13−5 招待
レオニーの後方で、柱に隠れていたクリスティナ王女が姿を現した。
「言いたいことがあって……」
クリスティナ王女は視線を泳がせ、口元を歪ませる。嫌悪感はなく、もじもじと落ち着きなく返事を待つ。
何事だろう。反省しているのでは? とは思っていても、今までのことが強烈すぎて、まだ信用がない。言いたいことがあるならば、ここで言ってほしいのだが、クリスティナ王女は向こうの部屋で、と部屋を指定してきた。
「でしたら、アルテュール様に伝えてから参りますわ」
「そのように伝えさせるわ」
クリスティナ王女は側にいた召使いに、私がクリスティナ王女と近くの部屋にいることを伝えるよう指示する。これならばいいでしょう。と言わんばかりに私に振り向くので、ダメとは言えない。
私に毒は効かないのだし、話を聞くだけよ。
念の為、警戒は怠らないが、部屋はすぐそこで、大声でも出せばすぐに人が集まってくるような近さだった。
部屋にはもちろん誰もおらず、休憩用の場所である。部屋の扉は閉められたがレオニーが入っただけで、鍵の音はしない。クリスティナ王女はソファーに座って、私にも座るように促した。暖炉ははぜているが、毒の類は見当たらない。
隠れて男でもいるかと用心したが、人の気配はなかった。
「言いたいことがあって」
クリスティナ王女は息を吐いて、また口元を歪めた。
「何でしょうか」
「飲み物が必要だわ」
途端、立ち上がって、用意されていたデキャンタからワインをグラスに注ぐ。グッと一気飲みするので、私の方が面食らった。
「ワインをそのように飲まれては」
「正気じゃ言えないもの」
何を言いたいのだ。クリスティナ王女はもう一つのグラスを持ってきて、私に差し出す。
こちらも毒は見当たらない。
「毒なんて入ってないわよ。気になるなら、こっちのグラスで飲んだらいいわ」
クリスティナ王女は一気飲みした方のグラスを差し出し、ワインを注いだ。それを私に渡して、もう一方の新しいグラスに、ワインをなみなみに注ぐ。
そうして、息を吸って止めるようにしてから、言葉を吐き出した。
「今までのことを、謝りたくて」
「え!?」
「王にも、たくさん怒られたの。お母様には泣かれてしまって。私が、悪かったのよね。だから、ワインを飲んで、水に流してほしいの!」
想像の範疇を超えていた話に、私は目を瞬かせてしまった。まさかの謝罪だ。
クリスティナ王女はグラスを掲げる。罠だと思いたくないが、グラスは一度使用して口にしたものだし、ワインもクリスティナ王女が先に飲んでいる。毒以外の薬でも入っていたとして、先に影響が出るのはクリスティナ王女の方だ。
しかし、クリスティナ王女はしっかりと話し、グラスを持ったまま私を待っている。
待たせすぎるならクリスティナ王女への不敬になるか。ここで断ったら断ったで、もし本気で謝罪する気ならば、私が非難される。
計算している? けれど、毒は入っていない。
私に毒が効かないと、クリスティナ王女はよく知っているはずだ。先ほどのアルテュール様との対話でも、反省しているように見えた。
「ダメ、かしら。そうよね。散々……。お兄様には聖女様がいいって、私もまだ思っているもの。けど、聖女様って、お兄様に相手にされていないから、応援しても無駄だって諦めるしかないのよね」
クリスティナ王女はため息混じりにしながら、もう一度私を見つめる。
「わかりました。謝罪を受け入れます」
「本当に!?」
私はグラスを手に取った。クリスティナ王女は屈託なく笑い、乾杯しようとグラスを傾ける。
「私たちの未来に」
クリスティナ王女はグラスに口を付けて、ごくごくとジュースを煽るように飲んだ。それ以上飲まない方がいいと思うのだけれど。私はクリスティナ王女が飲むのを確認して、ワインを口に含む。甘いワインだ。クリスティナ王女が気にせず飲むくらい、ジュースのようで喉越しが爽やかだ。これは飲みすぎて酔うやつだった。
