14−2 罠
「それにしても、あなたが王太子殿下暗殺未遂の容疑者にされるとは思いもしませんでした。毒を扱う聖女が毒を使って王太子殿下を殺すなど、犯人だと言っているようなものですから。それを、あの王女が」
ステンロース卿は、憎らしげに言いながら舌打ちをする。
「クリスティナ、殿下、……レオニー、とは」
「レオニーですか? あの王女をやたら庇っているメイドですね。あんなクズな王女に何を求めているのでしょう。彼女がいなければこの計画はうまくいきませんでしたから、感謝していますけれどね」
ステンロース卿は、レオニーについて知らないのか?
ならば、ステンロース卿はクリスティナ王女と組んでいるつもりなのか。クリスティナ王女を嫌っているのがありありと見えるが、主導しているのはあくまでステンロース卿。レオニーは補助的なもので、協力者にしかならない。
頭が混乱して、まとまらない。
レオニーの正体を二人は知らない。しかし、レオニーには考えがあって、この事件を誘導している。
クリスティナ王女は自ら睡眠薬を飲んだはずだ。私をステンロース卿に渡し、アルテュール様を裏切ったとしたいのだろう。
だが、レオニーの思惑は別だ。クリスティナ王女を裏切り者にして晒したいのだから、クリスティナ王女もステンロース卿も騙していることになる。
レオニーは、クリスティナ王女が毒事件で逆恨みをして、私をステンロース卿に売ったことを、公にするつもりだ。
そして、クリスティナ王女に飲ませていた薬は……。
「まったく、あの王女はあなたに逆恨みを募らせて、今では自分を正当化していますから、クズさは間違いありません。あなたを恨むのはお門違いなうえに、あんな聖女を神聖視している。あの聖女は慈悲と言っては機関のルールを守らず、あちこちで癒しを行う。頭が空っぽで、利用されていることに気付きもしない」
「利用、って……」
「ああ、話しすぎましたね。どいつもこいつも、癒しの力を神の力とみなしすぎるのですよ。あなた様がどれほど崇高な方であるか、理解することができない」
ステンロース卿は、これ以上は口にしないと、言葉を区切る。
エリサをどう利用したのか。第二夫人のことか? レオニーが自分をクリスティナ王女に信用させるためにエリサを使い、第二夫人の病を治した。その証拠はないが、王妃様もそうではないかと考えている、周知の事実。第二夫人が健康になれば、クリスティナ王女はさらにレオニーを信用しただろう。
私は頭の中が整理できないでいた。ぼやけた頭のせいだとしても、わからないことがある。
「なら、誰が、アルテュール様に毒を」
「さて。聖女が毒草を煎じて飲ませたのではないですか?」
「エリサが、薬草を、間違った、と?」
「可能性は高いのではないですか?」
そんなはずはない。私が直接危険だと伝えたのだ。猛毒であることも言ったのだし、アルテュール様に煎じる薬に混ぜては、本人が疑われるだけだ。そこまで考えなしではないだろう。
「あの女は王太子殿下にお似合いですよ。毒を盛られて、常に癒してもらっていればいいのです。あなたの側にいるべきは私です。あなたの側にいれば、私がどれだけお役に立てるか、おわかりになるでしょう」
ステンロース卿は卑俗な笑いをして、自分の唇をペロリと舌舐めずりする。間近でそれが見えて、吐き気がしてきた。
少しずつ、視界は広がっている。そのおかげで、見たくもない顔が目の前で見えてきた。
気持ち悪い。
「さっさと不義を犯せばよかったものを、あの女も役に立たない」
何のことなのか、私は問うまでもなく理解した。催淫剤。あれを仕込んだのは、この男か?
「それも、あなたの仕業ってわけ」
「私は、何も。ご存知だとは思いませんでしたが……」
では、誰が催淫剤を暖炉に仕込んだのか。犯人は誰だと、いろいろな人の顔を頭に浮かべていると、ステンロース卿が何かに勘づいたように、キロリと闇色の瞳を私に向けた。
「まさか、冗談ですよね」
「何の話よ」
私の視界は開けてきている。頭はまだぼんやりするが、指先の痺れも取れてきている。ステンロース卿に気付かれないように、手のひらを握った。
「まさか、……あなたが、代わりに? はは、あり得ない。どうせ、何もできずに、うずくまったくらいでしょう」
ステンロース卿の乾いた笑いに、私は鼻で笑いそうになった。
「あなたの初めては、私がいただくのですから」
「……見えないの?」
「何がでしょう?」
「わたくしの胸元には、アルテュール様の印がしっかり残っているのよ!」
「なっ、ぎゃあっ!」
ステンロース卿が私の胸元のドレスを引きちぎらんばかりに掴んで覗き込もうとしたとき、私はその目に手のひらをかざした。毒の入った目は一瞬で流血し、ステンロース卿が痛みに飛び退いて転げ落ちた。
ここは、ガゼボのベンチだ。
どこのガゼボだ。私はめまいを我慢しながら起き上がり、ガゼボを飛び出す。ガラス張りのガゼボだったから、そこまで寒くなかっただけか。夜のこの時間、周囲に光はなく、風もあって、急速に私の体を冷やした。ガゼボを出たはいいが、睡眠薬のせいで体がまだまともに動かない。走っているつもりなのに、足が絡んで動かなくてつんのめると、地面に手と膝を突いた。
涙が流れそうになる。顔を上げればまた周囲が歪んで見えて、目が回った。
どこにいるのかわからない。どこへ行けばいいのかもわからない。周囲は暗闇で何も見えないが、風が吹けば葉が重なる音や枝が揺れる音がした。どこかの森の中なのか。
「誰か、アルテュール様っ」
「くそおっ。何をするんだ! 毒を、私に使うなんてえっ!」
赤い涙を流したステンロース卿が、狂ったように大声を出しながら、ガゼボから出てくる。風が吹いて、月明かりに照らされた。木々が見えて、ここが森の中だとわかる。逃げる方向はわからないが、もう走るしかない。
ステンロース卿を殺すわけにはいかない。だから、弱い毒を与えるしかない。目を狙えば諦めると思ったのに。ステンロース卿は怒り狂っているのか、風が鳴るような甲高い声を出して、私を追ってくる。
「待てえっ! お前は、私のものだあっ!」
「きゃっ!」




