13−4 招待
伯爵子息のイェスタフ・ステンロース卿が出席している。年齢は二十代前半のはずなので、クリスティナ王女相手では少々年が上になるはずだ。ステンロース卿は独身なので、クリスティナ王女の相手としてもおかしくないのだろうか。
「ご機嫌麗しく。王太子殿下とご一緒だとは思いませんでした。聖女様はいらっしゃらないのですね」
どういう意味だ。カチンとくるが、相手にしたくない。私は余裕のある笑みを見せようと、一層深く微笑んだ。
「アルテュール殿下の久しぶりのエスコートを得られて、うれしく思っているのですよ。長い間離れ離れでしたから、こちらに戻ってきて、二人きりでお話しするのも緊張したほどですわ」
嘘ではない。緊張した結果、あれだったので、皆の想像通りに見えただろうが、今はどんなことも受け流せる。
周囲では、エリサと一緒じゃないのか。エリサとの婚約はどうなったのか。などという、失礼極まりない言葉も遠くから聞こえていたが、私は堂々と、アルテュール様の腕をとったまま、うふふと微笑みまくっていた。
もう怖いものはないわよ。
今は、少し離れて別々に話しかけてくる者たちの相手をしているが、お互い見える場所にいるし、時折目を合わせて状況は確認している。
「今は手を取り合える仲ですの。お恥ずかしいですわ」
私のダメ押しに、ステンロース卿はかすかに目をすがめた。エリサ推しなのは知っているが、私がステンロース卿の言葉を相手にしないので、イラつかせたかもしれない。だが、意図は通じただろう。
私とアルテュール様は、両思いなのよ。そんなふうに、吹聴して回りたい。
「それは、微笑ましいことですね。美しく気品のある貴殿を婚約者にされた王太子殿下が、うらやましい限りです」
ステンロース卿は、にこりと微笑む。それは嫌味ではなかったが、どこか演じるような笑いだった。
意外にも褒められたので、それが逆に不穏な気持ちにさせる。
「毒の件では驚きました。聖女様が助けられたとか。ああ、もちろん、リュシエンヌ様が毒を消されたのでしょう。素晴らしい癒しの力をお持ちの聖女様がお側にいたおかげですね。聖女様たちのご活躍で、王太子殿下が無事で何よりです」
褒めるだけでは済まなかった。仲睦まじい宣言をしたら、そんな返しをされて、こめかみに青筋が浮き出そうになる。事実ではあるが、おまけで毒を消したような言い方が癪に障った。だが、毒の話でエリサの薬の話を思い出す。
エリサの薬草に毒草が混ざってたわよね。エリサびいきのくせに、仕事が緩慢すぎない? 今さら私に鞍替えするとか?
エリサとアルテュール様を婚約させて、エリサにあやかろうと思っていたが、当てが外れた。だから、今さら私に媚びる。
なんて、さすがに短絡すぎるか。
エリサの薬草に毒草を混ぜて、首が絞まるのはステンロース卿だ。間違って入れたとしても、影響が出る。間違えればアルテュール様の口にも入る薬草だ。エリサが練習で機関で使用する薬草を作っていたとしても、機関に影響が出て、ステンロース卿は二度と薬草の売買ができなくなるだろう。
「ステンロース卿、エリサ様に薬草を仕入れていたわよね? 何の種類のものを出していたの?」
「私どもの店では、薬草ではなく、道具をご購入いただいています」
「え? じゃあ、薬草は」
「聖女様についている薬師たちが、王宮の庭園で育てたものを使っているはずですよ。もちろん、珍しい品に関してはご注文を承るつもりですが。聖女様はあまり薬草にはご興味がないようですので」
ならば、毒草を混ぜてしまったのは薬師たちなのか。
「そうなのね」
「リュシエンヌ様のご所望の薬草がございましたら、ぜひ私どもの店で」
「え、ええ。そのときはお願いするわ」
ステンロース卿は私の手を取ると、手の甲に口付ける。
いちいち口付けなくていいのに。
この男は前々から馴れ馴れしかった。舐め回すような視線も相まって、関わりたくなかったのを思い出す。辺境ではアルテュール様とエリサの仲の良さを、聞いてもいないのに散々教えられ、どれだけエリサが癒しの聖女として優秀なのかを説いていた。その話を聞くたび、どれだけエリサを推しているかとうんざりしたものだ。その上で手に触れてくるので、気持ち悪さが募った。
私は他の者たちへ挨拶をするのにすっかり気が削げて、化粧室に行くことにした。アルテュール様に目配せして、お互い気を付けるように頷きあう。
たったそれだけで通じ合えることに、改めて胸が熱くなった。
来年の今頃は、アルテュール様の妃となっているのかしら。
浮かれるように用を済ませて鏡の前で背筋を伸ばし、戻った広間でアルテュール様の姿を探した。先ほどいた場所より奥の方で、皆に囲まれて話をしている。
そこにたどり着くのに、人混みをかき分ける必要がありそうだ。
足を進めようとすると、私を呼び止める声があった。
「リュシエンヌ様。少しよろしいでしょうか」
クリスティナ王女のメイド、レオニーだ。表情のない顔で、私を見つめる。普段ならば、見下すような目をするのに、今日は大人しくしていろとでも言われているのか、嫌悪感は顔に出していない。
「何かしら」
「クリスティナ様が、お話をしたいと」
「クリスティナ殿下が?」