「クリスティナ殿下、あまり飲まれては」
そう言った瞬間、クリスティナ王女の手からグラスが離れた。落ちたグラスは転がって、絨毯を赤く染める。クリスティナ王女は頭を押さえた。
「クリスティナ殿下!?」
私はソファーから立ち上がった。毒なんて入っていなかったのに。それを言う前に、私の足ががくりともつれて、私はソファーに手を付いた。目の前が霞んで、初めて乗った馬の背のように、視界が揺れた。
毒? いや、毒ではない。
「ふ、ふふ。ははっ、飲んだ、わね。ざまあ、みなさ、い」
クリスティナ王女がソファーに手を付きながら、笑い出す。そして、そのまま意識を失うように、ソファーに倒れ込んだ。
扉の前に控えていたレオニーが、クリスティナ王女に駆け寄って、不敵な笑いを見せた。
目が回る。毒? いや、これは、睡眠薬だ。
クリスティナ王女もレオニーも、これを狙っていたのか。
私の視界が狭まっていく。膝をついてソファーにもたれる私を、レオニーが見下ろした。クリスティナ王女よりも、ずっと下卑た、狂ったような笑いをして。
「こんな、ことして、王女がどう、なるか……」
「はっ。知ったことじゃないわ。あんたたちのせいで、お母様が亡くなったのだから!」
どういうことだ。亡くなった? 誰の話だ。
レオニーはクツクツ笑って、『バカな女』と、ソファーに寝転んだクリスティナ王女の足を蹴り上げる。
レオニーは、クリスティナ王女のために協力していたのではなかったのか?
「まだわかんない? ああ、わからないでしょうね。この女だって、なあんにも、わかってないもの。頭が悪くて、本当に操りやすかったわ。だって、そうでしょう? 自分のせいで離宮に閉じ込められたのに、逆恨みして、あんたのせいだって言うんだから。それを肯定してやるだけで、簡単に私を信じるのよ。かわいそうに、あなたは悪くありませんよ。悪いのはみんな、王子の婚約者ですよってね。本当にそう思ってるのよ。あんたのせい。それだけ。離宮に閉じ込められた。母親と二人で外に出られなくなった。あんたのせいで、周りはみんな、私を悪く言う。ですって! ふざけんじゃないわよ! お母様を殺しておいて!!」
レオニーは見たこともない憤怒を見せて、肩を揺らすほど何度も大きく息を吐いた。
誰の話をしているのだ。アルテュール様の毒の事件で罰を受けたのは、離宮に閉じ込められたクリスティナ王女と第二夫人。それ以外には……?
「う、乳母……?」
「はは。あんたは思い出すのね。笑えるわ。あんたはおまけよ。この女を操るには、あんたが必要だっただけ。あんたのせいで周囲に遠巻きにされて、大好きなお兄様を取られて、許せない。って言うものだから、あんたを使ったの。何もしないこいつの母親も使ってね! あんたには悪いけど、あんたがもう少し早く気付いていればお母様は亡くなることはなかったんだから、あんたのせいでもあるもの。別にいいでしょう?」
レオニーは笑いながら、どこからか小瓶を二本取り出した。一本をクリスティナ王女の口に含ませる。
あの色は……。
全て飲ませると、部屋の窓を開けた。風が入って、私はふるりと震えた。肌寒く感じたのに、瞼は重く、辺りが暗くなってきた。
「こんなことをして、王女がどうなるか? 一生後ろ指差されていればいいのよ。簡単に死んだらつまらないじゃない。逆恨みをして、兄の婚約者を売った王女。大丈夫よ。私がちゃんと説明してあげるから。でも、目が覚めたときは、あんたも終わってるわね。ご愁傷様」
レオニーのつぶやきが耳に届き、狂気の姿が見えなくなると、私はあっという間に暗闇に引き摺り込まれた。




