったが、口を近付けられたわけではない。けれどアルテュール様は眉を逆立てた。
「どんなふうにそんな話になったか知らないけど、そんなところを指さしたってことは、視線を向けたってことだろう?」
「そのまま毒で目を焼いてやりましたけれど」
「それについては正解だよ」
アルテュール様は言うなり、私に口付ける。
「ん、アル、テュ……」
「俺が怒っていることわかる? 君を陥れようとした者も許せないし、君を傷つけようとした者も許せない。あの男も殺したいくらい許せない。けれど、何より許せないのは、自分自身だよ。君を守ることができなかった」
「守ってくれました。エルンスト卿をつけてくれたし、助けに来てくれました。だから、もっと安心させてください。あの男に、私のものだなんて言わせないように」
私はあの男のものではないと、記してほしい。私の心の声が聞こえたかのように、アルテュール様は急くように口付けて、私をソファーへ押し付けた。
「優しくできないかも。すごく君がほしいから」
「しないでいいです。今日のことを忘れさせてください」
アルテュール様は私の唇に自分のそれを押し当てる。幾度となく重ねて、息吐く暇もなく、深く絡めて、私たちは抱きしめ合う。
怖かった。けれど、もう怖くない。
アルテュール様の手は骨張って、思ったより硬い手のひらをしているけれど、触れる手は優しく、私を包み込む。
睦言を言う暇もなく、アルテュール様は私に寄り添って、一度離した唇を再び重ねた。




