14−3 罠
今度は木の根に引っかかって、私は大仰に転んだ。履いていたヒールの高い靴が半分脱げて、立ちたいのに立つことができない。ちゃんと履いて、いや、脱いで、靴を捨てて、走らなければならないのに、きつく紐で足首に結ばれていて、脱ぐことができない。
「ふざけやがって! 私に、毒で、攻撃をしたなっ!」
荒々しい息をして、ステンロース卿が私の足首を握りしめた。その足を上げて、私の両足を広げようとする。
「いやっ。アルテュール様、アルテュール様っ!」
涙が流れて、私は手をかざした。私の目には、ステンロース卿がよく見えていた。
「リュシー!」
耳に馴染む声。それが届いたと同時、ステンロース卿が後ろに吹っ飛ばされた。
「リュシー、大丈夫か!?」
「アルテュール様……?」
アルテュール様に飛ばされたステンロース卿は、いつの間にか現れたエルンスト卿に、あっという間に拘束される。
私はアルテュール様にきつく抱きしめられていることに、呆然としていた。
「アルテュール様」
「うん」
「アルテュール様、アルテュール様!」
「うん。遅くなって、ごめん」
言いながら、アルテュール様は私の背中をなで、腕をさすり、額に口付ける。
震える肩を抱いて、何度も大丈夫だと言った。
「……あと少しで、殺しそうでした」
「よく我慢したね。もう大丈夫だ。大丈夫。大丈夫だから」
あと少しで、殺しそうだった。私の力で、人は簡単に殺せる。その禁忌を、破るところだった。破ったら、アルテュール様の婚約者ではいられない。あと少しで、私は毒の聖女として罪人になっていただろう。
もしも、そうなっていたらと思うと。
「ううっ」
「大丈夫だ。さあ、もう戻ろう」
「なんで、何で邪魔をするんだ!」
アルテュール様が私を抱き抱えると、後ろでステンロース卿の喚き声が上がる。私が震えると、アルテュール様は私の視界に入らないように抱き上げながら、私の額に口付けて落ち着かせてくれる。
「私のものだ! 私のものなのに!!」
ステンロース卿の声は森の中に響いていたが、エルンスト卿の手によってすぐに静かになった。
◇
私は王宮の一部屋に連れられて、お風呂をもらって、着替えをさせてもらった。
温かなお湯に浸かって綺麗にしてもらったので、私はやっと息を吐いた。先ほどのことを考えると恐ろしいが、もう落ち着いている。部屋にはアルテュール様が待っていて、私を見るなり私に走り寄った。
さっきまで震えていた手をぎゅっと握ってくれて、その力強さに安堵する。
「リュシー……。怪我は」
「軽く擦りむいただけで、手当てしてもらいました。もう大丈夫です。お待たせしてしまい、申し訳、」
「いいから、座って」
メイドがお茶を持ってくる。ハンナではない、別の女性だ。それを見送って人払いをすると、アルテュール様は私の頬に触れ、額に自分のそれをくっつけた。
「遅くなって、ごめん」
「もう、さっきも聞きましたよ。私は大丈夫です」
何度も大丈夫だと伝えたが、私を一人にしたことをひどく後悔しているようで、ずっと顔を歪めたままだった。
私が広間から離れて、なかなか戻ってこないことを心配し、ずっと探していてくれたのだ。
「エルンスト卿を、私につけていたとは思いませんでした」
「念のためにね。毒がわかるといっても、この前のことがあったし、別の薬を使われたら危険が伴うかもしれない。だから、パーティに参加して、誰にも気付かれないように控えていろと命じておいたんだ」
そんなこと、全く気付かなかった。
エルンスト卿は私の後をつけ、クリスティナ王女と共に部屋に入ったところまで見届けた。しかし、いつまで経っても出てこない。
「エルンスト卿は君を確認するために、外から部屋を覗くことにした。そうしたら、部屋ではクリスティナが眠っていて、リュシーがいない。しかし、クリスティナ付きのメイドのレオニーが、そこに立っていて、何かを飲もうとしていた」
レオニーが部屋にいるのに、クリスティナ王女が眠っていて、私がいないとわかったエルンスト卿は、急いでレオニーを捕らえた。けれど、レオニーは薬を飲み込む。
「エルンスト卿は急いでそれを吐かせようとしたんだ。けれど、吐かせることはできなかった。なのに何も起きなかったのか、レオニーは唖然としていたそうだよ。……何の毒だったんだい?」
「仮死状態になる薬です」
レオニーは瓶を二つ持っていた。一瓶はクリスティナ王女に。クリスティナ王女が目覚めた時、質問されれば何でも答えるように自白剤を飲ませた。もう一瓶はレオニーが。レオニーは仮死状態になる薬を含んで、死んだふりをして逃れるつもりだったのかもしれない。
しかし残念ながら、私はその液体の色から、毒だとすぐに気付いた。どちらも致死量に近かったのだったのだろう。私の目には毒と判断されて、その効果を消すことができた。毒の成分を消すのは私のおはこだ。体内から消すよりずっと簡単にできる。
手を使わずとも、毒の効果は消し飛んだ。レオニーは毒の成分が入っていない液体をクリスティナ王女に飲ませ、自分もまた、毒の成分が入っていない液体を飲んだ。
私の目の前で、そんな毒を見せる方が悪いのだ。
「……それとは別に、ステンロース卿にも人をつけていたんだ。ハンナが、催淫剤の入った金属を暖炉に入れた可能性があった。ステンロース卿が手引きしたのではないかと」
「ハンナが、ですか?」




